04.変わった日常
魔王の視点でお送りします。
「王様ー? 今日のご飯何食べたいですかー?」
魔王、と呼ばれることにようやく何の違和感も抱かなくなってしばらく。この広い城の構造もなんとなく把握は出来たけれど、やはり足が向くのは慣れた場所。
前触れもなくふらりと現れた俺を見ても、もう誰も何も言わなくなった。グランバルドでさえ、魔力を探って俺が厨房にいるのだったら多少は目を瞑ってくれるくらい。
それだけこの厨房の連中が信頼されているのかと思うと、まあまあ嬉しい。城で働く魔族の日々の食事の用意だけでも忙しくさせてしまっているのに、俺のためにと慣れないことにも挑戦してくれている気のいい奴らだ。いい印象を持ってもらうに越したことはないだろう。
「そうだなあ……あの、豆とトマトを煮たやつ食べたいな」
「あれですね! ちょうど豆をたくさん収穫出来ているのでよかったです!」
「それは楽しみだ。期待してるな」
材料の下準備をしているのは、まだ若い魔族。この城で働いている誰かの子供か、はたまた出稼ぎに来ている辺地の出身か。成人していない魔族が働ける場が少ないことは、まだ課題だな。前魔王の時よりは良くなっているといいんだけど。
ひらひらと手を振ってくれたので、同じように手を振り返してから厨房を一回り。顔見知りのコックたちとも話して、どの設備にも不調が見られないことを確認してから、次の場所へと向かう。
「何て言うかさ、らしくない王様だよな」
「だよなぁ。でもさ、今のほうが過ごしやすくないか?」
「さてな。さ、トマト取らせてもらおうぜ。なんせ、魔王様直々のリクエストだからな」
厨房のシェフたちは、聞こえていないと思っているだろうが。魔力の使い方をヴェルメリオに教えてもらってから、耳も少し良くなったんだよな。きっと俺に届くはずないと思っている本音に、聞こえないふりをしたまま笑いをかみ殺す。
今日の夕食が楽しみだ。
「あ、魔王様ちょうど良かった!」
今日は魔力操作の練習はないので、執務室に向かうために中庭を通っていたら廊下の端からかけられた声。バタバタとわざとでなく大きな足音を立てているのは、俺のことを見失わないようにと焦っているからだろうか。
別に何時までに執務室に戻って来いとは言われていないし、立ち止まって声の主を待つ。無造作にまとめ上げた茶髪を揺らしながら走ってきたのは、書類を振り分けてくれている文官の一人。
「ん? 何かあったか?」
「先日の書類を修正したので確認をお願いしたくて……」
ちらりと見えたのは、居住地域を拡大するための候補地の調査書。前魔王の時にはどこにどの程度の街があってどのくらい住んでいる人がいるのかを、きちんと調べていなかったし書類も残っていなかった。
まあ、戦うことが大好きだったらしいし、魔族の数なんて毎日変わっていたから、調べても調べても追いつかないっていうのがあったみたいだけどな。
力を持て余しているような連中を率先して大規模な伐採とか掘削とかに派遣していたから、今は多少落ち着いている。この辺の奴らの扱いをこれからどうしていくのかも、課題だな。
ちょっと城の中を歩いていただけなのに、こうも課題が次々と出てくるとは。頭の奥が痛くなったのを感じて、ふうと息を吐けば目の前の文官がビクッと肩を揺らした。
あ、悪い。あんた、じゃない。えーっと何て呼べばいいんだっけか。とにかく、書類のことではないという意味を込めて、にっこりと笑っておく。
「分かった。このまま預かろう」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
ほっとした様子で書類を渡してくれた文官の手は、少しだけ震えていた。怖がらせてしまったお詫びを、グランバルド経由でしておくか。俺が顔出したら、みんな硬直しそうだしなあ。
王、って呼ばれている以上はやることやらないといけないだろ。もう一度深く息を吐いてから、よしと声を出して頭を切り替えた。
「それで、渡した覚えのない書類を持って帰ってきたのですね」
「あと、厨房からの差し入れだな」
はい、と書類と一緒に小さなバスケットをグランバルドに差し出したら、不思議そうな顔をしていた。ここいらではあまり見たことのないものだからだろうか、食べ物を見る表情ではないような気がするんだけどな。
ひょいとひとつ摘まんで口に運ぶ。記憶の中ではザクっとしたいい音を立てるお菓子だったんだが、これはガリガリと削るように食べないと砕けてくれない。
グランバルドが書類に目を通し終わったのを確認したところで、バスケットを渡す。流れで受け取っただけに見えたけれど、中のお菓子に手を伸ばしたので、少しだけ安心した。
「差し入れというか試作ですよね」
「そうとも言うな。うん、うまい」
「少々、歯ごたえがありすぎるかと」
俺は二枚目、グランバルドは一枚食べ終えたところで感想を書き出していく。まだ文字を読めない人もいると聞いたから、本当は口頭で伝えたほうが分かるんだろうけど。目に見える形で残すのも大事だ。ここから改良して、記憶の味と食感に近づけてもらわねばならないんだから。
「俺の記憶だけを頼りに、知らないものを作ってるんだ。簡単に上手くはいかないだろ」
ただでさえ忙しい職務の合間に協力してもらっているんだからな。そう笑えば、グランバルドが呆れたようにバスケットを机に置いた。
「そういえば、厨房のコックたちが作っているのは……」
「ああ。俺が小さい時によく食べていたお菓子だ」
「お菓子、ですか。確かに魔族は甘いものをそこまで好みませんけれど、作り方を知らないコックが不勉強なのではありませんか」
「そう言うなって。あいつらも俺も作り方まで知らないのはしょうがないんだから」
懐かしい、そう思えるようになったのはいいことなのだろうか。小さい時の記憶を今でも大事にしていることを馬鹿にしたり笑ったりしないから、こうして話しているけれど。
作り方も、材料すら分からない。ただ、クッキーと呼ばれているサクサクとした甘いお菓子。分かっているのはそれだけで。見た目は、だいぶ近づいたと思う。そもそも、俺の小さい時に住んでいた地域とこの城は距離があるから、見た目を近づける材料を探すことだって苦労しただろうに。
そんな苦労をそうとは思わず、俺のためだと笑ってくれる厨房のシェフたちのために、少しだけ予算を増やしたことをグランバルドはきっと気づいている。
「分かりました。あとで厨房のコックにも資料室の閲覧許可を発行しておきます」
「さすがグランバルド。ありがとな」
「料理にも知識が必要なのでしたら、仕方ありませんからね」
書類を用意してくれても、最終的には俺の署名が必要になるんだけどな。文官通じて書類を作ってもらえれば、魔王の独断だとは思われない。
それを狙っていたし、分かってくれるとは思っていたけれど。本当にグランバルドは優秀な側近だよな。
前魔王の時には下働きだったから、って一度は側仕えを断られたけれど、何度も交渉して良かった。
「おや、これはまた面白い」
「ヴェルメリオ、それは……」
「ほう、歯の鍛錬になるような硬さ。味のほうは言及しませんが」




