29話 好きを貫いて
春休みが終わって各々の学校生活が再開し、今月から始めたノベルゲーム作成は今までのように気軽に集まれなくなった。三郷楽阿と水天宮千城は同級生で家も近いが、武蔵浦春桜は遠くの街に暮らしている。ただそうなるのは想定内で、各々が自宅からパソコンやスマホで会話しながら作業できる状態にしておいたので支障はない。
今は、キャラクター作成の段階。
そしてこれまでに決めたことは、まずノベルゲーム制作専用のツールを使うこと。絵や音はフリー素材を利用し、文章すなわちストーリーは自分たちで考える方針に決めた。ゲームを作るのに必要なエンジンはツールに揃っており、プログラムは経験のあるラクアがいる。ノベルゲームへの挑戦は全員が初めてだが、過去にそのツールで作成した人が投稿した解説動画を観たりするうちに自分たちでもできそうと思い、その計画で動き出した。
次に世界観とジャンル。三人とも中学校を舞台に、ラクアの場合は卒業時期の恋愛もの。チシロは青春スカッと系。そしてサクラはミステリー。
最後にキャラクター。世界観にも言えるが、各々が自分をモデルに物語を創作する。ラクアは好きな女子、チシロは兄、そしてサクラは妹と、自分との関係を軸に据えた物語だ。現実でできなかったことをゲーム内で実現させる。それが作成の動機だ。
キャラクターは自分以外もモデルにしている。ゲーム作成を意識してその相手と接するうちに、当初の設定から変更があり、それは次に考えるストーリーにも影響する。この気づきは作成チームで集まるより、各々の物語に近い環境、すなわち日常を過ごしているときに見つかった。ゲーム作成にパソコンと向き合っていない時間にも、ラクアたちには収穫があったのだ。
『サクラ、学校生活はどう?』
『楽しいわ。フユキとは違うクラスで、皆はじめましてだけど』
三人はゲーム作成仲間でもあるが、特殊能力者になった時期が近い"同期"でもある。むしろその繋がりからゲーム作成を始めた。各々の自室からパソコンを起動し、オンラインで会話を始める。最初の話題は今月にこの島に来たサクラの、新しい学校生活だ。ちなみに妹の広小路冬雪は先月来て彼女より一ヶ月早くその中学校に編入している。二人は同い年の姉妹で、けれどもクラスは別々だった。
『そうなの? なんで違うクラスに』
『姉妹だからかな。チシロはどう?』
『私もだけど……』
サクラは妹とクラスメイトでないことに不満はなかった。一ヶ月離れ離れで、もう会えないとも覚悟していたから、一緒に暮らして同じ学校に通えるだけで嬉しい。
そして姉妹で分けられたのは、交流の幅を狭めない意図があるとサクラは考える。だからチシロも同い年の兄、水天宮渡と分けられていないかと聞き返したら、チシロは頷く。
『いいもん。ゲームでは同じクラスにする』
『あ、いいねそれ。私もそうしよう』
そして会話中に浮かんだアイディアはメモに残す。ラクアだけは相手が赤の他人なので、元からクラスメイトの想定だった。
『聞いてよサクラ! うちのAランクたちがさあ、寄って集って私をイジメたの』
『学校の奴らが、能力者になったからって歓迎してきたんだ』
チシロはサクラに愚痴を零す。特殊能力にはランクがあり、同じ階級でサクラも彼らのことは知っている。同級生で、Aランク内での序列上位四人。今月から能力者仲間になったのを理由に、自己紹介をされたのだ。イジメと言うと語弊があり、同じ目に遭ったラクアは事情を補足する。
『任せてチシロ。いつか私たちが倒すから。トップ四を』
サクラはチシロにちょっかいを出したのが誰かは分かっていない。ただ彼女はこの件と関係なしにトップ四に他校の次点勢で結託して勝とうと計画をしていた。四人が仮に部外者だとして、同級生の仲として彼らに一言言ってもらえばそれでいい。
『へー……あれ、それ言ってもいいの?』
『大丈夫、ラクアにも言っちゃったし。でも本人たちには内緒ね』
チシロはトップ四と同級生の仲。サクラではなくそちらの味方につけば、彼女の計画がバラされるかもしれないのに、暴露してよかったのか尋ねる。するとサクラは言ってもいいことだと返す。ただ秘密裏に進めている計画なのは事実なので、他言はしないでと釘を刺す。ラクアも同様で春休みに計画を聞いている。
なお手遅れで、ラクアがトップ四にバラしている。彼は目を背けるも、液晶越しにサクラに気づかれた。
『大丈夫。言われなくても内緒に』
『内緒って言われた覚えはなかったから……』
チシロの宣言とラクアの言い訳が声で被った。暗黙の了解と捉えた彼女と、言われてないから意識しなくていいと捉えた彼の声。サクラはしっかり後者を聞き取っていた。
『ラクア?』
『ごめん。うっかりして……俺もチシロと同じで勝負仕掛けられて、ちょうど知りたかったって言っちゃって』
『なるほどね。じゃあラクアは私たちの味方?』
『ああ、そうだ』
彼は最初はバラすつもりはなかった。トップ四に勝負を挑まれ、応じる理由として口を滑らせた。彼らにも指摘されてミスを自覚したが、開き直って対等な対価と言い張った。彼が四人の情報をサクラたちに流す代わりに、彼女らが四人に勝負を挑む予定を立てていることを伝え、四人にも準備の猶予を与える。それで五分ということにした。
『友達思いなのね。友達を裏切りたくなくて、情報流したんでしょ?』
『いや、本当にミスっただけで』
サクラはラクアの虚勢を本心のつもりで見抜く。勝負で得た情報は彼女らに渡すだけでは一方的なスパイ行為。だから四人には計画の予告をし、戦略を練る時間を与えて両陣営に手を貸した。片や"同期"、片や同級生。どちらにも味方したい気持ちの表れかと尋ねるも、彼は迷わず否定する。
『私がそう言ってるんだからそれでいいの』
サクラは呆れた。嘘でもそうと言っておけば仲間思いと受け止めラクアのリークを根に持たないのに、彼は正直にうっかりミスと白状する。けれどもサクラは引き下がらず、そう捉えておくから気にしなくていいと言い返した。
『それ口癖かよ』
『そうかも。それ言うとラクアは正直でいることにこだわるね』
数日前にアウトレットモールに行ったとき、サクラは同じことをラクアに言った記憶がある。ただそのときも彼が素直に解釈を受け入れればいいのを頑なに悲観的だったせいで言い放ったものだ。なお居なかったチシロは心当たりがなく何の話か分かっていない。
『私が知らないうちに二人は付き合ってるの?』
『違うけど』
『この前一緒に出掛けたのよ。他に何人かいたけど』
チシロは自分の知らないやりとりをラクアとサクラがしていると匂わせた点から隠れた交際を疑ってかかる。二人には否定されたが、チシロ抜きで出掛けたことは白状する。ただそれはデートではなく、彼女を誘わなかったのにも理由がある。
『俺がボディーガード役で呼ばれただけだから』
『浮気者。お散歩デートしたのに』
『違う! ていうかチシロが連れてきたんだろ!』
ラクアは好きな子がいるのに隠れてサクラと遊んだことを良く思っていない。確かに別々の中学校に進学して二年経った片想いだが先日ハーブ園を二人で回っていたのに、他の女子に現を抜かしていたことを責める。
だが彼は心変わりしておらず、加えてそのデートはチシロが招いた結果だと言い返す。そして今度はサクラが知らない。今の話から、ラクアとチシロは誰かと一緒にデートと呼べる場所に出掛けにいったと読み取ったが、彼女は誘われてもいない。
『……私だけ呼ばれなかったの?』
『違うって! 俺がワタルと行ったらチシロがついてきて』
仲間外れになったのは結果的にそうなっただけで他意はないとラクアは弁明する。元々はチシロも呼ばず男友達と行って、勝手にチシロに連絡して好きな子を連れてくるよう誘導し、四人になった。それからチシロが兄と二人で行動し、ラクアにとってはデートの構図になったのだ。
『とにかくサクラ、バラしちまった代わりに勝ってしっかり情報は掴んだから。それで許してくれ』
『ああ、うん、ありがとね。え、勝ったの!?』
話が逸れたが本題はラクアがサクラに許してほしいことだ。確かに計画をバラすミスはしたが、釣り合うだけの成果は得られた。四人の特殊能力と思考。彼らが組んだことによる相乗効果。勝負で得られた情報は、いずれサクラたちが挑むときに役立つはずだ。
だが彼女は別に彼の失態を責めていないし、むしろそれを無駄に認めたがるのを彼の良さと捉えている。もう一度フォローしようとしたが、それより彼が勝った点に食いついた。どんな勝負かさえも知らないが、彼女もどんな勝負を仕掛けるか決めていない。
『まあ結構追い詰められたけど……運が悪くて接戦だから次やれば圧勝できる』
『へー。今度教えて、皆にも』
サクラは今聞きたいがAランク五〜七位仲間と一緒に聞いた方が効果的と考え、今は我慢した。ラクア自身も皆に伝えるつもりだったので快く頷いた。なお追い込まれたのが不運ではなく相手の実力だということにはまだ気づいていない。
『そういえばラクア、最近何かあった? ゲームの主人公設定、追加されてたけど』
『ああ、私も見たかもそのファイル』
デートといえばラクアのゲーム。彼が作成しているキャラクターは、ヒロインへの告白をゴールとする。だが彼はひよって、好かれようと嘘をついていたことを明かす意味での告白に切り替えた。けれどもその後、好意を伝える告白が追加されていたことにサクラとチシロは気づいていた。共有ドライブにある、彼が更新したメモを開いたときに。改めて該当のファイルを開き、その設定は残っているのを確認した。
『君の香りは君の好きを貫いて染みついたもの。その香りが好きだ、なんてさ、すごく綺麗』
『本当よね。まさかラクアがそんなカッコいいこと考えたなんて』
追加されたのは主人公がヒロインに恋心を告白する心情。最初は、笑顔に惚れたの一言だけだった。その子は幼い頃からとある味のお菓子が好きで、けれどもその味を好きな人は少ない。ゲームではぼかしているが、モデルになった味はハッカ味だ。それはラクアも嫌いだが、泣かせたくなくて好きと言ったらその子が笑ったこと、それだけが告白の動機だった。
けれどもそこに、主人公がヒロインの特徴とそこから読み取れる内面、そしてそれを好きの理由に足してある。
周りに共感されなくてもその子は自分を曲げなかった強い意思がある。ずっと好きでいたから、お菓子の香りが彼女に付いている。正直で真っ直ぐな心の表れで、そんな所を好きになった。そんな動機が付け足されていて、チシロとサクラは納得し心が躍った。
『元から独特な設定なんだけど、それへの完璧なアンサーだと思った。私は好き』
『私も好き。だからよく思いついたなって』
『だろ? 俺も結構自信あってさ』
ラクアは絶賛されるも複雑な気持ちだった。これは自分の気持ちだが、そう自覚したのは恋のライバルの手柄だ。閃きのきっかけはチシロが言った散歩デートの日の出来事。その子と二人で話すチャンスで、ラクアは尋ねた。彼女が小学校の卒業式に貰ったラブレターのことを。そして彼女が教えてくれたのが、送り主の思う彼女の好きな所。その送り主が誰かは内緒だったが、ラクアは聞いて納得した。彼が思っていても言語化できていなかった思いを、その送り主は二年も前に伝えていたのだ。
送り主もラクアも、彼女を好きと思う要素は同じ。けれども彼は送り主を超えられる自信がなかった。彼は好きと思っていただけなのに対し、送り主は彼女の長所に結びつけていた。彼はラブレターの内容を聞いて、言われてみれば同感と思うことしかできなかった。
だから内緒で、ゲーム内で利用させてもらったのだ。だからこれは、盗作したアイディアを褒められているに過ぎない。良いと思ったことを周りにも賛同してもらえるのは嬉しかったが、同時に罪悪感が強まる。きっと送り主が同じゲームを作成した方が良い作品になるだろう。
『時間が経てば、見えてくるものもあるんだぜ』
だからラクアは思い込んでいる。送り主は未来の彼で、過去にタイムスリップしたのだと。それなら手渡しではなく下駄箱に置いたのは顔を見られたくない理由にもなり、好きな気持ちの根幹が彼と同じなのも合点がいく。ゲーム作成を糧に現実の彼を主人公のように変えるために。突飛な話で恋敵はいないという楽観的な解釈だが特殊能力が目覚めるこの街に不可能はない。
経験が新しいアイディアを編み出したという点では嘘偽りない。二人にも役立つような言い回しで締めた。




