50話 ゲーム少女に出会う人々
荷馬車の車輪がギィギイと鳴り、ゆっくりと回転をしている。舗装されていない土の道路は馬車の轍により、デコボコとなっており小石どころか、赤ん坊の頭ぐらいの大きさはある石も道路には置いてあり、ロバに牽かれている荷馬車はガタゴトと激しく揺れていて、座ったらすぐに尻が痛くなる。
それでも歩き続けるよりはマシなのだろうかと、荷馬車や傭兵たちが乗る馬車を、そして一際豪華である馬車を見ながら、人間族の少女、レーテルはぼんやりと疲れた身体に鞭をうって歩いていた。
見渡すと300人程度のボロ切れを着た同じ人間族の人々が疲れ切った表情で歩いている。皆、王都に住んでいたスラム街のしかも弱い人間族の集まりであった。
底辺であるスラム街でも格差はあり、人間族はその中でも最弱で、明日食べる食べ物を心配するどころか、今日食べる物すら無い状況で、ひっそりと暮らしていたのだ。
隣を歩いているゼルをちらりと見て、囁くように声をかける。普通に声をかけたら、きっと傭兵たちが暴力を振るうのではないかと危惧しているので、小声での呟きに近い囁き。
「ねぇ、僕たちはどこまで連れて行かれるのかな? お兄ちゃん」
2歳年上のゼルは、レーテルの言葉に疲れた表情で、絶望的な予測を告げる。
「狐人族が言っていたろう? 魔の森の開拓民として連れて行くって」
「魔の森の開拓って、あそこは凶悪な魔物や、幾度となく開拓するための傭兵を跳ね除けた黒龍がいるところだよね? 僕たちだけで開拓するの?」
僕と言っているが、レーテルは男ではない。れっきとした女で今年で13歳、ボサボサの青毛の髪の痩せた少女である。少女がスラム街にいるとわかるとだいたい酷い目に遭うので、僕と言っているだけだ。
13歳なら、もう仕事をしてもおかしくない歳であり、王都ならば、商人の丁稚や、鍛冶屋などの弟子入り、もっともポピュラーな貴族や商人の使用人などがあったが、スラム街出身ではどこも雇ってくれる人はおらず、家族と共にゴミあさりや馬糞処理の仕事をして糧を得ていた。
それでもそんな仕事ばかりでは貯金もできずに、荒れた廃屋にひっそりと住みながら一生を終えるのだろうとぼんやりと確信めいたことを考えており、その予測は間違っていないだろう。
そんな時に突如として現れたのが、傭兵や王都の衛士を連れた狐人族であった。
曰く、慈悲深い神官様が神殿を建立するので、人を雇用するとのことである。
胡散臭い話だし、なぜスラム街に話を持ってくるのか疑問にも思ったので誰もその話には乗らなかったのだが……。衛士がニヤニヤと口元を歪めながら、不法占拠している家屋から出て行かなければ牢獄行きにすると言ってきたのだった。
狐人と衛士は癒着していることは明らかであり、多数の傭兵が周りを囲んでいたので逃げることもできずに、着の身着のまま少しの荷物を持って連行された面々。
最初から荷物らしい荷物も無く、身軽といえば身軽であろうと皮肉げにレーテルは思う。夜半に乗じて、このまま逃げても良い。命に危険が迫っている。それも今までのチンピラ同士の喧嘩とはわけが違うのであって、きっとスラム街の人間族を間引くために行ったのだろうと簡単に予測はついたが。
「逃げてどこに僕らが行くっていうのさ……」
人間族はエルフのように魔法にたけているわけでも、ドワーフのように怪力とその怪力に似合わない繊細な指先も、獣人たちのように強力な瞬発力も五感もない。
神に見放された一族。それが人間族だと声を憚らずに声高に言う者もたくさんいるほどに、他種族の子供にも負ける程に人間族は弱かった。そんな人間族のしかもスラム街出身を受け入れてくれる村などないのだ。逃げる場所などどこにもないのである。
「このまま、魔物の餌に俺らはなっちまうのかなぁ」
ゼルが疲れた様子で諦めたような声音で弱音を吐くが、周辺の大人も子供もちらりとゼルを見ただけで放置した。お腹も空いているし、裸足であるので土の道を歩き続けることもきつい。その弱音に反応する気力もないのないない尽くし。
開拓村と称する間引くための処刑場では、せめて最後にお腹一杯に食べさせてくれないかなと、それだけを希望にするレーテルに叫び声が聞こえた。
なんだろうと叫び声をあげた方を見ると、傭兵の一人が空を指さして驚いている。なにを指さしているのかと見やれば、小さい豆粒のような赤い塊がぐんぐんとこちらへと近づいていた。その姿は鳥のようであり、鳥の速さでも鳥の大きさでもなかった。
かなりの距離であるはずなのに見える巨大さ。陽射しに染まり赤く光る鱗、強力な四肢に人など簡単に呑み込める程に口は大きく牙が輝いている。
威圧感に満ち溢れ、周辺に絶望を撒き散らすのは竜であった。滅多に出てこないが、出会ったら死の覚悟を決めねばならない魔物の王。
「逃げろ〜!」
「振り向かないで走れ!」
「もうおしまいだ〜」
蜘蛛の子を散らすように、バラバラに逃げようとする人々だが、レーテルはへたり込み唖然と竜を眺めていた。勇壮にして死の代名詞、倒した者は竜殺しの英雄と持て囃されるか、崇めている竜人たちは喜びながら生贄となるか。
「レーテル、逃げよう! ここから逃げるんだ!」
ゼルがレーテルの手を握って懸命に叫ぶが
「お兄ちゃん、ここは魔物の森に近いんだよ? 逃げても野垂れ死ぬだけだよ」
はぁ〜と予想以上に早い命の終わりだと、ポロポロと涙が落ちる。そんなレーテルを見て、ゼルも両親もへたり込み疲れたように言葉を発した。
「そうだな……。たしかに悲惨な終わり方をするだけだな…」
ゼルたちも終わりだと理解して、絶望の表情を浮かべる。レーテルはせめてお腹いっぱいに食べたかったと、物心ついた頃からの夢を思い出して涙を流していると
「ちょっと、逃げないでくださいよ。私の民なんですよね? グリムさん、ここにきて裏切りですか? ハンター流の怒りを見たいのですか?」
そんな場違いな鈴を鳴らすような可愛らしい声が竜から、不思議と通る大声でもない不思議な声が耳に入ってきた。
慌てたような怒っているような声に慌てて逃げようとしていた一番立派な馬車が停止して、狐人族の太った男が転がり落ちるように出てきた。
「アリス様! アリス様ですか?」
その言葉に竜が、グワッと大きな口を開き叫ぶ。
「無礼者! 誰が直答を許しましたか! 話はアリス様の第一の眷属にして、神竜候補のオズを通しなさい!」
その咆哮にも似た恐怖と威圧を感じる竜の声に、周りは逃げることをやめて、麻痺したように立ち止まる。
「オズ、うるさいです! 今は私がグリムさんと話しているんですから、邪魔をしないでください!」
よくよく見れば竜の頭に美しい少女が立っていた。腰まで届く長い艶かな見たことのないぐらいに美しい黒髪、ぱっちりした瞳はキラキラとして見えて、小さな唇と可愛らしい顔たち、そして10歳ぐらいだろうか、自分よりも小柄だが健康そうな肌。そこには美しくされど子供の可愛らしさをもつ少女がいた。
「しかしアリス様。アリス様への直答は選ばれた人々のみにしたほうが、あ痛っ、すいません、もう言いませんのでっ」
ペチリペチリと可愛らしい小さな手で叩く少女に竜は縮こまったようにも見えていた。あれ程恐ろしい竜が、まるで子犬のように少女に従っているとわかった。
グリムと呼ばれた商人が、深々と頭を下げて挨拶をしている。
「ご機嫌麗しゅう、アリス様。その竜はもしやアリス様が使役なさっているのですか? 安全と見てよろしいのでしょうか?」
私たちにはあれ程尊大な態度であった商人は汗だくになりながら、少女の顔色を窺いながら聞いている。
フンスと鼻息荒く得意げな表情で、少女は元気に返事をした。
「そのとおりです。この竜は私が雇いました。ちなみに裏切ったらもれなく素材にする予定ですので怪しい素振りがあったら教えてくださいね」
「アリス様! 我は裏切りませんよ! こんなチャンスは二度とないでしょうし」
グワッグワッと叫ぶ竜は滑稽であり、その少女は見かけとは違う強さを持っているとなんとなく思う。
「ほらほら、お前ら、集まるんだよ! あんたらのご主人様だよ!」
「逃げてる奴らを集め直せ! さっさとやれってんだ!」
猫人族の団長と犬人族の団長が吠えるように凄みを見せて人々を集めて、アリスと呼ばれた少女へと近寄る。
赤竜が頭を下げて、少女は軽やかに降り立つ。その降り立つ姿も美しくって、僕は呆然とその少女を見ていた。
そんな視線に気づいたのだろう。アリスは僕を見ると、ニコリと微笑みを向けてくれたので、同性なのに頬がなぜか熱くなる。あんな美少女がいたんだと思いながら。
「アリス。その竜はどうしたんだい?」
「さすがは姐さん! 俺たちが驚くことをやってくれる!」
「アリスちゃん、久しぶりだね!」
和気あいあいと傭兵団が集まり、ニコニコとアリスと呼ばれた少女は微笑みながら、私たちを見渡した。
「まぁ、予想通りの人々ですね。少し少ない人数なのが残念ですが、まぁ、それは後々にまた集めるということにしましょうか」
そうして、スカートをちょこんとつまみ、腰を少し落として可憐な姿で挨拶をしてきた。
「安心格安で確実に依頼をこなし、あなたたちを雇ったバウンティハンターの魔風アリスと申します。これからよろしくお願いしますね」
アリス様に出会った最初の挨拶を、僕たちは戸惑いながら聞くのであった。それはこれからの人生が様変わりするかもという予感も感じさせた日だった。




