83話 手に入れる達成感
三郷楽阿は一旦帰宅し、財布を入れた鞄を持って待ち合わせ場所に向かった。偶然にも同じタイミングで水天宮千城が来た。
「なんで制服のままなのさ」
「着替えてはきたぜ」
五月上旬、暑くなってきたから汗ばんだ制服から着替えたい。実際チシロは一度帰宅した際に私服に着替えてきた。ラクアもそうしたかったが、ある願望のために着替えたくない。そこで別のシャツに着替えてきた。
「この格好でゲーム買うの、社会人っぽいだろ?」
仕事終わりに寄り道してゲームソフトを買うサラリーマンの姿を、ラクアはニュースで見たことがある。今は中学生の彼らも、いずれ就職したらその経験をする日が来るだろう。彼は一足早く気分を味わうために、ワイシャツにスラックスの姿で、今日の用事である新作ゲームソフトを買いに行きたい。
「なんか前も似たことあったね」
社会人気分を味わいたいから学校の用事でもないのに制服で出かけたことは、先月の春休みにもある。ハーブ園の社員食堂に行った日だ。チシロの兄を誘ったことがバレて現地で彼女と鉢合わせ、その格好を見られてしまった。
「アイリを誘わくて正解かもね。多分また笑われたと思う」
「確かにな」
今日はラクアとチシロ、そして今姿が見えた新座黄麟の三人で出かける。目的はキリンが新作ゲームソフトを買いに地元のゲームショップに行くことで、他二人は付き添い。買ったら早速そのまま彼の家で遊ぶ。
彼ら三人は同級生だが、先月に特殊能力者になった"同期"の仲。その縁でノベルゲーム制作を始めた彼らは、そのゲームをプレイすることが参考になる。メンバーは他に四人いて、家か学校が遠い。美南哀月だけは学校だけが遠く家は彼らの近くだが、帰ってくるのが遅く明日の登校も早いから、負担をかけてしまうのを理由に誘わなかった。
そのアイリはチシロと同様に以前ハーブ園に制服で来たラクアを見ているわけで、今の彼の服装を見て思い出し笑いをするかもしれない。一ヶ月経ってようやく忘れてくれたかもしれないのに掘り起こして恥ずかしい思いをすることは、結果的に避けられた。
「おはようございます」
「もう夕方よ」
「おはようございます。会社ではこれでいいんだ」
キリンは到着するとそう挨拶し、時間帯に合っていないとチシロはツッコミを入れる。だがラクアはあながち間違いではないと捉え、業界では午後や夜でもそう挨拶する習慣があると告げる。
「俺がこんな格好だから、合わせてくれたんだ」
「いや、今のはゲームのセリフで」
「……」
「聞いてよ。別の制服に着替えてきたんだって」
社会人風のラクアを見てノリを合わせてくれたのだろうと解釈する彼に、キリンは今から買うゲームに登場するヒロインのよく言うセリフを真似しただけだと説明する。得意顔で語ったことが恥ずかしくなり言葉に詰まるラクアをよそに、チシロは私服に着替えてきたキリンに安堵し、彼の変な思考回路を言いふらした。
「おはようなんて誰でも言うだろ」
「ございますをつけて。それに誰でもじゃない」
揃ったので店へと歩いて向かう最中、さっきのやりとりの続きをする。ありきたりな挨拶がゲームの特徴的なセリフになるのかとラクアは首を傾げた。学校に登校すれば耳栓でもしない限り嫌でもそこら中から聞こえてくる定番の挨拶だ。その点はチシロも同意だが、キリンは決して簡単なことではないと考えている。
挨拶する相手は友達に限らない。朝すれ違う生徒に向けて、元気よく告げる。それはキリンが真似しようと思ってもできない、凄い行動だ。
「まあプレイすれば分かるかもね」
とはいえここで力説するとゲームのネタバレになる。今日買うゲームはリメイクで旧作をクリアしたキリンはだいたい分かっているが、ラクアたちはまだ知らない。
そのときラクアは疑問を抱いた。確かに今日の予定はゲームを入手できることを前提で立てている。さすがに初日の夕方で手遅れということは彼の経験上ない。だがそれは子ども向けの作品だからで、他の購入層より先に着くことができたからだ。
だが今回は他人が買うゲームゆえ購入層をよく知らない。ただ学校で話題になっておらず全年齢向けではないことは調べている。だから他の小中学生より先に店に着けるかは重要ではないわけで、代わりにもっと上の年齢層との競争となる。果たしてその関門をクリアできるのか、今からでも分散して誰か一人でも入手できる確率を上げる方針とした方がよくないか、提案してみようとした。
「社会人っていえば、学生と違って好きに休めるじゃん」
学生にとって平日は大半が授業で潰れる。だが仕事は平日が定休日だったりシフトが入っていなかったり、あるいは休暇を取って自由になれる。ゲームショップが開店してすぐ行って買うことも容易いわけで、彼らが真似すると授業に遅れてクラスメイトや先生からはサボりと非難される。親の旅行に付き合わされるのなら被害者になれるが、今日は彼ら自身の意思で出かけている。
「そいつらが朝から並んで買ってたら、もう残っている店少ないんじゃ」
「考えてなかった…… なら三人で同じ店に行くの非効率ね」
ラクアの考えでチシロも焦り、彼と同じ案を出す。だがキリンは落ち着いている。売り切れているとは考えていない。
「大丈夫。あそこは店舗特典がないから、競争率は落ちる」
確かに店によっては初日で枯れていることもある。遠出してでもその店で買いたい客がいるからだ。目当てはそこでしか入手できない付属品。キーホルダーやポストカードなど、ファンが欲しがる特典だ。
だが今日のキリンの目当ては早くプレイすること。だから特典がつかず売り切れの可能性が低い、かつ早く家に帰れる地元のゲームショップに、三人揃って向かう。
分散すれば万が一に備えられるが、杞憂で入手できたとき、二人が戻ってくるのを待つ分、今日遊べる時間が減ってしまう。だから予定通りでいいというのが彼の言い分だ。
ラクアも納得しかけるも、キリンは特典が手に入らなくていいのか問いかける。
「キリンは要らないのか? それ」
「欲しいよ。だから今度また買いに行く」
「買いにって…… 売ってそのお金でってことか?」
キリンもファンだ。ゲームの中身は同じでも、グッズは欲しい。だがそれは後で手に入れても変わらない。だから後日その店まで行ってソフトもろとも買いに行くつもりだと答えた。
それはお金がかかるし同じゲームを二つ保持することになる。片方は買い取りに出せば持て余すこともなく節約できて一石二鳥だ。
「親の同伴が要るのに、それは無理だよ」
だが問題は彼らが未成年ということ。一人では買い取りを受け付けてくれない。小遣い稼ぎで親に内緒で家の物を売却するのを防ぐためだ。かといって同意を得ようとすると、ゲームを買っていることがバレてしまう。だからバレるリスクのある通販を避けて、友達と遊ぶと告げて店に出向く。
買い取って出費を抑えることはできない。だがたったそれだけのことだとキリンは割り切っている。
「だからまあ、ひたすら買うってわけ」
「まあお金かかるだけだしな」
「……もしかして特典っていくつかある?」
目的は特典を手に入れること。そのための予算が足りるのなら買い取りできない問題は無いも同然。そんなスタンスのキリンは、特典は一つではないと匂わせ、チシロは勘づいた。
「そうだよ。店も客の取り合いになるから」
遠出してでもその店で買ってもらうことで売上があがる。それはどこの店でも考えることで、別々の特典をつければキリンのように同じゲームを複数買う客も現れて制作も儲かる。
「じゃあダブったゲームはどうする?」
「取っておく。本当は多くのファンに行き渡ってほしいけど」
買い占めれば買えない客が現れるかもしれない。買い取りに出せず保管しておくのはキリンとしても心苦しいが、ならばワタルたちに譲る手もある。今日プレイして気に入ってくれたら、後日買った方をファンになった彼らへプレゼントするのはアリだと考えている。
「俺もいつかそんな贅沢してみてえな」
ラクアは金欠ではない。キリンみたいに同じゲームをいくつも買う意欲が湧いたことがないだけだ。いつか彼のように好きな作品を特典目当てで複数購入する、そんな贅沢な出費をしたらどんなに良い気分になれるか、知ってみたいと思った。
「着いた」
「あるといいな」
目的地に店に入り、売り場のフロアへ向かう。きっと残っている予感はするが、いざ対面する瞬間が迫るのを感じて、キリンは階段を登るごとに緊張が高まる。
「あるじゃん」
「うん…… あ、あった」
目当てのゲームソフトはあった。キリンはラクアが見つけたパッケージを手に取ると、引き続き棚を物色する。そして本当の目当てを見つけ、手に取って先に持った方を戻した。
「特別版、ゲット」
「特典?」
「いや、ここにも通常版と特別版が売ってて」
パッケージは同じ。だが値段が違い、後から取った方にはシールが貼られている。これをレジに持っていくと、ブルーレイディスク同梱のゲームが買える。これはどの店舗にもあり、さっき話していた店舗特典とは別物で、それが付かないこの店にも売っているものだ。
「このゲーム原作のアニメだ」
「それでその値段か。俺なら配信されるのを待つけど」
「でも参考にできるのは今だけよ」
動画配信サービスに提供されれば、ディスクを入れ替える手間なく楽に視聴できるとラクアは考える。それがいつになるか分からないしその瞬間が訪れるとも限らないが、アニメはいつ観ても中身は同じなのだから、急ごうとは思わない。
とはいえキリンの選択を否定するつもりはない。だがチシロの言う通り、彼らが制作しているノベルゲームは今年八月中の応募を目指している。それ以降に観るのでは、気づきを作品に取り入れられない。
「まあ順番に観ればいいさ」
完成前に配信されなくても、キリンから借りればいつでも観られる。そういう意味でもメンバーで一枚はディスクを確保しておくのは良い判断なわけで、予定通りレジで購入した。
「このまま帰ってもいいけど、せっかくだし見ていけば? ゲームとか、下のゲーセンとか」
「じゃあ時間決めて下で集合で」
他に彼らが興味あるゲームソフトがないかチェックするのも、ラクアたちが同行してきた理由の一つ。ゲームに限らず漫画や参考書、通り過ぎたフロアにはゲームセンターがある。来たついでに物色したり買い物したりしてから帰ってゲームで遊んでもいいと思い、しばらく自由行動とした。
「ジュースか…… でも帰り道で買う方が楽だよな」
ラクアはクレーンゲームでジュースのペットボトルを見つけた。ゲットできたらキリンの家でゲームしながら飲める。それくらいのサービスはしてあげたいと思う一方で、飲み物はここでなくても買える。家に近い店で買う方が運ぶ距離を減らせると思い、ゲットを躊躇った。
そのときチシロに声をかけられた。彼女もクレーンゲームで発見したものがあり、ラクアに見せようと彼を探していたのだ。
「これ、アイリがよく食べてた飴じゃない?」
チシロが発見したのは十円でプレイできるお菓子のクレーンゲームで、そこにはアイリが小学生の頃からお気に入りの飴があった。缶の容器に色とりどりのフルーツ飴が入っていることが特徴的なお菓子で、ラクアが彼女と知り合ったときにもそのタイプのお菓子を持っていたのをよく覚えている。
だがこの店は過去にラクアはゲームを買いにきており、そのお菓子が置かれていることを知っている。実際にゲットして、アイリの好きな方ではないことも知っていた。
「いや、これあいつの好きなハッカは入ってない奴だ」
「そっか。じゃあお土産にできないか」
最初はあげれば喜ぶと思ったチシロだが、ラクアの指摘通りアイリが一番好きな味が入っていない缶だ。子どもには合わないため抜かれており、ここの客層に合わせた結果なのだろう。
とはいえもしアイリの好きな飴があったとて、彼女抜きでゲームを買いに行ったことを知られると彼女は除け者扱いされたと気にしかねないから、無くて好都合とラクアは受け止めた。
「もっと近くで買える物は、ここで取らなくていいだろ」
「でも楽しく買えるのはここだけだし」
チシロは何かしらクレーンゲームでゲットしたい欲がある。それがスーパーやコンビニで手に入る物だとしても、手に入れる達成感はゲームでしか味わえないからだ。
「じゃあ俺らの分をよろしく。飲み物は俺に任せな」
「え、いいよ。重いでしょ」
手に入る物は同じでも、入手経路で気持ちが変わる。なら自分がどうしたいかに従おうと、今日は考え方を変えてみた。そんなラクアはチシロの意見を押し切り、さっきのジュースを獲った。
その帰り道、信号待ちの僅かな時間にラクアはベンチに腰掛けて、楽する姿勢は揺らがなかった。




