98話 バレやすい恋心
東千葉見悠は先週から三郷楽阿のことが気になり、その日に彼がフードコートで注文しにいった隙に席に置いていったパソコンのロックを解除して、彼が好きな女子リストらしき資料を発見した。だが今日、彼が好きな女子は一人だけで、その資料に名前があった他の女子に目移りしていないと知った。ならばあれは見間違いか夢だったのかもしれないと考え、資料の存在をラクア自身は否定していることも相まって、忘れることにした。
だがその日ミハルと一緒に見た人に聞けば、確かに見たと答えることだろう。
けれどもミハルは自分の勘違いだと受け止め、好きな一人以外は恋敵ではなかったわけで、ライバルを知るつもりで今日の集まりにはラクアと資料に名前があった内の二人を呼んでしまった。彼女らは実際にはライバルではないので、集めた理由がなくなった今、集まったのはこれまで特段関わったことがない四人が普通に遊ぶことになる。食事や買い物には困らない街を選んだが、主催ながら目的が失われたせいでこの後の予定をどうするか悩む。いっそもう解散でもいいくらいだ。彼女としては来る途中に幸せの黄色いポストへ彼への手紙を投函する目的を果たせているから、後は何でもいい。
「私、帰ってもいいよ」
「まあせっかくだし色々見て回ろうぜ」
一方で来て何もしていないラクアはそう提案した。西浦あかりは彼の意見を意外だと感じた。てっきり少しでも課外活動の作業を進めたいから帰りたいのが彼の本心かと思い、彼がそう言えるようにアカリは先手を取って帰る派についた。けれども間が悪く、彼は残る派だったので、もう少し待っていれば余計なことを言わなくて済んだのにとアカリは残念がった。
「じゃ、三人で遊びましょ」
「待って、私も行く」
北参道天羽はアカリの発言を聞き逃さず、彼女を除け者にしようと目論んだ。だが帰ろうとしたのは本心ではなく、そう答えればラクアも賛同しやすい空気を作れると思っての我慢。する必要がなかった以上、このメンバーで集まる日がまたあるか分からないこの機会を手放したくない。
「いいの? 一緒にいることをアイリに知られたら、同級生として気まずくない?」
「平気よ。向こうはラクアのことそんな風に思ってないし」
アゲハはアカリを歓迎せず、ラクアの好きな女子が彼女とは同級生という立場を利用し、隠れて彼といたことが発覚したら仲に亀裂が入るのではと脅した。
だがアカリは臆さず、もしもバレても友達でいられると自信満々に答えた。それは同級生ゆえ、彼女がラクアのことを異性として意識していないから、裏切りではないので堂々としていられる。そもそも彼を誘ったのは自分ではないから、説明すれば分かってもらえるというスタンスだ。
だがラクアの心は傷ついた。相手以外の周囲の人にはバレやすい恋心が、単なる一方通行という現実を突きつけられた。現実とはいえ、はっきり言われるくらいなら帰っておけば聞かずに済んだのにと後悔した。
「私はラクアのこと好きよ?」
「そ、それはどうも」
対してミハルはしっかりラクアに好意を向けているとアピールする。彼は女子に好かれるのは嬉しいが、特殊能力でプライバシーを覗いてくる彼女に対しては怖いという感情が強く出て、告白に応えるのを躊躇う。
だがミハルの怖さを知らないアカリはラクアの本心に気づくことなく、好きな相手への想いを曲げない誠実な人だと評価した。きっと自分も告白しても同じようにあしらわれるだろうから、胸に秘めておいた。
「でも行き先が」
「じゃあ俺が決めていいか?」
ミハルは当初アカリたちを恋のライバルと見ていたから、張り合うつもりで各々の好きなデートスポットを巡って胸の内を探る予定だった。だがそんな感情のない女子たちを連れていくわけにいかない。ここで過ごすにしても代わりにどこへ行こうか戸惑ってしまうが、それなら先に自分の行きたい場所を目指していいかとラクアが提案した。
「乗り気ね。でもそうか、ラクアは私たちが来ること知ってたものね」
「あ、そうなの」
「最初断ったからな。そしたらお前らも来るって教えてくれた」
アカリとアゲハはミハルに誘われていたものの、他に誰が来るかは知らされていなかった。だがラクアは誘いを一度断ったことで、なら彼女らと三人でいくとミハルから返信があった。事前に把握していたから、行きたい場所も考えていたのだと彼女らは納得した。
実際、ラクアはアゲハのためにこの時間を使う。彼女は今月からこの島に来て、以来彼やアカリの"同期"の武蔵浦春桜と一緒に暮らしている。サクラもまた居候の身で、久里浜華燐に迎えてもらっている。そのカリンも産まれた家を出て祖父母の家で暮らし、そこにサクラとアゲハが住みついたという経緯だ。
カリンが元の家に帰れば、アゲハたちもついていくことだろう。そうすればラクアの家とも近くなり、サクラ含めた"同期"で集まりやすくなり、課外活動をするにあたり都合が良い。けれどもカリンは旧友との喧嘩が原因で引っ越しに反対していて、その実現は遠い。
そこで今日の集まりが活きる。ここはカリンの実家と近いから、アゲハがこの街を気に入ればアクセスを良くしたいと引っ越しに賛成し、後押ししてくれるかもしれない。だからラクアの目的は彼女にこの街へ何度も来たいと思ってもらうこと。今日で満足するのでは駄目だ。頻繁に来たから近くに住みたいという意味で気に入ってもらえるような一日にする。
目論見どおりの結果になれば、今日すぐ帰って作業するより、後日サクラが近くに来たことで効率よく進められるようになる方が、後々楽になる。そうラクアは考えているのだ。
「お前のために考えてきた」
だがそれは"同期"ではないアゲハにとってメリットがない。ここへ来やすくなることは確かに利点だが、ラクアと利点を共有できるのは、彼女ではなくサクラやアカリの方。だから彼はアカリに向かってそう告げた。課外活動の仲間として、楽に集まって作業できる環境を整えるための時間にする。そんな意味で、今日の集まりがもたらす効果はこの三人の中ではアカリが一番恩恵を得られると言った。
「……ズルいよ」
そんな謀を知らないアカリは、美南哀月には及ばないがこの三人の中では自分を特別扱いしてくれていると捉え、むしろ今はアイリより自分のことを想ってくれているのかとも期待してしまい、それほどに心を揺さぶられているのに淡々と振る舞うラクアに、嫌ではないが複雑な感情を抱く。
ミハルは本当にアカリは恋敵ではないと決めつけていいのかと訝しんだ。
「あーあ、待たされて疲れたな」
「よし、ゆっくりできる場所へ向かおう」
アゲハは路線の都合で一人だけ違う駅で待っていた。だが当初からそっちの駅に向かう予定だったので、三人は揃ってから彼女のいる場所へ向かった。だから彼女は待ちぼうけを食らったし、ラクアたちも歩いた。それから立ち話を続けていたわけで、そろそろ休みたいとは彼も思っていた。
アカリは余韻をぶち壊しにされてアゲハにムッとしたが、ラクアが自分のためにどこへ連れていってくれるか楽しみなのも本音なので、大人しくついていく。
「一人で待ってて声かけられなかったか?」
「ナンパ? されたけど追っ払ったわ」
ラクアがアゲハを発見したときは人に絡まれていた様子ではなかったが、彼女の容姿は人目を引く。先日肝試しに行ったとき、通りすがりの彼女を暗がりの初対面でアイリは気に入り、飛び入り参加させたこともある。
そんな彼女が人通りの多い駅前で一人でいたら、人に狙われて危なかったのではと心配になった。実際そうなったが、事なきを得たと答える。特殊能力者として、ある仕掛けで身を守った。
実演してみせ、アゲハは口元を隠してもう一方の手でスマホを耳元に当てた。
『おい、そこにいるの誰だ』
ラクアはびっくりして辺りを見渡した。アゲハが男子と電話していると思い、実は恋人がいて監視されているのかと焦って、言い寄る気はないと誤解を解こうとした。だが通話相手はいない。同じ声がさっきと逆方向のすぐ近くから聞こえ、振り向くと男ではなく蝶がいた。
『私よ。私の言葉』
「……ああ、そういうことね」
男声は蝶から発していたもので、アゲハは同じように話していた。これが彼女の特殊能力、様々な声色を、飛ばした蝶から発する。そしたて通話中と見せかけたスマホはロックされたまま。これは彼氏と通話しているフリをしたアゲハの一人芝居だったのだ。
「誰かと電話していたら、邪魔が入ればそれに気づくでしょ?」
「賢いわね。私には無理だから、ちゃんと守ってもらわないと」
「私もぜひ」
得意気なアゲハにアカリは張り合うのではなく、同じ芸当ができないか弱さをアピールし、ラクアにすり寄った。もし今日のように二人が別々の場所に来るなら、一人で身を守れるアゲハではなく、何かあったら困る自分のいる方で待っていてほしいと。ミハルもアカリと同じ意見で、アゲハは疎外感を覚えた。
だったら自力で追い払わず、詰められているところをラクアに颯爽と助けてもらった方が、アカリより優先してもらえたかもしれないと悔しがった。
『は? 嫌だ』
「おい、今の俺の声か?」
アゲハは腹いせにラクアの声を真似て、蝶から発した。まるで彼が二人のねだりを突っぱねたように仕返しし、だがそんな言葉一言も発していない彼は濡れ衣を着せられるのを嫌い、自分の言葉ではないと誤解を解いた。
「ここ、色んな店があるんだ。一日じゃ到底回りきれないくらい」
ラクアはアゲハがこの街のリピーターになってもらえるように紹介する。ショッピングモールやレストランが多く、行きたいと思った店を全部満喫するには、何回も来る必要がある。そして何度も行き来するには近くで暮らす方が楽だ。
「映画館はないけどね」
「えー、こっちにはあるのに」
だがアカリの言うように、近隣に映画館は今はない。行きたいなら他の駅で集合すればいい。そしてアゲハが今暮らしている街には映画館があると言うので、引っ越したい気持ちを抱かせるにはまだアピールが弱い。
ただ気づかれなければ引っ越し後まで映画館がないことを知られず済んだかもしれず、ラクアとしては引っ越しが目当てだから、やっぱり前の家へ戻るなんてレベルにならないうちは問題ない話だ。
映画好きのアカリが余計な情報を吐いたせいで達成が遠退き、ラクアは内心舌打ちする。
「別に困らないけど。家で見るし」
だがアゲハはゲームしながら観賞できない点で映画館が好きではない。見るからテレビで、上映中に光を出しても迷惑にならない環境がいい。だから映画館の有無は、正直どうでもいい話だ。
「私と観て楽しかった?」
「ああ。ドキドキした」
もしかしたらラクアも同じ意見なのかもと不安に思ったミハルは、先週一緒に観たことをどう思っているか尋ねた。けれども杞憂で、彼はスリルを楽しんだ。そう聞いてミハルは安堵し、誘われていないアカリは嫉妬した。
ここに映画館があれば、嫌いなアゲハと前回ラクアと観たミハルを置いて、彼と二人で観ようと提案してやったのに、それができないのを残念に思う。
「で、今日は遅くなる前に帰るぞ。まだ足りないならまた次回ってことで」
見所が多いと伝えたら、急いで多く回るなんて計画は立てないとアゲハに忠告する。今日行けなかった場所は、後日サクラと来るなりすればいい。彼女がここを気に入れば、引っ越したい派が増えてラクアとしても望む結果に近づく。
「そのときはまた来てくれる?」
「もちろん」
今のアゲハの家よりは近いとはいえ、ラクアは頻繁にここに来たいとは思わない。それにアゲハから誘われるなんて思いもしなかった。だが彼女がここを好きになって引っ越してもらうためなら労力を厭わない。二つ返事で了承し、今日よりもっと気に入ってもらえる日にしてみせると決めた。
「冗談よ。あなたとデートなんて」
だがアゲハはラクアの反応試したくて発言しただけで、本気で彼と来たいとは思っていない。想像より反応がつまらなくて、あっさり撤回した。彼は面食らうも、アゲハたちがこの街に何度も来たくなると思うことに必ずしも彼がアピールすることもないと思い、嫌ならそれでいいと割り切った。そもそもさっきの通話のハッタリの件からして、彼女にはすでに親しい異性がいるのだろうから、彼と来る方が楽しめるはずと考えた。




