廃材の防壁
灯りは、夜を明るくした。
同時に、森のものにも村の場所を教えた。
その晩、柵の外で唸り声がした。
ニコが子ども部屋の窓から顔を出しかけ、ミナに襟をつかまれる。
「見るなら後ろから」
「見たい」
「生きて明日も見る」
ミナは短剣を抜き、広場へ出た。
アルトも作業小屋から飛び出す。
柵の向こうに、犬ほどの魔物が三匹いた。骨ばった体に、濁った目。灯りの青白さに苛立つように、倒れた柵を爪で引っかいている。
レムが錆びた槍を構えた。
手は震えている。
「下がってください」
アルトは言った。
「戦うんじゃないの?」
レムの声は低い。
「僕は戦えません」
レムの顔がこわばる。
アルトは柵の隙間を指した。
「でも、入れないようにはできます。あそこをふさぎます」
広場の端には、壊れた盾が積んであった。
昔の守備隊が残したものだ。ひび割れ、革は剥がれ、紋章も読めない。
盾としては役に立たない。
けれど、壁の一部にはなる。
普通に防壁を作るなら、新しい木材と大工仕事が要る。壊れた盾と倒れた柵をただ並べても、隙間から爪が入る。
「ミナさん、板を運べる人を集めてください。盾、荷車の枠、倒れた柵を使います」
「どこから」
「今破られそうな場所から。高くするより、下を塞ぎます」
ミナはうなずき、村人へ振り返った。
「大人は盾を運ぶ。レムは釘。ダン爺は柱の生きているところを見る。ニコは灯り。前に出ない」
「出ない!」
ニコは両手で灯り石を抱えた。
アルトは壊れた盾を柵の隙間へ押し込んだ。
盾としては死んでいる。
でも、爪を受ける板としてはまだ働ける。
盾の裏に手を当てると、ひび割れの中で白い筋が網のように浮かんだ。受け止める力が残っている場所だけだ。
アルトが荷車の枠を添えると、盾の欠けた縁と枠の角が、がちりと噛み合った。
「今、穴がふさがった」
レムが槍を構えたまま言った。
「盾には戻せません。壁の外板にしただけです」
曲がった槍の穂先を杭にし、荷車の枠で横へつなぐ。古い縄は短く切り、何本も束ねて締める。
魔物が柵へ体当たりした。
盾が鳴る。
レムが息をのんだ。
「折れる」
「折れても、二枚目が受けます」
アルトは手を止めなかった。
ミナが隣へ来て、盾を押さえる。
「私も」
「危ないです」
「手が足りない」
ミナは盾の裏へ肩を当てた。
「アルト、次」
名前を呼ばれて、アルトは次の板をはめた。
ダン老人が柱を叩く。
「ここは生きとる。釘は斜めだ、坊主」
「坊主じゃない」
レムが言い返しながら釘を打つ。
ニコの灯りが揺れ、アルトの影が盾の上に伸びた。
魔物がもう一度ぶつかる。
今度は、壁が鳴っただけだった。
入ってこない。
盾の割れ目は残っている。
だが、爪は内側まで届かなかった。
三匹は柵の前でうろつき、やがて森へ戻っていった。
誰もすぐには声を出さなかった。
夜の音だけが戻ってくる。
レムが、釘打ち用の石を落とした。
「……止まった」
ニコが大きな息を吐く。
「勝った?」
「村に入れなかった」
ミナが短剣を鞘に戻した。
「それでいい」
アルトは壁に手を置いた。
壊れた盾。
折れた柵。
荷車の枠。
それらがつながり、村の夜を守っている。
「明日、もっとちゃんと作り直します」
「今夜はこれでいい」
ミナはアルトの手を見た。
「手、見せて」
「大丈夫です」
「それ、昨日も聞いた」
アルトは手を出した。
ミナは灯り石の下で、手袋の破れと指の赤みを確かめる。
「明日は、朝飯を食べてから」
「先に壁を」
「飯が先。壁は逃げない」
ニコが横から言った。
「ミナ姉、アルトにだけ怖い」
「ニコには今から怖くする?」
「やめます」
翌日、村は総出で防壁を作った。
アルトは設計を大げさにしなかった。
村が持っている材料で、村人が直せる壁にする。
壊れた盾は外側。板は内側。間に石と土を詰める。古い鐘の割れた部分は、魔物が触れると鳴るように吊るす。
ロッコが昼に立ち寄り、壁を見て目を丸くした。
「こりゃ砦ですな」
「砦ではありません」
アルトが言うと、ミナが続けた。
「でも、捨て村の柵でもない」
ロッコは帳面を出した。
「『壊れた盾、防壁になる』。王都で話したら笑われそうだ」
「笑う人には売らなくていい」
ミナが言う。
ロッコは肩をすくめた。
「商売としてはもったいないが、村としては正しい」
夕方、防壁の最初の区間が完成した。
ニコが鐘を軽く叩く。
からん、と乾いた音が鳴った。
村人たちがその音を聞き、顔を見合わせる。
危険を知らせる音。
そして、守るものができた音。
防壁の外には、草に埋もれた古い道が続いていた。
ダン老人が目を細める。
「あっちは古い砦だ。昔は見張りがいた」
アルトは道の先を見た。
砦。
見張り。
もっと材料があるかもしれない。
ミナも同じ方向を見ていた。
「村の外も、見なきゃね」
そう言ってから、ミナはアルトの方を見た。
「でも今日は寝る。あなたも」
「はい」
「返事が早いと助かるわ」
防壁の内側で、割れた魔石の灯りがともる。
村は、初めて夜に背を丸めずに済んだ。




