緑 髪 鬼 ②
田中健太 の 日記
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6月22日
今日はイヤなことがあった。大森の奴が僕のアクションが気に入らないらしい。たしかに僕は怪人役だが、ヒーロー役だからと言って演出じゃないんだからケチをつけることはないじゃないか。コミカルな演技なんか必要あるのか? 自分のスタイルを僕は信じている。エクスカイザーの収録が停止した。バカにしやがって!
最近抜け毛が多い。心配がなるけど、全体的にはけっこうフサフサしてきてるので、相対的には大丈夫かな。新しい毛が緑っぽいのも気になるのだれども、昔はミドリの黒髪とか言ってたらしいから、緑色でもいいのかもしれない。それにしても気に入らない。大森はバカだ!
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まるでアニメのキャラクターのようだ。伊吹はその男を見て思った。
黒っぽいスーツにストライプのシャツ。エンジのネクタイはSPか? 今どきは流行らないロン毛に一部だけ白いメッシュを入れている。背は180㎝くらいか・・・長身で痩せている。年は若く見えるが、30代くらいだろう。いわゆるイケメンって奴だった。伊吹の見立てでは、あっち系の危ない組織の若頭とでもいった男だろう。あるいは舎弟企業の社長とでもいうところかな。と、考えていた。
土岐が操作室から出てきた。
「紹介しよう。百目鬼君だ。」
「伊吹です。」
伊吹はなんとなくこの男が好きになれそうもなかった。百目鬼の目が伊吹のすべてを見透かしたようで、彼には気に入らなかったのである。
「百目鬼です。」
百目鬼は右手を差し出した。伊吹は軽く握手したが、百目鬼の手は異常に冷たかった。
「まだ、君の採用試験は終わってはいない。ここから先は君の自由意志だが、今なら普通の公僕に戻ることも可能だ。ここであったことは口外しないと約束してもらうがね。」
土岐の口調は平坦で穏やかだが、ある種の凄みがあった。
「ここから先は命がけになる。冗談ではなく、本当の事だ。そして一旦、この仕事に突けば後戻りは出来ない。死ぬか、一生この仕事を続けるかだ、私のようにね。」
伊吹は少し考えて、ニコリと笑った。
「本当にその仕事が俺に合ってると思うなら、俺はあんたの部下になろう。もし、俺の当てが外れたなら・・・」
「そうはならんし、逃げることもできない。それでもいいかと優しく聞いているんだ。」
「いいさ。どのみち後戻りはできねえンだろ。」
百目鬼がデザートイーグルを手に取って、新たなマガジンを装填し、ロックをかけて机に置いた。
「どうする気だ?」
「私の下僕になれるかどうかのテストだ。私がお前の主なのだと口で言ったところで君は納得しないだろ? だから力で分からせてあげよう。君はこれを使うといい。」
百目鬼はニコリともせずに淡々と言う。さも当然であるかのような口調である。
「死ぬぞ。」
「殺す気でかかってきたまえ。そうしなければお前が死ぬ。」
伊吹の脳裏に過去の出来事がフラッシュバックする。
その言葉は自衛隊に居た時、武術教官が言ったセリフだった。
ある時、不意を突かれて、二人の男に羽交い絞めにされた。この二人は武術教官の子飼いの部下だった。弱いとはいえ、仮にも自衛官である。その二人に羽交い絞めにされ動きを封じられた伊吹の間に現れたのはその武術教官であった。伊吹はこの教官に一方的に殴られた。すぐに顔面が血みどろになり、吐しゃ物と小便で服がビショビショになった。
「一対一なら絶対ッ負けねえ!!」
血を吐きながら叫んだ伊吹に、教官は二人に伊吹を放すように命じた。
「殺す気でかかってきな。さもなきゃオメエを殺すぜ。」ケタケタと笑いながら教官は言った。
もはやヘロヘロになった伊吹に反撃など出来る筈もなく、自由な身になった伊吹を、この教官は好きなように殴る。蹴る。
「楽に逝かせてやらねえぜ。」
笑いながら伊吹の後ろに周り、首を固めた。頸動脈を締めれば、数秒で気を失う。だが、締めどころが悪ければ、締められた者には地獄が待っている。この男はワザと決め所を外して、伊吹を苦しませる気だった。朦朧とする意識の中、伊吹は親指を教官の目に突っ込んだ。右目が飛び出し、教官は絶叫を上げた。
二人の部下は慌てて伊吹を襲ったが、伊吹の方が役者は上だった。
この事件が自衛隊を辞めさせられた原因だった。
武術教官は行き過ぎた指導とされ、教官と二人の部下は処分を受けたが、教官の右目は視力を失い、教官の子飼いの二人も大けがを負っていた。3人とも死ななかったのは、伊吹が気を失ったからだった。
自衛隊はこの事件をもみ消した。
形上は伊吹の自主辞職だが、現実的にはクビである。
「同じことを俺に言ったヤツがどうなったか知らねえのか!」
言い終える前に、伊吹の右の拳が百目鬼の顎に飛んだ。百目鬼はスウエーで軽く躱す。
伊吹はそのまま回転し、左の裏拳を顔面に放った。百目鬼はそれを左手で受けたが、そのまま衝撃に流されるようにふわりと飛んでいく。まるで空気のように衝撃の感触が薄い。
土岐は巻き添えをくわぬよう、さっさと操作室に避難していた。ニタニタと伊吹を見て笑っている。百目鬼は数メートル先にフワリと降り立ち、にこやかに笑っている。
『てめえのニヤけた顔を引きつらせてやるぜ。』
百目鬼はターゲットフィールドに移動した。手で『来い』と挑発している。
伊吹は一直線に百目鬼に向かって行った。百目鬼は構えもせず、ただ突っ立っている。伊吹を舐めているのだ。伊吹はそれが分かっているからこそ、まっすぐ向かったのである。間合いに入るまで奴は動かない。その確信があった。
だが、百目鬼は待ってはいなかった。お互いの間合いに入る寸前、円の動きで伊吹の左に回り込んだ。百目鬼は少し飛んで間合いを作る。
ダン! と土埃が舞う。百目鬼の強烈な蹴り足で、地面がへこんだ。肘鉄を先端に、黒い塊の凶器が伊吹を襲う。
『猛虎硬爬山?!』
百目鬼は右の肘を伊吹にボディに撃ち込もうとしたが、寸前で伊吹は体を捻りの右の掌でそれを止めた?
『軽い!?』
伊吹には意味が分からなかった。あの振脚での撃ち込みの攻撃が、こんなに軽いはずがない。ブラフだとしても物理的にありえないはずだったからである。だが、考えている余裕はなかった。百目鬼の攻撃はまだ終わっていなかったからである。伊吹が百目鬼の肘を受けた瞬間、肘が回転して裏拳に移行したのだ。人並外れた反射神経を持つ伊吹の左手が防御に入ったが、今度は肩が回転して左手の防御の裏に回り、百目鬼のジャブが伊吹の頬にヒットした。
大して重い撃ち込みではなかったものの、伊吹は虚を突かれた。
『まずい!』
次の瞬間、百目鬼の姿が消えた。足に摑まれる感触を感じたと思った瞬間、伊吹は宙に舞い、思い切り背中から地面に落ちた。受け身を取る余裕すらなかった。背中に激痛が走ったが、痛がっている余裕はない。百目鬼は追撃の手を緩める気はなさそうだった。
伊吹の両手が大地を掴み、全体重を支えた。体にひねりを加えた回し蹴りを撃つ。当たらなくてもいい、要は立ち上がる事だ。跳ね起きた伊吹はすぐにまた転がり、素早く立ち位置を変える。僅かの時間だったが、伊吹は百目鬼の姿を見失った。
『いない!?』
「遅いな。」
背後から百目鬼の言葉を聞いた刹那、後ろから回された百目鬼の両腕は、伊吹のへその辺りでしっかりと組まれた。ふわりと宙に浮いたと思った瞬間、伊吹はまたも背中から地面に叩きつけられていた。
裏投げである。
さすがにこれは立てなかった。手加減されたのか、首ではなく背中から落ちた。それにしても、伊吹を裏投げするとは、並大抵の怪力ではない。しかも素早い。伊吹が今までに出会ったどんな相手よりも強かった。
それに・・・百目鬼の攻撃は、何かがおかしかった。
咳き込みながら、伊吹はフラフラと立ち上がった。また襲ってくるかと思ったが、今度はけっこう離れた場所で、こちらを見ていた。百目鬼の目は伊吹をあざ笑っているようだった。格闘術では百目鬼の方が伊吹よりも数段上のようだった。
伊吹はクスリと笑った。
百目鬼の笑った顔を見て伊吹は覚悟を決めたのだ。
『マジで殺す気にならねえといけねえな・・・。』
突然、伊吹は百目鬼に背を向けて走り出した。向かっているのはさっきの机である。百目鬼が置いたデザートイーグルがあるはずだった。おそらく百目鬼は伊吹の後を折ってくる筈である。百目鬼の速さからいって、伊吹の前に立ちふさがるかもしれないが、そこにそのまま突っ込むつもりだった。しかし、伊吹の予想は外れた。あっさりと伊吹は銃を掴むことが出来た。しかも伊吹が振り返ると百目鬼は同じ場所に立っているではないか!
『舐めやがって!!』
伊吹は素早くセイフティを外した一連の動作でトリガーを引く。照門と照星の先に百目鬼がいる。
『死んじまえっ!』
この距離なら、どこへ逃げようと撃ち漏らしはしない。それだけの自信がある。例え急所に当たらなくとも致命傷になりうる。それがデザートイーグルだし、ハローポイント弾なのだ。伊吹はマガジンが空になるまで銃を撃ちまくった・・・・のだが。
百目鬼が突然消えた。
素早く動いたというレベルではない。
完全に消失したのだ!
奴は正面に居て、そこに全弾撃ち込んだハズだ‼
百目鬼が居た背後にいくつもの土煙が上がったのに、そこに百目鬼はいなかった。居ればハローポイント弾の強烈な威力を味わっているハズなのだ。
伊吹は呆然としていた。
「まさか・・・ありえない。」
伊吹はふと背後に気配を感じて振り向いた。
果たしてそこに百目鬼は居た。
「そうだ。それでいい。。そうでなくてはこの仕事は務まらん。」
百目鬼は銃を使った伊吹を責めるどころか、にこやかに笑っていた。
「・・・・・お前・・・人間なのか??」
伊吹は言葉を失った。
なぜなら、ニコニコと笑っている百目鬼の額に、もう一つの青い眼が開いていたからだ。




