第一章8 色付き始める世界
長い回想シーン、終了のお知らせです。
そう。私が、クラスの男子に突然異世界に連れて行かれてしまった六月春来です。
瞳に映るのは、金色の模様の豪華な壁。ここはあの時見た夢と同じ景色なのだ。
私は仰向けで寝ているようだ。ということは、この壁は天井ということだろうか。
あ、そうだ。不貞寝したんだった。普通に寝て普通に起きてしまった。まったく、誰か起こしてくれてもいいのではないだろうか。
「りゅうの、どこ行ったぁぁ!!」
寝起きで機嫌が悪いとかではなく、私は本気で龍乃助に怒っているのだ。酷い顔になるのも気にせず、大口を開けてとにかく叫んだ。
しかし、ガバッと起き上がった私の目の前には、不思議そうな顔をした少女が存在していた。
石のように固まった私と目が合ったのは、金髪のツインテールが印象的な少女。しかし彼女は、勢い良く身を起こした私を見るなり、忽ち笑顔を咲かせ始めた。
「つ、紬……」
「りゅうのー!しゅんちゃんが起きたー!あはは、やっぱり二度目とはいえ、身体が魔法に慣れてないから気絶しちゃったね」
「いや、りゅうの、いるんかい!」
すると。これまた金色の椅子に座り何か作業をしていたと思われる男の子が、顔を上げた。
「さっきの俺を殺しそうな雄叫びで分かったって。やっと起きたかー!おはよ!しゅん」
改めて龍乃助の姿を見ると、まるで真樹がやるゲームに出てきそうな不思議な格好をしていた。そして首には昨日と同じキリンスカーフ。ちなみに今日は顔がちゃんと見えている。更に、腰には三本の剣が備え付けられていた。
「おはよ!じゃなくてですね……。りゅうのくん、この状況をよーく説明してもらわないといけないんですけど?」
私はベッドから飛び降り、半ば興奮気味に龍乃助に迫る。
龍乃助はそれをガードするかのように「まあまあ」と両手で私を宥め、
「色々段階を踏んで説明していくから、ちょっと落ち着けって」
「落ち着いてられるか!私はななを助ける為に――」
「七葉ちゃんなら、しゅんがここに来た時点で――正しくは召喚された時点で、解放されたはず。だから大丈夫だって」
何を言っているのかはよく分からないけど、もう深く考えてたら駄目だ。キリがない。
龍乃助が言っていることが本当なら、とりあえず良かった。まあ良くは無いんだけど。
召喚という言葉を聞いて、私は改めて本当に異世界に来てしまったことを自覚させられた。
「えーっと、まずはあの――ユキだっけ。そいつの正体が鳳凰だってことは説明した?紬」
「うんうん!ちなみにペアリングも済んでるよ!」
Vサインを作りながら言う紬に、龍乃助は少し引き攣った表情で「お前なぁ……」と言葉を漏らす。
確かに、昨日の夢の内容と一致している。ペアリングというのは多分、ユキの足に塗られたあの赤い液体で額に刻印された時のことを指しているのだろう。
「確かに、強制的にユキとのペアリングを成立させてしまったことは悪いと思ってる。でも、私はどんな手を使ってでもこの世界を守りたいの。それにしゅんちゃんは、簡単に言えば私達とパーティーを組んでもらう為に召喚された、逸材なんだから!」
世界を守るとは……?なんだか物凄い規模の話になってる気がしてならない。しかも今なんて言った?わ、私が逸材だって……?
「そう……そうだよな!しゅん、よく聞け。お前は選ばれし存在なんだ!」
選ばれし存在!?
「私達には、しゅんちゃんが必要なの!しゅんちゃんしかいないのよ!」
私が必要!?私しかいない!?
適当に過ごして、適当な人生を歩んできた私。今まで「自分しかいない」などと言われたことの無い私が、そんな魔法のような言葉に心を動かされない訳がなかった。
いや待て、落ち着け自分!そもそもこんな、真樹が読んでたラノベみたいな展開が、本当に現実に起こり得るとでも?
でも――目の前には、私のクラスメイト且つ友達の龍乃助と、あの時友好的に接してくれた店員の紬が、確かに存在している。
「よし、分かった。とりあえず今目の前で起きていることは、夢じゃないって思うことにする」
私は、無理矢理だがこの世界の存在を信じてみることにした。
うん、本当に無理矢理だよ。無理しまくってるよ。今もまだ、どうか夢であってくれという希望を捨てきれずにいるよ。
「ありがとう!しゅんちゃぁん!!」
「良かった。とりあえず第一関門突破だな」
私に抱きついて喜びを全開にする紬と、その様子を横目で見つつ安心したように溜息を吐く龍乃助。
「一年間探し続けてやっと見つけた逸材が、俺のこんな身近にいたなんて予想外すぎるよな……。逆に、なんで一年も見つけられなかったのか不思議なぐらいだよ」
「なんかよく分からないけど、こっちだって普通の友達だと思ってた人が異世界と繋がっているなんて想像すらしたことなかったよ」
予想外なのはそっちだ、と同じように溜息を吐く私。すると脱力と一緒に混乱も徐々に消えていっているような気がした。
――私はこの時、既に気付いていても良かったのかもしれない。
自分が後にこの世界を背負うことになるということを。