82 捜索願
入ってきて早々、虫の魔物に襲撃を受けた一行は先に進めないでいた。
理由?永華が珍しくグズったのだ。
「うぅ、やだ……やだぁ……」
近くにいたビーグルの腰当たりにくっついてはなれなくなっていたのだ。
「動けねえから離してくんねえかな……」
「虫やだぁ……」
返事にならない返事を返すしては来るが離れる兆しは見えない。
大の虫嫌いということが発覚した永華は天井近くを飛んでいる人間の子供ザイズ、だいたい体長が百センチはある虫を見て完全に怯えてしまっていた。
あれこれ引き剥がそうとしてみるもビーグルに引っ付いて全力で抵抗するのだから軽くお手上げ状態になっていた。
もういっそビーグルが抱えて歩けば良いのではないかと考え出している者もいる。
これすべてダンジョンに入って数分の出来事だ。
「虫ダメなのね。私も得意ではないけど、あの取り乱しっぷり見てると平気になってくるわ……」
「クズってる永華ちゃん可愛い〜。したたかなミューちゃんも素敵」
「さっきまでの気丈さはどうしたんだ……?」
「先に言っておくべきでしたね」
また一匹、一匹が近付いてくる。
「あ、また来ましたね」
「うわ、滅茶苦茶寄ってくるな。何でだ?」
ザベルやヘラクレスが虫の魔物を燃やしたり切ったりしている背景で永華が悲鳴にならない悲鳴を上げてビーグルを締め付けていた。
「〜っっっっっっっ!!!!」
「いててててて!!」
哀史が複数あるのも、複眼なのも、羽音もすべからく苦手だ。
さっきの一匹だけでも腰が抜けそうだったのに、そんなのが上空にウジャウジャいる事実を受け入れたくない。
行かなきゃいけないのはわかっているが足が進まない。というか進みたくない。
「はぁ……。全く、虫ごときで騒ぐな」
ため息をついたカルタが強引にビーグルから永華ひベリッと引き剥がし、適当に投げ捨てた。
「ぴゃー!」
珍妙な悲鳴を上げて地面を転がる。手荒な扱いに見えるが仰向けになるように軽い力で押され永華も永華で受け身をとっているので、そこまで手荒ではない。
「君の恐怖心よりも人命優先、わかるかい?」
転がっている永華の顔を覗き込むようにしゃがんだカルタは言い聞かせるように言った。
「ぁぃ……」
半泣きの永華は蚊の鳴くような声で返事を返し、ビクビクとしながらも起き上がる。
その様子を見ていたミューは感心していた。
「さすが一年一緒にいただけあるわ。扱いになれてる」
ミューの横でローレスとビーグルが頷いていた。
「ん?吸虫?あぁ、だから寄ってきたんですか」
ザベルがヘラクレスが切り捨てた虫の魔物の亡骸を見て一人で納得していた。
「吸虫?あぁ、最初のはまぐれだったけど後から来たやつは戌井の涙に引き寄せられてたのか」
「人の体液を餌とする虫ですから、それで確定でしょうね。これがいるとなると時間が立てば立つほど面倒なことになりそうですね」
「先生、その話は別のタイミングでしてほしかったです」
「え?あ……」
ザベルが振り返ると、そこにはこの世の終わりを見たかのような表情をした永華が控えめにカルタの服の裾を掴んでいた。
最初のかいそうだということでモンスターたちは弱く、襲ってくる頻度も少ないことから順調に進めていた。
巨大な虫に怯えていた永華だが、ダンジョンに行くということで色々と必要になりそうなものを買っていたザベルに虫除け__魔物にも効く__をわたされ大分落ち着いていた。
カルタの服の裾を掴んでいるのはかわらないが。
「あまり引っ張るなよ」
「うん」
篠野部、服の裾とか掴まれるの嫌そうなのに情けなくビビり散らかしてる私の手を振り払わない当たり不器用な優しさあるよね。
「うわぁ、マジで羊が生えてる……」
ダンジョンを進んでいると、いつかの勉強会で名前が出ていた植物に羊の実が生えるという奇っ怪な魔法植物のバロメットが生えていた。
「メェ〜」
鳴いてる……。
好奇心から見つめていると、ふと羊と目があって私は肩をビクつかせた。
ちょっと怖いな……。
そこから、あまり虫の魔物をしかいに入れないように回りを見回していると篠野部がなにかを見つけた。
「見つけにくいところに人の痕跡がある……」
「え?どこだよ」
「そこ、手袋」
「なんでこんなところに?」
篠野部が指を指す方、地面には使い古されたであろう革製の手袋が落ちていた。
「この階層はある程度動ければ危険はないため商人や初心者の冒険者がダンジョンでしか取れない品を手に入れるために、よく来る場所だ。そんなのあっても不思議じゃない」
ローレスがポロっとこぼした言葉にヘラクレスがスラスラと答えた。
確かに襲ってくる頻度は少ないし、モンスターだって危険度の低いものしかみない。
これなら初心者や売るための品物がほしいひとが来るのも納得できる。
それから探せる限り色々な場所を探したが第一階層では令嬢__カリヤ先輩の兄、ネレーオは見つからなかった。
次のかいそうに進んでいく。次に、次に、次に……。
ネレーオは一向に見つからず、ついには第十階層まで来ていた。
ここまで来れば生息してるモンスターの数も増え、危険度も相応に上がっていく。
「これ、走り抜ける分には良いがじっくりと探索しながらだと少しキチィな」
「はぁ、同意だ。攻略が目的なら、そこら辺にいる雑魚は無視しても問題なかったからな」
「喋ってる余裕があるだけましですよ」
魔法を発動し、剣でモンスターを切りながらビーグルが言葉をこぼしヘラクレス、ザベルが答える。
そう、そうなのだ。
言ってしまえば今回、ネレーオを探しながらの探索はゲームで言う縛りプレイをしているのも同じ状態なんだ。
普通のプレイならば何かしらの目的がなければ雑魚モンスターを狩り続けるなんてこと、する人は少ないんじゃないだろうか。
ネレーオを探しつつ、近寄ってきて危害を加えるモンスターの対象をしなければいけない。
今はタイムアタックの条件付きのクエスト、しかも肝心のネレーオは生死不明。
そんなクエスト、受ける物好きも少ないだろうな。
「全知の神罰、降って災害、槍になって不敬者を貫け。ボルトスピア!」
雷がモンスターを感電させる。
「強さなら俺たち一年生でも対処できる範囲なのが幸い、ってやつだな」
「全くね!」
カリヤ先輩曰く、ドラゴンに追いかけられても軽い傷をこさえて帰ってきた人らしい。
箱庭試験のメンバーの六人は“そんな人物が早々死んでるとも思えない”と考えたが、それが数日程度の話ならばだが。
これだけ日数がかかっていると不安だって感じる。
先生や騎士、先輩だって不安を感じているだろう。
他のものには感じさせていないだろうが騎士は場数を踏んでいるからか、ほぼ諦めているような気がする。
またいなかった。次に進む。
「貫け!」
光の柱がモンスターの頭部を貫き、モンスターは地に伏せた。
「重たっ!」
もうここまで来ると虫への恐怖よりも、なんで襲ってくるだという理不尽怒りが湧いてきて怯むことはなかった。
ピアノ線で虫型の魔物を縛り上げ、そのまま縛り上げ切り刻む。
上から紫色の体液が降ってくる。無論永華の方にも飛んできた。
「ひえっ!」
前言撤回、やっぱり虫怖い。
慌てて飛び退き、ピアノ線に付着した分を払ってピアノ線を回収し次の相手に取りかかる。
戦闘しつつもネレーオを探す。
また、見つからない。
第十三階層まで到達した。
ここから、一年生で実戦経験の少ない永華、カルタ、ミュー、ローレスが辛くなってきた。
「守護神よ。我、望む。守りを与よ。シールド!」
モンスターが吐いた酸性の液体がミューのはった防衛魔法によって弾かれる。垂れた液体が煙を上げながら地面を溶かしていく。
ゾワリと背中に悪寒がはしる。
あんなのかかってしまったら即死だろう。骨すら残らない。
汗が額をつたって頬へ、頬から顎に、そして落ちる。
カリヤ先輩の兄は、どの階層にいるんだろうか。
表に出しはしないが、言葉にできない不安が心の中に湧いて出てくる。




