06.能力測定の方法
さらりと聞き流すには重くて、けれど深く聞くのはためらわれて。どう返答したらいいものかと戸惑っていると、ヴェルメリオが顔色一つ変えることなく言葉を返す。
「書類上の事でしたら、多少は知っておりますよ。これでも、護衛ですので」
その言葉に魔王様は驚いている様子だが、それは自分も同じだ。魔王様の代替わりという、魔族にとって一大事なのだから城で働いている者だけでなく、全域に通達があっただろう。それでも、興味のない者はそれなりに存在している。ヴェルメリオは、きっとその興味のない者のほうに入っているだろうと思っていたから、資料に目を通していたことは驚きのほうが大きい。
まあ、ヴェルメリオが仕事にやる気を出してくれるのはよいことだ。事前に見ていた姿は軍の部隊を率いていてもどこかやる気のない、というよりもどうでもよいと思っている目をしていたから。
「その資料は、自分も見ています。おそらく、同じものが回ったのだと思いますが……」
「ん? まだ残してあるのか?」
そうだ。資料。その時は下働きだったけれど、魔王様の身の回りの世話をするためにこの部屋にも出入りの許可が下りていたから、書類整理のために呼び出されていた時にまとめた覚えがある。
どのあたりにしまったかまでは思い出せないが、ここしばらくは使っていなかった棚を見ていけば、今この部屋に出入りできる誰とも違う手の資料がきれいにまとめられていた。
「もちろんです。魔王様が次の代に変わるまでは残りますよ」
「それ、俺は見てないんだけど。何が書いてあるんだ?」
興味深そうにこちらを見ている魔王様には申し訳ないが、これを書いて魔族への通達に使ったのは前魔王様の側近。代替わりはいずれ来るのだからどこかで覚悟はあったにせよ、自分の主からその冠を託す人物が想像と違ったからといって、さすがにこの書き方はないだろう。
あの時、通達を見た当時はそんなこと思いもしなかったのに、いつの間にか自分は魔王様の側近としての自覚を持っていたのかもしれない。
どうしようかと悩んでいると、自分の横から伸びた手にささっと資料を数枚、奪い取られた。
「あっ! 何をするヴェルメリオ!」
「ルディウス・アンシアーズ。紫髪に金目。人族との境の街で保護……
なお、能力値は魔王様よりも数段劣る。あ~、そんなことまで知らされてんのか」
そう、資料には魔王様のフルネームだけでなく、どこで見つけてきたのかと一緒に簡単な経歴、それから当時の能力値についての余計な一言まで添えられていた。魔王様の代替わりがどのように行われるのかなんて知らないから、これは本来ならどう書かれているのが正解なのかは分からない。
分からないが、この書き方に悪意がないと取るほうが難しいだろう。
「燃やせと、そう一言仰ってくれれば良いのですよ? 即座に灰にして差し上げます」
「部屋の中で使う魔力じゃないだろ、ヴェルメリオ」
「訓練の成果が出ているようで、なによりです」
魔王様の手からも書類を奪ったヴェルメリオが、その手の魔力を高めている。訓練を受けている身だからこそ分かるのは、それが発動したら灰どころか何も残らないほどの威力になりそうだということ。
冷静に告げてくれた魔王様のおかげで、ヴェルメリオは高めていた魔力を霧散させる。知らず強張っていた肩から、ゆっくりと力が抜けた。
「ですが、いくら前魔王様の側にいた者の残した資料といえども、このような無礼を残しておくのはいかがかと」
「まあ、前の魔王がどのくらいの強さだったのかは知らないから、そこに関してはどうでもいい。
何を残されようとも、今の魔王は俺だってことは変わりないんだしな」
魔王様が生活していたのは、確かにこの城のある地から遠い。けれど、前魔王様の強さ、というかしょっちゅう戦を仕掛けていたことは魔族全体に伝わっているはずだ。それなのにどうでもいいと言い切れるのは、今の魔王が自分であるということへの自信の表れだろうか。魔王様は魔王であるということにあまり喜びを感じているとは思っていなかったので、この発言は側近として素直に嬉しく思う。
「魔王様は、お強いのですね」
「そりゃ、人族との境の街で暮らしてたからな。それなりに図太く生にしがみついてるつもりだ」
「人族との境、ですか……」
あの時はざっとしか目を通さなかった資料。それが、今自分の手の届くところにある。魔王様が、魔王様になる前の生き方とさっき小さく呟いていたことも、まだ頭に残っている。
この資料を詳しく読み解けば、魔王様の言っていたことを理解できるようになるだろうか。人族との境の街、そこでどのように暮らしていたのかを知れれば。
自分の思考は、またしてもヴェルメリオに遮られた。
「ならば、書き換えてしまえばよろしいのでは?」
「ヴェルメリオ、今は魔王様の話を」
「俺の話なんて聞いても面白くもないだろ。それで、ヴェルメリオ。書き換えるっていうのはどういうことだ?」
魔王様本人にそう言われてしまっては、これ以上何も言えなくなる。それに、今の話は何となくまだ話したくない。魔王様がそう思っているかもしれない、なんて雰囲気を感じたと思ったのは自分の気のせいだろうか。
ヴェルメリオの提案が気になったのも事実なので、魔王様の話はいずれ機会があった時に詳しく聞かせていただけるように、頭の片隅に留めておこう。
「簡単なことですよ。今の魔王様の能力値を測定して、新たに触れ回れば良いのです。まあ、魔力に関しては魔族の上位にいることは間違いないでしょうが」
「なるほど。では、測定の準備を……っと。魔王様はそれでよろしいでしょうか」
「ああ。測定がどんな方法なのかも興味あるからな。前にそんなものやった記憶もないし」
あんな資料を残すくらいだ。魔王様の能力値は測定しているはず。けれど、詳細を書いたものは残っていなかった。つまり、それを残すことを前魔王様の側近としては良しとしなかったということだ。
そう考えると単純に、魔王様の能力値のほうが優れているのだろうとは簡単に想像がつくのだが、実際にやって見せたほうが早いだろう。測定をした覚えもないと言っておられるのだし。
「そう難しいものではありませんよ。我が軍の者たちも定期的に行っておりますから、準備はすぐに終わります」
「へえ。なんだかちょっと楽しみになってきた」
そうして、退室したヴェルメリオはほどなくして戻ってきた。軍で定期的に行っていると言っていた通り、あまり時間はかからなかったようだ。一応、あれを持ち出すのには許可を取る必要があるのだが。
魔王様のためだと伝えれば問題はないだろうが、独裁者のように思われても困る。能力測定装置の持ち出し許可証の申請書類を出すことを、今日やることリストに付け加えておく。これは、自分だけで許可を出せる書類だ。楽しそうにヴェルメリオを見ている魔王様に、いちいち報告しなくてもいいだろう。
「使うのは、こちらです」
「ちょっと大きな石の……板?」
「魔力を流し込むだけで、その人の能力値を数値化してくれるのです。どの能力を出力するのかは、本人が選べます。軍で見るのは主にレベルと魔法適正、それから魔力ですね」
見た目はただの石板。けれど、これは何代も前の魔王様の時代から使われてきた能力値を調べられるもの。今では簡易版を作れるようになっているけれど、詳細まで見られるものはまだ量産できるレベルではない。魔法が使える魔族でも、この石板すべてを解析できるまでには、まだ時間がかかるらしい。
「こんなの見てない気がする。でもまあ、城に来た時のこと、あんまり覚えてないからなあ」
「……では、魔王様。お手をお願いいたします」
ヴェルメリオの案内に頷いて、魔王様が石板に手をかざす。一瞬で石板が反応して、ぶわっと文字が浮かび上がっては流れていく。
「うわっ!? 何かいっぱい文字出てきた!」
「魔王様、一度手を離してください」
「消えた……」
流した魔力量で、見られる情報量も変わる。そう聞いてはいたが、魔王様の流れてきた情報は予想以上だ。焦った様子で手を離すように伝えたヴェルメリオも、驚いたように碧眼を丸くしていた。
どういう原理なのか分かっていない魔王様だけが、楽しそうに石板に手をかざしては流れてくる文字を追っている。
前魔王様の側近は、これを見たうえであんな資料を残したのだろうか。だとしたら、あのような書き方をしたのは、自分の主以上の力があると認めたくないからではないのかもしれない。
ひとまず、この許可証は早急に作成して提出しておかなくては。
「しばらくは、これで自分の望むものだけを出力できるよう訓練いたしましょう」
「う、分かった。なかなか難しいなこれ……」
ヴェルメリオの言葉に、魔王様は素直に頷いている。さっそく手をかざして魔力の流し方をあれこれ試しているようだが、そんなに早く出来るようにはならなそうだ。
目の前には、文字の洪水が起きている。
「自分の能力を公開するようなものですから、あまり人の多い時には使いませんよう」
そう、ヴェルメリオの忠告は正しい。弱点を知られてしまうのは、どんな状況だろうと不利になるのだから。
それを聞いたうえで魔王様が石板から手を離そうとしないのは、自分たちだったら情報を知られてもいいのだと思っているからなのだ、と。
そう思ったらわずかに口元が緩んでしまったけれど。
「魔王様、そちらの石板はまだ量産もできない品ですので、くれぐれも扱いにはご注意を」
そんなことはしないだろうとは思ったが、一応念のために刺した釘。
もっと太くて立派な釘を刺しておくべきだと思ったのは、書類の山に埋もれた石板を発見したから。




