85話 乗り換えた瞬間
新座黄麟が買った恋愛アドベンチャーゲームを彼の家でプレイする三郷楽阿と水天宮千城。本編はマルチプレイに非対応なので、コントローラーをラクアが持ち画面を三人で見て、選択肢で行先やセリフを決定する場面ではチシロも意見を出す。キリンは旧作をクリアしているので、まだあまり口を出さない。彼が好きなヒロインは、物語の後半から登場する。
学園が舞台ながら授業のシーンはほとんどカットされる。帰り道に誰と会うか、帰宅してどう過ごすか。そういった分岐点を繰り返し、一日一日がすぐ過ぎていく。
時間の経過はデジタル時計風にはっきり描写される。ようやく休日を迎えたと思いきや、昨日までと同じように登校することにラクアたちは驚いた。
「土曜も授業か」
「この時代はそうだね」
ラクアたちは小学校に入学したときから学校は月から金の週五日間だけで、それを普通と思っていた。昔は土曜日も授業があったと歴史で学んだことがあるが、旧作は彼らが産まれる前に制作されたこのゲームの設定も、当時の時間割を採用していた。
「でもイベント作りやすくて好都合かもな」
自分たちがその時代に産まれていたら辛くて嫌だが、今は主人公に自己投影せずプレイヤーとして俯瞰すると、休日も学校に行くことでヒロインとの交流の機会が発生することに気づく。仲が良ければプライベートで会うかもしれないが、学校以外で遭遇しない相手もいるわけで、なら登校日が多い方が便利で、当時ならではの活かし方に感心する。
「あー、同じ学校だと会いやすいから」
けれどもそれは学生だからではない。学校が違えば、それも遠ければ、関わる機会は生まれない。チシロの呟きから気づいたラクアは深い溜め息をつく。同級生だった小学生の頃に対して、別々の中学校に進学した後はめっきり会うことが減ったことに後悔していた自分を思い出してしまった。
今はノベルゲーム制作仲間として会うことは増えたゲが、それは同時期に特殊能力に目覚めたという偶然に救われた結果に過ぎない。だから高校は一緒になろうと告白の準備を進めているわけだ。
「けどこれから違う高校のヒロインも出てくるから」
同じ学校だとイベントが発生しやすいのは事実でも、他校のヒロインを出さない理由にはならない。別にラクアはそういうフォローを求めているわけではないが。
「あれ、春休み入った」
「うん。でもゴールはまだまだ先」
「じゃあまだ続けるか」
主人公が一年生ということもあり、受験や卒業の話もなく春休みに突入した。てっきり一ヶ月が攻略期間と思い込んでいたラクアたちは、次年度も続くとキリンから聞いて、焦りはなくなった。
だが結末はまだ先の時期ということは、長期休みを迎えて関係の進展があるわけでもなく、進級した。続きはまた今度とするには不完全燃焼なのでゲームを続行する。
大きな変化はなく、淡々と日々を過ごしていく。ラクアは薄々気づいた。自分たちの選択が間違っていたから、求めているエンディングから逸れてしまっているのではないかと。だがそれは当初目指していたヒロインに対しての話であり、他のあるヒロインは行先の選択肢に現れる機会が多くなったように感じる。今からそのヒロインとの交流を増やせば、そっちのエンディングを迎えられるかもしれないと思えた。
初志貫徹で誰ともゴールインしないより、誰でもいいからヒロインとのゴールインを達成できた方が、満足度が高い。そう判断したラクアは、幼馴染を選べる場面でも他のヒロインを選んだ。
「え、浮気?」
「うん…… こっちのが可能性あるかなって」
乗り換えた瞬間をチシロは見逃さなかった。ラクアは気持ちの揺らぎを否定できず前向きな捉え方を思いつかなかったから、正直に答える。そして自覚する。どこかで選択を誤った自分は、パッケージヒロインと結ばれる人間ではなかったのだと。
「どう思う?」
「押して駄目なら引いてみろって言うし」
「そう、それ」
これは乗り換えでも二股でもない。あえて他の女子と親しくなり、対抗心を芽生えさせる策略。キリンの意見はまさしくラクアが言いたかった前向きの捉え方であり、初志貫徹のために必要な寄り道だと力説した。ラクアは彼のアシストに内心感謝するも、さも自分は最初からそのつもりだったと言い張るべく、その先の選択肢も自分で決定してゲームを進める。
チシロはキリンの意見には納得したが、ラクアの真意には疑いを向けたままだ。そんな駆け引きができるくらい恋愛を心得があるのなら、現実でも魅せてほしいと思う。
それからゲーム内で数日経過するも、ラクアが狙った展開は訪れることはなかった。だが変化はあった。ついにキリンの好きなヒロインが登場する。存在を匂わせるセリフが作中に表示され、ラクアはボタンを押す手を止める。
「キリン」
「そうだよ。いよいよだね」
ロボの生徒という属性だけでラクアは察し、その想像は的中だとキリンは頷く。確信したラクアはモチベーションが上がった。プレイする目的はヒロインとのゴールインだけではない。彼が好きなヒロインがどんなキャラクターか知ることだ。
「せっかくだし呼んであげれば?」
「悪影響かもしれないし」
「悪かったなヘタクソで」
どれくらい好きかというとキリン自らメイド姿のロボを作る程度で、動くだけでなく記憶して受け答えする機能をも開発した。今はスリープ状態で部屋の隅にいるが、起こしてゲームをプレイする姿を見せてあげてはどうかチシロは提案した。
だがキリンは拒否した。自分がプレイするならともかくラクアが何を言って何を選択するか分からないのに記憶させるのはリスクがある。率直に教育に悪いと評されラクアはムッとしたが、見られない方が却って楽にプレイできると思い、ぞんざいな扱いを受け入れた。
現に彼自身、今の姿を好きな子に見せたいとは思わないから、キリンの言い分に共感できた。
ゲームを再開すると、最初の荷物を運んでいる最中に体のバランスを崩したところに鉢合わせる形で始まった。生徒の私物ではなく、企業が検証するため手配された一台という立ち位置だ。そもそもこのゲームの設定で、人型ロボが量産されているという近未来的となっている。
「一気にファンタジーな世界観になったな」
「でも与えた影響は凄いよ。学校に超能力者がいる作品とか、続々現れたりしたとかで」
当時はもちろん今の科学力でも追いつかないレベルなのを目の当たりにして、けれどもこの小説のように、現実のような舞台に普通なようで普通でない存在がある作品をラクアたちは知っている。驚きつつも抵抗感がないのは、馴染みがあるからだと実感した。
「それよりなんか、人間みたい」
「そう、感情豊かでしょ」
ロボの存在を受け入れられた理由は他にもある。振る舞いが人間に近いから、普通の女子生徒にも見えるからだ。これがどれだけ難しいことかキリンは実感している。問いと答えを登録すればロボに知識を与えられる。それは彼にもできた。自身が物覚えが不得手な分、代わりにロボに記憶してもらい、困ったら代わりに答えてくれる存在を目指して作ったものだから、それで願いは叶っている。
だがこのヒロインのような感情表現は無い。心を与えるのは技術的に無理だった。とはいえそれがロボのロボたる要素で、だからこそ人並みの感情がある設定は画期的なものでキリンに刺さった。語りたいことはいっぱいあるが、ゲーム中なので抑えた。
一方ラクアはキリンのロボでイメージしていたので、想像と違う中身に困惑していた。
「待って、手伝うところでしょ普通は」
「いや、ロボだし」
ラクアはゲームを進めているとチシロにダメ出しを食らう。仕事を手伝うのではなく、帰る選択を取ったことに。とはいえ彼も考えがあってその決定を下している。
「そりゃあ女の子だったら手伝うけどさ、ロボならこっちが正解だろ」
幼馴染など普通の人とこの展開に出会したら、助っ人に入るのが正解なのは考えるまでもない。放置して帰る選択をするつもりはないが、今回は相手がロボだから、そんなありきたりなアピールをしないことが正解だとラクアは推測した。だがその選択によってイベントが発生することはなく、肩透かしを食らった。
「まあ、そういう生徒がいたから一人でやってるんだろうね」
「納得だわ」
薄々ミスった予感がしたラクアは、キリンの意見にぐうの音も出なかった。さっきの態度は主人公に相応しくない。主人公を立たせるモブキャラも同然だ。メイドとはいえ一人で働いていたら、その経緯を読み取っておくべきで、独りにさせられた状況に手を差し伸べるのがセオリー。人もロボも関係ない。
仮に放置が正解だとすれば、先にモブキャラがロボを独りにさせていたわけで、便乗した主人公だけが好感度が上がると読むのもおかしな話だ。正解を知って振り返ると、駄目だった理由がはっきり見えてくる。
一度はミスしたものの、後日また会う日があった。今回は別のロボと一緒にいた。
「いいな、この子」
「あれ、こういうのがタイプなの?」
まだ振り向いて挨拶しただけなのに、ラクアは無意識に呟いた。同じ形状のセンサーがついているくらいで、さっきのロボとは背丈や服装、目つき、振る舞いが違う。
これまで何人もヒロインが登場してきたが一番の食いつきを見せた彼に、チシロは意外性を感じた。彼を好きな子を知っているが、このキャラクターとは共通点が見当たらない。だがゲーム内の会話で納得した。
「女子校だからか。でも……」
一つ見つけたのは所属が女子校ということ。該当するヒロインは今回が初登場だ。ラクアにとって女子校という肩書きは重要なのだろうと納得するも、疑問は残る。その一点以外、つまり容姿や態度は全然似ていないからだ。
「アイリとは全然違うじゃん。胸大きいし…… なんでロボに胸があるの?」
ちょうど隣に最初のロボが立っているから、背丈と胸囲の差が際立っている。ラクアの好きな女子はどちらかといえば小さい方で、女子校というだけで大きい方が好みになるのかが疑問の一つ。そこからそもそもなぜロボに大きな胸が取り付けられているのかと、新たな謎が湧いてきた。
「無いよりはある方がいいだろ」
「服のサイズに合わせるには、背を伸ばすより安く済むんだ」
ラクアが私的な解釈を呟くのをよそに、キリンは合理的に聞こえる理由付けを冷静に語り、雰囲気でチシロを納得させた。なおラクアは後から言われて、黙っておけば恥を晒さずに済んだのにと後悔した。
「ほら、こっちの方が優秀だって」
ロボとして違うのはデザインだけではない。性能面ではラクアが目をつけた方が優れていると明かされて、こういう面が加点要素だと力説する。設定が明かされたのは見惚れた後なのだが、一目で察した慧眼だと主張する。
この優秀なロボとのゴールインを目指そう。そう決心したラクアは一層集中力を高める。これまでの失敗も、これからミスをしないための糧になったと意気込んだ。
けれども物語は最初のロボにフォーカスが当たったまま。あくまでも性能的な比較対象として描かれただけで、人間らしい、友達になりたいという意味ではこっちの方がいいという話で幕を閉じた。
けれども積み重ねていくのはここから。そう期待したが、他校生というのもあって以降は登場せず、最初のロボも試用期間を終えお別れのときがきたと表示され、ラクアは硬直した。
「……え、おしまい」
「残念ながら」
展開を知っているキリンは、ネタバレになるものの無駄な期待をさせるのも抵抗があり、素直に明かした。するとラクアは力が抜けた。好きになった相手に、気持ちを伝えることができないまま、遠くへ行ってしまった現実で、放心状態になった。その姿にチシロもキリンも既視感があり、それと同時になぜ彼があのロボに惹かれたのか理解した。
「卒業式の日もこんな感じだったね」
「うんうん。お別れが来るって分かってたのに」
近くにいられるタイムリミットが迫っているのに、想いを伝えられないまま終わりを迎えてしまう。それがラクアの初恋だったのを、今の彼の姿から思い出した。何も成長していないとか、もう後悔しないために自作ノベルゲームのシナリオは自身の過去をモデルにしたのではないのかと散々な言われようだが、放心状態の彼は耳から耳へと向けていった。
「……帰ろう」
「そうね、私も」
これ以上続ける気が湧かないラクアは帰宅すると告げ、キリがいいのでチシロも帰ることにした。




