3.ゴースト・オーバーライダー
◎
――今日は日曜日。
学校のない退屈な日である。いつもなら家でゴロゴロ、して動画を見ることで時間を浪費しているのだが今回は生産的なことをしていると自負する。
奉仕活動である。
ジーパンにポロシャツ、というラフな格好をして集合場所の駅前へ赴く。
「時間丁度なんだが……」
辺りを見回せば、走ってくる人影が。
これから彼氏とデートでも行くかのようにお洒落をした少女が小走りしてきた。
雪代桜子である。
彼女は俺の前で止まると、胸に手をあてながら息を整える。
「ごめん、待たせたかな?」
「……どうなんだろうな」
「は?」
「いや、何分で待った、って言っても良いのかわからなくてな」
「……気分でしょ、それは」
ガチのトーンだ。
普通に呆れられてしまった。まぁ、今のは自覚がある。
「気分ね。じゃあ、別に何とも思ってないな」
「怖っ、神経死んでんじゃないの?」
「神経死んでねぇよ。凄い語彙だな」
「言わせてるのは桜坂君だけど、って何なのこの会話……」
「それこそこっちの台詞だ」
「それよりも言うことあるでしょ? お洒落した女の子に言うべきことが」
「…………言うことがないくらいだな、一切文句のつけようがない」
「そこは似合ってる、とかでしょ。別に変わったことを言わなくても良いんだけど」
「失礼だな、素だよ」
「素でこれか……」
急に冷静になる雪代はともかく、移動を開始する。
目的地は都内から離れた郊外にある。車を持っていない学生諸君は電車で向かわなければならない。
一時間半ほど電車に揺られ、そこから二〇分歩いた先、自然溢れる田舎風景の一角に小さな露店がある。アンティークを扱う苔むした雑貨店だ。
「ここが?」と、雪代が信じられないという風に尋ねてくる。
「受付なんだよ」
焦げ茶色の扉を押せば、鈴が鳴る。中は鬱屈した空気が充満していた。自然界の妙に鼻につく匂い。
薄暗い店内を進み、カウンターまで進む。
そこには鬚を蓄えた男が座っていた。彼は俺に気づくと冷たい視線を向けてくる。
「……お前がここに来るなんて一体どういう風の吹き回しだ?」
立ち入るんじゃねぇ、とでも言われている気分だ。
気づかれない程度に息を吐き、言葉を選ぶ。正当性があるならビビることはない。
「霊視できるようにして欲しい人がいます」
「……後ろのか?」
「はい。関石と言います」
「はい、関石桜子です」
直前の会話のせいか、やたら緊張気味だった。
男は椅子から立つと、一転表情を緩める。
「これはご丁寧にどうも、立浪源二郎です。よろしくお願いします」
「は、はい、こちらこそ」
「安心してください。皆、あなたと同じような境遇だった人達です。私達は分かり合えます」
「……はい」
「霊視については話を通しておきます、ごゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
朗らかに笑い、彼は裏に下がっていく。
不気味な後ろ姿が見えなくなったところで雪代は肩を下ろした。
「あの人と仲悪いの?」
「平気で核心を突いてくるのな」
「あ、ごめん。気にしてた?」
「別に隠してる訳じゃないけど…………まぁ、恨まれる理由がある訳だ。ゴースト絡みでな」
「そうなの?」
「嫌われてるのは皆からだけどさ。だから、これから行くところは一人で頼む」
「えぇ!」
情けない声を出さないで欲しい。
胡散臭い奴らばっかりだが雪代ならば、上手くやっていけるだろう、という判断の下だ。
「高校生も結構いるから大丈夫だ」
「いやいや怖いって」
「初めてはそんなもんだろ。それに俺はマジで嫌われてるからな」
嫌われること自体は気にしてない。
少数だが仲良くしてくれる人もいる。
それもこれも赤い地獄から始まった。これを破壊しなければ、この負い目はなくならない。
「俺は俺でやることがあるしな」
「……わかった」
「ただのサークルだと思って良いから。特別なことはない」
そうだ――幽霊が見えるのなんて別に凄いことでも何でもない。
中には特別だなんて言う奴らもいるが、そういう奴は結局何も持たない者だ。
自分の力で手に入れてないものにアイデンティティーを預けるのは頂けない。あくまで個人的な意見だが。
店を出たところで雪代と別れ、奥の林へと足を踏み入れる。踏み締められた小道には雑草がない。
この先には邸宅と、墓がある。
そこには対霊互助機関創設者、ゴースト・ハンターの遺骸が眠っていた。
◎
不安過ぎる。桜坂君はああ言ったが、初対面の上に、新天地。気楽に行くには無理がある。
桜坂君の言われた通りに、道を進むと古びたお寺が見えてきた。ここが対霊互助機関――ゴースト・ハンターズの本部らしい。
「如何にもらしいところね…………」
苔生した石畳を進むと、本殿とでも呼ぶべき瓦屋根の大きな寺院が見えてくる。その前に数十人もの人々がたむろっていた。
これ、全員が幽霊を見える人なの?
彼らは雑談に興じている。私のように怯えている人はどこにもいなかった。
特別じゃない――。
彼が言い残していたことの意味がわかった気がする。
勝手がわかっていないから、居場所がない。
孤独には慣れたと思っていたんだけどな。変に希望を煽るようなことを言うから落差が大きい。
どこか適当に休めるところはないかな?
「君、可愛いね」
その辺を見回していると、軽く声を掛けてくる者がいた。
台詞はともかく、少し警戒する。
声を掛けてきたのはポニーテールの女の子だった。可愛らしい笑みを浮かべている。
「もしかして、君があの?」
「あの、と言われましても…………」
妙に馴れ馴れしいが、悪意はなさそう。
年齢は同じくらいだ、もしかしたら桜坂君が言っていたのはこの娘かもしれない。
「あれだよ、京都が連れてきた、っていう」
「京都? 何京都って……?」
私に古都に関しての造詣はない。修学旅行でも金閣寺とか清水寺くらいしか行ったことないけど。
って、連れてきた、ってことは人名か? 変わった名前の人もいる。
「もしかして桜坂君のこと?」
「そうそう、桜坂京都。変な名前だよね」
「そこまで思ってないけど…………というか呼び捨て…………」
「だって彼氏だし」
「え――」
「え、えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇ!!!」
直後、人のものとは思えない叫び声が聞こえてきた。
というか、私の喉から出ていた。
こんなに驚いたのは人生初めてかもしれない。
目の前にいる少女には勿論、ここにいた人達の視線が一挙に押し寄せ来る。
今すぐここから逃げ出したい!
「…………びっくりした」
「ご、ごめん。驚いたちゃって…………」
「それでも驚き過ぎでしょ」
不快にならず、はっはっはっ、と彼女は笑ってくれた。
いやいや、まさか桜坂君に彼女がいるなんて。
そんな甲斐性があるとは。
私に見せてないだけで、彼女さんには見せているのかもしれないが。
しかし、何この敗北感?
「私は逆宮怜悧、高校二年。あなたは?」
「えと、雪代桜子です。よろしくお願いします、高校二年です」
「私のことは怜悧って呼んでね、敬語もなくて良いから。こっちも桜子って呼ぶし」
距離の詰め方が凄い。桜坂君もこの圧倒的陽キャオーラにやられたのか。
「…………ここにいる皆さんは幽霊が見えるんですよね?」
「そうだよ。みぃんな、ゴースト・シーカー」
「ゴーストシーカー?」
「京都から聞いてないの?」
「…………全然知りません」
そもそも説明する気もなかったと思う。
途轍もなく嫌嫌だったからね。
固有の性質、だとかは言っていたけど。
「全く、これだから京都は……」と呟き、怜悧は人差し指を立てた。「ゴースト・シーカーっていうのはゴーストの見える人全般を指す言葉。ある一定の霊力があれば誰でも当てはまる、謂わば霊感が強い人、ってところかな」
「霊力、って何?」
「…………」
「無言やめて」
「霊力は、私達ゴーストが見える人が纏う力のこと」
「霊的エネルギーとは違うの?」
「それは京都が言ってるだけ。中二病っぽいから霊力って言わないようにしてるんだって」
「紛らわしいな」
中二病を気にしてるのか、彼は。
こういう場に行くんだから一般的な方を言えよ。
と、毒づくは後にして。
「その霊力を励起させるとゴーストとの見分けがつくんだよね?」
「そうそう。中でも霊力が強ければ固有の能力が使える、って感じ。ない場合はただのゴースト・シーカー」
「名前が付けられるんだよね」
「そう、ちなみに私はゴースト・キャリアー。霊力が錘になる能力」
「桜坂君のは知ってる? 教えてくれなかったんだよね」
「あー」
怜悧は気まずそうな声を出し、視線を横合いへ――他のメンバーへと向ける。
「規格外っていうか、ズルい感じだから…………気を遣ったんだろうけどね」
「ズル……?」
「選んで手に入れた訳じゃないけど、やっぱり不公平って思う人も多いから。私は気にしないけどさ」
話したくない、という風でもない。
それは、桜坂君がここの人達から嫌われている原因。
知りたい。
知りたい、と思っている。
怜悧は私の耳元に口を近づけた。
「ゴースト・オーバーライダーの能力はね」
「うん」
「霊力のオン・オフ」
「えと…………つまり?」
「京都は、ゴーストを見るか見ないか自由に選べるの」
私達は分かり合える――そんな言葉が脳裏を掠める。
その中に彼は――。




