69話 最後かもしれない
今日はゴールデンウィークで最後の"同期"オフ会。特殊能力者に認定された人が、すでに能力者の同級生に招待されて同学年能力者のグループチャットに参加したという意味でSNS上で知り合った三郷楽阿と六人の"同期"が、オフラインつまり対面で会って交流する時間だ。なおラクアにとって六人中三人は以前からの知り合いで、家も近い。だから集まるときは四人の家のどこかか喫茶店だ。どこかといっても、蜘蛛が湧いたり兄がいたり部屋が散らかっていたりとで候補から除外されることもあるのだが。
彼らが集まってすることは、"同期"すなわち先月能力者になった同学年での課外活動で、テーマはノベルゲーム作成。共同制作というよりは、うち四人が各々シナリオを考えて別々の作品を作り、残り三人はサポートをする。だから個人のペースで進められるわけで、たまに時間を決めてチャットを始め、連絡や資料のやりとりをする。
けれどもプログラミングが趣味のラクア以外の六人はゲーム作成の経験がない。対面のやりとりの方が効率的なことはオフ会で進め、お開きした後に自力でできるようにする。
「こんな感じで表情はコロコロ変わるんだ。だからイラストがたくさん必要になる」
ノベルゲーム作成は先月の四月から始めて、コンテスト応募期限の八月中の完成を目指す。今はストーリーを練っている段階だが、ラクアはゲームの感触を掴むためにスクリプトを組み始めている。それの挙動を、イラスト担当の西浦あかりに見せて、どんな画像が必要かイメージしやすくする。
これがゲームとライトノベルの違い。文章に時折差し込まれる一枚絵の他に、文章を読む間にイラストが必要だ。セリフが変わると表情やポーズが変わる、そんな工夫があると質が上がる。
「で、中身はこうなってる。プログラ厶では、この場面でこのファイル名に切り替えるって処理をしてるだけ」
表情やポーズを変えるのはスクリプトではない。スクリプトが参照する画像だ。ラクアが開いたフォルダには、同じ登場人物の画像が何枚も入っている。
シーンが進むと表示する画像を変えるコマンドに到達する。その画像が違えば、登場人物が動いたように見せられる。
「実際はもっと要るから、楽に作りたい。だからパーツを分けて作るんだ」
しかし彼が用意したのはほんの一部。ゲームが完成する頃には、人物も背景も多くの画像が必要になる。それは非常に手間だから、彼は一部を用意するなかで、いかに効率的に揃えられるかを考えておき、それをアカリに伝えることで彼女に楽をさせたい。
完成した画像の次に、その画像の素材となった画像を入れたフォルダを見せて説明する。
「こんな感じで顔と目と髪型を別々に用意した」
ベースとなる顔には鼻や耳など、キャラクターデザインの変更の影響が少ない部位を載せている。そこに重ねる目は開き具合が違い、表情のバリエーションとして用意した。髪型はどれかを作成者の好みで採用し、余ったものは他の人物に流用すればいい。
「重ね方だけど、いちいち微調整するのは面倒だからな。重ねるだけでいいようにした。マウスなんて必要ねえ」
問題は同じベースの顔でも重ねる目の位置が変わってしまうと、表情が切り替わったときに目が移動してしまって不気味だ。かといって揃える調整は細かくて大変だから、編集ツールの作業エリアの隅に重ねるだけで位置が揃うように部位を作成してある。
マウスをパソコンから引っこ抜いて、キーボードの操作だけで事足りるのを実演してみせた。
「スクリプトは送ったから、動かしながら描いてみて」
「うん、ありがとう」
今伝えた内容は実践するうちに飲み込めてくれればいい。ラクアは説明を終わりとし、アカリに手を動かしてもらうことにした。彼女は自分のパソコンで、画像を編集して、彼らと同じノベルゲーム専用ツールを起動して、操作すると表情や背景が変わる動作を確認することにした。
その会話に区切りがついたタイミングで、川口青空澄がシナリオ組に指示を出す。
「チシロとサクラ、それにキリン。デザインのイメージができてたら、後で私に送っておいて」
「いいけど、アカリにじゃないの?」
水天宮千城は質問した。ストーリーを練っている間にもラクアの説明は聞き取れており、画像編集を担当するアカリに提供するものではないかと疑問を投げた。最終的にそうなるとアスミも理解している。
「一旦こっちで整理するから。アカリには、落ち着いたタイミングで送るわ」
だがもし三人が一斉に送ったらアカリがこんがらがってしまう。彼女を作業に専念させるためにアスミたちを中継するべく、宛先を指定したのだ。
そしてこのタイミングで指示を出したのは、先に伝えておかないとチシロたちはラクアに続いてアカリに資料を送るものだと解釈してしまうのを未然に防ぐため。やった後に指示を出すのでは遅い。
「それ先にやった方がいい?」
「ううん、後でいいし、まだならやらなくていい」
新座黄麟は作業の優先順位を尋ねた。ストーリーを書くのを中断してアカリに必要なイラスト関係の資料を用意すれば今の指示は早く片付く。だがアスミは自分の作業を優先し、イラストに取り組んだ際に今の指示を思い出すよう伝えた。用意が済んでいたとしても送るのは後でいいし、まだ用意できていなくても急いで考えなくていいと。
後続の作業量を考えればキリンの言う通りイラスト優先が良いが、それはあくまでも中断に支障を来すことがないならの話。立案者が行き当たりばったりでコロコロと指示を出すのでは、振り回される作業者が迷惑と感じる。先の見通しが甘かったことの管理のミスは、作業者への負担を膨らませない方針の提案でカバーするものだ。
「ラクアのペースに合わせる必要はないわ。彼は皆がスムーズに進むように一人で先に進んでいるの。迷路の答えを探すように」
ならなぜラクアはアカリにもう送ったのかというと、誰かが先行しないと皆同じところでつまずくため。彼が直面した課題の対策を講じた後に皆が追いつけば、もう分かっている対策を迷うことなく実践してすんなり解決する。だから彼の行動を見ても焦らなくていいと伝えた。
迷路に例えるならラクアが試行錯誤してゴールに辿り着いたら、残りのチシロたちは彼のアドバイスを受けて道を進む。岐路にぶつかったとき、一度ゴールした彼はどっちが正解の道か知っているから教える。おかげで迷ったり間違えたりする頻度の減った彼女らは楽にゴールできる。
つまりストーリーを中断してイラストを優先しても、ラクアのイラストで検証しているアカリが彼女らのに手を回せるタイミングはまだ先のことであり、優先するメリットが薄い。むしろ半端なところでストーリー考案をストップする分、記憶が飛んでそっちの作業効率が落ちる。だからストーリーを優先するアスミの指示は結果的に正しい選択だ。
「ラクアのお話、小学生の頃のシーンもあって大変だよね」
美南哀月はイラストの話で気づいたことを呟く。ラクアの物語は登場人物が小学生の頃の話から始まり、時は流れて中学の卒業式から本筋が始まる。ゆえに一人に二つの姿が登場する。幼少期の場面は少ないから、倍の作業量とまではいかないのが救いだが。
「それも低学年と六年生で」
「いや、六年のは要らない。出会いと中学卒業の二つだけだ」
「あっ、現実と違うんだっけ」
ラクアは現実の経験を基に物語を考えてノベルゲームに起こしている。だが戻れない過去の未練をゲームの中で晴らして満足するために作るのではなく、未来で晴らすためのシミュレーションとして利用するために作る。卒業式でのヒロインとの離別イベントは、現実では小学校の卒業式という過去の出来事に対し、ゲームでは中学校卒業式で発生する設定で考えている。現実では来年に彼が直面するわけで、先にゲームが予定通り完成を迎えることで、トゥルーエンドをなぞることができる。
確かに三年前小学校の卒業式でお別れはした。けれどもそれは進学先が違うだけであり、もう会えないわけではない。高校で一緒になろうと言えなかった代わりに大学で一緒になろうと告白できたら、それで未練は晴らせるのだ。
そのための改変が、結果的に立ち絵のパターンを減らす意味でもプラスにはたらいた。それでも今用意した分に追加する必要があるので、ゆくゆくはアカリに依頼しなくてはならない。
「……小さい頃のラクアの写真、使う?」
「見たいかも」
キリンは小学校の卒業アルバムを引っ張り出してアカリたちに見せようとした。ゲームの登場人物のモデルを見るという動機を持たせて、幼い頃のラクアを見せるチャンスが来たのを楽しんでいる。
アカリは乗り気とはいえラクアは抵抗してアルバムを持つキリンを押さえ込む。この後はアイリに作業を説明するつもりなのに、卒アルで盛り上がっている場合ではない。彼以外にもキリン自身やチシロ、そして当時同級生だったアイリも写っているから、アカリたちが反応を示しそうなページが多過ぎる。
彼はアスミに視線で協力を求め、脱線する時間はないと抑止してもらおうと願った。
「今がアルバムを見るチャンスね」
だがアスミはラクアの敵で、見たい派についた。ここで作業を止めてゲーム完成の夢が左右されるとは思っておらず、"同期"の家に集まってラクアたちの小学校のアルバムを見たい余裕がある日がまた来るとも言い切れない。期限が迫って多忙になったら移動時間ももったいないわけで、ならば余裕でいられる最後かもしれないこの機会を逃すわけにいかないと便乗したのだ。
こうなっては頼れるのは武蔵浦春桜だけだ、とラクアは彼女の反応を窺う。サクラはパソコンを見つめたまま、"私はアルバム無いから遠慮する"という下書きを消して、自分も見ようと席を立って、アイリに声をかけた。
「確かアイリもいるのよね? 一緒に見ない?」
「でも…… うん、いいよ」
アイリは少し迷った。この卒アルは自分も持っており、中学に上がってからも度々見返していたから、今さら気になるページはない。けれどもアカリたちと見るのでは新しい観点に気づくかもしれないと考え、同行した。
それを見てラクアも反対する気が失せた。説明する相手がアルバムの方へ行ってしまえば彼は手持ち無沙汰だ。一人でできる作業を優先して輪に入らない理由はない。
「へー…… このとき将来の夢って引っ越し業者だったの」
真っ先に話題にされたのは六年生のラクアが書いた将来の夢。子どもの頃からゲーム業界を目指していると思いきや、屋外での力仕事のイメージの強い職業が書かれていて予想外だった。
「パワーは前からあったんだ。だから大掃除とか運動会準備とかで重い物運ぶの任されること多くてさ」
そう書いたときのことをラクアははっきり覚えている。体格に恵まれた自分は運搬や組み立てなどの仕事で強みを発揮できると信じていた。中学校でパソコン部に入り、ゲームを作る仕事の存在と内容を知ってからは、その当時の思いは消え去ったのだが。
「でも涼しい部屋で座って仕事する方が楽だなって」
「ふふっ…… あなたらしい」
快適な空間で筋力要らずの仕事を知ってしまった今はもう引き返せない。宝の持ち腐れになるが、無理して活かさなくてもいいと割り切り、今の夢はプログラマー一択だ。その思考回路は楽したがり屋の彼らしいものだったので、今に至った経緯に納得したアスミたちは思わず笑ってしまった。
「ここに載ってる子は今も全員いるの?」
「え? まあ引っ越した奴がいるから、全員とは言えない?」
「その……死んじゃったりとか」
もしも旧友が他界していたら当時の写真を見返して思い出させてしまうわけで、そうと知らずアルバムを見たがった自分たちは悪いことをしてしまったと反省するべきと考えサクラは確認を取る。
「いない、多分。だよな?」
「ああ、そんな話は来てない」
「良かった…… アルバムで嫌な思い出が蘇ったらどうしようかと。今のは忘れてっ」
アイリのように別の中学校へ進学した人はいれど、在学中や卒業後に命を落とした人がいるとは聞いたことがない。サクラに心当たりがあるのかと身構えたが、彼女はアルバムを開いて嫌な気持ちになる心配がないか確かめたくて尋ねたのだと明かし、何事もないなら気にしなくていいと告げた。
それからラクアのゲームのため、低学年の頃の彼の写真を探し、立ち絵のイメージを掴んだ。




