08.軍の視察
結局、魔王様が面白がっていることに加えて、今しがみついているのは前魔王様の時にただ暴れたいだけで軍に所属していた者たちばかり、というヴェルメリオの言葉があったことで、作戦は決行されることになった。
「とはいえ、さすがにこの程度の変装では気づかれると思うのですが……」
「それに気づくかどうかも、対象だろ?」
「あなたが思っているようなことにはなりませんよ、グランバルド」
魔王様が言った条件とは、姿が違くとも、軍の再編を求める者たちは魔王様に気が付くのかどうか。
仕掛けは簡単。魔王様のお姿を、自分がお借りする。そして魔王様には、自分になっていただく。
先に魔王様のお姿をお披露目しているのだし、再編を求めた軍の最高責任者は魔王様。いくらなんでも、そのお姿を違えることなどないとは思いたいが。
話を聞いた時にはヴェルメリオと共に笑みを浮かべていたけれど、こうして姿を変えていくうちにわずかながらに不安も感じるようになってきた。
「魔力も背丈も、声でさえも違うというのにですか」
「だから一発で気づかなかったらアウト判定下せるだろうが」
「ふふ。一体どのようにして縋り付いてくるのか、楽しみですね」
ヴェルメリオは誰も残らないと思っているし、魔王様も似たような感覚なのだろう。少しくらい気づく者がいて欲しいと思っているのは、下働きの時に軍の雑務をしていたこともある自分だけだ。
前魔王様が人族の国に攻撃を繰り返していたとはいえ、軍の中にはそれを良しとしていない方だっていたのだから。今も残っているのは、数人だが。
「さて、じゃあ。行くか」
「先触れはどうなさいますか?」
「必要ないだろう。こんなもの寄越してきたのはあいつらだ」
「……かしこまりました」
ヴェルメリオから教わった変身魔法、髪や瞳の色だけでなく、熟練者は姿まで変身出来るというが。とりあえず、視察だけを終わらせればいい自分たちは髪と瞳の色だけしか変えていない。
いつもの調子で頭を下げた時に見える紫髪は、やけに心をざわつかせた。
「失礼します。魔王様が視察にいらっしゃいました」
勝手知ったる軍の待機している詰所。城の敷地内だから一応どのような設備があるかと見取り図は把握しているはずだが、魔王様はおそらくあまりこちらへ来たことがない。
自分はそれなりに出入りをしていたから、あまり興味を持つようなことはないと先に話してはいるが、魔王様の青に変化した目は楽しそうにあちらこちらを見ている。
「なっ!?」
「何を驚いていらっしゃるのですか? 魔王様へ届けるように、と書類を渡してきたのはあなた方でしょう?」
「ああ。ヴェルメリオから確かにもらったぞ。そんなに熱意があるのだったら、早く顔を合わせておかねばと思ってなあ」
ある程度の返答については打ち合わせ済み。自分が魔王様に似せられているのかは分からないけれど、目の前であたふたし始めた軍の者たちを見るに、それなりに上手くいっていると思ってよさそうだ。
ヴェルメリオがきちんと、魔王様と同じように接してくれているのにも助けられている。
「そ、それでは魔王様、軍を編成してくれるんで?」
「そうするかどうかは、これからの視察で決める。せいぜい、上手く見せるんだな」
「っ!」
「おい! 行くぞ!」
煽れ、と言われていたしこれは魔王様からも俺だったらそう言う、と伝えられていた言葉。今のは、自分よりも下の立場や力の弱い者への当たりが強い奴だ。下働きの時に何度手を出されたか分からない。それを思い出すと、今の煽り方は胸がすっとしたけれど。
まさか、魔王様はそこまで見越していたのではないだろうか。涼しい顔で自分の後ろに“グランバルド”として控えている魔王様を見ると、なにかあったのかとばかりに首を傾げられた。
「では、私たちも行きましょうか」
首を傾げた魔王様は髪の毛で顔が見えなくなったのをいいことに、とてもいい笑顔でいらっしゃった。
自分ではそう思ったことはないけれど、少し髪を整えてもいいのかもしれない。そんな場違いなことを考えた。
「どうして軍を編成して欲しいと?」
「魔王様はご存じないかもしれませんが、人族ってのは俺らを嫌ってるんですよ」
歩いているのは、四角を模した建物の真ん中に用意している訓練場。結局、さっきの少々自分の機嫌に正直な奴が案内役を務めるらしい。
魔王様、と呼んではいるけれどそう思っていないのは言葉遣いだけでなく態度からも丸わかりだ。“魔王”である自分は、そんなことに気が付いていないように、にこやかな笑みを張り付けたまま。
「だから、こっちから攻撃して分からせないとならねぇんです。魔族の強さってやつを。前の魔王様だってそうやってこの国を大きくしてったんですよ」
グランバルドが、何かを言いたそうに口を開いて前に出かけたけれど、ハッとした様子で元の位置に戻った。魔王様、とても楽しんでいるだけかと思ったけれど、なかなかに芸が細かい。
そんな様子を見て、案内は気分が乗ったとばかりに饒舌になる。ぺらぺらと語られるのは、前魔王様が人族の国にどのように攻撃をして、どれだけの人族を傷つけたか。武勇伝のように語るそれは、それだけの死傷者を出したということに他ならないというのに。
今の魔王様が、そんなことを望んではいないと理解できていないのだろう。そうでなければ、こんな自分に酔った話し方をするはずがない。
「その辺にしておけ」
もうその口を縫い付けてしまおうか、と思った直後に響いたのは、壮年の男性の声。案内よりもずいぶんと落ち着いて静かだけれど、説得力のある声。
「ヘンドリック、様……!」
「お前、誰を前にしてそのような物言いをしているんだ?」
「誰、とは」
案内は意味が分からないとばかりにヘンドリックと呼んだ男性のほうを見ている。胸元まで伸びた緑の髪を一本に結わき、ヴェルメリオと同じ色の碧眼を持つ男性は、じっと自分を通り越して側近の位置にいる魔王様に向けられている。魔王様はその視線を受けてにやりと笑みを見せたが、自分とヴェルメリオは当然だとばかりに小さく頷いた。
「そんなの魔王に決まってんだろうが! 副団長だからって今まで姿も見せなかった奴が偉そうに!」
「その魔王様のことさえ正しく理解できないお前よりは、マシなつもりだが」
長身をすっと折り、ヘンドリック様が膝をついたのは“側近”の前。それについても案内はなにか口汚く叫んでいたけれど、ヴェルメリオが手を横に振り払ったことで無音になる。
「ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません。先代魔王様より軍の副団長を任せられておりました、ヘンドリック・リクセンと申します」
「初めまして、だな。新しく魔王になったルディウス・アンシアーズだ。
……これからよろしくな。ヘンドリック」
魔王様とヘンドリック様が握手をした瞬間、姿を変えていた魔法を解除する。銀髪青目から、紫髪金目に戻った魔王様のお姿を見て、ヘンドリック様は眩しそうに笑った。




