86話 辿り着こうとした動機
「ゲームで失恋……それで朝からあの調子なのか」
教室で項垂れる三郷楽阿の様子を見に、幼馴染たちが廊下に集まった。事情を知っている水天宮千城と新座黄麟が原因を知らせる。昨日買った恋愛アドベンチャーゲームで失恋したのを引き摺っていると。
「スズエは知ってたのか?」
「ええ。昨日の夜に何か起こるってことは」
東戸寿々絵は人の頭に恋か命が尽きるまでの時間が見える。ラクアが失恋で元気を失ったのなら、スズエはそうなる未来が見えていたはず。実際その通りだったと答えるが、事前にラクアに伝えてはいない。
「だから夜道に事故にでも遭うかもとスタンバイしてたわ」
スズエは相手の姿が見えない位置でも数字は見える。誰がどんな値だったか覚えておけば、誰が誰といるかお見通し。だから彼女は昨夜ラクアのそばにいたが、彼はその瞬間までキリンの家にチシロと三人でいた。帰宅中に不幸な目に遭うと考え外で待っていた。もうすぐ死ぬかもしれないと忠告して警戒心を持たせて、未来を変えるために。だが結局出てこないままタイムリミットを迎えた。
静かなので中でラクアだけが息絶えた可能性はないと考え、加えて別の数字が見えるようになるという失恋後の現象が起こった点から、寿命が尽きたのは恋の方だと判断し、スズエは安堵して引き返した。
だがスズエはラクアの死が近いかもしれないと知っていて無視していたわけではない。万が一の事態には備えていた。けれども失恋の未来を変えられなかったことに未練が残る。
「でも……やっぱりあのとき引き留めていたら、未来を変えられたのかも」
「俺たちが勝負に負けたせいで、あいつはゲームを知ってしまったからな」
命に別状はなかったものの、ラクアの失恋のきっかけがゲームにあると聞いたことに、スズエたちは責任を感じた。昨日彼女らは下校前の彼に勝負を挑んだ。だが負けてしまい、彼はキリンとゲームを買いに行った。
もしも勝っていたら彼をパソコン部に復帰させ、ゲームする時間を削ることで、この結果を回避できたかもしれない。出会わなければ恋に落ちることもなく、ゲームをプレイしない選択を取らせた瞬間、スズエに見える数字が大きくなっていたら、寿命が延びたと確証を持てる。
だが過ぎたことを悔やんでも仕方がない。これはゲームではなく現実。あのときああするのが正解だったと気づいたところで、やり直して結果を変えるなんて不可能なのだ。
しかし仕方ないで済ませることでもない。挽回するチャンスがあるのに、諦めるわけにはいかない。
「給食のとき様子を見に行くわ。まだあの感じなら、私が付く」
ケアすればラクアは元気になる。そう信じ、スズエはできる限り尽くすと告げた。彼女は特殊能力抜きに健康管理が得意だ。食生活や行動、精神などの面から、どう改善すれば長生きできるか、調べたり実践したりして知見を増やしている。その成果を見せて彼を回復させる務めを果たしたい。
「けど…… たかがゲームでああなるとは情けないな」
「ゲームは単なるきっかけよ。能力者になって、環境が一変して…… ギリギリだったところに、衝撃が加わってしまった」
スズエの心遣いは頼もしいが、そこまで世話を焼かせることなのかと、ラクアの落ち込み様に疑問を抱く。だがそれだけがダウンの原因ではないと彼女は説明する。
彼女が数字を見られるように、ラクアにも特殊能力が芽生えた。そしてこの島の習慣で、他校生でも同学年の能力者との交流がある。特に同じ時期に能力者になった仲間とは、テーマを決めて課外活動をしている。
そんな変化があったのは先月のこと。他校生に会いに行ったり今まで知らなかった人と関わったり、家にいても課外活動の作業を黙々と進めたりと、ラクアの生活は三月以前から大きく変わった。その疲れが溜まったところに、心に傷を負ったせいで、ボロボロと崩壊してしまったと考えられる。
「ラクアには堪える展開だったみたいね」
「ああ。出会って一目惚れだったんだ。でもすぐ、学校から去っていって…… 告白できずさよならした」
昨夜の時点ではここまでダメージを受けているとは思わずチシロもキリンも茶化していたが、ゲームでの失恋そのものではなく、それと似た過去の傷がフラッシュバックして心を弱らせたように思われ、スズエたちに明かした。
それだけの情報で彼女らも納得した。ラクアの幼馴染として、当時のことは覚えているし、ここまで落ち込むことに彼らしさを感じた。
「アイリのときと同じじゃん」
「そのときのこと思い出したのね」
ラクアは小学生の頃、同級生の美南哀月に恋をした。好きになったことはチシロたち周囲の人にバレていたが、アイリに言い触らすことはなかったためか、彼女には気づかれなかった。
同じクラスや班になって仲良くなった。けれどもアイリは私立の中学を受験して、そっちに進学してしまった。引っ越しはしないが学校で会うことはなくなる。告白できないまま卒業し、疎遠になっていた。
何も言えないまま別れが来る展開をラクアはゲームで味わったことが、彼のその記憶を呼び覚ました。
「どんな子なんだ?」
「え、アイリのこと忘れたの?」
「違えよ、ゲームの方」
そう尋ねたのは赤羽十四哉。今の話でラクアがゲームでどんな経験をしたかは伝わったが、ヒロインの特徴は話に上がっていない。アイリを彷彿とさせたのは物語の展開の方で、中身まで似ているかは不明だから質問した。
「クール型敬語キャラ。料理はプロ並、勉強もできて一人で買い物に行ける」
「……全然違うな」
「でもそれがラクアの理想のタイプかも?」
ハイスペックな要素が並ぶなか、最後だけ小学生レベルではないかと聞いてて疑問に思うも、それ以上にアイリとそのヒロインが似つかないことに興味が惹かれた。ラクアは幼い頃から一筋だったが、それは出会いがきっかけでそうなったのであって、彼女のスペックが彼好みだったわけではない。ならどんなタイプが好みなのかというと、そのヒロインの持つ要素が答えなように思えた。
特にキリンが言った要素の前半は、会って一言交わせば見える特徴だ。それに楽に生きたがるラクアらしく、性格より実力重視なチョイスでもある。
「でもそんな凄い子、付き合うなんて難しいだろ」
「確かに。始めたばかりじゃ失敗して当然なくらいでは?」
だが高望みするほど恋が実るハードルは高くなる。ラクアがどれだけ彼女を評価しても、逆に彼女が彼を認めるかは分からない。聞いた要素だけでもそのヒロインはモテるタイプだと察せるし、攻略は簡単にいかないように思える。告白できずお別れというのも、彼のミスではなく並のプレイヤーがぶつかる壁だったと考えられた。
「……実は付き合えないんだ。攻略対象じゃなく、脇役だから」
「じゃあ俺がやっても無理か」
脇役呼ばわりをキリンは躊躇ったが、サブキャラという言い回しで伝わるか怪しかったので、分かりやすさ重視でそう言った。重要なのは告白ルートがそもそもないことを伝えることだ。
そして真相を聞いたトシヤは、自分がプレイしても告白は不可能だと受け止めた。
「え、買ったの!?」
「いや、今度やらせてもらおうかなと」
するとキリンはトシヤもゲームをするのかと期待したが、買っていないと返された。だが彼が買ったのを貸してもらう形で挑戦したいとは思っている。キリンが残念がったが、遊んでくれるのは大歓迎だった。
「じゃあやり直しても」
「どうにもならない」
話を戻して、攻略不可について語り合う。選択肢次第でエンディングは変えられる。告白は告白できなくても、違う選択をすれば恋仲になれる。それがラクアのプレイした、恋愛アドベンチャーゲームというものだ。
とはいえそうなれる相手は限られている。けれども何人もヒロインを用意し、幅広いニーズに応えようとしている。
だが中にはヒロインとしてではなくヒロインを引き立てるためのキャラクターも出てくるわけで、ラクアが惚れた相手はよりによってそのポジションのキャラ。ゆえに専用ルートなどなく、分岐によって今回より良い関係になることもない。
キリンは旧作をクリアしているのであらかじめ分かっていたが、ラクアには黙っていた。あくまでも旧作の情報で、もしかしたら今作で追加されているかもしれない。そうでなくても手探り段階の彼に現実を突きつけてがっかりさせるのも気が引けたから、内緒で見守っていた。
「ねえ、それを知ったからああなってる可能性は?」
ラクアにはバラしていないが、帰ってから彼が自力で調べた可能性は考えられる。自力で攻略するのを諦め、初日でクリアしたプレイヤーが攻略サイトに上げた情報を利用して楽してエンディングに辿り着こうとしたという動機が芽生えていたとすればの話だ。そうとして結果、そんなものはないという期待と真逆の現実を叩きつけられて、落ち込んでいるとも考えられた。
「楽してネタバレ見たってこと? 罰が当たったんじゃねえか」
「なかったことより、そのことを速攻で知った自分に嫌気が差したとか」
「どのみちあいつが悪いな」
エンディングはあると信じて、答えを見ず試行錯誤しておけば、キャラクターの立ち位置を理解して、他のヒロインとは違うという真相に辿り着いていれば、後腐れなく受け入れられたかもしれない。
けれども現実はろくに試さず楽してすぐに答えを見て結果を知ってしまったわけで、その判断をした自分を責めている。それで朝からあの様子という線まで考えられた。いつもの癖で落ち込んでいるとしたら、それは自業自得。心配して損をしたという気持ちが湧いてくる。
「ありがとう、色々分かったわ。後は私に任せて」
かといって見放す理由にはならない。スズエはラクアの心境の候補を出してくれた皆にお礼を言い、その情報を給食でのケアに活かそうとした。
そして給食の時間。スズエはラクアの周囲の人に、失恋した彼の食事を手伝いに来たと事情を伝え、彼の隣に自分の配膳を置いた。
給食は日によってメニューが決まっており、欲しい食べ物を選べない。だが順番や食べ方を変えることで食欲がなくても摂取量を増やせる。スズエはまず消化を良くするスープを勧め、ストレス緩和の鉄分やビタミンを摂らせた。一口が大きいと消化が追いつかず食欲を抑えてしまうから、切り分けて渡す。
今日はあまり食べられなくても明日はもっと食べられたらそれは進歩。どれだけ食べられたか記録しつつ、彼の頭上に見える数字が、急激にカウントダウンするような異変を起こさないか監視しながら、ケアに徹した。
誰かと会話を楽しむことも、心の癒しと食欲の回復になる。
「パソコン部に戻っていたらラクアはあのゲームを知らないままでいられてのよ。そのために私は誘ってた」
勧誘は嫌がらせではなく、ラクアの未来を変えるためだったとスズエは明かす。ストレスの積み重ねが原因だとしたら、そして自分たちがその一因かもしれないとしたら、目的を分かってもらうことで誤解が解けると期待できる。
「一度辞めたからって、戻ることを躊躇うことないわ」
ゲームをしたい以外にも、能力者になったことで課外活動で忙しくなって部への復帰を拒んでいる。そんなラクアだが、本心では復帰することを周りにどう思われているか気にしているかもしれない。それは杞憂だと伝えれば決断が固まるかもと思い、背中を押した。
「仕事っていいよな。辞めても怒られない」
「……そうなの?」
「むしろお金貰えるんだ」
退部したり退学するのは悪いイメージがつくのに、退職はテレビのコマーシャルでも勧められる良い選択だとラクアは捉えていた。パソコン部を退部した話題をきっかけに社会人を羨むことが、彼が今日登校して初めてまともに喋った内容だ。
「じゃあ"同期"との仕事も辞めるのは」
「あれはよその部活みたいなものだ」
仕事をしていると思えば辞めることに抵抗がないのがラクアのスタンスなら、今一番負担になっているであろうノベルゲーム制作から脱退するのはどうかとスズエは提案する。だが彼にとってそれは他校生との部活動だと主張され失敗する。しかし反論は彼女も想定しており、また別の提案をした。
「じゃあその部活で叶えてみたら? 理想的なゲーム」
それは市販のゲームに存在しないルートを、自身で作るゲームに取り入れる形で実現すること。それをモチベーションにすれば失恋から立ち直れると考えて、そう意見を出してみた。
「……そうだな」
返事はぶっきらぼうだったが、自分から進んで給食に手をつけ、効果はあったとスズエは安堵した。




