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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
一章 ゴースト・ハンターズ
5/48

4.ゴースト・シーカー

 

 ◎


 ――納得できることもあった。


 見えてるの、と執拗に訊いても桜坂君は執拗に見えていない、と答えた。

 その時は、嘘を吐いていると思っていたけど。

 その時は、本当に見えていなかっただけなのだろう。


 私がゴーストに首を絞められた時に、仕方なくオンにしただけなのだ、と。


「私も桜子も、他の皆もゴーストに人生を狂わされてるでしょ? それはこれからも続くけど、京都はそうじゃない」


 怜悧は淡々と言う。


「皆、京都が仲間面してここにいるのが許せないんだよ。自分だけ何もないかのように暮らせるなら」

「そんな…………」

「理由はそれだけじゃないんだけどね。これ以上は私の口からは言えない」

「そっか、ありがとう。教えてくれて」

「どういたしまして」


 彼はここにいる人達と関わりたくなかったのに、私が現れたから来ざる負えなくなった。

 思ったよりも罪悪感が募る。

 お礼はしなくちゃだけど、謝罪もしなくてはならない。


 赤い地獄探しを手伝うのも悪くないけど、彼女さんがいるならあまり近づかない方が良いだろうし。


 カツンカツン――と特徴的な音が響いた。

 お寺には似合わない音。

 ハイヒールが石畳に突き立っている。振り向いた先には雰囲気に妖艶さが滲み出ている女性がいた。


「あらあら、私も女子高生の会話に混ざりたいわぁ」


 わざとらしい猫撫で声。

 ただ、妖艶さというかエロさを隠しきれていない。


「あ、ママ」

「今日も元気ねぇ、鋭利ちゃんは」


 鋭利? 怜悧と聞き間違えたかな。

 ていうか、ママ? 親子ではないことはわかるけど。

 おざなりに言うと、その女性は私を見てくる。頭から足まで舐めるように。


「あなたが雪代ちゃん?」

「はい…………雪代桜子です」

「桜子ちゃんね。なるほど」


 何か理解された。凄い不安だ。

 女性は途轍もなく大きい胸に手をあて、名乗り上げる。


「私は風車寧色、女子高生よ」

「はぁ…………よろしくお願いします」

「何か言ってよ、変な人みたいじゃない。ツッコミ待ちよ?」

「え、すみません」


 唐突にツッコミを期待されてもハードル高過ぎでしょ。

 何て言えば良かったの?

 随分とエロいJKだな、とでも?

 いやいや…………。


「来て、ゴーストを見えるようにするから」

「――…………っ」


 話は聞いていたが、こう目の前にすると心臓は早鐘のように鼓動を刻んだ。


「じゃあまたね」と言う怜悧に手を振り返し、風車さんの後ろを着いていく。

 辿り着いたのは倉庫のような小さめの家屋。玄関口で靴を磨く脱ぎ、畳に上がる。


「えっと…………」

「じゃあ、脱いで」

「は?」

「脱いで」


 ――は? 平然とした顔で何を言ってるの?

 身の危険を感じ、思わず腕を抱いてしまう。

 風車さんはそんな私の態度が不服そうだった。


「そんな目しないで、上だけで良いから」

「…………そういう問題じゃ…………」

「心臓の近くを直接触らなくちゃならないのよ」

「それを早く言ってください」


 いや、だからといって嬉々として脱ごうとは思えないけど。

 ベルトを緩め、差し入れたシャツを引き抜く。ボタンまで外したところで一旦止まった。


「……下着もですか?」

「それくらいなら大丈夫かな。背中向けて」

「はい……」


 背中に、心臓に冷たい感触が走る。

 身体は震えそうだが、顔は熱い。

 一体何をするつもりなんだろう。


「あなた…………凄いわね、胸」

「はい!?」

「いや、高校生でこれは…………」

「気にしてるんですから辞めてください」

「ごめんなさい、ちょっと親近感を覚えて。どエロい身体してるから」

「してません!」


 瞬間、風車さんの掌に熱が灯った。熱味の奔流は私の心臓に伝わり、血管をなぞるように全身を駆け巡る。

 血液が沸騰したかのと思った。


「うっ……! 熱っ」

「少しだから頑張って」


 熱は首筋を、そのまま頭部にまで至る。

 両目に激痛が走った。内側から、毛細血管の全てを熱味が支配する。あらゆる感覚が燃え尽くされる。


「目が、燃えっ!」

「…………はい、終わり。これであなたもゴースト・シーカーよ」


 掌は離れたが、余韻が今も全身を焼く。

 痛みは引いても目はおかしいままだ。視界が青み掛かっている。異常事態だ。


「宝石…………サファイアみたいに綺麗な霊力してるわね」


 感嘆が聞こえてくるが、頭がまだ働かない。

 視界を蠢く眩い青色の――それこそサファイアのような流れを夢心地で眺める。

 これが霊力?


「今は弁が開いてるけど、しばらくすれば止まるわ。霊力の扱い方は桜坂君に訊いてね」

「は、はい。この青いのが私の霊力なんですか?」

「そうよ。基本編に青が濃いほど、霊力は強い。だけどこんなに純度の高い青は見たことないわ」


 湧き上がる青色の中には燐光が舞っている。海よりも透き通っているように見えた。

 これでゴーストと人間を見分けられる。

 私の人生がどう変わるのかは未だわからないけど。


「彼は多分、お墓にいると思うから迎えに行ってあげて。道を戻って森の先に屋敷があるから、その近くね」

「はぁ…………」


 いそいそと服を整える。

 風車さんから言われたことを思い出す。そんなにいやらしく見えるだろうか?

 もしかして、桜坂君も…………って、ある訳ないな。

 絶対嫌われてる。


「でも、恩は返さないとだよね」



 ◎


 ――八坂真尋。

 ゴースト・ハンターであり、対霊互助機関〈ゴースト・ハンターズ〉の創設者の一人。

 彼は細身ながらの筋肉質と、やる気に満ち溢れた男だった。

 彼は全てを持っているかに見えた。才色兼備、頭脳明晰、ゴースト・ハンター。

 あらゆる上級ゴーストを打ち破り、仲間を集め、ついにはゴースト・ハンターズを結成した。彼の全ては正しく、誰もを惹きつけた。


 しかし、そんな彼だからと言って全てを思い通りにすることはできなかった。赤い地獄を凌駕するには至らなかった。


 彼に助けられた。

 だけど、代わりに死なせた。

 死なせたことに謝罪を望むような人じゃない。

 だが、墓石を前にしても一度だって素直に礼を言うことはできなかった。彼がどれだけ多くの人に愛されたか知るほど悔しさと申し訳なさが膨れ上がる。

 今回もまた、手を合わせることもなく。


「戻るか」


 踵を返したその先に、雪代が立っていた。

 普通にビビる。

 音なく背後を取られたら誰だって驚く。

 雪代は俺を見て、その奥の墓を見る。


「誰のお墓?」

「八坂真尋」


 赤い地獄に飲み込まれたため彼の遺体はここにはない。ここにあるのは名前だけだ。


「ゴースト・ハンターズの創設者」

「そっか」


 それだけ呟き、雪代は膝を折った。両手を合わせ、念じるように目を閉じた。

 何を考えているのだろう。

 会ったこともない人に彼女は何を語り掛けるというのだ。


「風車さんには会えましたか?」

「あ、それは問題なく。ところで何で敬語?」

「…………流石にまだ制御はできてないか」

「桜坂君に教えてもらえ、って」

「わかった。と、言ってもそう難しいものじゃないけどな」


 少なくとも、ゴースト退治をするつもりがないなら。

 漏出を防ぐだけでゴーストに狙われにくくなる。霊的エネルギーを内側に向けるだけだ。


「…………俺はもう帰るが、雪代はどうする?」

「彼女さんに会わなくて良いの?」


 何気ない一言だった。

 当然でしょ、と言わんばかりに訊いてくる。


「彼女、って…………まさか、いたのか?」


 ――あの厄介な姉妹の片割れどころじゃない欠片が。


「うん、ちょっと挨拶したよ」

「…………名前は何て言う?」

「何でそんなこと訊くのよ」

「いや、確かにそうだな。この際、名前は…………」


 恐らくだが、雪代は逆宮姉妹の誰かに騙された。

 勝手に俺の恋人を名乗る一心三体の乙女に。

 鋭利。

 怜悧。

 乖離。

 こういう場に現れるのは鋭利か怜悧だが、予想したとて無駄だ。誰も本当のことは言わない。


「彼女云々、ってのは真っ赤な嘘だ」

「嘘?」

「俺に彼女はいない。縁が合って助けたら、気に入られるどころか迷惑を掛けられるようになっちまったんだよ」

「…………そういうことにしておくよ」


 雪代さんが全然信じてくれない。

 異性より同性の方が親近感は湧くわな。

 それに俺は嫌われている、信じる理由の方がない。

 いやいや、諦めかけたが、解かないといけないまずい誤解だな。

 まぁ、後で良いか。

 完全に後で面倒なことになる奴だわ、これ。




 ――帰る頃には空はすっかりオレンジ色に染まっていた。奥の方は既に夕闇に侵食されている。

 葉が風に吹かれる音だけが響いた。

 綺麗な空を無心で見上げていると、ふと、雪代は立ち止まる。


「……………………」

「手伝うことにした」

「何を、誰が?」

「私が、赤い地獄を探すのを」

「…………自分の目的はどうするんだ?」

「同じ地獄なら、きっと何か手掛かりがあるかもしれないし」


 何やら言い訳染みている。

 気を遣って手伝ってくれようと言うのか?

 お礼にしては高過ぎる内容だ。この程度の恩、ファミレスで奢るだけで消える些事。

 高過ぎる。何せ人死が出るくらいだ。


 だが――ここで俺が突き放したら、雪代は一人で青い地獄を探しに行く。

 そして、どんな目に遭うかわからない。

 誰にも気づかれずに死んでしまうこともあるだろう。


 今ほど、面食いな自分を嫌悪したことはない。

 他の人だったら断った。


「わかった。なら、俺は青い地獄を探すのを手伝おう、もしかして赤い地獄の手掛かりがあるかもしれないからな」

「先に桜坂君の目的を優先で良いよ」

「あぁ」


 我ながら奇妙な協力関係が構築された。

 歯車が動き出す予感、なんてしない。彼女はどこにでもいる普通よりも優しい女子高生でしかない。


 だが、確実に人、一人分だけ、俺の人生は動き出す。


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