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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
一章 ゴースト・ハンターズ
9/48

8.逆宮怜悧

 

 ◎


「――何で嘘吐いたのよ!」

「だからごめん、って。悪気はなかったんだよ?」

「違う、謝らなくて良いから理由を知りたいの!」

「止むに止まれぬ事情があってさぁ。まぁ、落ち着いてよ桜子ちゃん」

「怜悧!」


 ――ここはゴースト・ハンターズの本拠地、法院寺。

 雪代の霊的エネルギーの励起のために来た以来だから、およそ一ヶ月振りだ。

 夏が近づき、大自然はうねりを上げている。

 草むらは膝程の高さに成長し、虫が忙しなく視界を行き来した。

 寺内に植えられた大樹は木陰を作り、風が心地良い。


 そして、雪代桜子と逆宮怜悧の喧嘩。

 喧嘩腰なのはあくまでも雪代の方だが。


「桜坂君と付き合ってなかったじゃない!」

「これからなる予定をね」

「ほら、思いっきり首を横に振ってるじゃん!」

「あんな態度だけど二人きりになると意外と乗り気なんだよ」

「もう騙されないから!」


 俺は首を振って関係を否定する。しかし、未だ無理のある言い訳を続ける怜悧。

 だが、まだ余裕がありそうだった。


「告白しても答えをくれなかったんだもん。それって暗黙の了解ってことじゃないの?」


 あたかも俺が悪いかの言い草だ。

 確かに保留はしている。ただ、言い訳させてもらうなら、それは冗談の範囲での話だったからだ。真剣なものならばっさりと断っている。


「それ本当?」


 やはり、というか雪代は怜悧の罠に嵌まった。ヘイトは俺に向く。

 そもそも告白における暗黙の了解、って何だよ、って話だ。それで付き合ったつもりになるとか病んでるにも程がある。

 さて、何と答えるのが最も収まりが良いのか。


「決して嘘ではないな」


 答えてはいない。


「最低」


 端的な罵倒だった。

 男らしさの欠片もない、とでも言いた気な目だ。


「じゃあ、今返事しようか?」

「そういうことじゃないでしょ」


 ガチでお怒りの雪代。


「二人に何があったのか知らないけど、曖昧な態度取るのは良くないよ。あまつさえ人を騙すようなことを」

「俺はしてねぇよ」

「大して否定もしなかったじゃない」

「いや、まぁ…………面白がってた部分がない、と言ったら嘘だけど」


 信じてくれなさ過ぎて笑えた。

 むしろ、本当のことを知った時にどんな顔をするか楽しみだったまである。


「あんたら同類じゃない!」


 少女の叫びが法院寺に木霊した。


「嘘は吐いちゃダメでしょ。人の信頼を裏切るようなことは何が何でもダメ。一度失ったら取り返しがつかないんだよ」

「……………………」


 そんなことがわからない俺じゃない。

 失念していたとすれば、この世界の中心が自分ではない、ということだ。

 俺の人生、何をしても俺の自由。

 だが、この世界には俺以外の人間が俺よりも沢山いる。

 俺の都合は誰かの不都合なのだ。


 ゴーストによって人生を狂わされた雪代の心の叫び。

 何も響かないほど枯れてはない。

 が、不服はある。根本的な問題だ。


 どうして俺が怒られる――。


「何でそんな全く響いてなさそう顔なのよ」

「突っ込みどころがあるからな」

「はい?」

「俺はそもそもそこにいる怜悧に告白されてはいない」


 告白を受けたのは事実。返事をしていないのも事実。

 だが、そこにいる少女(・・・・・・・)には言われてはいない。

 感情値の限界に達したように雪代は脱力して目を丸くするのみだ。困惑の息が漏れる。


「は?」

「怜悧さん、雪代は純粋な奴なんだよ。どうしてくれる?」

「え、えぇ? 私のせい?」

「そりゃそうだろ。告白してないじゃん」

「いやいや、しましたよ」


 罪悪感を微塵も抱いていなさそう声音。

 そこに悪気はない。

 そういう設定なのは重々理解しているがな。


「……結局どういうことなの?」


 雪代は頭から湯気でも出てそうな放心状態で言葉を紡いでいた。


「怜悧、本当のことを言うからな」

「何のことかはわかりませんが、ご自由に」


 怜悧は頑なに認めないが、事実はこうだ。


「俺が告白されたのは確かだが、それは怜悧ではなく、怜悧の三つ子の姉妹のどちらかだ」


 三つ子が答えになる定番のなぞなぞがあるが、逆宮はまさに三つ子姉妹。

 本格的にこんがらがって来てるようだ、雪代は相槌の一つも打ってくれない。そりゃそうか。

 霊的エネルギーを見れば判別できるが、逆宮は識別のための名前を入れ替えている。誰が本物なのかは三人しか知らない。いや、三人も知らない可能性すらあるんじゃなかろうか。


「とにかく、三つ子の誰かが告白したと覚えておけば良いから」

「三つ子……」

「鋭利、怜悧、乖離、ってな。ゴースト・ハンターズの会合の時もたまに入れ替わってる」


 気づいたのは俺だけだった。

 だから、彼女らは俺に付き纏うようになった。挙句の果てに告白だ。


「あ、はい」

「理解を放棄した顔だ」


 雪代のライフはもうゼロよ。

 結局のところ、逆宮が何故こんなことをするのかはわからない。

 意味はない、という線も考えられる。

 だが、やりたいのならやれば良いとも思う。だから、文句は言うまい。


「いやぁ、思ったよりもバレなかったよ。思い込み激しいタイプなんだね、桜子」

「悪用するなよ」

「やだなぁ、冗談じゃん」


 怜悧は悪気の欠片も見せず、笑った。

 なかなかの悪者である。


 そこに、カツカツ――と、石畳を打ち鳴らす音が会話に割って入った。

 こんな寂れた寺院でハイヒールを履く女は一人しかいない。

 風車寧色。

 八坂真尋の恋人。

 それだけで途方のない罪悪感が湧き上がる。気を遣わせるので表立っては見せないが、あまり穏やかではいられない。


「女の子二人して桜坂君を取り合ってるの? 私も混ぜて欲しいな〜」

「違います。むしろ、まとも取り合ってもらえなくてこんなことになってました」

「えー? 詰まんないの」


 風車さんは子供みたいに言い捨て、真顔になる。


「鋭利ちゃん。依頼のこと良い?」

「うん。今回はこの二人も連れてくことにしたよ」

「そうなの? それなら上級ゴーストでも安心ね」


「上級……」という小さな呟しを誰が漏らしたかなど考えるまでもない。


「じゃあ、三人共いらっしゃい」


 風車さんの案内に従い、境内から移動する。

 やって来たのは四畳半程度の建物だった。何年も手入れされていないようで、どこもかしこもボロボロ。

 中には生活雑貨が幾つか置いてあるが、生活感は皆無だ。

 雪代は何故か顔を赤くしていた。


「こんなところでごめんね。人目がないところ、って言ったらここしかなくて」

「そこら辺に結界張れば良いじゃないですか」

「露骨だと怪しまれるじゃない。桜坂君、そういうところ直した方が良いわよ」

「そうだよ、デリカシーをね」


 風車さんに諭される。

 そして、怜悧が追撃してきた。君には言われたくねぇよ。



 ◎


「――また、空を飛ぶゴーストが見つかったわ」


 風車さんはそう切り出した。

 幽霊なんて浮いていそうなものだろう、という意見があると思う。全くその通り、人型ではないゴーストは浮遊していることが多い。

 しかし、それを空を飛ぶ、と言うのは抵抗がある。


 飛んでいる鳥に対して浮遊、という言葉は不適だ。


「でも、いつもの鳥獣型ではないわ」

「へぇ?」


 怜悧は興味深そうに耳を傾ける。


「報告によると甲虫だって」

「甲虫? 夏に子供が捕まえるあれ?」

「そう。昆虫の甲虫。だけど、大きさは人間大って話よ」


 等身大の虫か――漫画に出てきそうな奴だな。

 甲虫も実にらしい。が、少し不可解だ。それは風車さん、怜悧も感じていること。


「虫型なんているんだね。ママは虫のゴーストは見たことある?」

「ないわ。動物は数回見たことがあるけど……」

「どんな動物がいた?」

「犬と兎ね。でも、大きさは本来のものと同じだったわね」


 勝手に話を進める二人を他所に、困惑気味の雪代に軽く解説しておこう。


「一般にゴーストは人型だが、それは初級と中級に限る。上級はほとんど形がないんだよな」

「形がない……?」

「スライムだと思ってくれれば良いんだが、たまに動物とか存在する生き物になぞらえたものが出たりする」

「それが犬とか兎ね。昆虫はいないの?」

「虫が持つ霊的エネルギーなんてたかが知れている。ゴーストに至るほどのエネルギーはないはずなんだが…………例外はあるらしいな」

「例外ね」


 甲虫、しかも巨大。

 ゴーストが突然変異したか? あり得ない、とは言えない。悪魔の証明だ。


「こちらの見解としては上級ゴーストが甲虫の特性を吸収した、っていうのが濃厚かな。固有能力の可能性が高そうね」


 風車さんは肩を竦めながら言った。

 上級以上にもなると、こちらと同じように固有スキルを持つ奴もいる。それが上級が圧倒的に強い理由だ。説明しろ、って後で雪代に文句を言われるな。

 しかし、吸収なんて聞くと嫌な想像が浮かぶ。


「まぁ、大丈夫でしょ。京都がいるしー」

「それもそうね。ヤバかったら何とかしてねー」


 最終的に俺に丸投げすれば良い、という風潮がゴースト・ハンターズの中にはある。

 それは俺がどこにでもいる例外だからだ。


「……善処します」

「善処してくれ給え」

「君は何様だよ、逆宮」

「じゃあ、任せたわよ三人共。イレギュラーだからくれぐれも気をつけて」


 どこか憂いた表情をする風車さんだった。

 人はすぐ死ぬ、と知っているからかもしれない。



 ◎


 ――翌日の日曜日、俺達三人は上級ゴーストの目撃情報があった都会近郊へとやって来た。

 そこは小さな森だった。何のための土地なのか知らないが、堂々と不法侵入をしている。


 その中、生い茂った木々を貫く一筋の影。

 全長三メートルもある黒い羽が刃と枝を両断し、こちら目掛けて突っ込んでくる。青色に黒が混じったオーラが残像となってその身を追っていた。


「おいおい! これはマジでヤバいって!」


 二方向に広がる一本角を咄嗟の〈霊纒〉で受け止める。

 想像の一〇倍力強かった。踏ん張りが効かず、押し出されるように森林を貫いていく。

 霊的エネルギーを背中に集中する。

 ゴーストは俺を先端に引っ掛けたまま樹木に突撃した。運の悪い木はギギギ――と、けたたましい音を立てて薙ぎ倒される。


 角に乗り上げたまま俺は森林の手前側と進んでいた。


「あうあうあうあう…………怜悧、どこにいるんだ!? 早くしろ! こいつはマジでヤバい。ただの上級ゴーストじゃない!」


 甲虫のゴーストは角を振った。

 錐揉み回転しながら俺は空を吹っ飛んだ。



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