8話 壁にぶつかった
ノベルゲームのメインキャラクター作成。一人ひとりに使命とその必然性と説得力を考える。一番乗りで考えた三郷楽阿だったが、思うようにまとまらなかった。主人公のモデルは自分でヒロインは小学校からの片想い相手。身近な人ではあるのだが、それぞれの使命は彼が彼女に告白する物語に関係するものでなくてはならない。
ラクアは彼女にとっての自分がどんな存在か分からず、一方で自分がなぜ彼女にこだわるのかも納得いく理由が思いつかなかった。
ノベルゲーム作成の壁にぶつかったところで、考えるバトンを武蔵浦春桜に渡した。順番はメインキャラクターが少ない順。ラクアが二人だったのに対しサクラのは三人だ。そして水天宮千城は未知数。主人公と兄と、二人を虐げる一人以上の敵。つまり全部で三人以上なのは確定している。
「私のは、主人公がいて姉妹がいて……姉は死んでて」
サクラは相関関係から整理する。孤独な主人公と、仲良しだった姉妹。その姉は主人公と妹が出会う前に亡くなっていて、以降は主人公が妹の姉らしく振る舞う。
「自分で描くか? サクラが画面映して」
「うん、やってみる」
今は一堂に会してノベルゲーム作成に取り組んでいるが、サクラはラクアやチシロとは離れた街に暮らしているため今後は全員リモートで行うこともある。今もリモートの練習を兼ねて各々パソコンと向き合ってラクアが画面をシェアしているが、今はサクラが操作する画面を二人に見せた方がやりやすい。彼の提案に沿って、画面はサクラに渡した。
それから表計算ツールを起動して、図形で人の形を作り、三つに複製して三角形を作る。テキストボックスで主人公、妹そして姉という役職を添えると、その下に表を作った。キャラクターごとの、使命、必然性そして説得力の欄を設けて、横幅は適当。書き始めた後で増減の調整はできる。
「サクラ手際良いね」
「ありがとう。先月に、皆こんな感じのを作ってたから」
まるでプレゼン資料を作るかのように、サクラは淡々と手を動かす。今は四月が始まったばかりだが、彼女は三月末まで学校に通っていた。月末に課題研究の発表会があり、色んな人の資料を見てきた。その甲斐あって、やることとそれを伝えるための作業が自然とイメージできたのだ。
「雲の上で?」
「うん。終わるまで帰らせてくれなくて」
チシロたちがサクラと知り合ったのはつい数日前のこと。そして聞いた話だとサクラは一ヶ月も行方不明だった。空にいる、空で会ったなどの情報はすぐに出回ったものの結果としてこの島で発見されるまで一ヶ月かかって、その間に何があったのかは知らない。
だがサクラがぼやいたように、空から降りるための手続きが色々あったとなれば納得はいく。それ以上は追求せず、彼女のノベルゲームの話に戻った。
「私の使命は本当の姉になることだけど……考えるのはなぜそうしたいのかと、どうしてこの子にこだわるのか」
そうは言ったがサクラは考えていることを書きたくない。物語の秘密がラクアたちにバレてしまうからだ。そして彼女がミステリーを書くと決めたことを聞いている彼らは、サクラのテンポ良くキーボードを叩いていた手が止まるのを見て察した。
「やっぱり画面見せない方が良かったかも」
「謎解きにならねえしな」
サクラの作品のジャンルはミステリーで、二人との違いどうやってゴールへ行くか、ではなく何がゴールかを探るゲームになる。チームメイトにも伏せておきたい情報もあるだろうから、メモする画面を映さない方が良かったように思えた。
そしてサクラ自身、まだネタばらしをするわけにはいかない。主人公と自分自身は二つで一つ。謎が解けた暁には、その報いが自分にも訪れる。そんな覚悟を決めて取り組むサクラは何の情報をオープンするか考えてから再び手を動かす。
「ううん、大丈夫。明確にしておかないと途中でヒントを出しにくいし」
「そうね。逆におかしい箇所がないかチェックしないとだし」
しかし真相を共有しておかなくては、物語の途中に謎を解く欠片を撒けているか怪しくなる。プレイヤー目線でスッキリ正解に辿り着けるかは、ミステリーの出来において重要な要素だ。そして真相と矛盾する描写は無くさなくてはならない。気づくためにもチームで把握しておく方が良い。
「だからまず私の……作者としての使命は」
サクラは表に一行追加する。キャラクターではなく作者の使命等を書くスペースを作成した。現実の自分の正直で、けれども秘密は伏せた使命とその必然性、説得力を書き始める。
「このゲームを完成させること。前みたいに突然消えてしまう前に。伝えられないままサヨナラは嫌だから」
サクラは先月の失踪の反省からノベルゲーム作成に励むと明かす。失踪した理由は伏せておき、ラクアたちに知られている範囲で通る説明を表に書き込んだ。
「そういう狙いだったのか」
「うん。まあ途中で閃いただけよ。最初は本当にゲーム作り楽しそうって思ってただけで」
想像以上の思いを背負っていると知ったラクアに、かといって最初からそうする気でいたわけではないとサクラは弁明する。野望を叶えるために彼の趣味を利用してこの企画を推したつもりはなく、ゲームのことを知っていくなかで目標を見つけたのだ。
「そんな回りくどいことしなくてもよくない? 声を録音するとか置き手紙とか」
「形に残したくて。それに、そういうのも途中で作るから」
いつ消えるか分からないならコンパクトに伝える方が良いとチシロは思った。それはサクラ自身も考慮したうえで、目標はゲームの完成とした。シナリオの要点は文書にまとめるから、それが置き手紙に代わるし、ゲームのセリフを読み上げて録音しておけば事足りる。
やりかけのまま消えてしまったときに備えてチシロの言うようなシンプルなメッセージを残す。その後は完成を目指すという計画だ。
「つまりそれで伝えたいことが主人公の使命ってことか」
「うん。まあ……やりたくなるかって意味だとあまり興味湧かなそうだけど」
「そこは本人でいいと思うぜ。本人が満足できる出来なら、それでいいって」
サクラの境遇に興味がないとプレイする意欲が湧かない。主人公の使命を秘密にした今、そんな懸念点が出てくる。だがラクアは達成感を味わえたらそれで十分だと考える。彼もいくつかプログラミングでちょっとしたゲームを作ったことがあるが、出来上がるものは既存のゲームで、プレイするにはわざわざ自分で作らなくてもいい。けれども自分で完成させたことを成果として受け止めた。だからサクラも同じような心構えでいいと勧める。
「そうね、ありがとう」
「で、どうする? 他のキャラクターは」
「それは宿題にさせて。帰って妹に会った方が、考えやすいかも」
本題のキャラクター作成。主人公の使命は作者のメッセージゆえに謎が解けるまでの秘密としたが、妹や亡き姉は違う。これから考えるべきだが、サクラはモデルから情報収集した方が書きやすいと提案する。
ということで最後、チシロの番だ。
「私のは主人公の使命はワタルとけっこ……兄を年子だからって馬鹿にする連中を黙らせることで」
「分かり合うんじゃなかった?」
「そうとも言う」
兄と結婚することと言いかけたところでラクアたちが首を横に振ったことに気づき、それは禁断の恋でバッドエンドにさせられたことを思い出す。チシロは原点を思い返し、同い年の兄は娘を望まれた要らない子だ、と噂を流す連中と和解することがゴールだったが、勢い余って報復をゴールにしようと脱線した。だが今まで苦しめられた分やり返したい気持ちもあり、だからプレイしてスカッとしたいゲームを考えている。
ともあれチシロの使命は兄を年子の偏見から解放すること。双子らしく振る舞おうと名前呼びに変えたら恋心を抱いたという流れは、その過程で誤って生まれた禁忌の感情だ。
「周りはどうしてそこまで言うのか、だと……嫉妬とか? ほら、彼Sランクだし」
「うん……そうなる前からだったけど」
「全部リアルに寄せなくていいだろ。ややこしいし。特殊能力じゃなくて、勉強も運動も得意な優等生への嫉妬ってことにするのがコンパクトじゃないか?」
「確かに。能力は無くしていいか」
チシロの兄の実力を僻んでいた。ある日年子の意味を知ったことで、彼は望まれない子どもで、だから産んですぐチシロを産む儀式をした、という噂を流す悪心が芽生えた。執拗な叩きの背景として彼への嫉妬があると、説得力が生まれる。
その点はモデルである自分たちの現実に合わせ、他はゲーム的に簡潔になるように事実から改変する。この島には一部の人に特殊能力が目覚め、その兄は同学年で初のSランクとなった。半年経った現在は三人増えて、一つ下のAランクも次々と現れたので、彼の突出感は薄れた。だがそんな背景をゲームにも反映させると、それだけで設定や描写の手間がかかる。
結果、特殊能力はない世界で、兄は生まれつきの実力者で、周りは鬱憤が溜まったところで年子への知識を得たところからイジメが始まった、という導入に纏まった。そしてそんな境遇に対する主人公チシロの使命を考えることが本題だ。
「これ、真相を知ることがゴールにはならないよね。レッテル貼ってるわけだし」
「確かに。そんなつもりで二人目を産んだんじゃないって説明しても、言い訳としか思わないし」
こちらはサクラのと違い、真実に辿り着くことが物語のゴールではない。偏見なんていくらでも持てるからだ。失敗作だから即第二子を、なんて意思はなかったと伝え回ったところで、彼を叩く者は聞く耳を持たないことだろう。それでは和解に向かわない。
「じゃあ全員倒そう」
「言うと思った。そんなもんバッドエンド行きだ」
「うんうん。力業に出るのは報いを受けるべき」
そこでチシロが考えた案は、歯向かう者はその実力で始末する、と圧をかけること。叩くことに罰を与えて平和な生活を掴むということだが、それは倫理的にアウトに思うラクアは、そういうルートがあってもいいが一種のバッドエンドが妥当だと告げる。手を出した方こそ罰を受けるべきだとサクラも共感した。
強者に逆らうことを許さない社会を作ることが争いを止める策は、武力行使に他ならない。そんな思考をグッドエンドとするゲームは、プレイヤーから悪い印象を受ける。
「ねえ、こういうのどう? お兄さんは飛び級を目指してて」
「おおっ。同学年じゃなくなれば解決するのか」
サクラが閃いたのは兄の使命。それは年子の偏見から平和的に逃れるために、自分が妹より上の学年になろうというもの。それにはラクアもカッコいいと唸った。説得力があるし、僻まれるほどの実力を活かすやり方だ。
兄というキャラクターの使命、その必然性と説得力が固まり、解像度が上がる。
「むしろお兄さんがいち早く予測してて、飛び級のために努力したために妬まれたとか」
「それもいいかもっ。良かれと思って裏目に出るの私好み」
実力があるから飛び級を目指すのではなく、目指すために実力を伸ばした。因果関係を逆にすることで、兄が優等生である説得力を持たせる。今度はラクアが案を出すとサクラが賛同し、意見交換の良さを実感しつつ彼女の好みには不穏な気配を感じ、そこには触れないことにした。
「じゃあ、その努力を伝えることがゴールかも」
「そうだな。年子の兄って肩書きを背負っているがゆえってことも」
そうなると年子への偏見ではなく兄への僻みの解消を目指す方がしっくりくる。彼の立場が努力の原動力であることを伝えて妬むのは間違いだと気づかせる。そうやって和解を目指す。
「じゃあ妹の……主人公の使命はそれを伝えること」
「妹ゆえに一緒にいる。努力する姿を一番近くで見ているから」
サクラとラクアは同じような思考から二人で一つの意見を出し合う。当事者たるチシロは兄を異性と見る邪な感情が残っているので、そこへ向かわないよう自分たちで方向性を確立していく。
「分かった? 妹の役目を果たすことだぞ」
「はーい。せっかくならもっとスカッとしたいけど」
そういえばスカッとする感情をプレイして得られるゲームを目指していたことをラクアたちは思い出す。けれども今考えた使命を踏まえて、爽快感はイメージと合わない。だがこれもチシロのブラコンを解消するためと考え、あえて触れずに先に進んだ。
この点はサクラと対極的だ。作る本人が満足できる作品を目指す彼女と、とにかく穏便な方向性を目指させるチシロとで、前者が理想で後者は真実。一方ラクアは、自分の原動力もヒロインの使命もよく分からない、どっちつかずの現状に頭を悩ませた。
「じゃあここまでにしようか。きりが良いし、私は宿題しないと」
「そうだな。じゃあ解散にするか」
サクラはお開きを促す。ラクアもちょうど一人で考えたいところだった。そして彼女は先ほど、帰宅して妹と会ってキャラクターを練りたいと言っていた。今後の作業を進めるのは、それが済んでからが望ましい。色々と都合が良いので、片付けに取り掛かった。