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82話 対策していた

「ゲーム買いに行こう!」

「おう」


 ある日の放課後、新座(にいざ)黄麟(キリン)が三郷(みさと)楽阿(ラクア)を誘う。今日は新作ゲームソフトの発売日で、一度帰宅して財布を持ってから店に向かう。予約をしていないのは親に見つかるのを防ぐためだ。

 なおラクアは買うつもりはなく、キリンが買ったら彼の家で一緒に遊ぶ約束をしている。だから買うときに付き添う必要はないのだが、特に用事もなく、店に行けば発見があるかもしれないから、誘いに乗った。


「待てラクア」


 キリンがラクアを誘って買いに行くことは前々から聞いていたパソコン部の面々が、廊下で待ち伏せしていた。


「この後の部活をサボる気か」

「いや…… まだ復帰してねえし」


 確かに今日の授業は終わった。帰宅部や今日の放課後練習がない部活動の部員は帰宅する。だがパソコン部は違うわけで、先に帰ろうとするラクアの連行を試みる。しかしとうに退部している彼は部外者。行くこと自体がおかしいから、そのまま帰ろうとする。


「俺たちと勝負だ」

「聞けよ。聞こうとしろよ」


 なおパソコン部の一人、酒々井(しすい)鉄道(テツジ)はラクアが正しいことを言おうと耳栓でシャットアウトしている。彼の口の動きが止まったのを見計らって、用意していたセリフを吐いた。

 嫌でもその選択肢に応じないと展開が進まないゲームの登場人物みたいな挙動をするテツジに、ラクアは呆れて耳栓をむしりつつ、その勝負に挑むことにした。


「そんなことしていると遅刻するんじゃ……」

「「すぐ終わらせる」」


 勝負の発端であるキリンは、何か分からないその勝負のせいでテツジたちが部活動の開始時刻に間に合わなくなって怒られるのを心配したが、そうなる可能性はお互いに考えていなかった。瞬殺する自信があるのか、負けるのも早い短期決戦なのか。詳細を知らないキリンは、本人らがそう言い張るなら心配要らないのだろうと受け止めた。



「部室かよ」

「外で待ってる。部員じゃないしね」


 ラクアはテツジたちにパソコン部の部室へと案内され、キリンはそこで立ち止まった。部活動が始まる前とはいえ部外者だから中に入るわけにはいかないと言い、勝負は見えないが結果が出るのを待つことにした。その点ではラクアももう部員ではないが、それで不戦勝とはいかなかった。


「俺たち三人のゲーム、全部クリアできたらラクアの勝ち」

「全部……」


 パソコンを起動する待ち時間にルールを聞かされた。テツジと東戸(ひがしと)寿々絵(スズエ)、小村井(こむらい)珠陽(スバル)は部としての活動でゲームを作っている。ラクアも以前はここで彼らと同じように自分で作っていたが、中身は世にあるゲームばかりで彼らのようなオリジナリティのある物を生み出せなかった。


 三つプレイするには時間がかかりそうだが、先鋒のスバルの時点でクリア失敗すれば勝敗はつくわけで、そうなる自信がある。スバルはUSBメモリを差し込み、ゲームを起動させた。


「これか。スバルの計算ツアー」


 プログラムがランダムに生成した数字が羅列され、時間内に合計を入力できれば正解というゲーム。誤答でも時間内ならリトライできるが、タイムアップで残機が一減る。尽きるまでに全問正解すればゲームクリア、ラクアの一勝だ。概要は春休みに聞いていたが、概ねイメージ通りだった。


「先に言っておくと妨害ありね」

「……テツジ、耳栓」

「あげないよ。この前返さなければよかったのに」


 計算に集中しないとクリアできない。だがスバルは妨害すると宣言した以上、プレイ中に負荷をかけてくる。彼の特殊能力は、自分が出した計算問題を聞いた人に、時間内に答えないと電撃を食らわせるというもの。ちょうどこのゲームのプレイヤーアバターと同じ目に遭う。

 対策は瞬時に正答するか、そもそも声を聞かないか。後者が圧倒的に楽な対策だから、耳栓を持ち歩いているテツジに譲ってもらおうとした。そうすればゲームに専念できるし、画面の数字で計算するのに聞こえなくて支障は来さない。


 だがテツジはスバルの味方。ラクアを有利にする行動を取らない。そして煽る。以前会話した際に奪っていた耳栓を律儀に返していなければ、自力で対処できたのにと。


「だから頑張って解いてみな。並行処理の苦手なラクア」


 ラクアは複数の作業を同時にこなすマルチタスクが苦手だ。反面どれか一つに集中させたときの能力は優秀。妨害なしならこのゲームをクリアしたり、ゲームを止めればスバルの計算にも対処できる。だから彼に勝つために、妨害を考えたのだ。


「いいぜ」

「いいんだ。まあ、何回かは間違えてもいいからか」


 だがラクアは妨害を受け入れた。克服したのか、あるいは楽して乗り切る案があるのかスバルは考えると、一つ思いついた。このゲームは残機が尽きるまではミスしてもいい。彼が計算の妨害をしたらラクアは手を止め、残機を失うが電撃は回避するという、捨てて一つに絞る方法で解決できる。

 それなら残機が足りないくらいの妨害をすればいいわけで、スバルは勝負開始の準備ができた。なおラクアは彼がそう何度も妨害をしないと読んでいる。ターゲットは自分だけではない。近くで聞こえてしまうスズエも即答しないと電撃の餌食なわけで、味方を巻き込まないよう問題と答えは事前に伝えておく手がある。だがあまり多くのパターンでは覚えきれないだろうし、元々数回の妨害で決着をつけるつもりだろうから、乱発をしてこないと読んでいる。


 対してラクアは今から準備がある。鞄から以前この部で使っていたUSBを取り出し、空いた挿入口に差した。


「始めていいか」

「あ、ああ」


 スバルはラクアが何をしたのか読めないが、彼も準備ができたというので頷く。ラクアが開始ボタンを押すと、ゲームがスタートした。画面に数字が並び、合計を求められる。彼はマウスでそれらの数字を選択し、クリップボードにコピーした。するとさっき差したUSBの中から表計算ツールを起動し、表に貼りつけた。すると内部のマクロが動き、合計値が表示された。

 ラクアはキーボードで転記し、回答ボタンを押す。正解で、次の問題が表示される。次も同じように、思考停止でマウスを動かし、出された答えを打ち込む。


 スバルは困惑しつつも、計算問題を出してラクアを妨害する。だがゲームへの思考を削いで聞き取りと暗算に集中できる彼は、答えて電撃の罰から逃れた。なお想定外の事態で反応が遅れたスズエは電撃を食らう。テツジは耳栓で無事だった。



「クリア。さすが俺」


 ラクアは残機を一度も失うこともゲームで悩むこともなく軽々とクリアしてみせた。からくりはUSBに保存してある計算装置。問題欄をコピペすると空白を次の数字との境界と判定し、合算と合計値出力まで行う。以前スバルからゲームの内容を聞いた後、どんなプログラムを組んでおけば自分で解かず楽に攻略できるかを想定して家でこっそり準備していた。そしていつでも使えるように学校に持ち込んでいた、対策だ。今回の勝負は対策していたシチュエーションそのものだったので、ついで感覚で利用できた。


「次どっち? まあ、どんなゲームかは聞いてるから同じ結果だろうな」

「くっ…… 運勝負のゲームを先に作っておけば」


 三人のゲームすべてをクリアすることがラクアの勝利条件なので勝負は終わっていない。だが彼はもう勝った気でいる。用意してきたマクロはスバル用だけではない。スズエとテツジの作品も、同じように情報収集しており、同じ手口で楽にクリアできる自信がある。

 スズエは後悔した。彼女のゲームはいくつかのステージに分かれていて、一部は未実装。それはマウスをクリックするタイミングで結果が変わるので、練習すればいいものではないから、ツールで対処はできない。ラクアの運が悪ければ勝てるが、最後のステージにしたいこだわりがあって、まだ用意できていない。

 今日の勝負のために用意していたわけでもなければ、勝負自体もキリンがゲームを買うことをチャットで呟いたときにノリで決めたもの。突貫で追加して正常な動作をするか不安な状態にするのもラクアに呆れられそうだから控えた。


「お待たせ」

「終わり? 勝った?」


 部室を出たラクアは待たせていたキリンと帰ろうとする。勝敗を伝えるためだけに来たのではないから、勝ったと聞かれて頷く。そして水天宮(すいてんぐう)千城(チシロ)もいることが気になったが、それを尋ねる前にスバルたちがしぶとく呼びかけてきた。


「買わなくても自分で作ればいいじゃないか」

「自分で作ると中身も丸分かりだし」


 安く済むし、何よりラクアが部に復帰する理由になる。そう思っての提案だったが、何があるか分からないゲームをプレイしたいという動機を前には無力だった。

 

「まあ過去作のリメイクだからだいたい知ってるけど」

「せっかくフォローしたのに。まあいいや」


 ラクアはキリンの用事に付き合う理由として挙げたのに、彼の方から買う理由を弱くさせられて困惑した。とはいえパソコン部との勝負に勝った以上、再入部を断りゲームを買いに行くことになったのは事実。チシロがいるわけを聞いて、早く買ってプレイすることにした。


「で、チシロは何の用?」

「ワタルが、一緒に買って遊んでくればって……」


 チシロもラクアやキリンと"同期"で、ノベルゲーム制作のメンバーだ。二人がゲームを買う話を聞いた兄からゲーム制作に役立つかもしれないからと同行を勧められて、キリンを見つけて待っていたと言う。


「珍しく役に立ったな、その黄色線」


 スマホの持ち込みが校則で禁止されているなかチシロがキリンはパソコン部の部室にいることを知ったのは、彼が特殊能力で昇降口から壁に沿って黄色い線を塗って目印を残していたおかげだ。すぐ消せるから他の人の迷惑にならない。勝負が終わったら消しながら昇降口へ戻るつもりでいたが、図らずもチシロが彼らと合流する点で役に立った。


「確かにアイディアが浮かぶかもしれないけど」

「よくワタルが許可したものだ」


 キリンがメイドロボ好きなのは彼ら幼馴染の中では周知のこと。例によって今日買うゲームもその手のキャラクターが登場する恋愛アドベンチャーゲーム。対象年齢は中学生以上なので彼らが買うことに何も問題はないのだが、いわゆるオタクの好むゲームであり、興味があることに偏見を持たれたり、仲間付き合いが乱れてしまう恐れもある。

 だからキリンはラクアだけを誘ったのであって、チシロを巻き込めば兄から注意されると思っていたが、その兄からチシロを引き入れてきたのを意外に思った。ただ彼女もオリジナルのゲームのシナリオを考えている立場として、毛色の近い市販のゲームが参考になるのは間違いない。


「あいつもチシロのこと応援しているんだ」


 ラクアはチシロの兄、水天宮(すいてんぐう)渡(ワタル)と先日会話した。特殊能力が芽生えて交流が広がって、兄とべったりだった時間は減った。それを喜ばしいことと捉えるワタルは、ラクアたち"同期"と始めたゲーム制作が良い結果になることを願っている。だから彼らとの交流をプラスになると考えて、一般的なイメージに囚われずに背中を押した。なら胸を張って同行させればいいと考えた。


「それに他に欲しいの見つかるかもしれないし」


 そしてラクアが同行する理由である、店に行けばキリンが買うゲームとは別に自分で買いたい物を発見できる可能性がある点はチシロにも言えること。そしてテツジたちと違ってノベルゲーム制作の一員として話せる話題もある。ワタルが促しておいて本人がここにいないのも、部外者が交ざってそういう類の話をしにくくなるのを避けるためにちがいない。


「だったらアイリも呼んであげたら?」

「そうだ。待ってる間にうちの部で」

「行くぞ」


 それならゲーム制作メンバーで、同級生ではないが家は近い美南(みなみ)哀月(アイリ)も誘ってはどうかとスズエは提案する。一理あるがアイリは遠い私立の中学に通っていて帰ってくる時間が遅い。だから今出発しても彼女を待つ時間ができる。とはいえ先に買ってキリンの家で合流ということにすれば済む話だが、それは提案せず、待つ時間に部活動に交ざっていくようスバルはラクアに呼びかける。いい加減しつこく思い、ラクアは学校を出た。


「アイリはいいの?」

「あいつは朝も早いんだ。付き合わせるのも悪い」


 学校が遠いということは朝起きる時間も早い。自分たちは苦にならない点でアイリにだけ負担をかけるのは気が引けるという表向きの理由で、市内在住の"同期"組でゲームを買って遊ぶことは隠しておくことにした。

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