白雪の物語(下)
森で道に迷った馬鹿王はすごすごと帰ってきたが、その後も執拗に、白雪を求めて森に入り込もうとしていた。
「あれも、たいがいしつこいわね」
「白雪は正しき血筋と美貌を備えた若い娘、でございますれば」
「若いと言ったって、あの娘はまだ十三よ」
花にたとえれば、蕾が膨らみ始める時期。肌のいとけないくすみが消え、しかし女の色気はまだ出ない、そんな年頃の娘だ。まだまだ子供なのだから庇護下に置くべきであり、誰かに手籠めにされるなどとんでもない。
「実の娘に手を出そうとする輩に、そのような理は通じますまい」
「獣以下ね」
贈り物と称する腰紐も、その後に送りつけようとした櫛も、ともに閨への誘いを意味している。
なにしろ、腰紐は下着用のそれだったし、櫛は新婚の妻が寝起きに使うためのもの。幸いなことに使い魔たちに横取りさせられたけれど、『きちんとした手順を踏んで妻に迎えてやる』という考えがすでに常軌を逸している。
「魔法の鏡を誤魔化さなくてはいけないわね」
妃のために用意されている鏡だが、魔法の鏡はわたくしの部屋にある一枚だけではない。
王の部屋にも用意されている。
そして、王も白雪のことをそれで覗き見ている。白雪が映る鏡があれば、そこに映った姿を見ることができるのだから。不用意に鏡や窓に映ってはいけない、と教えてはいたけれど、あの娘がどこまで理解できているかは微妙なところ。
それに、白雪は城にいた頃に魔法の鏡を直接のぞき込んでしまったから、鏡そのものが白雪の事を覚えている。
「どのように?」
「策はあるのよ。わたくしと入れ替わりなさい」
使い魔に命じ、わたくしの姿を取らせる。
白雪の鼓動を一度止めれば、鏡はあの娘を追えなくなる。
わたくしは魔女。毒も使うのよ。
「それでお越しになったんですか?」
森の家でのんびりしていた白雪が、ほわほわと笑った。
「笑い事じゃないわよ」
「おかあさまなら守ってくださるでしょ」
「あのねえ、今から毒を盛らなきゃいけないわたくしの気持ちも考えてくれないかしら?!」
「生き返らせてくださるんでしょ?」
「あたりまえでしょう」
森に匿った以上、白雪は森の養い子。わたくしの庇護下にある者よ。
「小人の裏切りは、わたくしの失策だったわ。あなたが備えていてくれて助かった」
「うふふ」
白雪の実母はこの娘に、用心することをしっかりと教えこんでいた。
「起こしてくださった後は、別の名前を名乗ればよろしいのね?」
「ええ。一月ほどは今の名前を使わないで。それで、鏡との縁は切れるわ」
今は鏡を誤魔化して姿を映らなくしているが、縁は続いている。この縁を切らねばならない。
「わかりました。では……おかあさま、その液体は飲む気が起きませんわよ?」
見た目はとても毒々しい赤い液体を見て、白雪がかわいらしく首を傾げた。
「美味しく無いものは嫌いですわ」
「ああもう。そう言うと思ったわ」
真剣にならなきゃいけない時なのに、毒の見た目にこだわる白雪に、なんだか気が抜けた。
もう一つ用意してきたものを取り出すと、
「あら、きれいなリンゴ!」
両手を合わせて喜んだ。
「喜ぶんじゃありません。これは毒なのよ」
「どうせ口にしなきゃいけないなら、美味しそうなほうが良いですわよ」
「一口で十分ですからね」
「はあい。では、おやすみなさいまし」
おやすみじゃないでしょう、と言いたくなったのをこらえて、一口分を齧った白雪がテーブルの上に崩れ落ちるのを見守った。




