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新米魔王と側近の活動報告  作者: 柚みつ


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09.軍の再編と人事

 周りで様子を見ていた者たちが、ひゅっと息をのんでいる。今まで側近だと思っていた者の姿が一瞬で魔王様のお姿に変わったのだから、驚くのも無理はない。無理はないが、驚いている者が思っていた以上に多い。ヴェルメリオは軍に残っている者たちの実力を分かっていたのか、表情を変えずにいるけれど。

 静かに様子をうかがっている何人かは、魔王様のお姿が変わっても騒いでいない。魔力を感じ取っていたり、お披露目した時の姿を覚えていたのだろう。


「でも、副団長って確か……」

「ええ。先代魔王様が引退した後から少々、休暇をいただいておりました」

「だからか。名前だけで本人見たことないと思っていたんだよな」


 何かに思い当たった魔王様の小さな呟きに返事をしたのは、ヘンドリック様。普通に会話をしているけれど、ヘンドリック様は少し表情を変えた。

 ヘンドリック様の休暇申請の書類には、確かに魔王様が判を押している。けれどそれは、前の魔王様の時に処理されているはずで、今ヘンドリック様と談笑している魔王様が見てはいないはずの書類。

 実際には、前魔王様の残した書類の山に埋もれていたのだけれど。だから本来であれば、ヘンドリック様の休暇はまだ承認されていなかった。けれど、それを申請通りに休暇としたのは魔王様。だから姿を見ていない理由は当然、分かっているのに。そんなそぶりを見せずに、魔王様はただ笑っているだけだ。


「ヘンドリック様、ご無沙汰しております」

「それは俺が言うべきことだな。お前は……少し変わったな、ヴェルメリオ」

「ふふ。そうでしょうか」

「ああ。そうか」


 魔王様との会話がひと段落して、ヘンドリック様に声をかけたのはヴェルメリオ。元々軍にいた者同士、当然知った顔だ。だからだろうか、言葉が少ない中でもお互い理解しているような様子なのは。

 自分が知っているのは、魔王様が護衛として選んでからのヴェルメリオだ。考えてみたら、軍にいるときのヴェルメリオの事をほとんど知らない。もちろん、名前は聞いたことがあったし姿を見かけたことだってあった。

 その当時を知っているヘンドリック様が変わった、というのならばおそらくその通りなのだろう。悪い方向への変化ではなさそうなので、折を見てヘンドリック様に尋ねてみてもよいだろうか。軍でのヴェルメリオは、どのような様子なのかを。


「失礼します、ヘンドリック様」


 それはまたの機会を待つとして、せっかくヘンドリック様がこちらに出向いているのだ。魔王様と少し話していたことを進めてもいいだろう。確認の意味を込めて魔王様に視線を送れば、ゆっくりとだけれど力強い頷きが返ってきた。


「あなたが、魔王様のおそばにいるのですね」

「ありがたいことに、重用していただいております。昔を知るあなたから見たら、未熟な者がと思うでしょうが……」

「何を言っているのですか。この城のことを知っている者がそばにいることは、とても心強いものですよ」


 ヘンドリック様が知っている自分は、下働きとしてこの城のあちこちを駆け回り、仕事とも呼べない雑務をこなしていたときの自分だ。それなりの部署と交流は持っていたことは今とても役立っているけれど、誇れるようなものはない。

 そんな自分が魔王様の側近としてあることに、文句の一つでもあるのだろうと思っていたのに。届いたのは、労をねぎらう優しい言葉。


「そういうことだ。そこに、ヘンドリック。お前の力も貸してくれないだろうか」

「大変ありがたいお申し出、感謝いたします」


 ヘンドリック様が再び、腰を折った。魔王様が辺りを見渡すようにくるりと顔を動かした先にいたのは、先ほどヴェルメリオの魔法で声を封じていた案内。真っ赤な顔で何かを叫ぶようにはくはくと動いていた口から音は聞こえなかったのに、パリンと甲高い響きが聞こえてきた瞬間、再び声が届く。


「ま、魔王様! どうして……!?」

「おや、私の魔法を解きましたか」


 わずかに感心した様子を見せたヴェルメリオ。あの様子だと、魔王様の用事が終わるまで案内にかけた魔法が解けるとは思っていなかったようだ。もう一度、とばかりに掲げた手を止めたのは、魔王様。どうやら案内の話を聞くつもりらしい。

 ならば自分の役割は、この話の一言一句も聞き逃さないことだ。会話の邪魔にならないよう、けれど話はきちんと聞こえる位置に移動する。

 幸い、案内と魔王様の距離は剣の一閃が届く以上の距離が開いている。そのうえ、間にはヴェルメリオとヘンドリック様がいるのだから、何の心配もいらない。


「ずっとこの城で、軍にいた俺たちじゃなくて、どうしてそんな! 逃げたやつなんかを!」

「逃げた、とは?」

「魔王様が変わってすぐに軍から姿を消したじゃねえか! それを逃げたって言って何が悪い!」


 逃げた、そう言った瞬間に何人かがざわついた。案内と同じような気持ちでいる、ということだろうか。止めようとしている者もいるが、どちらかといえば静観している者のほうが多い。もしかして、この案内と同じような考えを持つ者たちは、今の軍の中で疎まれているのか。

 前魔王様の時代のように、手当たり次第に人族に攻撃を仕掛けることを良しとしている者たちは、軍を解体した時に要職から外してあるし監視をつけていたと思ったのだが。

 どうやら自分の仕事には修正すべき不備が残っていたようだ。魔王様のお手を煩わせる前に、きっちりと遣り遂げなくては。


「だそうですが? ヘンドリック様」

「何か勘違いしているようだが、私はきちんとした手続きをもって休暇をもらっている。それがどうして逃げたと言われるのか、少々理解に苦しむのだが」

「そ、それはっ……!」

「定められた休暇を過ごしていただけで逃げた、と称するのであればお前は休んでなどいないのだろうな?」


 ヘンドリック様は、軍が毎日稼働していた時からの副団長だ。軍の最高責任者は今と同じく魔王様。その魔王様が書類を処理せず毎日どこかに出ていたのだとしたら、それを片付ける役割は誰に押し付けられるのか。

 魔王様が軍を解体した時に見た書類の山を崩すのには、とても苦労した。けれど、それはヘンドリック様が捌いていてくれていたのだ。それに気が付いたとき、魔王様からの指示で軍の勤怠記録を徹底的に調べた。想像通り、まともな記録を残している人は限られていたけれど。

 まさか、その時の苦労がこうして役に立つとは思っていなかったが。


「さて、こちらにあるのはその彼の勤怠記録です」


 これを作り上げるためにかなりの時間を要したし、いろんな人の助けを借りた。軍の勤務時間など分からないから、ヴェルメリオからもたくさん話を聞いてどのような勤務体制を組んでいるのかも調べてある。

 前魔王様の時のことを口にするばかりで、軍が変わっていっていることに気が付かない者共に、どのように浸透させていくべきかと考えていたのに、これは思ってもいなかったいい機会が巡ってきたものだ。


「この記録によれば、彼は魔王様から指示された地域の調査にも行かず、かといって日々の訓練をこなしていた記録もない。休むことを逃げたというのであれば、彼がしているのはどう称されるべきでしょうか」


 そこから、反論は上がらなかった。まあ、案内が何かを言うたびにヘンドリック様とヴェルメリオからどんどんと退路を塞いでいったから、反論は通らなかったというべきか。

 最初は面白そうに成り行きを見ていたのに、今ここに残っているのは最初の人数の半分。自分の身を省みてまずいと思ったのか慌ててこの場から去って行く者もいた。気づいていないとでも思われているのだろうか。自分だけでなく、ヴェルメリオも副団長であるヘンドリック様もいるのだから、今更逃れられるはずなどないのに。


「これで、軍の再編もやりやすくなったな。たくさん休んだ分は、働いてもらうぞ?」

「もちろんです、魔王様。このヘンドリック、より一層の働きをお約束いたします」

「……ま、ほどほどにな」


 結果として、軍の再編はこれから進むことになる。それが、あの案内の望んだ形とは違っていたとしても。

 そして軍の再編とともに勤務時間の徹底と書類管理の大切さを、その体でもって学んでもらうことになるのだが、それはまた別の話。




ヘンドリック様を新たに団長とし、軍の再編を進めることとなった。

しばらく機能していなかった軍の再編はなかなかに苦労が多いようだが、ヘンドリック様は楽しそうに過ごしているそうだ。

護衛もヴェルメリオだけに頼らずに済むようにと、育成を始めてくれたらしい。

それを聞いたヴェルメリオが護衛の座を譲らないとばかりに鍛錬を始めたのを聞いた魔王様は、嬉しそうに笑っていた。



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