1ー4 違和感
白い部屋。
薬品の匂いの漂う、俗に言う保健室に備え付けられているベットで結は眠っていた。
戦うこともある幻操師にとって怪我は日常茶飯事だ。
この幻力が一つの概念として存在する幻理領域内では、その身に宿る幻力が無意識に体を強化しているため、肉体は頑強となり、回復力も強化されているため、治るのは物理世界よりも遥かに早いのだが、当然の如く怪我はするし、幻力があるからと言って、【幻操術】があるからと言って、全ての怪我が一瞬で治ったりする訳ではない。
そのため保健室は従来のものよりも大きく設計されており、カフェ同様、沢山の個室が用意されている。
名前は保健室ということになっているが、これはすでに実質、病院と何ら変わりはなかったりする。
会長はそんな保健室の個室を一つ借り、そこに結を寝かせていた。
「んっ……ここは?」
結は目が覚めるとぼんやりする頭を軽く手で押さえながら起き上がろうと身をよじるが、すぐに優しげな手つきでそのまま寝かせられてしまっていた。
「やっと起きた?」
結の目に映ったのはベットの隣に備え付けてある椅子に座った会長の姿だった。
「二人をそして生徒を助けてくれてんだって?ありがとう、あたしからも礼を言うわ」
会長は優しく微笑むと長い髪が顔にかからないように手で押さえながら結に向かって頭を下げた。
Sランクという上の存在である会長が頭を下げる姿を見て心から凄いと思う結だった。
実力や権力を持っている人は、それだけプライドが高いことが多い。
自分の仲間を助けてくれてありがとう。
そう言って素直に頭を下げる会長に、尊敬の意すらも感じていた。
「頭、上げてくださいよ、そういうのあまり似合わないですよ」
「むぅ、失礼ね」
結が頭を上げてほしく苦笑いしながら冗談っぽく言うと、会長は拗ねたかのように頬を膨らませると、そっぽを向いてしまっていた。
「結が起きたことみんなに伝えてくるからもう少しおとなしく寝てなさい。これは命令よ」
「俺ってどれくらい寝てたんですか?」
会長が立ち上がりながら結に命令というか、警告をすると結は会長を引き止め、どれだけ眠っていたのかを尋ねていた。
お腹の空き具合からそこまで時間が経っている気はしないが、少なくとも十分やそこらではないだろうと思い。どれだけ会長に迷惑を掛けてしまっていたのか心配する結だった。
「ん?そうね、まぁ一時間前後よ」
「……色々ありがとうございます」
一時間前後、起きた時間に偶然いたとは思えないからずっと看病していてくれていたのだろう。
他にも後始末のことを考えれば楽ではなかっただろうし、恩着せがましい態度を全くとらない会長を少し見直す結だった。
「べ、別に音無君のためじゃないわよ、生十会会長として生徒のために励んだだけよ」
ストレートに礼を言われて照れてしまったのか、頬を赤くしながらも会長は照れ隠しをしつつ保健室を出て行った。
(ツンデレだとしてもベタ過ぎじゃないか?)
会長の鉄板過ぎる反応に心の中でそう溢すと、おもしろそうに笑ってしまっていた。
「……はぁ、身体辛いな」
結の作り出したジャンクションは幻操術によって本来以上の力を無理矢理引き出すものだ。
発動中、その実力は通常時と比べて段違いの差があるが当然のことデメリットがある、まずは能力の解除後に起こる過度の疲労感だ、そして身体にも負荷がかかるため疲労感と痛み、二重の苦しみを味わうことになる。
デメリットはもう一つのあって一定時間ブーストをかける代わりに通常時は本来よりも実力が下回ってしまう。それに結の発動したいタイミングで発動できなり理由もある。
結のFランクでありながらF•Gに入学できたのはにはこういうカラクリがあった。
結がそのまま横になっていると会長から結が起きた事を聞いたらしく、生十会メンバーがこぞってやってきた。
「音無さんっ先程は助けてくださりありがとですっ!!」
真冬は結の姿を見ると、目から大量の涙を流しつつ、結の手を両手で優しく握り何度も何度も頭を下げて、お礼の言葉を雨のように浴びせていた。
「僕からもお礼をさせてください、音無君のおかげで真冬も僕も無事に助かりました」
「二人ともそんなにお礼しなくていいってば」
皆が来る前に、起き上がることはできるようになっていた結は、日向兄妹から連発されるお礼という名の機関銃を連射されつつ二人が落ち着くまでされるがままになっていた。
「ねえねえ、結が無事だったってことはわかったんだし、これ以上は迷惑じゃない?」
「確かにそれもそうだな」
会長が個室を借りてくたので、他の病人はいない。
多少の私語は平気だと思われるが、ここが保健室であることに変わりはなく静かにするのが当然だ。
桜は結の身体のことを気遣って皆に退出するように言った結果、生十会メンバーの皆は生十会室に戻ることになっていた。
「お身体にお気をつけて」
六花が最後にそう締めると、みんな結のことを心配そうにしながらも、生十会室に帰って行った。
「で?本当に大丈夫なの?」
「……気付いてたのか?」
あの中で唯一、生十会メンバーでは無かったため、病室に残っていた楓は、皆が部屋から出て行くのを確認すると、結にそう問い掛けていた。
「当たり前だって。多分みんな気付いてるよ」
「マジかよ……」
結は力尽きるようにベットに倒れると、はぁーっとため息をついていた。
「結、あまり無茶しないでよ?」
「……約束は出来ないな」
「……そっ。結がそう言うなら無理には止めない。けど、これは覚えといて」
いつも眠たそうな声をしているにも拘らず、突然真剣味を帯びた声色で言うため、結が耳を傾けていると、楓は真剣な眼差しで言った。
「結が消えたら。あたしは悲しい」
「っ!?」
楓の言葉に、結の心臓はドクンと大きく脈打っていた。
「まだ、出会って一ヶ月も経ってない今のあたしがこんなこと言っても、なにも伝わらないかもだけど。言わせて貰うよ」
「……何をだ?」
「結はなんで、あたしたちとの間に壁を作ってるの?」
「壁なんて……」
壁は、あった。
あの日から、結は誰かに心を開くことに恐怖を感じていた。
あの日。
たった一日だ。
たった一日で、結の日常は全てが壊されてしまった。
結の能力にはデメリットがある。
それが、能力使用後の全能力の低下だ。
それは能力低下という言葉では生温い。完全に戦闘力が○になってしまうのだ。
あの日は丁度、その能力低下の日だったため、結は自室で寝ていたのだ。
そして、それは起こった。
次の日。
結がいつもの場所に行くと。
そこに広がっていたのは。
「あっ、ああ、あああああああああっ!!」
「っ!?結っ!!」
楓の言葉によって、過去のトラウマが蘇った結は、その心を崩壊させかけていた。
結は焦点の合わない目で、何処か遠くを見詰めたまま、狂ったように叫んでいた。
「……ごめん」
壊れてしまった結を見て、楓は悲しそうな表情を浮かべると、小さく謝っていた。
楓は結のことを優しく抱きしめると、結の首に、手刀を振り下ろしていた。
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「……あれ?」
いつの間にか寝てしまっていた結は、起き上がるとあれ?っと首を傾げていた。
軽く仮眠をとっていたはずにも拘らず、何故か体の具合が悪くなっていた。
特に首に鈍い痛みを感じていた。
トントン。
結がそんなことを思っていると、病室に静かなノック音が響いた。
結が「どうぞ」と声をかけると「し、失礼します」っとなんだか慌てた様な声を出して、カクカクとしたぎこちない動きで入ってきたのは日向兄妹の妹、日向真冬だった。
「どうした?まぁ取り敢えず座んなよ」
結は体を起こしながら、もじもじしてなにかを言おうと口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している真冬に、取り敢えず座るように促すと、真冬はやはりカクカクとしたぎこちない動きで椅子に腰を下ろした。
「えーとですね……」
体を起こして待つこと数分口をパクパクさせた後、決心がついたのかおずおずと言った風に真冬は話し始めた。
「た、助けてくださってありがとですっ!!」
「へ?」
一度されたお礼の言葉をまた言われるとは思っておらず面食らってしまった結は、すぐに笑顔になるとお礼を言った途端恥ずかしそうに顔を赤くして俯いてしまった真冬の頭を優しく撫でていた。
「さっきも言ったろ、お礼なんていいってさ。可愛い女の子を助けるのは男として当然だろ?」
結はすっかり縮こまってる真冬を元気づけようと、少しキザッぽく言うと、そんな結にびっくりしたのか思わず顔をあげた真冬にウインクをした。
「……そんなのずるいです」
「え?なんだって?」
真冬の呟きが小さ過ぎて聞き取れなかった結が聞き直すと、真冬は突然椅子から立ち上がり結の座るベットに腰を掛けると両手を胸の前でもじもじとさせると覚悟を決めたかのような表情になると突然、結に体を寄せ始めた。
「ちょっ真冬!?」
突然の奇行に驚く結を置いていき真冬はどんどん結にしなだれかかってきていた。
「……真冬は音無さん……いえ、音無様に命を助けてもらったです。だから真冬の全てを音無様に捧げようと思いますです」
真冬は結を誘惑するかのように十三歳になり育ち始めている胸を腕に押し付けるように腕に抱き着くとそんなことを言い出した。
「真冬……」
真冬は結の腕に抱き着きながら手をそっと結の胸におくと結の首筋にそのすべすべとした頬をすりつけ始めた。
「音無様……」
真冬は結の耳元で甘えるような声を出すと結も我慢が出来なくなったのか、ずっと下ろしていた手を真冬を抱き締めるようにあげると
「ていっ」
「あうっー」
真冬の頭にチョップをお見舞いした。
「たくっ、命を助けてもらったから自分の全てを捧げるだと?自分をそんなに安くするな」
「でも……」
結はため息をつくと、なかなか引こうとしない真冬を突き放すのではなく、逆に優しく抱き締めていた。
「ふぇ?」
拒否されていたはずなのに、急に抱き締められて困惑してしまう真冬をよそに、結は真冬の耳元で囁いた。
「恩のある相手を困らせていいのかな?」
一瞬考えてしまい動きが止まった真冬の耳元から顔を離すと、真冬の頭を胸で抱き締め、その頭を優しく撫で始めていた。
「そんなに急がなくていいよ。俺に恩を感じる感じないは真冬次第だよ。でも俺は今返されることを望んでいないだから今は貸しってことにしておけばいいんじゃないか?」
「ですが……」
今だに引く気を見せない真冬を胸から離し潤み始めている瞳を真っ直ぐ見つめながら結は次にどうするかを考えていた。
「じゃあ今後は俺の言うことを聞いてくれないか?」
気が付けば自然にそんな言葉が出ていた。
なんでそんなことを言ったのか結自身驚いていたが、そんな結の意識を置いて次々と溢れるように流れる言葉を真剣な目で真冬を見つめ話していた。
「今後は俺が言った時に力を貸してくれ、それが俺にとって一番の恩返しになるんだがどうだ?」
真冬は俯き、考えるような仕草をすると、決心したように小さく頷き、ぱっと頭を上げて「わかりました音無様がそう言うのであればそうするです」と言うと自然な笑顔になってくれていた。
結は真冬を見ていてすぐに気が付いていたが、真冬は心から全てを差し出そうとしていたわけではなかった。
あの出来事がきっかけで真冬は結に確かな好意を抱いていた、それは確かだしかしそれはまだ恋愛感情にまで育っているわけではない。
友達に対する好意と恋人に対する好意。その二つの間に真冬はいたのだ。しかし真冬はまだまだ幼い十三歳の少女、それもまだ恋人のできたことがない真冬にとってそれがいったいどちらの好意だったのかわからなかった。
だからそれが恋愛感情だと誤認した真冬はこの気に結に自分を差し出そうとしたのだった。
結に諭されそれに気が付いた真冬は感謝の気持ちを伝えるための別の方法を与えてくれた結に感謝をしたのだった。
顔を上げた真冬の顔はさっきまでのどこか悩んでいるような表情ではなくスッキリした表情をしていた。
「音無様いろいろありがとうございましたです」
真冬はベットから立ち上がるとくるっとその場で回ってまだベットの上に座っている結に合わせるように屈むと結の顔を覗き込んで微笑みながら言った。
「それとその様って言うのはやめてくれ」
「嫌です」
真冬は笑顔とで言うとまるで何かを催促するかのように結の目を見つめた。
「……はぁ〜、じゃあやめろ」
「嫌です」
真冬は笑顔でまた拒否すると次の言葉を促すように首を傾げた。
「真冬は俺になにを求めてるんだ?様付けは嫌だぞ?」
「真冬は今後、音無様の奴隷あるいは部下みたいなものなのですよ?上官が部下に言うことを聞かせるためにはあれしかないです」
結は視線を斜め上に向けて考えているが真冬は今だにニコニコと笑っていた。というよりさりげなくとんでもないことを言っているような気がする結だったがあえて完全にスルーすることにしていた。
(それよりもなにを求めてるんだ?……いえ、なんとなくわかったような気もするが……)
真冬の顔をもう一度見るとやはり何かを期待しているような目をしていた。
「……はぁー、それじゃ命令だ。今後様は抜くように」
「了解ですっ」
真冬は待っていましたっと言わんばかりに最上級の笑顔になると片手を挙げて敬礼のポーズをとった。
「えーと迷惑かけてごめんなさいです」
真冬は病室から出ようと、出口に向かうと途中で振り向き、謝罪の言葉を口にした。
「退屈してたし問題ねえよ」
そう言うと真冬は「良かったです」と言うと、再び出口に向かい扉を開け部屋から出ると、扉を閉じる際に一言「お大事にです」というと扉を閉めた。
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次の日、身体の調子が元に戻った結は昨日の報告をするため既に何度も通っている生十会室に向かっていた。
生十会室に初めて行った時も結はジャンクションを使っていたがここまで体調を崩すことはなかった。
理由はもちろんあってジャンクション=カナは二丁拳銃を使った遠距離タイプであるのに引き換えジャンクション=ルナは二刀流を使った近距離タイプだ。
カナと比べてルナは全身を激しく使用するため体力はもちろんのこと全身の筋肉の消耗があまりにも激しいのだ。
結果、ルナを使うと結は約一日間動けなくなってしまうのだ。
「失礼しまーす」
生十会室に着いた結は既に自分の定位置になりつつある席に座ると報告を始めた。
昨日遭遇した、蟹型イーターはどうやら幻操術を無効化する能力、いや無効化というより弱体化させる能力があったのだろう、日向兄妹の術はもちろん、カナの銃弾も全て一種の幻操術だ、だから弱体化されてしまい弱体化した術は蟹の甲殻に弾かれてしまったのだろう。
そのことに気が付いた結は幻操術による遠距離攻撃ではなく、幻力によって強化した刀によって戦うことにしたのだ。
結果、幻力で強化された刀は弱体化によって幻力による強化を弱くされてしまっても多少でも強化された刀の切れ味と結のルナの力によって切断することができたのだ。
「なるほどね、お手柄よ音無君、このことは教務課に伝えておくわね」
「いえ、結構です」
会長は今回の結の功績を上に報告して結のランクを上げようと提案をするが結はそれを迷いなく断っていた。
「理由を聞いてもいいかしら?」
「俺は評価されるためじゃなくてただ、目の前で大切な人が死ぬのを見たくないだけですから」
「あぅ……」
幻理領域での死は物理世界での死ではないにしても、それは心に傷を残し傷付いた心ではもうこちらに来ることはできない、幻理領域での知り合いと物理世界で出会ったとしても頭にもやがかかり気が付くことができないため幻理領域にこれない、つまりそれは永遠の別れになってしまう。
心が傷付き苦しんでいる大切な人の安否をただ祈ることだけしかできないそれはある意味死よりも双方にとって恐ろしいものかもしれない。
そう、言われている。
何故、言われていると曖昧な表現をしているのかは、あまりにも単純だ。
君は、人が死んだ後にどうなるかを知っているかい?
答えはこうだ。
知らない。
君はそう言うはずだ。
何故なら、それを体験している人なんていないからだ。
だから、実際に【幻理領域】で死んでしまった時に、どうなるかなんてわからないのだ。
ただ、一つだけ言えることがある。
それは、【物理世界】であろうと、【幻理領域】であろうと変わらない真実。
死んでしまった人とはもう会えない。
それがたった一つの確定している真実だ。
結がそう言うと同時に真冬が恥ずかしそうに縮こまっていた。
結の揺るぎない覚悟を悟った会長はそれを認め、誰がやったかは公にせずに正体不明の誰かということにしあの時の女子生徒にも黙っていてもらうことにした。
イーターの出現で歓迎会は中止になってしまったため、今日はまた歓迎会をやることになっているらしい。
ガーデンは物理世界の学校のように細かく日程が決まっている訳ではないため、行事の日程にはある程度融通が効くのだ。
結は皆に、特に楓から休んでいるようにと言われ、まだ疲労が残っている結としてはお言葉に甘えることにした。
(ん?そもそも俺って入会してないぞ)
まるで結のことを会員の様に扱う生十会に対して心の中で愚痴る結であった。
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暗い部屋の中、手術室にあるような台の上に綺麗な銀色の長い髪をした少年が横になっていた。
腕からは何本ものチューブが繋がっており眠っているのかその目は閉じていた。
安らかに眠っているように見えて、少年は時折苦しそうな唸り声をあげていた。
少年の眠っている手術台の前には沢山の子供が、まだ幼い少女が倒れていた。
少女たちは皆、まるでイーターのように足先から徐々に消えていっていた。
消えながらも少女達の表情に浮かんでいたのは、絶望や恐怖はなどではなかった。
それどころか、幸せそうな、そして、どこか誇らしげな顔をしていた。
「まだだ、まだ至っていない。これはまだ私ではない、私こそーー」
ふと呟き、目を開けた少年の左目には銀色に光り輝く六芒星が刻まれていた。
少年が目を開けると、倒れていたたくさんの少女の内一人も、同じタイミングで目を開けていた。
少女は上半身を起こし、視界に少年を写すと、消えつつある自分の体を一瞥すると、再び少年に視線を向けていた。
「あなたこそ王です、我らが主よ。あなた様の糧となれることを心より感謝いたします」
少女が少年に向かって話し掛け、少年が少女を見つめ返し、目で返事をすると、少女は言いたいことは言ったとばかりに口を閉じると、幼くも十二分と魅力的な笑顔になった。
「ーー王だ」
少年の呟きと同時に、少女達の姿は跡形も無く消えてしまっていた。
「いつまでも我らはあなた様のお側に」
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身体の疲労が抜けていなかった結は生十会の隣にある休憩室で横になるとすぐに眠りについてしまっていた。
「んっ……いつの間にか寝ていたのか」
結は眠っていたせいでぼんやりする頭を、頬を数回ペシペシと叩くことによってスッキリさせると、まだ治らぬ身体の疲労感に任せ、そのままベットに横になっていた。
(あの少年は誰だったんだ?何処かで見たような……記憶の混乱、これもジャンクションのリスクか)
結は横になりながら、さっきまで見ていた夢を思い出していると、自分の心がざわつくのを感じていた。
それと同時に、ジャンクションによる記憶の混乱というリスクに対して憎らしげ鼻を鳴らした。
結が『ジャンクション』を作った時、結はまだまだ【幻操師】として駆け出しだった。
そのため、結の作った【幻操術】『ジャンクション』は多くの欠陥を持っていた。
発動は任意ではなく、とある状況が必要になり、使用後は激しい疲労感に見舞われる。
そして、『ジャンクション』を覚えてから永遠に続く記憶の混乱。
元々無くしていた記憶とは別に、結は『ジャンクション』によって記憶を断片的に忘れてしまっていた。
『ジャンクション』は強い力を持っている。
『記憶』さえしていれば、どれだけ強い人間だろうと、その力を己の身に映し再生する。
【幻操師】としての才能が人並みしかない結が、【幻操師】のエリート、Aランクと同等の力を持っている中型イーターを遥かに上回る力を手に入れることが出来たのだ。
『ジャンクション』の効力は余りにも高い。
しかし、それには多くの代償が必要だ。
使用後だけでなく、覚えるだけで大きな代償を背負うことになる。
『ジャンクション』とは、人間の精神世界の中にある、意識していない行動、つまり無意識で行う行動を司っている部分の一部分。
記憶する部分の一部を対価として失うことによって、その空いた部分に記憶から作った『幻人格』を刻むのだ。
結は『ジャンクション』を使っている内にそのリスクを知った。
そして、それと同時にあることを考えていた。
(もしかしたら。俺の無くしていた記憶も、何かの対価として失ったのか?)
断片的な記憶の損傷が『ジャンクション』のリスクだとすると、もしかしたら過去の自分は『ジャンクション』以上にリスクのある術を作り、その後遺症として記憶を失ってしまったのではないかと考えていた。
(記憶は絶対に取り戻してみせる。それが、あいつらのためにもなるよな)
「あっ、今度は起きているようですね」
気配も無く入室していたのは、生十会副会長、柊六花だった。
今度はということは、どうやら来たのはこれが初めてではないだろうと思い、意外に六花が自分のことを気遣ってくれていたことに気が付いた結は、なんだか照れ臭くなり、身体を起こすと目を逸らしながら六花に用件を尋ねた。
「なんか俺に用か?」
「用が無くては来てはいけませんか?」
六花の勘違いを起こしそうになるセリフと微かに首を傾げた姿に見惚れる結だったが、六花が笑いを堪える様にしている事に気が付き、我を取り戻していた。
「私に見惚れていたのですか?」
六花は微笑むとクスクスと小さく笑っていた。
(こいつ本当に並の中学生かよ、いやそういえばSクラス、並じゃないか)
結は中学生とは思えないほどにどこか大人っぽい六花の雰囲気に呆れながらも、六花に話を促していた。
六花はピタッと笑うのを止め真面目な顔になって話し始めた。
「前回あなたが討伐した蟹型中級イーターですが不審な点がありまして、念のために警戒をレベルを引き上げることに決定しましたのでそのご報告をと思いまして」
「報告って……俺は役員じゃないんだが?」
「前回の事件を解決したのですからどうせなら最後までやってください」
「……」
不審な点は確かにあった、結が不調だったため結の前で今まで話題にしていなかったが前回のことは人為的なものがある可能性あった。
ガーデンには結界が張られておりイーターの侵入を妨害する作用がある、侵入を防ぐことが出来ない場合でも侵入された時にその位置などを知らせる効果がある。
あの時警報が鳴っていたがそれも結界による効果だ。
しかしAランク相当の力を持つ中級イーターだとしても結界を通り抜けることは不可能だ、最初は幻操術を弱体化させる能力でどうにかしたのかと思ったがその程度の小細工ではSランク以上であるマスターランクの結界を通り抜けるのは到底無理だ。
「とはいえ、無理をなさってあなたが壊れてはこちらにも不都合がありますので、何かに気が付き、尚且つ動けそうなら動く程度でいいですよ」
「……言い方がなんとなくムカつくが言いたいことはわかった、頭の片隅にでも置いておくよ」
六花はそれだけ言うと「では」と残しさっさと退出していった。
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「……不審な点ねぇー」
結はベットに横になりながら六花の言葉を思い出していた。
不審な点に対しての心当たりが結の中に三つあった、いや正確には二種類と一つというべきだろうか、そしてその一つとは……
(あの時の、誰か。……あれ?あの時ってなんだ?くそっ記憶の混乱がまたっ……)
思い出そうとするが思い出せず己の編み出した幻操術で受けた反動に対して憎らしげ愚痴を漏らしていた。
「身体もほぼ治ったし、そろそろ歓迎会の様子でも見てくるか」
ベットから降りると念のため両腕に付けた法具を確認すると講堂に向かった。
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結はすでに三度目になり、悲しいことながら定位置になりつつある二階であまり興味なさげに頬杖を付きながら見ていた。
「……暇そう……」
言われた通りまさしく暇そうにしていた結に声を掛けたのは生十会の中でも最も冷静で最も表情の変化に乏しい少女。
「陽菜か、どうしたんだこんなところに、見回りはいいのか?」
「……問題ない、私の受け持ちはここの下、ここからでも十分監視できる……」
「いやいや、なにかあったらどうすんだ?」
「……この高さなら飛び降りても問題ない、余裕……」
陽菜は珍しくサムズアップしながら、表情は全く変わらないまま誇らしげに言うと話を変えていた。
「……生十会には慣れた?」
陽菜は相変わらずの無表情っぷりを発揮しながらも首を傾げていた。
陽菜はもともと顔立ちは整っており、無表情だとしてもそれは十分過ぎる程の可憐さを持っていた。
そしてその陽菜がちょこんと首を傾げてその姿はあまりにも、そうあまりにも
(か、かわいい)
結に動揺させるほどの可愛さだった。
「……って!俺は生十会には入ってないぞっ!!」
「……説得力皆無……」
「……あぁー聞こえない、聞こえない」
動揺から復活した結はすかさず発言に対してツッコミをすると陽菜もまたすかさずにどこか納得できる、いや、しちゃいけないのだか納得してしまいそうになる発言をし、逃避しかすることのできない結だった。
「……本題、調子どう?」
「調子?あぁ身体のことか?」
陽菜はよく見ていないとわからないほど小さく頷くとさっさと答えろと言わんばかりにまったく逸らさない綺麗で真っ直ぐな目で結を見つめていた。
「……そうだな、大体七割ぐらいだな」
「……そう、あまり無茶しない……」
陽菜はそれだけ言うとさっさと下に降りていった。
「……はぁー最近は心配されてばかりだな」
「まっみんなの前で派手に倒れちまってるし、しゃーないといやしゃーないか」
出会ってまだ間もない生十会の皆にここまで心配されていることに対しびっくりするのと同時にどこか喜び、懐かしく感じる自分をおかしく思った結は短く笑うと、六花の言っていた、不審な点を探すべく、昨日イーターが現れた場所に向かった。




