97話 お気に入りガール
ようやく駅から駅への移動を終えた三郷楽阿たちは北参道天羽を発見した。アゲハは今月この島に来たばかりで土地勘に疎く、移動を始めたとチャットで連絡を受けてから歩いたにしては少し到着が遅いことに気づかない。
彼女が気になったのは時間ではなく面子。出かけに誘ってきた東千葉見悠が他に声をかけた二人が誰なのかは当日会うまで聞いておらず、まさか彼が来るとは思っていなかったのと、彼を含めた三人の繋がりが見えなくて戸惑う。
「どういう繋がり?」
ミハル、ラクア、そして西浦あかり。三人とも他校生だが同学年の特殊能力者として交流があり、アゲハも面識がある。だとしても他に接点が見えず、なぜこの三人で休日集まったのか、そしてそこになぜ自分も呼ばれたのか、アゲハは疑問に思う。
「ここ二人は"同期"よね?」
かといってどこにも接点がないわけではない。家や学校が離れていても、能力者に認定された時期の近い"同期"という概念がある。アゲハはラクアとアカリの二人がこの関係にあたることを知っており、この二人が一緒にいることには頷ける。ただ二人だけの"同期"ではないし、男女で出かけてただの"同期"の仲というのかは一考の余地がありそうだが。
だとしても部外者のミハルがいる理由は見えてこない。ただ"同期"と違う視点でアゲハは彼女と縁がある。
「で、私たちはBランク仲間」
能力にはランクと序列があり、それは滅多に変動しない。能力者になった時期が離れていても、同ランク同士交流する機会があり、アゲハはこの三人の中ではミハルのことを一番知っている。"同期"と同ランクのペア二組が偶然鉢合わせて集まった、と考えれば腑に落ちるが、実際は最初からこの四人で集まる予定なので、他に理由があることになる。
まさかランダムに決めたわけでもないだろうとアゲハは思う。実は他の場所でも無差別にグループ分けされた能力者で集まっていて、人脈を広げる企画がこっそり動いているという説だ。今まで知り合いの知り合いな仲だった相手と近づくと、直接知り合いと言える仲になり、知り合いの知り合いに収まる範囲が広がる。人脈ネットワークが複雑かつ便利になるのだ。
「私が呼んだけど、二人はランダムで選んだわ」
だがそんな企画は動いていない。まさか無造作ではないと考えていたアゲハだったがミハルの明かす真実に耳を疑った。ラクアも初耳なので、彼女に視線を向けられても補足する言葉に詰まる。
「といっても全員の中からじゃなくて、ある条件を満たすメンバーから選んだ」
"同期"や同ランクとか、公開された条件ではない。ラクアが独断で選んだものなので、アゲハやアカリが考えても分からない。彼が白状して伝えるのが一番手っ取り早い。自分が恋愛ゲームの主人公として、彼女らをヒロインにした妄想をしていると。その資料を見たミハルは、今回はアカリたちを選び、出かけようと誘ったのだ。ライバルを知るために。だが一度に全員ではラクアも居心地が悪く、女子同士固まって彼との関わりが見えてこない。そこで順番に呼ぶことにして、彼女らがランダムにトップバッターに選ばれた。これが真相だ。
「ってことで説明してくれる?」
「えっと…… まあ、俺と関わりが深い女子、かな」
鞄からパソコンを出して妄想資料を見せるのが一番楽に伝わる。彼女らに好かれていることすら都合の良い勝手な妄想なんて、知られた途端にドン引きされるか笑いものにされる未来が見えているのに、そんな行動をとる度胸はない。そこでラクアは、なぜアカリたちをヒロインに選んだかの理由を使ってごまかした。かわいい女子なら誰でもいいものではない。イベントがないと仲は深まらない。だから何かしらイベントがあり得る相手を選んだ。ゆえにすでに近い、つまり直接の知り合いにあたる共通点がある。そう彼は言いたい。
だがそう言われてアカリもアゲハも納得しない。お互い自分以外の女子二人がラクアと親しい関係と言われてもピンとこない。先にアカリが尋ねると、アゲハは得意気に誤解を招く発言をかました。
「そうなの?」
「私一緒に寝たわ」
「まあ。詳しく」
同じ宿で何晩か過ごしたのは嘘ではない。他に男女はいたし、部屋は別々だった。修学旅行の延長といって差し支えないことしかしていない。だがそのイベントはこの中ではアゲハとしか発生していない。ミハルも初耳なので詳細を聞き出そうと身構える。
「ゴールデンウィークの肝試しの日だ。色々あって」
「ああ、ちょっと見ないうちに何日も彷徨ったとか」
アカリも肝試しに参加したので話は聞いている。ペアの片割れが次々と姿を消したと騒ぎになり、少し経って揃って出てきたので事なきを得たという不思議な出来事。彼女の友達も巻き込まれて、現実世界では十分程度の間に、飛ばされた妖怪のいる世界で何日も過ごしていたと。ラクアもアゲハも同じ目に遭ったから、それで一緒に寝たなんて言い回しをしたのだとアカリは納得した。
「いいえ。何ヶ月も過ごした仲よ」
「一週間くらいだろ、確か」
何日幽閉されていようと現実では時間が全然進んでいない。アゲハは期間を盛って自分がラクアと過ごした時間はアカリたちとは比べものにならないと誇示しようとしたが、彼の正直な補足に邪魔をされた。前半は別々に過ごしていたから、同行した期間は幽閉されていた日数よりさらに少ない。
「私と過ごした時間の方が長い?」
「ああ」
そこでアカリはラクアに尋ねた。能力が覚醒したのを機に彼と先月下旬から知り合って、以来"同期"の仲。他の"同期"と同様にメンバーでテーマを決めて取り組み始めた課外活動を筆頭に、彼と関わった時間の量ならアゲハたちに負けていない自信がある。これからも課外活動とは別の、今日みたいに肩の力を抜いて集まる日は来るだろう。
彼との距離感が他の女子に負けることはないと信じ、けれども実は彼がこっそり親しくなっている線も疑って、そう尋ねた。結果、あの肝試しがきっかけで置いてけぼりを食らっていることはないと分かり、安堵した。
一方ラクアは単純に時間だけを比べてそう頷いただけで、大半を占めるオンラインでの集まりを抜けばアゲハとの差はどっこいどっこいに思えていた。
「それよりあなたはどうなの?」
「私は先週からね」
だがアカリもアゲハも、ミハルが気になる。ラクアと自分たちを集めた彼女が、果たして彼とどんな仲か未知数だ。だが彼女は、交流が始まったのは二人よりも遅いつい最近だと答える。
「一緒に映画を観たわ」
「……ふーん、映画ねえ」
「二人だけじゃねえ。俺の同級生と……」
ラクアは言いかけて、マズいと焦った。先週出かけたことは内緒にするつもりでいた。特にアカリには、この時期は課外活動を頑張って家で作業を進めているとアピールしておきたい。実際今日は課外活動と無関係の用事で外出していることを直接会ってバレることにも抵抗はあったが、彼女も乗り気だったのか何も言われずに済んでいる。
だが先週も実は同じように遊びを優先していたと知られたら話は変わる。現にアカリは何か言いたげな様子だ。しかしこうなっては隠し通せない。ごまかすと却ってミハルとの関係を誤解されかねないので、割り切って先週末の過ごし方を明かすことにした。
「そう、出かけたんだ。テツジに誘われて。ゲーム制作頑張るべき時期だけど」
「えっと確か、ミハルの"同期"よね」
「そう。で、俺の同級生」
酒々井鉄道がラクアとミハルの架け橋となった存在。テツジはアゲハやアカリとは接点がないが、三人の関係を知ってラクアがミハルと映画を観た経緯を飲み込んだ。
ただアカリは、そういうことならラクアには自分を誘ってほしかったと思った。彼女も映画は好きだし、その四人なら"同期"が二組できて収まりがいい。けれどもそれが狙いならラクアは他に誘いたい女子がいるだろうから、自分が呼ばれなかったことは受け入れた。
「それ気まずくない?」
「そう思ってアスミを誘った」
だがラクアが好きな子でもアカリでもない"同期"を誘って四人で観たと聞いて、彼女は静かに怒りが湧いた。対してアゲハは川口青空澄がミハルとは同級生の仲という繋がりを持つことを思い出し、それでラクアは彼女を選んだのだと察した。
「ミハルと同級生だからでしょ? 好きとかじゃなくて」
「そうだ」
「そういうこと…… てっきり浮気かと」
その読み通り、ラクアは好みではなく立ち位置でアスミを選んでいた。そんな真相を聞いたアカリは誤解していたと受け止め、むしろ彼らしい選択だったと好意的に捉えた。
「彼への理解が足りないわね」
アゲハの煽りにアカリはカチンときた。確かにラクアが好きな子を差し置いて他の女友達を呼ぶのは、私情より優先する何かがあると考えるのが妥当で、アスミがテツジかミハルとはどんな繋がりがあるかを考えておけば、彼の意図に気づけただろう。実際できたアゲハと、浮気と疑ったアカリでは、ラクアをどれだけ信用しているかの差が如実に表れた。それはつまり彼ならどう考えるかを読む力が足りていないわけで、先に出会っていようと理解度が劣っていてはマウントにならない。
けれどもたった一回ラクアの本意を読み当てただけで威張ってくるのはムカつく。そんな内心を胸に秘めて、アカリは笑顔で受け流した。
「……ねえ、好きではないのに恋人候補に?」
「じゃあ夢じゃないか? あのファイルの存在は」
一方ミハルは別の疑問が浮かぶ。先週に勝手に見たラクアの妄想相関図にはアスミの名前もあった。けれども彼は彼女に好意を抱いていないようで、なのにヒロイン候補に含めるなんて、節操のない人だと呆れた。その前例が出てくると、アカリたち他の候補も好きで書いたのか怪しくなる。ライバルと呼ぶべき相手が減るわけで、該当者が多いとむしろ好都合だが。
ミハルの反応でラクアは閃いた。中身の信憑性を疑ったら、それは夢で見た架空の情報と信じ込ませればいい。あんな相関図なんて、元から存在しない。アカリやアゲハ、アスミたちをヒロインにしていたことも、それを見てミハルが自分を書き足したことも、全部彼女の想像上の話。それなら拡散されても寃罪に過ぎない。夢で告白されたと言いふらされようと、冷やかされるのは夢を見た本人だけで済むのと同じ理屈だ。
「ごめんなさい。あなたたちを呼んだのは、彼のお気に入りガールだからって理由。けど私の勘違いみたい。せっかく来てもらったのに」
「よく分からないけど……私は満足よ。さっき歩いているとき、良いことあったし」
ラクアの言う通り相関図の存在が気のせいとしたら、それを基に選んで今日来てもらった二人と彼本人を、何の理由もなく呼んでしまったことになり、忙しいのに悪いことをしたと反省する。アカリはどんな経緯があったのか理解が追いつかないが、少なくとも今日誘ってもらったことで新しい発見があったので、きっかけを作ってくれたことに感謝している。それはアゲハの元へ三人で向かう最中の出来事だから彼女は頭にハテナが浮かぶ。
「ちょっと来るの遅くなったのは、そういうことなの。ねっ」
「えっと、そうだな」
アゲハを一人で待たせている間に、珍しい色のポストを発見して盛り上がっていた。そんな思い出は彼女以外の三人のもの。優越感に浸るアカリは、予定より到着が遅くなったことを彼女に明かし、そうなる何かがあったことを匂わせた。
対してラクアは労力に見合うほどの発見とは思えないのでアカリに共感できず戸惑った。
「それとさっきの話だけど、私たちがラクアのお気に入り? そんなはずないわ」
アゲハも彼らがここに向かう最中に何があったかは気にしておらず、ミハルの発言に話題を戻す。彼女らがラクアに好かれているという話が気のせいという考えには、頷ける理由がある。
「「アイリ一筋」」
「まあ」
割り込んだアカリとアゲハの声が重なった。彼女らでどれだけ張り合おうとラクアの本命は美南哀月だと知っている。二番目が誰であろうと意味はない。ただそれを知っているのは自分だけだと思っていた二人は、息が合ったことに対抗心が芽生える。
一方ミハルは初耳だったが、相手はそのアイリだけと判明したことを収穫と捉えている。一筋というのなら、もう他の女子は関係ないので、あの相関図は忘れてもいいと思った。
一方ラクアは、好きな相手が誰かを周りに気づかれることには慣れているので、今さら動揺しない。例の相関図からどうにか話題を逸らしたいと願っていたから、それは叶っただけホッとしている。




