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14話 この感情を忘れたくない

『誰かっ、お姉ちゃんを!……』


 広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)が助けを呼ぶ声も虚しく、彼女の姉、広小路(ひろこうじ)彩映(アヤエ)は池の中から出てくることはなかった。


 それからしばらくしてフユキの前にどこからか武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)が現れた。事情を聞いたサクラは、これからは自分が姉の代わりになると告げて、以降フユキはサクラをかつての姉のように呼び、接するようになった。


 そんな過去を持つサクラとフユキ。本当の姉妹のように仲良く、けれども特に喧嘩する関係になった。そこに二人が勘違いしたことから始まったそれぞれの疑惑。もしサクラが男だったら、きょうだい以上の関係を相手は望んだのではないかと。


「フユキ、さっきの話だけど」


 サクラはフユキの部屋を訪れて話を切り出す。きっかけはサクラが今日一緒にノベルゲーム作成に取り組んだ水天宮(すいてんぐう)千城(ちしろ)がフユキにかけた電話。なんて言ったのかは聞こえなかったが、フユキは"もしサクラが男だったら結婚したいか"と復唱したので用件は推測できる。

 現実はサクラが姉として受け入れられたから違うとはいえ、もしも男としてフユキに見られたら、また違う形で受け止められていたことは間違いない。だからこの機にサクラは彼女の本心を知りたい。知ってノベルゲームに活かす。


「もし私が男だったら……お姉ちゃんにはなれなかったのかな」


 それなら兄になる、という表現の問題ではない。サクラが聞きたいのは、自分は本当の姉の代わりになれたかということだ。



「性格とか中身は変わらないとしてさ、面影を感じてくれたのかなって」

「……分からない。でも、嫌ではないと思う」


 もし現れたのがサクラではなく男子だったら、兄として受け入れることができたか。想像もしたことがないからフユキはすぐに答えが出せない。ただ、サクラが前提に言った、中身がサクラ自身と同じであるならば、代わりになってほしいと求めたかもしれないと自覚する。

 その返答にサクラは反応に戸惑いつつも安堵する。雰囲気や見た目だけではない。フユキは中身もちゃんと見てくれていることに。

 ただ、却って不安に思えてきた。その中身で受け入れたから、姉であることに我慢しているのではないかと。


「そっか。……お兄ちゃんが良かったとか、思ったりは」

「無いよ! そんなこと思ったことなんて……」


 本音は兄が欲しくて、けれども姉で我慢した。そんな思いを隠しているのではないかと恐る恐る尋ねる。逆にサクラが本当の姉に似ていると嫌な思い出が蘇るから、いっそはっきり別人の方が気楽でいられるという考え方もある。だが当のフユキは、サクラに本当の姉の面影があることを嫌だ、だったら性別から違って欲しかったと思ったことはない。

 そう答えたときフユキは気づいた。サクラが気にしているのは、出会ったのが自分で良かったのか不安になっているのかもしれないと。


 チシロから電話がかかってきて今に至るまでは、もしもサクラが兄になっていたら向ける感情はエスカレートしていたかもしれないことで頭がいっぱいだった。結婚すれば苗字が同じにできて家族らしさが高まる。そう考えたのを機に恋愛感情が芽生える、という考えは一理ある。だから実は異性でありたかったと内心思われていると勘違いして悶々としていたが、この話の論点は違う所にあった。

 姉を失くした代わりに新しい家族に出会えるのなら、せっかくなら兄が良かったと思われていないか。そんな不安をサクラは抱えていて、チシロに打ち明けた結果があの電話なのだとフユキは推測した。


「そういえばチシロってお兄さんいるじゃん? それで私にあんな電話を」

「あー、あり得るわね」


 チシロもフユキと同様、同い年に上のきょうだい的な存在がいる。彼女とサクラは今日会ってきたわけで、そのことが話題に取り上げていたとすれば、あの唐突な電話の経緯が思い浮かぶ。ただ実際どんな会話があったか、留守番していたフユキには分からないが。

 とにかくいきなりもしもの性別の話をしたのは、そのもしもの環境に近い友達と会話したことがきっかけの与太話。そう落とし所をつけたものの、どうにも歯切れが良くないのをお互い実感する。


「……ええい、フユキ答えて!」


 そこでサクラは覚悟を決めた。フユキの使命を聞き出すために。ここで逃げては先に進めない。その思いが背中を押す。



「フユキはどうしたい? 元のお姉ちゃんに会うことか、私を姉と受け入れるか……もういないって自立することか」


 サクラの作るノベルゲームに登場する、フユキをモデルにしたキャラクターを作るため。ひいては現実を意識した物語で試行錯誤して現実の前進に活かすため。

 思い切って彼女は本人に尋ねた。まずは候補をいくつか挙げ、今絞り出せたのはその三択だった。どれかに当て嵌まるならそれでいいし、違うなら何かを聞けばいいから無理して絞り出すこともない。


「えっと……まず一つ目のは無理よ」

「そ、そうとも限らないじゃん。不思議な能力者がいる世界だし、それに無理って決まったわけじゃ」


 姉は池に沈んだのをフユキが目撃しただけで以降は発見されていないから、彼女が助けを呼びに目を離したうちに這い上がったか別の場所から脱出したか、とにかく死は断言されていないから希望はある。だったらなぜ姿を見せないのかと疑問が出てくるが、そこには何らかの事情があるとする。

 だから再会を望むのは無謀ではないとサクラは説得を試みる。それは何ヶ月も行方不明になっている人の生還を期待する、低過ぎる可能性を信じるのと同義だから、現実的に捉えるフユキの考えは変わらない。


「だって私が……一ヶ月いなくなってたけど、帰ってこられたでしょ?」


 けれどもサクラは実例を挙げる。自分も行方不明になって生還した経験がある。そのときは逸れた初日から意識はあったが、向こうの事情でなかなか帰ることを許されなかった結果だ。だからフユキの姉も実は生きていて、池の精霊か何かに拘束され、帰りたくても帰れない、それを伝えることもできず生きている可能性はゼロではないとサクラは言いたい。


「……知らんけど」


 かといってそんな希望を持てる根拠は無い。無いものをあると期待される前にサクラは予防線を張る。要はフユキを希望へ誘導したいわけではなく、彼女の本心を知りたい。本当に諦めているのか、希望を捨て切れないのかを。



「……それが無理じゃないってぐらい何でもありな世界なら、いっそ過去に戻れたら、とは思う」


 サクラの言う希望を捨てない考えに走るなら、そもそも姉が消えてしまう過去をやり直したいとフユキは呟く。けれどもそれが理想であっても正しいとは思っていない。


「そっか……タイムマシンで」

「でももしそんなことができたら、悲しいって感情は失くなってしまうと思うんだ」


 悲しいと感じても、やり直せばその原因をなかったことにできる。ゲームで負けたらすぐ電源を切って、最後のセーブ地点からやり直せば負けをなかったことにできるのと似た感覚だ。

 そのとき残るのはいっときの悲しみ。負けた結果はゲーム内に残らないから、あのとき負けたせいでと後悔が残ることはない。ゲーム上は一度も負けずに勝った体でストーリーは進むから、負けた悲しみを味わわなかったも同然だ。


 それは思い通りに進む理想的で良い世界に見えて、それでは駄目だとフユキは思う。都合の良いようリトライできたら、不都合な結果への感覚が麻痺していく。そんな変化にフユキは反対派だ。悲しいことが辛いのは事実。けれども彼女は刺激として求めている感情でもある。姉との別れは彼女の心に深い傷を負わせると同時に、悲しみを忘れてはいけないと気づきを得るきっかけとなったのだ。


「……だから、もしかしたらまた会えるなんて希望も、私は持てないかな」


 過去をやり直すことに限った話ではない。実は生きているとか、違っても生き返らせられるとか希望の薄い理想が叶うことを信じるのは自分にはできない。サクラの希望を否定するわけではないが、賛同はできない。そうフユキは語る。


「……そう。大人になったのね」

「どういうこと?」

「あ、ほら……いなくなったとき、ずっと泣いてたって言ってたから」


 まるで昔から知っているかのような口ぶりに疑問を抱くフユキに、サクラは情報源はフユキ自身で比較対象は悲しみに直面した頃の彼女だと補足する。それで彼女は納得した。確かにその頃はひたすら希望に縋って後悔ばかりしていたし、それをサクラに話したこともあった。



「だから私がどうしたいかは……この感情を忘れたくない」

「……そっか。フユキの中にはずっと残り続けるのね。私が代わりになれたとしても、独り立ちできたとしても」


 フユキの使命は本当の姉のことを忘れないこと。特に別れの、悲しい出来事は。だからそれをなかったことにできそうな、都合の良い希望は持たない。悲しみを心に刻むことを大事と考えるから。

 そんな答えをサクラは聞けた。必然性も説得力もある。ゲームのキャラクター作りは、これで一気に進みそうだと自信が出てきた。一方でこの件はゲームの中だけに留めない。本当の姉のことでまだ希望があるという細い可能性を力説するのは、フユキのためにも控えようと決心した。



 サクラは自室に戻り、パソコンを起動する。操作できるようになるまで待っている間、フユキの言葉が脳裏を過る。悲しいという感情が無くなってしまう。その先は何も言っていなかったが、それは嫌という思いがきっと後に続くのだろう。

 その考え方は周回プレイが醍醐味のノベルゲームとの相性が最悪だ。ゲームとはいえ、不都合な結末を迎えてもその記憶を自分だけ残してゼロからやり直して今度は回避する、なんて時間と展開が不可逆な現実ではタイムリープに頼る解決をきっとフユキは気に入らない。

 サクラは作品を形として残すことで頭がいっぱいで、フユキがどう思うか考えていなかった。そもそも彼女の本心を聞けたのがついさっきだから気づけなかったのは無理もない。それでも今の方向性で彼女への最後のプレゼントに相応しいか悩んでしまう。


 とうにパソコンは操作できるようになったが、いまだにサクラは悩んで手を動かさない。そしてしばらくして閃いて手を動かす。周回プレイが売りだということは、フユキには内緒にしておくこと、と付箋に残した。これは自分に向けての注意書きだが、チシロたちゲーム作成のメンバーでフユキとも知り合いの人たちにも共有しておくべきこと。

 周回しなければ現実と同じ。フユキには一回きりの挑戦のつもりでプレイしてもらえれば、やり直しの利かない物語として味わってもらえる。これなら路線変更をしなくても済む、楽な解決策だ。



 サクラはチャットのアイコンで閃いた。チシロたちに伝える注意書きは、自分のパソコンに留めないで、チャットで伝えた方が良いと気づく。さっそく投稿した。するとすぐチシロからリアクションが来てサクラは驚いた。彼女も自宅からパソコンで作業中で、通知にすぐ気づいたのだ。


 頑張っているのはチシロも同じ。サクラは思わず微笑むと、続けてチャットを送信する。チシロに宛てたお礼のメッセージだ。


『チシロのおかげでアイディア浮かんだわ。ありがとう』

『電話のこと』


 アイディア探しに協力した自覚がないチシロは頭にハテナを浮かべたが、フユキに電話したことを指していると分かると、それでも流れは分からないが良かったと反応を返す。

 それから二人は自分のペースで作業しつつ、時々チャットでやりとりをした。さっきまで集まっていたときはできなかった、自分以外をモデルとするキャラクターの掘り下げは、帰宅して会って解像度を上げることができた。そんな成果を分かち合った。

 お互い自宅で作業しているから、カメラを点けないとお互いの様子は見えない。そして同じツールでゲームを作るとはいえ、物語は一人一個考えるから今は個人作業の段階だ。けれどもサクラもチシロも独りだとは思わない。自分のやりたいように頑張って、そして同じように頑張っている仲間がいる。その事実がモチベーションとなり、孤独感も苦痛も感じず、相手より良いものにしようという闘争心に駆られてもいない。そんな心意気の課外活動の宿題を進めていく。


 サクラとチシロは各々の物語の主要人物について、それぞれの使命とその必然性、説得力を纏めると、今日の作業はここまでとした。

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