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75話 カインとトレント

 

 カインは司令部のドアをノックする。


「カインか?入ってくれ」


 トレントが返事したのを確認して、カインは扉を開けて、中に入る。


「わざわざすまないね、ちょっと君と話がしたくてね。そこに座ってくれ」


 トレントが机で何かを書きながら、椅子を指さす。

 カインはトレントの前の椅子に座って、トレントの言葉を待つ。トレントは書類を端に寄せて、カインの方を見る。


「君は確か第11軍所属だったね。君の活躍は聞かせてもらっているよ」

「いえ、大した事はしていません。自分は何も出来ない、ひ弱な人間なので」


 トレントはカインを静かに見つめる。そして資料を手に取り、パラパラと捲る。暫く捲った後に、1枚の紙をカインの前に置く。


「これは君の戦績だね。君が隊長として先導した部隊の活躍は素晴らしい。しかし、君はほぼ無能力者と聞いているが、1人も敵を殺した記録が残っていないんだが、何故だ?」


 カインは答えられずに俯く。そんなカインをトレントは静かに見つめる。暫く静寂が続いた後に、トレントが話し出す。


「君は確かスルト姫の事件の時に、敵の能力者を殺したらしいが、何故今回は誰も殺していない?」


 カインは顔を上げて答える。


「殺す必要はないと考えてしまいました。自分でも甘い考えだと思ってはいます」


 トレントはため息をつく。


「甘い考えと言ったが、それよりも君の在り方が甘過ぎるという方が正しいな」


 トレントはカインを見つめたまま、話し続ける。


「そもそも、君は何故戦っているんだ?」

「抑圧されてきた皆の自由の為です」


 カインが答えるが、トレントの表情は少し厳しくなる。


「嘘をつけ、君は大切な物を失ってもいないし、抑圧などされていないだろう。君は何となくこちら側に味方しているだけだろう」

「いえ、そんな事はありません…」


 トレントは急に立ち上がり、拳を握りしめ机を叩く。カインはその様子を見て、体を竦める。


「これは命をかけた戦争だ!お前が思っているよりも、残酷で救いようのない物だ!なんの信念も、復讐心もない餓鬼がいていいような場所では無い!」


 トレントは大声で怒鳴りつける。


「君はさっさと荷物を纏めて、魔王領か何処かへ行ってしまった方がいい。軍で君が居るために悪影響が出てしまう前に!」


 トレントの迫力に押されて、カインは顔をあげることが出来なかった。そのままトレントは椅子に座って、事務作業に戻ろうとする。

 しかし、カインは拳を握りしめて、椅子を倒す勢いで立ち上がる。


「そんな事は出来ません!トレントさんは自分に信念が無いとおっしゃいましたが、俺にも信念があります!」


 トレントは顔色を変えないまま、カインの方を見つめる。


「なんの信念だ?適当に言ってるなら、俺は許さないぞ?マヤがお前を認めていても、あいつは自分の周りにしか手が回らん。全体の面倒を見ているのは俺だ」


 カインは息を吐き、トレンドを真っ直ぐと見る。


「俺は自分自身の存在の意義を賭けて戦っているんです!俺はチート能力者以外には何にも役に立たない木偶の坊です!だから、この戦いで俺は皆にとって必要な存在なんだと、そう言い張れるように、皆を引っ張っていきたいんです!」


 トレントはぴくりと眉を動かす。カインは少し震えながら、トレントの言葉を待つ。


「立派な思想だとは言えんな。だが、戦う理由としては別に否定はしない」


 トレントは立ち上がる。そしてカインの方に歩いていく。

「分かった、一応有るんだな。お前がフェンリル軍に残りたい気持ちは。だが、お前は素人な上に甘い考えを持っている。ちょっと隊長としては休め、俺が扱いてやる」


 カインは驚いたようにトレントを見つめる。


「ええ、そんな…トレントさんの手を煩わしたくありません!」


 トレントは不敵に笑う。


「お前一人の面倒見るくらい、手間じゃない。俺がお前を一人前のリーダーとして鍛えてやる」


 カインはそれを聞くと、頭を地面につきそうな程に下げて、叫ぶ。


「よろしくお願いします!」


 トレントは静かに笑う。その様子を影からこっそり覗いていた双葉は、微笑む。別にBL目線では見ていないので、安心して欲しい。



 トレントはカインと共に地図を広げて、話し合う。そこには色々な情報が事細かに書き込まれている。


「この世界では、能力者の配置が1番大事だ。一人一人が最大限に力を出せる場所、チーム、敵との相性が鍵だ」


 トレントは地図の等高線を指す。


「魔術師にも上から撃った方が強い場合と、並行の方が強い場合もある。1番大事なのは戦場をひっくり返しかねない能力者だが、本隊を蔑ろにしていては勝てる戦も勝てん」


 カインは顔を顰めながら地図を眺める。


「情報量が多すぎますね…これを全部処理するの難しくないですか?」


 トレントは地図のいくつかの場所をペンで丸く囲む。


「勿論司令官が全部を処理する必要は無い、現場で対処してもらう必要もあるが、全体を見渡すのは司令官の仕事だ」


 トレントの講義は夜遅くまで続いた。そんな毎日を1週間ほど続けた後にトレントはカインを連れて前線基地まで、装甲車で走る。

 着いた場所はテントが張られた野営地であった。そこでは先頭の準備のために、忙しそうに走り回る兵の姿が見える。


「今までは座学だったが、今回は現場を見てもらう。普通は俺もこんな前線では指揮しないが、この方が実感が湧くだろう」


 トレントは沢山張ってあるテントの中でも一際大きいテントの中に入る。


「トレント司令官殿!お疲れ様です。敵はこの先の道を北上中です!」

「ああ、先日渡した指令書通りのメンバーで行動してくれ、細かい指示は私がだそう」


 トレントはカインをテントの奥に設置してある、机まで連れていく。その上に置かれた地図を指差して、カインに話しかける。


「今回はここで襲撃する予定なのだが、これを見てどう思う?」


 カインは地図を暫く見つめてから答える。


「場所としては両方に崖があって上から攻めるのに良さそうですね。相手からすると、前か後ろかどちらかしか進めない、不利な状況になりますね」


 トレントは頷いて、さらに質問をする。


「そうだな。それでは君はここをどう攻める?戦車部隊と魔力砲兵、通常砲兵を大体でいいから配置してみてくれ」


 カインはその場にあった駒を、地図に置くき始める。その様子をトレントはじっと見つめる。

 置き終わった配置を見て、トレントは話し始める。


「うむ、崖上に砲兵を両方置いて、敵の前方に戦車部隊を配置するのか…まあ、別に悪い訳では無い」


 トレントは崖上の魔力歩兵を戦車部隊の後ろに置き直す。


「どちらかと言うと魔力砲兵はこっちだな。君はあまり分からないだろうが、魔導師は座ったり、伏せたりすると色々と不便なんだ。だが、崖上で立っていたら格好の的だ。それならば戦車を盾に援護射撃していた方が良いだろう」

「成程、砲兵なら迫撃砲や、銃火器で低姿勢での射撃が出来ますからね!被弾面積を減らす為には大切ですね」


 トレントは嬉しそうにカインの背中を叩く。


「そうだな、基礎は大分わかってきたようだな!」


 カインは緊張した感じで、笑い返す。


「こっこれからも頑張ります!」


 トレントはカインと共に作戦を練り始める。ここに新たな師弟関係が出来上がった。


「ねえ、カインの奴仕事すっぽかしてどこ行きやがったの?」


 だが、カインは文字通り燃え上がるような怒りを露わにする姫とエルフに、後でこっぴどく叱られたらしい。報連相はきちんとしよう。


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