79話 経験という物語
ゴールデンウィーク最終日、武蔵浦春桜は駅で美南哀月を迎えた。二人は先月能力者に認定された"同期"でその縁でノベルゲーム制作を始めた仲だが、今日はそれらとは別件。アイリは先日この島に来た北参道天羽がサクラと一緒に居候生活をするということで、数日経って落ち着いたであろうかつ予定を合わせやすい連休中に、アゲハの部屋に行く約束をしていた。
「アゲハも連れてこようと思ったけど駄目だったわ」
「いいよ、気にしないで」
家までサクラと二人で歩くのはアイリにとって気まずくない。むしろ他の人がいない方がゲーム制作の話をしやすく好都合だ。会いに来てくれるのだからゲームを止めて迎えにいくよう呼びかけていたサクラだったが、一人行けば事足りるだろうと面倒に思うアゲハを説得できず、力及ばず謝ったことを、アイリは責めない。
「どうぞ。自信作のドリンク」
「あ……ありがとう」
フルーツ飴の詰め合わせのお菓子メーカーが、その飴の代わりにジュースを作るとしたらどんなデザインになるか、イメージ画像がSNSで話題を呼んだ。そこからインスピレーションを受けたアイリがフルーツではなくハッカ飴の詰め合わせから、イメージではなく本当にドリンクを作って、それをサクラたちのために持参してきた。まずは迎えに来た彼女へ、暑さを和らげようと渡す。
「そ、そういえば肝試しの日にアゲハと色々あったのよね」
サクラはアイリがくれたハッカ飴ドリンクを飲むのがつらくなってきた。体質的にひんやりしているから暑さには強いから飲まなくても平気で、フルーツと思い込むのも限界になったので、止めて会話で気を紛らわせようとした。サクラはアゲハと先月から面識があり、その縁で彼女は居候先にサクラを選んだ。
だがアイリはアゲハとはこの連休で初めて会い、それから数日で遠出をしてでも一度部屋を見たいと言い出すほどに気に入っているようで、そのきっかけがサクラは行かなかった肝試しにあることは聞いているから、この機会に詳細を聞いてみようと思った。
「色々……うん」
本当に色々あったことをアイリは思い返す。ほんの数分で終わるはずが、不思議な現象によって何日も別世界に閉じ込められた。ようやく脱出してみれば外では時間が経っていなかったようで、あれは夢だったのかと思いきや同じ目に遭ったアゲハたちも記憶に残っている。
会場にいたけど巻き込まれなかった人はもちろん、居合わせなかったサクラにも分かってもらうのは難しい。
「アカリの留学のこと、そのとき初めて知ったの」
「あ、そうなんだ」
だが間違いなく夢でなかったと確信を持てることがある。それは二人とは"同期"の西浦あかりについて、彼女が肝試しのペアにしか話していない情報を、アイリたちはあの出来事の中で聞いたということ。
「……ってことはこの前アカリが話したときにはもう知ってた?」
「うん。私とラクアは」
サクラは肝試しと"同期"での集まりの時系列を踏まえて、ある疑問が解けた。彼女は後者が留学の件を知ったタイミングだが、そのとき妙にアイリや三郷楽阿が落ち着いていたのが不思議だった、と同じ帰り道の"同期"で話していた。
アイリは同級生として薄々気づいていて、ラクアはゲーム制作の主柱としてメンバーが用事で一時抜けることも想定していた。サクラたちはそんな推測をして二人の反応の薄さに納得していたが、真相はもっと単純で、既知の話だったのだ。
「そういうこと…… 実はあの日、電車で帰る組で話してたの。やけに静かに聞き流していたなあって」
「あー、うん…… 確かに、知ってたから」
アカリが打ち明けた場で、実はもう知っている、とはアイリは言わなかった。ラクアが素直にそう言ったら便乗して言おうとは考えていたが、彼は黙ってさも今初めて聞いたように振る舞っていた。その意図をアイリは読めなかったが彼に合わせた方がいいと考え、一緒に黙っておいた。
だがサクラに気づかれた今となってごまかすことでもない。先に知ったのも不可抗力であって悪気はないのだと内心自分に言い聞かせつつ、その通りだと答えた。
「あれ? アゲハが発信源ってこと?」
「ううん、違う」
「そう。じゃあアイリがあの子のこと気になるのは、別のきっかけがあるのよね」
サクラはアイリとアゲハの馴れ初めを知ろうとするつもりだったがアカリの話に逸れてしまった。ただ彼女の話を聞いたきっかけがアゲハだとしたら関係ある話でもあると思ったが、違ったので改めて尋ねる。
「きっかけも何も、一目で可愛いって響いただけで…… 誘ったら運良くペアになれないかなと思った」
しかしアイリは語るほどのきっかけは無いと答える。ごまかしではなく本音だ。アゲハが着いた先が偶然彼女もいた肝試しの会場で、こんな可愛い子がいるのかと興奮し、思わず参加してほしいと接触した。
もしもあの後何事もなく終わっていたとしても、居候先を探すアゲハをアイリは迎え入れようとしただろう。
「……じゃあ見た目が良かった的な?」
「うん、見た目というか雰囲気というか」
ということはアイリはアゲハの内面を知る前から気に入っていたのかとサクラは考えた。サクラが彼女に会ったときはぐうたらな第一印象を抱いたが、その内面を露にする前、つまりまだ内面が見えていない段階で、仲良くなりたいと思っていた。それが自分とアイリの違いだとサクラは気づく。
思い返せばサクラはアゲハに会ったとき、自分がどこにいるのか、帰れるかなどと不安なことだらけで、会った人が見た目よりどんな立ち位置なのかを注視していた節もある。
そういった不安のない、今自分がここにいることを自然と思える状態でアゲハと初めて出会っていたら、アイリの気持ちに共感できたのかもしれないと思った。
「私もアイリと同じタイミングで初めて会っていたら、同じ気持ちになったのかな」
先月にアゲハと出会うこともなく、肝試しに不参加と回答することもなければ、サクラはアイリと一緒にいてそこで初めてアゲハを見ることになるだろう。そうなっていたら彼女が一目で気に入る気持ちを理解できたかもしれない。そう考えるサクラだが、その二つの前提条件がなければ、アゲハがここに来ることすらなかったわけで、仮定の未来は成立しないと気づく。
「いや、それには私が…… うん、それだと私もアゲハもここにいないわ」
まずサクラがアゲハと肝試し会場で初対面になるには、先月の彼女との出会いを無くす必要があり、その出会いのきっかけは二ヶ月前に妹と喧嘩して逸れたことにある。
それがなければ妹がこの島を訪れることはなく、再会したとき二人でこの島に住もうと決めることもなかった。もしも妹がこの島に来る結果が変わらなかったとして、正史と違ってサクラも一緒にいる。
つまり能力測定はそのとき妹と一緒に行うわけで、その時期はサクラにとって正史より一月早い。これでは彼女がアイリと"同期"にならず、ゲーム制作仲間として一緒に過ごす時間も生まれなかった。一緒に肝試しに行く仲にもならなかっただろう。
一方でアゲハについても、先月のサクラとの出会いがきっかけで、編入を決めた。それがなければ先日肝試しの会場に現れることはなく、アイリと、仮に偶然サクラも会場にいたとして、アゲハと出会うことはない。
「色々と歯車が噛み合った結果なのよ。あのときああだったらと考えても、その世界線は存在し得ない」
「何かのイベントでフラグが立って、それが条件でまた別のイベントが発生する、みたいな?」
アイリは丁度ゲーム制作をしているから、サクラの話をゲームのシナリオに置き換えて考えた。繋がりがない出来事のようで、実は連動している。一つ目の選択次第で二つ目の結果が変わる。むしろ二つ目があることさえプレイ中に気づかない。
「ゲームだとよくあるけど、実際考えると難しくて……でもサクラは、経験が活かせそう」
自分で買ったゲームには、今のような隠しイベントがある。発生条件は自分で気づけるものもあれば攻略サイトを見ないと無理な複雑さだったこともある。ただどちらも、そういうからくりなことに納得がいく出来だった。
そして自分がゲームを作る側になって、それがどれだけ難しいのかを実感する。条件を用意するだけならすぐできる。けれどもその条件であることに説得力がない。パズルゲームなら引き出しを開けて手がかりをゲットすることが謎解きの条件になる。それは虱潰しにヒントを探るパズルのコンセプトと合致しているからそれでいい。
対してノベルゲームは引き出しを開ける必然性が要る。プレイヤーは何を思ってその行動を起こすのか。それがはっきりしていないと物語が成り立たないのだ。
その点、経験という物語を持っているサクラなら、条件もそれをセットする説得力を持たせることも得意にみえる。
「じゃあそれもやってみようかな。他の皆の分まで」
「でもテストする側としては、ややこしくない方が楽だけどね」
得意を活かせそうなら役立てたいとサクラは思う。昨日も妹に、トリックアートが好きならゲームの絵に仕掛けを作ることもできそうだと後押しされ、自分のシナリオに加えそれにも手を出してみようと決心した。おかげで作業が増えて、構ってもらえる時間が減ってしまうと妹は嘆いていたが、それは仕方ない犠牲で、さらに作業を増やすのを躊躇うことはない。
アイリもサクラのやる気を否定する気はないが、アゲハと出会う条件にいくつもの条件と、その選択が変わることによる他の変化があちこちで発生すると考えるその脳内回路の複雑さを目の当たりにして、本気で作られたらテストプレイを網羅するのも大変な予感がした。
「ところでアイリはどうして可愛い子が好きなの?」
「……自分と違うから、かな」
だがサクラにも分からないのは、他人の考え。まずアイリがなぜアゲハを一目気に入ったのか、同じような出会いをしなかった彼女には考えを汲み取れない。
ただそれは当然で、アイリなりの背景がある。
「私、小さい頃からそのハッカが好きで……周りの子とは合わなくて」
「でしょうね」
アイリはサクラに渡していた、飲むのを再開するのはいつなのか気にしているハッカ飴ドリンクを指差して、小学生の頃から好きな味だと告げる。その好みを共感してくれないことを気にしている。
「だから、フルーツの飴を好きな子が輝いて見えてて」
アイリは自分の好みを貫いている。周りと合わないことは受け入れている。だから周りは自分と違ってみえた。色とりどりのフルーツ飴が好きな可愛い子と、白いハッカ飴が好きな素朴な自分。自分に無い良さを持つ周りの子。そんな考えが、いつしか可愛い子への執着を生み出した。
ハッカ飴へのこだわりがないサクラには、その気持ちが分からない。けれども周りと自分は違うという考え方には共感した。
「皆は自分と違う、か」
「うん。でも私は私。受け入れてくれる人がいる」
サクラはアイリたち"同期"のメンバーと同じように過ごしているが、皆には隠している秘密がある。それはゲームをプレイすれば、すなわち完成して応募する日に明かされる。
自分と周りの違いへの思いがあるのはアイリも一緒なのだとサクラは結論を出す。だがアイリの思いはまだ終わりではない。周りの中にも自分を理解してくれる人がいる。ハッカ味が好きでいい、むしろ自分の好きを突き通すのを良いと認めてくれた人が。
その人とはラクアのことだろうか、とサクラは思って口にはしない。彼は小学生の頃から彼女のことが好きなようで、想いを伝えられなかった未練からゲーム制作のシナリオを彼らをモデルにした。本人はアイリには秘密でやるつもりだったのだろうが、少し遅れて彼女も能力者になったためにゲーム制作仲間に加わり、その野望は破綻した。これも歯車が噛み合ったということなのだろう。自分たちがゲーム制作を始めたことと、その数週間後にアイリが覚醒してメンバーに加わったこと。無関係なようで、ラクアの行動が条件となって引き起こしたのかもしれないし、もしかしたらサクラが知らない内にトリガーになっていたのかもしれない。
そんなことを想いながらサクラは家に到着。今まで話していたことは、この先の当初の用事とは関係ないのdr気持ちを切り替える。
「続きはまたね。妹の前では、まだ秘密だから」
「分かった。そうだよね、アゲハに会いに来たし」
そう約束し、アイリを迎え入れた。




