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旧砦工房

 工房長と呼ばれるようになっても、アルトの朝は釘拾いから始まった。


 作業小屋の前で屈み、泥の中から短い釘を拾う。


 ニコが不思議そうに見る。


「工房長なのに拾うの?」


「工房長でも、釘は増えません」


 レムが横から言う。


「短い釘も、扉止めになる」


「そうです」


 ニコは難しい顔でうなずいた。


「工房長って、えらい拾い係?」


 ミナが通りがかり、短く答える。


「今はそう」


 アルトは苦笑した。


 王都工房からの命令を退けた後、依頼は増えた。


 鍋、斧、水車、荷車、灯り石。


 作業小屋だけでは、材料の下処理が追いつかない。


 鉱山から来る鉄片は泥を落とす必要があり、木材は乾かす場所がいる。危ない魔石は子どもの近くに置けない。


 ミナは砦の地図を広げた。


「旧砦を、材料の下処理場にする」


 ロッコが帳面を開く。


「工房の分室ですな」


「分室と言うと王都みたいで嫌」


「旧砦工房」


 レムがぽつりと言った。


 ミナは少し考え、うなずく。


「それでいい」


 旧砦工房の仕事は、派手ではなかった。


 石室倉庫の横に、鉄を洗う台を作る。


 風の通る場所に、木材を乾かす棚を組む。


 割れ魔石を選ぶ箱には、ニコでも読める絵札をつける。


 アルトは壊れた扉を作業台に変え、古い鎧の板を火花よけにした。


 レムは釘を種類ごとに分ける箱を作る。


「箱が足りない」


「割れた桶を浅く切りましょう」


「桶、箱になる」


「なります」


 レムは少し嬉しそうに、割れた桶を運んだ。


 ニコは魔石の絵札を描く係だった。


 光る石。


 熱い石。


 触らない石。


「俺の絵、うまい?」


 ミナが見て言う。


「わかる。うまいより大事」


 ニコは胸を張った。


 昼頃、ロッコが王都から預かった小さな修理品を持ってきた。


 古い秤だった。


 皿は歪み、針は動かない。


「商人仲間の品です。王都工房は新品購入を勧めた。持ち主は、この秤で父親の代から量っているから捨てたくない」


 アルトは秤を手に取った。


 皿は別の皿に作り直せる。針は完全には戻らない。けれど、同じ重さを比べる道具にはできる。


「正確な秤には戻せません。でも、同じ重さをそろえる比較秤にならできます」


 ロッコの目が細くなる。


「商売の証明には弱いが、家の粉分けには十分」


「用途を間違えなければ」


 ミナがすぐに木札を出した。


「『売買用ではない。家内用』と書く」


 アルトはうなずいた。


 それが旧砦工房の初仕事になった。


 壊れた秤は、完全な新品にはならない。


 でも、粉を公平に分ける道具として戻っていく。


 夕方、砦の見張り台から村を見下ろすと、作業小屋と旧砦工房をつなぐ人の列が見えた。


 材料が上がり、直した品が下りる。


 ミナはその流れを見て言った。


「村の外に、村の手が伸びた」


 アルトは手袋を見た。


 自分の手だけではない。


 レムの手、ニコの絵、ミナの順番、ロッコの帳面。


 旧砦工房は、村全体の手で動き始めていた。


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