12.帰りの新幹線にて
旧軽井沢は、おしゃれなお店の宝庫だった。
流石は高級別荘地であり、全国から様々な人が避暑地として訪れる場所だ。
「一通りのお店に入ってみたいわね。」
あすかさんの言葉に僕たちは頷き、時間の許す限り、旧軽井沢のお店を一通り覗いてみることにする。
先ずはジャムのお店。
お店の外観はおしゃれで、いかにも手作りでジャムが作られている、そんな雰囲気のお店だ。
「いかにも手作りジャムって感じで、美味しそうです。」
樹里さんの言葉に僕たちは頷く。
入店してみると、そこには色とりどりのジャムが並べられており、どこか、色々なフルーツジャムの王国に来ているような、そんな感覚だった。
パンに欲しいなと思い、いくつかジャムを購入する僕たち。
そうして、その足で、いくつか洋菓子パンのお店を覗いてみるのだが、ここもとても美味しそうだった。
「本当。すごく美味しそうね。一通り全部買いたくなっちゃう。」
あすかさんはニコニコと笑いながら、並べられているパンを見る。
パンを一つ購入して、お店を出てそれをすぐに開けて、口の中へと運んでいく、あすかさん。
「すごく美味しい。」
僕はその表情を逃がさず、写真を撮っていく。そして、旧軽井沢の通り、そして、パン屋、ジャムのお店の外観も写真に収めて行った。
このほかにも、蜂蜜のお店では、おすすめの、蜂蜜入りのソフトクリームを食べ、飴細工のお菓子のお店では、それぞれ、色々な飴を購入して、食べながら、旧軽井沢、通称、旧軽井沢銀座通りを散策した。
僕が印象に残ったお店は、蜂蜜のお店だろうか。ソフトクリームの味も良かったし、色々なフルーツの果実と、蜂蜜入りのジュースも買うことができた。このジュースも、フルーツと蜂蜜の甘さが最高でとても良かった。
「ここ以外にも、結構、色々な、観光地とかに出品しているので、よろしければ、他の場所に行かれる時もよろしくお願いします。」
蜂蜜のお店の店員さんにそう声を掛けられて、見送られた僕。
もしも、他の場所で見たときも、勿論、買うんだろうなと思う。
その他、色々と、試食できるお店もあり、まだ高校生の僕たちにとってはそれが嬉しかった。
そうして、色々と、旧軽井沢を散策し、軽井沢駅の方へ向かう。
そろそろ、帰りの新幹線の時間だ。
「帰りは、新幹線ね。」
あすかさんがこちらに向かって、うんうんと頷きながら笑っている。
「はい。行きは、信越本線の旧線を辿りましたが、帰りは新幹線で。一気に碓氷峠を降りて、東京へ帰りましょう。」
僕は、二人に向かってそう言うと、あすかさん、樹里さんはうんうんと頷き、軽井沢駅の方へと向かって行った。
そうして、軽井沢駅にたどり着き、駅から再び、山々の大自然を満喫する僕たち。
「すごく楽しかったわね。こうしてみると、山の中の避暑地という感じが改めて、実感するわ。」
あすかさんがうんうんと、笑っている。
「はい。そうですね、結構標高はかなり高い場所にあるので。」
僕がそう言うと、あすかさんも樹里さんもうんうんと頷いている。
改めて、駅の高台から、周囲を見回す僕たち。
「富士山みたいな山ね。」
あすかさんがニコニコ笑いながら、富士山みたいな山、浅間山を指さす。
「浅間山ですね。あれも、群馬と長野の境にあります。あの山を越えると、有名な草津温泉となります。」
「良いわね。」
ニコニコ笑いながら、あすかさんが言う。
そうして、しばらく時間が経過し、そろそろ、帰りの新幹線が来る時間帯となり、僕たちは改札を通って、ホームへと降りる。
すると‥‥。
「あれっ?マー君?」
マー君。何だか懐かしい響き。
「マー君だよね?」
僕を呼ぶ声。声のする方を振り向く。
するとそこに居たのは、早川咲、こと、咲姉ちゃんだった。
「さ、咲姉ちゃん、ど、どうして?」
僕は緊張しながらも、彼女に問いかける。
「ふふふっ、この時期の軽井沢は少し遅めの春みたいなものだからね。文化祭の展覧会用で、そういう写真を撮りに、後は、大学進学のための課題をやりにね。経済学とか政策とかそういうのに興味があってね。地元の調査。」
お姉ちゃんは僕に向かってウィンクする。
「ふ、ふ~ん。」
僕はものすごく緊張している。
「マー君こそ、どうしてる?馬場君たちから聞いたんだけど、他の部活に入ったって。何部?今日はどうして軽井沢に?やっぱり、碓氷峠の鉄道の写真?」
お姉ちゃんの矢継ぎ早の質問に困惑する僕。
「ひょっとして、マー君のことだから、鉄道研究部とか。」
お姉ちゃんはニヤニヤ笑いながら、僕の所属している部活を当てようとする。
僕はものすごく暗い顔になる、そして、どこか心の奥底で怒りのような感情が増していく。
「どうしたの?怒ってるような感じだけど。」
咲姉ちゃんは僕に向かって、優しい目で見つめる。僕はそっぽを向きながら。
「部活やってない。今日は、この人達、僕がやってるネトゲのパーティーの人達と、撮影旅行に来た。」
僕はそう言って、あすかさんと樹里さんを指さす。
「ハルさん、どうしたの?さっきから、そちらの人と、会話をしてるけど、知り合い?」
あすかさんはそう言って、声をかける。
「どうしたんです。ハルさん、知り合いの方に遭遇した割には、嬉しそうな表情じゃないですが。」
樹里さんは的を射た指摘をしている。
「突然ごめんなさい。マー君と、野田真晴君と、小学校からの友達で、今は、一緒の高校に通ってる、早川咲です。」
咲姉ちゃんが、あすかさんと樹里さんに自己紹介をする。
「あっ、えっと、藤山樹里です。ネトゲのパーティーで、一緒になって、何度かオフ会をやらせていただいてます。」
樹里さんはそう言って頭を下げる。
「渡辺あすかです。よろしくお願いします。私も、ネトゲのパーティーで一緒になって、鉄道が大好きなハルさんに、色々連れて来てもらってました。」
あすかさんも、そう言って、咲姉ちゃんに頭を下げた。
そうして、自己紹介が終わると、樹里さんが僕の方に耳打ちしてくる。
「ハルさん、この人、もしかして、前に、ネトゲのチャットで言ってた、小学校からの幼馴染で、写真部に誘ってくれた人ですか?」
樹里さんの言葉に、あすかさんは、ハッと驚いた顔をする。
僕はゆっくり頷く。
「どうしようか?今ここで別れて、電車が来たら、別の車両に乗る?」
あすかさんが、僕に提案をしてくる。僕は頷く。
そういうわけで。深呼吸して、咲姉ちゃんに言った。
「ごめん、咲姉ちゃん、今日は、この人達と一緒だから、それに、咲姉ちゃんは馬場先輩と幸せになって。その、馬場先輩の家に行ったことあるんでしょ?合宿の夜も、その、一緒に泊まったって言うし。」
僕はそう言って、咲姉ちゃんに背を向ける。
「申し訳ありません。ハルさん曰く、入部テストに不合格になったと。同じ高校の写真部なら、それは、ご存じかなと?あまり、そのことについて、ハルさん引きずっているようで。」
あすかさんは深呼吸して、咲姉ちゃんに言った。樹里さんも頷く。
「馬場君?入部テスト?」
咲姉ちゃんは少し考える。そして、背を向けて、他の車両の乗り場に行こうとした僕たちに大きな声で話しかえる。
「待って、マー君!!その話、電車の中で詳しく聞かせて。」
咲姉ちゃんは僕を呼び止めた。そして、こう続けた。
「結論を言うと、私は、馬場君と付き合ってないし、そもそも、ウチの部活に入部テストなんて無いわ。見学に来て、入部の意思があれば、そのまま入部できるはずよ。」
「えっ?」
僕は咲姉ちゃんの言葉に驚く、それは、樹里さんとあすかさんも同じだった。
入部テストが無い。どういう事だろう。
僕は少し考える。そして、咲姉ちゃんの言葉に、ゆっくりと頷く僕が居た。
そして、そのタイミングで、電車の接近のアナウンスが流れ、北陸新幹線がホームに入ってきた。
僕たちは四人分座れる席を見つける。前後の二人掛けシートの座席を回転して、お互いを向かい合える状態にした。
そうして、席に座る僕たち。新幹線はゆっくりと軽井沢駅を出る。
そして。碓氷峠を一気に下っていく。
「どう?マー君、詳しく話せる?」
咲姉ちゃんがそう言って、僕の目を優しく見てくれる。
「えっと。その。」
僕はゆっくりながらも、この四月、つまり高校に入学してから、今日までのことを話した。
馬場先輩と、鹿山先輩に入部テストを課せられたこと、さらには、合宿の費用を僕のお金から立て替えさせられ、そのお金をもらっていない事。
入部テストに不合格となり、今はこうして、ネトゲで知り合った二人と一緒にオフ会という名の旅行をしていること。さらには、馬場先輩に生まれたままの咲姉ちゃんの写真を見せられたこと。
話を進めていくと、どんどん、咲姉ちゃんの顔が青ざめていく。
特に、生まれたままの写真を馬場先輩が持っている、ということに関する話が出たときは、一気に顔が引きつっていた。
「そんなことが。そんな‥‥。」
咲姉ちゃんはどうしたらいいかわからない様子。
「ごめんなさい。マー君、私がついていながら。そんな辛いことになっていただなんて。」
咲姉ちゃんは深々と頭を下げる。そして、大粒の涙を流す。
「とにかく、今は信じて欲しい、私は、馬場君とも付き合っていないし、ウチの部活には、入部テストなんて言うシステムは無いの。馬場君と、鹿山君が、マー君を騙したんだわ。」
咲姉ちゃんは僕の目を見て、誠心誠意を込めて言う。
何だろうか、その言葉を聞いて、そして、お姉ちゃんの表情を見て、僕は不思議な気持ちになる。
「そして、二人にもお礼を言います。傷ついたマー君を、助けてくれて本当にありがとう。」
咲姉ちゃんはあすかさんと樹里さんにも深々と頭を下げた。
「それに。」
咲姉ちゃんはさらに続ける。そして、あすかさんの方を見てこう話す。
「今気づきましたが、グラビアアイドルの糸崎あすかさんですよね。学校や撮影で忙しい中、本当にありがとう。」
咲姉ちゃんの言葉に、あすかさんは首を横に振る。
「いえいえ、ハルさんとのオフ会はすごく楽しいです。本当に感謝してます。」
あすかさんはニコニコ笑って頷く。
樹里さんも大きく頷いている。
「それに、貴方も、被害者なのでは?ハルさんの話が本当なら、裸の写真が勝手に作られていたことになります。おそらく、貴方の顔と裸体を合成したか、もしくは、合宿かどこかで勝手に盗撮されていたか。」
樹里さんが冷静に分析する。あすかさんも、うんうんと真剣な表情で頷く。
「そうね‥‥。」
そのことに関しても大粒の涙を流す、咲姉ちゃん。よほどショックだろう。当然だ。
咲姉ちゃんは少し、涙目になりながら、少し考える。
その間にも、新幹線は走り続け、あっという間に群馬県そして、埼玉県の北部を抜け、気付けば、東北新幹線と合流し、大宮に到着する間際になっていた。
「マー君、良いかしら?私に考えがあるの。皆さんも協力していただきたいのですが、良いですか?」
新幹線が、その大宮を発車した直後、咲姉ちゃんは口を開いた。
僕は大きく頷く、そして、あすかさん、樹里さんも同じだった。
「まずは、マー君のお父さんに、この事を話せそう?これは、もう、そうしなきゃいけない大きな問題だから。」
一瞬、父親の顔が浮かぶ。話すのは少し勇気が要る。なぜならば、僕の父親は色々な意味で、厳しい人で、少し怖い。色々言われるだろう。
しかし、背に腹は代えられない。今回ばかりは父親の力を借りないと駄目だろうと思った。
「大丈夫、私も一緒に居るからね。」
咲姉ちゃんはそう言って、僕の背中を押す。
僕はその背中に押され、大きく頷いた。
「そして、その後に、私の両親にも話すんだけど、この時も、マー君が一緒に居て欲しい。本当にごめん。例の写真を見たのはマー君だから。私も、被害者だから。」
咲姉ちゃんはそう言って、僕の目を見て言う。
実は、彼女の両親も厳格な人だ。だが、僕の父親よりは少しハードルが低い感じがしたので、その点に関しては大きく頷いた。
「そして、それが済んだら、二人にもご協力していただきます。やって欲しいことは後で連絡しますので。」
咲姉ちゃんは、あすかさんと樹里さんにそう言って、頭を下げた。
あすかさんと樹里さんも大きく頷いた。
そうして、電車は東京駅に到着。
あすかさんと樹里さんに、お礼を言って、僕と咲姉ちゃんは帰路に就く。
勿論、咲姉ちゃんも、二人に深々と頭を下げて、時間を割いてくれたことの感謝の意を示した。
そして、咲姉ちゃんと二人で二子玉川の僕の自宅へ。
僕の父親が家に帰って来ているようだったので、咲姉ちゃんとともに、話をすることにした。
「お帰り、真晴、咲ちゃんもよく来たね。」
父親は出迎えてくれる。
「はい。お久しぶりです。」
咲姉ちゃんはそう言って僕の父親に頭を下げた。
そして、咲姉ちゃんと一緒に、学校で起きたことを話した。
当然、父親は僕に対して、厳しく諭す。
「お前、なんで早く言わなかった。父さんが力になったのに。」
父親はそう言って、僕に言うが。
「ごめんなさい。学校の中だけの問題だったし、僕が騙されているのを知ったのは後だったから。」
「確かにな。でもこうなってしまった以上、学校だけの問題じゃない、こっちから対応させてもらう。」
父親はそう言って、大きく頷く。そうして、僕の父親に話し終えたら、今度は咲姉ちゃんの両親に話す。
咲姉ちゃんの両親は、僕とそして、咲姉ちゃんのことをとても心配してくれた。
「大丈夫よ。後は。任せてね。」
そう言って、咲姉ちゃんのご両親は僕たちを慰めてくれた。
そうして一息ついたところで、僕は自分の家に帰宅し、ベッドで眠るのだった。
確かに、父親からは諭されたが、どこかで、安心している僕が居た。