013:第2章「領主館への招待」③
「予想以上に麗しい装いだね。無垢なそなたによく似合っている」
「あ、ありがとうございます……」
優美な領主リンドの微笑みの前で、リィナとカナタは正装に着替えて夕食の席に着いた。
(こんなドレスを貸してくれるなんて、さすが領主様)
リィナが纏っているのは、きめ細かい白生地が美しいスラッとした細身のドレス。おそらく白百合をイメージしたものだろう。
前後左右の身ごろを繋ぎ合わせ、それらが示す縦のラインが百合の凜々しい花弁一枚一枚を表しているかのようだ。
一見清楚なイメージだが、胸元と肩が大きく開いたデザインなのが着慣れていなくて戸惑ってしまう。
現実よりも何故か(おそらく自己願望で)胸が大きいからこそ着ることができたデザインだが、元の体型だったらストンと服が落ちていたかもしれない。
しかも、メイド数人に着付けされる行程も恥ずかしくて、着替えの間はずっと着せ替え人形のようにカチコチだった。
努めて表情だけはぎこちなくも笑みを浮かべてみせるが、こんな状態ではお腹が空いていても食欲などあまり湧かない。
代わりに杯に注がれたハーブティーのような香る飲み物で乾いた喉を潤した。
ちらりと目にしたカナタの方は緊張など欠片も見せず、パクパクと美味しそうに料理に食いついてはいたけれど。
「さて、今回呼び立てた理由なのだが」
食事がほぼ終わりになった頃、領主は傾けていたワインの杯を置いて、ようやく話を切り出した。
「もしかして、レテーネ村に現れた魔族の目的、ですか?」
カナタが話の焦点をより定めると、領主は眉をひそめた。
「なにか騒ぎがあったらしいと使いから報告は受けていたが……やはり最速で行動を起こしたのは魔族だったか」
「はい。しかも、魔王シリウス自ら」
「……! それは、よく無事でいられたな!」
「勇者様……カナタさんが助けてくれたお陰です」
先日の経緯をリィナが報告する。
「でも、魔王の意図がわからなくて」
思い出すたびに「なぜ」という疑問が尽きない。
初対面で求婚してくるとか、あの強引さといい、どう考えてもおかしい。
だが、領主の方はリィナの話を聞いて確信を得たようだった。
「魔王の目的。それは――――そなたの星砂だろう」
「え……この水晶?」
胸元のペンダントにある星砂の水晶。
女神から選ばれた『星の使徒』の証。
それくらいしかリィナとしては意識したことはなかったのだが。
「星砂って、この世界での『経験値』みたいなものですよね?」
カナタも自分の胸にブローチとしてある水晶を見ながら領主に確認する。
「そうだ。夢魔の討伐、村人からの依頼、ダイスが選ぶクエスト。この世界でなにかしら活動するごとに水晶の中に貯まっていく経験値。それが星砂」
領主も飾り紐の先についた自らの水晶をテーブルの上に置く。
「ただ、外見からではどれほど貯まっているのか視認は難しい」
砂が貯まっていく様子は見れるがな、と続けた説明に、リィナはそういえば誰かの傷を癒した後にサラサラと砂の音が聞こえていたことを思い出した。
(あれは私の経験値としての音だったのね)
回復魔法を使うことで使徒としての経験になったということだろう。
「けれど、街の鑑定所なら大まかな星砂の量は分かりますよね?」
「え?」
リィナが視線を向けると「ああ、そうか」と思い当たったカナタが説明を加えてくれた。
「大きな街には鑑定所というのがあって、そこで星砂の一部を通貨に換えてくれるんだよ」
未知のアイテムの詳細を調べてくれる店だが、そこで換金も行っているそうだ。
街から街へ旅をする使徒たちはそのお金で旅支度を整えたりするらしい。
リィナは村の周辺から出たことがなかったから店の存在を知らなかったし、換金しなくても畑仕事や森の恵み、それに村人からの厚意によって普通に生活する分には困らなかった。
「しかし、鑑定所では自分の情報しか得ることはできない。そもそも、星砂は譲渡することも奪うこともできないから、他者の星砂のことを知る必要性すらなかったのだ」
領主はため息で話を一度区切る。
その様子にカナタは何か感じたのだろう。思案を巡らす表情をしていた。
「もしかして……その状況が変わった? 『知る必要』が出てきた、ということですか?」
「星砂の量を知る必要?」
どういう意味なのだろうと思ったが、カナタもまだ思考段階のようだった。
代わりに領主が意を決して二人の前で指を三本立てる。
「最近になって明らかになった重要な情報が三つある」
それがリィナをここへ呼び立て、魔族がリィナを捕らえようとした理由へと繋がるものだった。
「一つは、水晶樹の根元、そこにある扉の開け方が明らかになった」
固く閉ざされている水晶樹の扉。
根元にあるその扉を通らねば中には入れず、女神に拝謁することは叶わない。
つまり、女神に願いごとを聞き届けてもらうためには、どうしても扉を開ける必要があるということだ。
「開けるには、膨大な星砂が必要だそうだ」
この世界で多くの冒険を経験した者。
そういった者たちが扉を開ける資格を有することになる。
「つまり、経験が浅い者、もしくは安易に星砂を換金してばかりの者だと扉を開けられないってことですね」
これは一種の「ふるい」だ。
でも、納得はできるから妥当なのだろう。
「二つ目は――――全使徒の星砂の量が明らかにされた」
「えっ、それって極秘情報では……」
カナタが言うように、元の世界で言い換えるならば大規模な個人情報漏洩だ。
「もっとも、実際に私の手元まで流れてきたのは上位数十人分、しかも名前は伏せてあったがね」
情報元は明かせないが確かな筋からの話らしい。
「名前は伏せて……あっ」
ふとリィナが思い出したのは魔王シリウスの言葉。
教会に来た時、彼は名前ではなく『レテーネ村の修道女』を探していると言った。
「あ、あの、もしかして……」
おずおずとリィナが尋ねると、領主は視線を合わせて静かに頷いた。
「そのリストには『レテーネ村の修道女』という記載があった。しかも、第一位の順位でだ」
「い、一位!? そ、それって、私がこの世界で……」
「そう、そなたがこの世界で一番多く星砂を持つ使徒ということだ」
魔王や妖精王など陣営の王たちを抑えてね、と付け加えた領主の瞳はリィナを奥底まで探るような視線だった。
リィナが冒険者として長けているようには見えない。
換金を一度もしていないのが要因なのか。それとも。
その疑問を持つのは領主だけではなくカナタもだった。
「……ねぇ、リィナ。君はずっと村から出たことがないって言ってたけど、それはいつから?」
僕はこの世界に来て五年だけど、とカナタが添える。
領主リンドも冒険暦は四年だと言っていた。
「そ、それは…………」
リィナもその点について薄々気がついてはいた。
何十人、いや何百人もの使徒たちに森で出会ったけれど、自分より古くからこの世界にいる人はいなかったから。
「――――十年……いえ、次の冬が来れば十一年になります」
「十……っ!? なるほど、それは情報を裏付けるだけの期間だな」
領主が把握しているだけでも一番多いのは五年未満の者たちだ。
それ以上だと陣営の幹部クラス。そして、王クラスが十年近いという噂を聞く。
「すごいね。それだけの長い間、他者を癒すことに尽くしてきたのであれば、星砂は確かに膨大なものかもしれない」
カナタも領主もリィナがこの世界で一番星砂を持っている使徒だと確信を得たようだったが、リィナ本人には信じられない。
だって、リィナはただ一つの村に留まって穏やかに暮らしてきただけなのだ。
傷ついた人や動物を助けることは日課のようなもので星砂を貯めるためじゃない。
なのに、この世界の王たちより上だなんて、どうしたって実感が湧くわけがない。
「あれ? でも、もし本当に私がたくさんの星砂を持っていたとしても関係ないのでは……」
だって、星砂は譲渡も奪うこともできないルール。
水晶樹の扉を開けるためだとしても、自分の星砂でないと意味はないだろう。
「だけど、それでもリィナは魔王シリウスに狙われた。ということは……」
カナタは推測の先まで読めたようだったが、そこから後の説明は領主が引き継いだ。
重要な情報の三つ目、それが直接リィナをこの事態に巻き込んだのだから。
「そう、譲渡も強奪もできない星砂。だが、水晶樹の扉には特例が認められると刻まれているそうだ」
特例。
その言葉に嫌な予感を感じ、リィナはごくりと息を呑んだ。
「扉を開けるための星砂は、一人――――もしくは『番い』で捧げよ、と」




