14.江ノ島の海
馬場と鹿山の一件が終わった次の週末。六月の二週目の週末は僕の誕生日を兼ねたオフ会となった。
僕の誕生日といっても、いつもの場所に行くだけで、そこで何も考えず、まったりするのが毎年の日課である。
その場所が、そう、鎌倉と呼ばれる場所だ。
海の幸のお店、江ノ電をはじめとする鉄道は勿論、様々な撮影スポットでもある、鎌倉。
それと、六月のこの時期に、鎌倉ともう一つ、咲姉ちゃんと訪問している場所がある。
それが、昔スイミングスクールでお世話になった、コーチの家。このコーチは、今、スイミングスクールを辞め、鎌倉で、サーフィンショップを営んでいる。
お互いにスイミングスクールを辞めた後も、毎年、夏に向けて、YouTubeの撮影や、チラシの撮影といったものを、写真部に入った僕と咲姉ちゃんが協力していたのだった。
そして、今年。今年は、僕と咲姉ちゃんの他に、あすかさんと、樹里さんも一緒に行くことになった。
特に、大人気グラドル、糸崎あすかが、撮影に協力してくれるということもあって、事前に電話で連絡を入れた際、コーチは大喜びだった。
「えっ?本当に、あの糸崎あすかちゃんが来てくれるの?ウチのサーフィンショップの撮影に?」
と、興奮状態だった。僕は二つ返事ではいと言って、あすかさんの事務所からも許可が出ていますと告げると、ものすごく楽しみに待っているから、という言葉が返って来たのだった。
そうして、毎年六月恒例行事、鎌倉のスポット巡りと、スイミングのコーチの家の訪問に向かう僕の姿があった。
早速、咲姉ちゃんと待ち合わせをしている、自宅最寄りの二子玉川駅へ。
どうやら僕の方が先に来たらしく、少し待っていると、その数分後に咲姉ちゃんがやって来た。
「ごめん、マー君。待った?」
咲姉ちゃんの言葉に、首を横に振る僕。
「ううん。今来たところ。」
僕は咲姉ちゃんに向かってそう言うと、咲姉ちゃんはホッとしたような顔をする。
そして。
「改めて、マー君、今年は、少し遅れちゃったけど、お誕生日おめでとう!!」
咲姉ちゃんはニコニコと笑いながら、僕に言う。
「毎年、本当に、ありがとう。そして、今年は、すごく嬉しい。」
僕はニコニコ笑って、お礼を言う。
「そうね。馬場君と鹿山君の一件があったから、今年は、このままいけば、一緒にお祝いできなかったかわ。でも、こうして、誤解が解けて、本当に良かった。私も、少し傷ついたし。」
そう、咲姉ちゃんだって、馬場と鹿山の一件の被害者だ。
咲姉ちゃんの顔と、どこかから持ってきた生まれたままの姿の写真を、許可なく勝手に合成し、公に見せびらかしたわけだから。
咲姉ちゃんは、一瞬悲しそうな表情をしたが、すぐに切り替える。
どこか安心した表情で、僕と一緒に駅の改札へと向かう。
「さあ。毎年恒例、鎌倉へ出発よ!!」
咲姉ちゃんはニコニコと笑って、僕の手を引く。
「うん。今週末は思いっきり楽しもう!!」
僕はそう言って、咲姉ちゃんに言われるがまま、二子玉川のホームへと向かった。
多摩川の上にある二子玉川のホーム、毎日見る光景だが、どこか誇りを持てる。
こんな素敵な町に生まれ育ったという、喜びが。
電車を待つのは、田園都市線の下りホーム。中央林間行の急行を待つ。
やはり、鎌倉とセットで行きたいのが、江ノ島。コーチのサーファーショップが、江ノ電の沿線沿いにあるので、尚更そうなる。特に、今年は、あすかさんと樹里さんが居るのだから。
二子玉川から江ノ島に行くルートは、色々あるのだが、僕が一番好きなルートは、この駅を走る田園都市線の終着、中央林間から、小田急線に乗り換え、小田急江ノ島線の終着、片瀬江ノ島駅を経由するもの。
片瀬江ノ島の駅舎が竜宮城のようで、かなり魅力的。海に来たんだなぁと、非日常的な空間を味わえるためだ。
そうして待っているうちに、お目当ての中央林間行の急行がやって来た。
念のため、掲示板で発車時刻、そして、ホームドアの掲示物から、電車の号車番号を確認する僕。
普段はあまりそういう事はしないのだが、今日は特に念入りに確認している自分が居た。
それらを確認して、大丈夫そうだと頷き、中央林間行の急行に乗り込む。
東急の、おそらく、僕の知る限り一番新しい車両。肩の位置まで背中を覆ってくれるロングシートが備え付けられている車内。その車内を見渡し、そのロングシートに、隣同士で座っている、あすかさんと樹里さんを見つける。
「おはようございます。朝早くからすみません。」
僕はそう声をかけて、咲姉ちゃんと一緒に二人の正面に立つ。
「おはようございます。ハルさん、お誕生日おめでとうございます。」
あすかさんがにこやかな笑顔で僕を見る。
「本当に、おめでとうございます。」
樹里さんも、うんうんと頷いている。
「ありがとうございます。電車、わかってよかった。」
僕が安心したように言うと。
「はい。よくわかりました。ハルさんの案内が完璧だったので。」
樹里さんがうんうんと頷いている。
あすかさんもそうだ。
二人には事前にLINEで乗る電車の時刻を乗換案内のスクリーンショットを撮り、送っておいた。
渋谷をこの時間に出発する電車に乗るように指示していたのだった。
そうして、二人は無事に渋谷から電車に乗れていたようで、乗っていた号車番号も、確認できたようだった。
そうして、無事に合流できて安心する僕。
「ふふふっ、そしたら、改めて、今日からよろしくお願いします。」
咲姉ちゃんは深々と頭を下げる。
「「よろしくお願いします。」」
樹里さんとあすかさんが、にこやかに、咲姉ちゃんに挨拶をする。
その挨拶が終わったところで、電車の扉が閉まり、動き出す。
「すごいですね。この駅。ここが最寄駅なら、ハルさんが鉄道好きになったのわかる気がします。」
樹里さんが僕にニコニコ笑ってそう答える。
「本当、今まで地下だったのに、急に地上に出て来て、この駅ならば尚更ね。」
あすかさんがうんうんと頷く。
あすかさんのいう通り、田園都市線はこの駅から渋谷までの区間は地下を走っていく。
そうして、やっとのことで地上区間になり、多摩川の上にホームがある駅と遭遇するのだ。
そして、この二子玉川から、中央林間までは地上の区間になる。
「そうですね。でも、この駅から、待ちに待った地上区間ですね。そこも合わせて景色を見ていただければと。」
僕はそう言いながら、電車の車窓を指さす。
樹里さんとあすかさんはうんうんと頷き、ロングシートに座りながらも、首を横に向きながら、久しぶりに見た地上区間の車窓を眺めていく。
僕らを乗せた田園都市線の電車は、多摩川の残りの区間を渡り、神奈川県へと入っていく。
これから通るところは、川崎市、横浜市の北部。ベッドタウンとしても栄えている場所を抜けていく。
大井町線との複々線区間を走り、いくつもの電車とすれ違いながら、田園都市線の急行は次の停車駅、溝の口へ。
川崎市の重要な乗換駅の一つ。ここで、かなりの人が下車をして、僕と咲姉ちゃんも樹里さん、あすかさんの両隣に座ることができた。
さらに、電車はベッドタウンの象徴、川崎市のマンションをいくつか見ながら、鷺沼、たまプラーザ、あざみ野と三駅連続で停車。ここでも多くの乗客が降りていき、土曜日の午前中の八時台の下り方面ということもあり、車内で立っている人はほぼ皆無になって行く。
やはり、休日と言えども、この朝の時間帯は、東京、渋谷方面へ向かう、上りの方がやはり混雑している。
反対側の上り方面のホームを見ると、平日ほどではないが、下り方面のホームと比較するとかなり多くの人でにぎわっている。
「東京に遊びに行く人も結構多いわね。」
あすかさんがうんうんと頷きながら、その車窓を見ていた。
「そうですね。休日であるならば、僕たちみたいにどこかへ出かける人が多いと思います。」
僕はそんな感じで、皆と一緒に、田園都市線の車窓を見つめていた。
そうして、田園都市線の終着、中央林間へ。
ここからは小田急の江ノ島線に乗り換える。
「小田急ですね。この間、箱根一緒に行ったときに使いましたね。」
樹里さんがそう話しかけてくる。
「そうですね。新宿から箱根方面にはいかずに、分岐してきたやつですね。相模大野という大きな駅から別れてこっちに来ています。」
僕はそう説明して、小田急の乗り場へ。
ホームに上がると丁度、乗り換えの接続が良いのか、藤沢行の快速急行がやって来た。
この小田急の快速急行に乗り込み、今度は神奈川県内を南北に縦断する形をとる。
途中の停車駅は大和と湘南台。
先日乗車した、小田原線のロマンスカーよりは、比較的カーブが少なく直線的に移動していく。そして、このあたりになると、建物も高い建物は少なく、比較的遠くまで見渡すことができ、澄んだ青い空も垣間見える。
「なんか、海に向かっている感じがします。先日の箱根は、山に向かっている感じがしましたけど。」
樹里さんが僕に向かってそう話しかけてくる。
「そうね。言われてみれば、箱根の時は、山に向かってる感じが強かったわね。」
あすかさんもうんうんと頷きながら、窓の外を見ている。
「そうですね。これが小田急の二つの線の特徴で、それぞれの違いですね。」
僕はそう言って皆に説明する。
「ふふふっ、やっぱり、電車に乗ると、マー君は頼もしいわね。」
咲姉ちゃんはニコニコと笑いながら、こっちを見ている。
「ま、まあね。」
僕は照れたように笑う。
「ハルさん、やっぱり幼馴染の方がいると、嬉しそうですね。」
樹里さんがニコニコ笑う。
あすかさんも優しく微笑んでいるようだ。
そうこうしているうちに、小田急の快速急行は、大和、湘南台と停車し、終着の藤沢へ。
ここからは、江ノ電に乗って、江ノ島も目指せるが、僕たちは引き続き、小田急に乗って、江ノ島を目指す。
小田急の藤沢駅は、スイッチバック式の始発駅のホームの形をしている。というわけで、藤沢から先は、電車の進行方向が変わり、折り返す形で、片瀬江ノ島へ向かう。
それ故に、大方の電車はこの藤沢止まりの場合が多い。
以前は、新宿から直通する電車もあったが、今は一日、しかも早朝と深夜に数本くらいだ。
そうして僕たちは、片瀬江ノ島行の各駅停車に乗り換える。
といっても、ここから数駅で終着の片瀬江ノ島だ。
十分もかからないまま、片瀬江ノ島に到着。
こちらも、頭端式の終着駅にありがちなホームだ。
電車を降り、改札を抜け、外に出る。
そうして、三人に、特に、あすかさんと樹里さんに振りかえるように指示する。
「すごい!!」
「うわぁ~。」
あすかさんと樹里さんは、振り返り、彼女たちの視界に入った、片瀬江ノ島駅の駅舎の姿に息をのんでいる。
「ふふふっ、いつ来ても、竜宮城みたいね。私も、この駅好きだな。」
毎年、僕と一緒に来ている咲姉ちゃんもうんうんと頷きながら、ニコニコと笑っている。
僕は、小田急は小田原線より、江ノ島線の方が好きだったりする。
その理由がやはり、この片瀬江ノ島の駅舎だろう。
僕たちの視線の先に、竜宮城をイメージした、巨大な神々しい社。これが片瀬江ノ島駅の駅舎だ。
僕は勿論カメラを回し、駅舎を撮影していく。
そして、咲姉ちゃん、樹里さん、あすかさんをそれぞれ、写真に写して撮っていく。
「本当にここに来ると癒される。いちばん好きかもしれません。日本の中で。」
僕はそう言いながら、カメラを回した。
「本当ね。海風が気持ちいぃ。」
あすかさんは背伸びをしながら海風に浸っている。
「はい。すぐそこは海みたいです。」
樹里さんはスマホの地図を見ているのだろうか。海の方向を指さす。
「そうね。すぐ海に出れるわよ。」
咲姉ちゃんがそう言って、海の方へと案内する。やはり、僕と一緒に毎年来ているからだろうか、道筋は覚えているようだった。
「まあ。私も、ここの場所は好きだから、マー君と一緒にコーチの家に行く以外でも、来てるからね。」
咲姉ちゃんはそう言って、僕に向かってウィンクした。なるほど、そういう事か。と僕は頷き、咲姉ちゃんと一緒に、片瀬江ノ島駅の駅舎をあとにし、海の方へと向かう。
そうして、僕と咲姉ちゃんの案内のもと、あすかさんと、樹里さんも、海の方へと向かって行った。
駅前に設置された、弁天橋を渡る僕たち。そう、この橋で横を向けば、そこはもう海。視界には海に浮かぶ江ノ島の姿を捉えることができる。
「すごい、海だぁ。」
「本当だ。江ノ島も見える。」
あすかさんと樹里さんは思わず、息をのむ。
「ふうっ。今年もここに来てよかった。」
咲姉ちゃんはそう言って、ニコニコ笑い、ホッとした表情で背伸びをし、海風を体に感じ始めたようだ。
「本当だね。特に、今年は、皆と一緒に来れてよかった。」
僕はそう言って、咲姉ちゃん、あすかさん、樹里さんの顔を見た。
皆はニコニコ笑っていた。
早朝の江ノ島の海。六月という時期なので、早朝でも太陽は高く昇っているが、朝の陽ざしが輝く海は本当に素晴らしかった。
僕たちは海岸に出て、江ノ島大橋を渡り、江ノ島へ。
勿論、ここでも海を背景にして、全員を写した写真を撮影した。
早朝の九時前ということもあり、仲見世通りの店はまだまだ開店前ではあったが、江ノ島の雰囲気を目に焼き付けた。
「江ノ島に上陸!!」
あすかさんはニコニコ笑っていたし。
「うん、ここが江ノ島、いつも、動画で見ていた場所だったから、実際に行けて嬉しい。」
樹里さんはニコニコ笑っていた。
どうやら、僕と咲姉ちゃんを含め、僕たちは、江ノ島に上陸できたことが嬉しかったようだ。
そうして、再び江ノ島大橋を渡って、海岸線に戻る。
引き続き、江ノ島の海を目に焼き付けながら、早朝の海岸線を歩く僕たちの姿があった。