挨拶代わりに
「――?」
振り向く男性。上憑斗真その人であった。
上憑は詩雄の顔を見て驚いた。あの時から目をつけていた相手が目の前にいるのだから無理もない。しかし面には出さずに平常心で向かう。
「あのぅ……どなたですか?テロリストというのは……あはは、何かの企画ですか?」
気さくで柔らかいイメージ。大抵の相手はこれで警戒が弛むので、いつもの調子で上憑は返した。取り敢えずは一般人のふり。
「キモい誤魔化しは無しで。あたしらの事知ってんでしょ。昨日の廃ビル」
けれど、詩乃から情報を得ていた詩雄には通用せず。また、情報が無くても、詩雄には感付かれてしまうだろう。高められた五感と野生的な直観、最近練習している共感覚により、空から彼を見つけ出したように。
背の低い彼女は上憑を見上げながら、高圧的に接した。虚勢ではなく、極々自然に。
その言葉によって上憑きは悟り、ニタリ、と舐めるように口角を吊り上げる。
「――なあんだ。詩乃君、教えちゃったのかな。いやぁ、でも好都合だ。まさか君から来てくれるとはねぇ」
蛇を思わせた、上憑の本性が露となる。バレているのなら、隠す必要など無い。状況から考えて予想はついていたが。
「僕の特徴でも聞いたんだろうけど。でもこんな人混みの中、どうやって見つけた?そもそもどうして此処だと?」
「臭いでわかんのよ。あんたからは腐った魚みたいな臭いがする。後は聞いた顔つきに合ってるか、それだけ」
兄からプレゼントされた嬉しさを、人知れず自分だけで楽しみたかったのもある。でも理由としてはもう一つ、上憑の探索の為にビルからビルへと飛び跳ねていた。その方が早いから。
「――素晴らしい。やはり、君と詩乃君は僕たちとは何か違うようだ」
ニタニタしながら、品定めするみたいに詩雄を眺める上憑。
「ここでは目立つな。場所を変えよう」
「その必要は無いわ」
「は――?」
瞬間、詩雄は踏み込み、右足を目の前の腹にめり込ませた。
――吹き飛ぶ上憑。ダンプカーにでも衝突したかの様な速度で、通行人を巻き込みながら後方へと転げ回り、ファストフード店の中へ激突。けたたましい破壊音が鳴り響いてから、今度は人々の悲鳴が辺りを騒然とさせる。
パニックになる喧騒の中、詩雄は周りを真似てキャーキャー喚く。両手を上げてバタバタと振り回し、小走りでわざとらしくあたふた。特に意味はなく、なんだか面白そうだったのでやってみる。
そのままに、逃げ惑う者たちとは逆行し、上憑がいる店へと彼女は向かって行く。
詩乃と分かれたのは、この為だった。本気で探そうと思えば、こうして容易く見つける事は出来る。
だが、まどろっこしいのは嫌いだ。話し合う前に暴力で捩じ伏せる方が、彼女には性に合っている。いま現在それを実行したように。
大事になるのはわかっていた、だから詩乃を巻き込みたくなかった。でもそれを伝えるのは恥ずかしいので、自分ひとりで片を付けようと思い至った。健気と言えば、間違いでは無いかも知れない。
……それ以外は何も省みていない訳だが。詩雄なりの気づかいではあった。
後々、責任を負う黒色零子から、詩乃が八つ当たりを受ける事となるのは言うまでもない。




