80話 常識に囚われない手段
「駅までついていこうか?」
「ううん、大丈夫。またね」
美南哀月は武蔵浦春桜の同行を断り、一人で駅へ戻ろうとする。行きは付き添ってくれたおかげで道は何となく覚えているし、地図もある。
さっきサクラの家で妹の広小路冬雪と彼女絡みのことでちょっとした言い合いになり、付き添いという形でこれ以上彼女がフユキといる時間を奪ってしまうのも申し訳なく思い、ただそれは言葉に出さず一人で帰ろうとする。最後に謝った。
「さっき、ズルいなんて言ってごめんね」
「気にしないで」
どうしてフユキを怒らせたのかアイリは分からないが、サクラの秘密に関わっている何かに触れてしまったことだとは察しがつく。一方サクラも、何も知らない人からみれば自分が偶然チャンスを掴んだように思われるのは仕方ないことと思っているので、アイリを責めない。
アイリは溜め息をつき、家での出来事を振り返る。先日出会った美少女、北参道天羽がサクラと居候を始めると聞いて、しばらく日を置いてからどんな生活を始めたか、部屋を見せてもらった。
見た目が華やかな子は部屋も輝いていて、そんな子と暮らせるサクラを羨ましいと愚痴ったアイリに、一緒にいた彼女と同い年の妹のフユキが怒り出した。アイリはアゲハと出会えたサクラを羨んだが、なぜ出会えたのかを知っており、それは普通の人が欲するものではないと分かっているフユキは、軽々しくズルいと言うなと怒った。
だがそれはアイリの知らないこと。サクラはその秘密が人に知れ渡ったらここにいられなくなると考えている。今そうなってしまうと彼女や他の"同期"と取り組んでいるノベルゲーム制作が完成を前に中止になってしまう。だからサクラは内緒にしていたが、そのせいで悪気のない知らない人と知る人での衝突が起こってしまった。
「遠いなぁ」
アイリは乗換ルートと到着時刻を検索して、サクラの家の遠さを実感する。先日みたいに"同期"で集まるときはメンバーの分布を理由にアイリの地元になることが多く、そのときはサクラがこの距離を行き来しているわけで、それは大変なのだろう。本人はそんな素振りを見せないが、苦と思っていないのかもしれない。この島には能力者がいるから、もっと楽に行き来できる手段があるなど、常識に囚われない手段が無数に存在する。
けれどももしそういうの抜きで頑張って通っているのなら、負担を軽減させてやれないものかと考えた。
「というわけでサクラが楽になる。カリンが戻ってきて、あいつらもついてくると、この沿線に揃うわけ」
一方、三郷楽阿は水天宮楽阿と地元を歩いていた。行き先は隣の中学校の学区。うまくいけば今後サクラが住むことになるかもしれないエリアだ。
「話は歩きながら聞こうって言ったのは、こういうことか」
ワタルはラクアに妹のことで相談があると話した。場所はラクアの家でも公園でも、本人に見つからなさそうならどこでもよかった。隣の学校を目指して歩くのも見られるリスクは低いが、楽したがり屋の彼が提案するようなものではなく、ワタルは違和感があった。
だが事情を聞いて納得した。会話は歩きながらでもできる。どこかに行く用が元々あって、その移動中に済ませようとしている。別々にこなすより時間を節約できて、彼らしい案だったと気づく。
「この辺で暮らす人の避難場所の下見か」
「違うけど、ついでだしそれもやるか」
確かにラクアは隣の中学校付近の散策に行き、そこまではワタルの推測と一致している。だが散策の目的はハズレで、ラクアには別の目的がある。けれども彼の言う災害時に向かう場所の確認をしておくことには賛成で、これから一緒に済ませると決めた。だから結果としてハズレは正解に含まれた。備えあれば憂いなし。今彼らが把握しておけば、それをサクラたちに伝えておくことで、引っ越した後の緊急時に彼女らが迷わず避難できる。
「じゃあ何だよ」
「鬼退治」
ラクアの答えにワタルは心当たりがある。思い返せば先月もこの辺りを歩いて、ラクアは途中で引き返し、ワタルは駅まで行って電車で戻ってきた。そのときは他に二人、彼らと同じSランク能力者の女子二人と歩いていた。
目的はそのうちの一人、久里浜華燐が自身にとっての鬼へのトラウマを克服すること。この地域にはカリンの家があり、中学の途中までそこで暮らして学校にも通っていた。だが友達との喧嘩に敗れ、女子ながらその圧倒的な強さから気配を感じるだけで怯え、祖父母の家に引っ越し転校した。
その相手は今もここに住んでおり、カリンは戻ってくる覚悟が決まらない。その元凶を探し歩くことが、ラクアがここに来た目的なのだ。
「場所分かったのか」
「いや全然。だから回数こなすんじゃん」
どこで聞かれているか分からないから、ワタルも最低限の言葉に留める意識で会話する。いつの間にかラクアは鬼の居場所を特定したのかと期待したが、彼は首を横に振る。特定どころか手がかりもない。
だがラクアとしては特定に至るには労力が要るのを当然と捉えている。通う中学校は分かっているから範囲は絞られているとはいえ、顔を知らない、いつ出歩いているかも分からない人に会うのは困難だ。カリンがいれば近くにいると怯えてくれるので楽に捜索できるが、ストレスになるうえにここに来るまでも遠い彼女を何度も駆り出すわけにはいかない。
だから運良く隣の学区にいるラクアたちが試行回数を稼ぐ。いずれ遭遇できると考えて、無駄骨に終わる日があるのも当たり前と割り切って。
「最終的に俺の"同期"が七人になった。サクラ以外はその沿線だ」
「へえ。貴様ら三人が固まってるのは知ってたが」
「四人。アイリもいるから」
"同期"は特殊能力者に認定された時期の近い同学年で、ラクアにとっては先月すなわち中学三年生の四月に認定されたメンバーを指す。最初は彼を含め三人、前回ここに来たときに五人目が現れて、後日二人増えて、月が変わった。今月になって三人が認定されたが彼らは五月組として"同期"を組み、ラクアたちとは別のグループになった。
その七人のうち、サクラ以外は学校の最寄り駅が一路線上にある。偶然なようで同じ小学校に通うほど近くに住む人が四人いるのを知っているワタルはあまり驚かない。
「だったらなおさらサクラがこっち来た方が楽だろ。一緒に住んでるわけだし」
「まあ、ついていけばここで暮らすのかもしれねえが」
サクラはカリンの家に居候している。カリンが実家に戻ってくれば彼女らも同行するだろうから、そうすれば全員がこの沿線に揃って、集まるのが楽になる。先月も同じ話をカリンを交えてしたが、まだ鬼に会うのが怖いのと、向こうの中学校の制服を注文したばかりということから、現状維持で話は進まなかった。
「なら見つけて脅すんだ。仲直りしろってな」
だから力ずくで話を進めればいい。ラクアは鬼を見つけたら、カリンと和解するよう呼びかけるつもりで探している。相手に拒否権を与える気はない。彼らは彼女の味方につくから、仲良くできないから拳を振るうのも厭わない。
乱暴な手口という自覚があるから、カリンたちがいない今だから試せる手段と自重している。男のワタルなら、目的を明かして巻き込むことに躊躇いはない。
「……学年トップのあいつが敵わない相手みたいだが」
「所詮女子だ。それに二年前と違って俺らは成長期が来た」
四人のSランクで序列のトップはカリンだ。だがそれは強さだけが基準ではない。社会でどれだけ活用できるか、身体能力や知能など素の能力を踏まえた総合的な実力などで序列やランクが決まる。
また序列を抜きに考えても、女子の方が先に成長期が来る。当時は本当に脅威的だったのかもしれないが、ラクアたちはこの二年で体が大きくなった。加えて彼は先月、ワタルに至っては半年以上前に特殊能力者になり、普通の人は持たない力を手に入れている。
「俺らが組んで負ける相手なんかいねえよ」
「ああ。俺もビビってるわけじゃねえ」
確かにワタルはカリンの方が上と言及した。だが挑むことに怖気づいているわけではない。彼女やもう一人の女子が覚醒するまで、長らく同学年で唯一のSランクだった彼は、牙城を崩されてナンバーツーになって二ヶ月半経った今でも、最強と自負している。
カリンに負けないくらいであるには、彼女より強い相手に勝てて当然と考える。だがただ強さを示すのでは駄目だ。表向きには友達自身の意思でカリンと和解したことにしたい。
「こんな手口、あいつらは望んでねえのは分かってる。目立つ真似は控えるんだ」
強者を炙り出すような騒ぎを起こすのは禁止とラクアはワタルに忠告する。ここにはカリンの旧友が何人も住んでいる。和解に彼らが干渉したことが彼女に知れ渡って、実は脅されて仲良くさせましたなんてバレたら、彼女の心を傷つけてしまう。殴って気が済むのなら甘んじて受け入れるが、きっと信頼を失われてずっと引き摺るだろう。
サクラに対しても、こっちの家に暮らした方が楽と思って力業に出たと説明したとして、きっと納得しないことだろう。あくまで自然に、ラクアたちの知らないうちにカリンと鬼のわだかまりが解けたことにしないと後が怖い。皆と近いエリアに住むことには喜びそうだが、それでチャラにしてもらえる気はしない。
だから静かに探す。別に今日で仕留めようとは思っていない。焦らず、目立たないよう徹底した。
今は探すことだけが目的ではない。ワタルの妹に聞かれない場所で彼から話を聞くために、学区の外を歩いているのだ。
「チシロは俺から離れて過ごす時間が増えたよ。貴様らとつるむようになってからは特に」
水天宮千城はワタルと同い年の妹で、産まれた頃からずっと一緒にいる。中学に上がってきょうだいといえど男女として距離を置くと思いきや、却って詰めてきて彼は気味が悪く思った。兄を名前呼ぶようになったのは年子で産まれたことがきっかけだから仕方のないことと我慢している。
今もその呼び方のままだが、一緒に家にいても離れて過ごすことが多くなった。それは先月、ラクアと同日に能力者になったことが関係していると考える。
ラクアはチシロが離れた理由を知っている。万が一完成前にワタルに見られたら制作中止を訴えられそうなノベルゲームを作ろうとしているからだと。ゲームのシナリオは彼らきょうだいをモデルにした学園もの、といいつつチシロ本人は恋愛系にしたがっていた。
勝手に登場人物のモデルにされていて、しかもチシロに好き勝手設定されているなんて知られたら、何をされるか不安になってワタルはストップを呼びかけるにちがいない。
「能力者になって、よその学校にも友達ができたからかもな」
そこでラクアはチシロの兄離れの理由を、"同期"での活動ではなく能力者全体にあると答えた。他校生と知り合ったり、そもそも自身に覚醒した能力に興味を惹かれたり。彼らにも言えることだが、世界が広がった。
その影響で家族という小さな空間から外に出る楽しさを知り、兄から離れる時間が増えた。それは間違いではない。
「俺も"同期"としてチシロを見てるけど、前からの知り合い以外とも仲良くやってるよ」
そしてラクアから見てもチシロは交友の輪を広げている様子が分かる。彼女は六人の"同期"の中で彼を含めた三人とは能力者になる前から旧知の仲だが、残り三人とも隔てなく接している。ワタルが見ていないところでも、チシロは新しい友達を作れている。七人中五人が女子というのも、彼女にとって良い環境のなのかもしれないと思えた。そのメンバーは彼が望んで手に入れたわけではなく、偶然その時期に覚醒したり、あるいは元々能力者でこの地に引っ越してきた結果だ。
「何を頑張っているのか探るつもりはないけど、応援してるんだ。あいつのことをよろしくな」
「ああ」
探られては困るとラクアは内心焦りながら棒読みで相槌を打つ。知っててなぜ引き留めなかったと詰められる未来は想像に難くない。
「ところであいつのやり方に少し口出ししてみたんだ。それを貴様が気に入らないなら、そう言ってくれて構わない」
「口出し?」
「ついこの間のことだ」
ラクアは心当たりがないが、それはチシロがまだ誰にも言っていないから。ゲーム制作の進め方に、この日までに何をするか日々計画を立てておくというやり方だ。だがラクアのやり方とは合わないかもしれない。そうなら無理に取り入れる必要はないとワタルは考える。
「例えばもし鬼に会って、勝てなかったらどうする気か考えているか?」
「いや。そうならないようお前を連れてきたし」
「まあそういうことだ」
あらゆる事態を想定するワタルと、理想的なルートを取るために準備をすれば問題なしとするラクア。意見の食い違いになり得るのは、こういう観点だと事例を挙げた。




