13話 私って何?
水天宮千城は悩んだ。今日から始めたノベルゲーム作成という課外活動は、キャラクター作りの段階に進んだ。チシロが作るのは自分と兄とその取り巻きをモデルに、年子のきょうだいへの偏見を払拭する物語。それにおける登場人物の使命を考えているところだ。
自分以外がモデルのキャラクターは、本人に会って話した方がアイディアが浮かびやすい。だから課外活動の集まりは解散して宿題としたが、チシロは兄の水天宮渡に聞きそびれていた。
ただ悩みはそこではない。詰まるなら先に自分をモデルにしたキャラクター、つまり主人公の使命を固めようとパソコンを開いたのだが、全然思い浮かばず手詰まりなことだ。
年子、つまり第一子が誕生してすぐ第二子をとなったのは、先に産まれた方は親の望むものではなかった。保健体育の授業で知識を得てから、ワタルはクラスメイトからそういったレッテルを貼られるようになった。もちろんそんなのはでたらめだが、なまじワタルが文武両道の優等生なばかりにクラスで注目を浴びることを周りに妬まれ、彼だけに刺さる悪口を思いついたことから始まった。当のワタルは強かで泣くことも不登校になることもなく、適度に仕返ししてきた。だが年子である事実を覆しようがなく、見た目に表れていないだけで一人で苦しんでいないとも限らないし、何よりチシロは見逃せない。そんな兄を助けるべく、妹としてガツンと言ってやりたい。
そこで課外活動のメンバーと考えたのは、自分たちをモデルにしたノベルゲーム内のキャラクター設定として、兄は年子と分かりにくくするために自分だけ飛び級を目指しているという設定。そして周囲が彼を煽る背景は優等生な彼への僻み。優秀で注目される存在に欠点を見つけいい気になっている連中に、その欠点を兄はとうに自覚していて、解決策の実現に向けて努力して優秀になった原点だと思い知らせることが物語のゴールであり、それを妹の使命とする。
ゲーム内の話だから現実に干渉することはないが、現実のイライラをプレイして解消するには良い手段だ。
だがここでチシロが悩むのは、自分の使命はそれだけでいいのかということだったのだ。
キャラクターの使命、兄の分はもう書けている。会話して付け足そうとは思っていたが、現時点で主人公たる妹よりも明確になっている。使命は飛び級で、必然性は周囲の妬みからの解放、説得力は年子の妹。モデルに聞かずとも、これで十分とまで思う。
問題は妹の方。兄は使命が実現するそのときまで周囲には明かさない。だから周りは彼の努力を知らず妬んでいる。けれどもそれでは彼は苦しんだままだから、誰よりも長くそばにいる妹として、見えない努力をしていることを伝えて苦しみから解放させたい。そう言えば聞こえは良い。兄思いの妹だ。
けれどもチシロは、妹自身の役目が薄く思えてならなくなった。言ってしまえば解決は兄任せだから、物語は動かしているようなもの。彼女はもしも自分が兄の立場だったとき、同じ使命を持つことができる自信がない。きっとワタルだから頑張ることができるように思う。
「……私って何だろう?」
思わず独り言になった存在意義が、チシロのゲーム作り、そして現実の自分にも当てはまる悩みだ。主人公に据えるキャラクターの使命が書けない。いっそ兄を主人公にした方が良いかもしれないが、それは自分がモデルではないので自信がない。課外活動のメンバー二人も、それぞれ自分を主人公にノベルゲームの物語を考えていたからチシロもそうしたい。けれども二人のように、物語に役割を持たせられていない。
「ねえワタル。私って何?」
唐突な質問にワタルは面食らう。いつも通りのチシロ本人にしか見えないが、そう尋ねてくるからには裏があるように思えてしまう。この島には特殊能力者がいるから兄が起こっても不思議ではない。とはいえ彼女の能力で別人が成り変わるような芸当はできないことを彼は知っているから、からくりに見当がつかない。
「私はワタルみたいに頑張ることできないし……もし私が先に産まれてたら、今のワタルの代わりになれない」
「どうした、急に」
今度は突然ワタルと比較し始めた。さっきの質問とも無関係で、彼はチシロの意図が読めない。そこでさらに会話を遡ると、使命を聞かれたことを思い出す。すると彼は察した。これはきっと、その使命に関する話だと。
きっとチシロは自分が持つ使命が思いつかない。だからワタルとの立場が逆だった場合を想像して、彼の代わりを果たせるかを考えたものの、できる自信がなかった。それが自分とは何かと急に聞いてきた動機と考えれば話は繋がる。
「ワタルが飛び級したら、置いてかれた私は水天宮のきょうだいの劣等生になっちゃう」
「……え、飛び級って何の話だ」
確かにワタルは留年や浪人は絶対にしないと決心している。同学年の妹の下級生になるのは恥だからだ。だが決して飛び級は考えていない。そもそもそれができるのは大学の話で、実例はあるものの生半可な覚悟で実現できる難易度ではない。
飛び級はワタルをモデルにしたキャラクターの使命としてチシロが仲間と考えたものであり彼自身に由来しない。だからいきなりいわれて困惑したのだ。
「ほら、年子だってイジられるから学年を変えて黙らせようと」
「あー……そういう手もあるか。俺には無理だけど」
ワタルは飛び級の意図を理解した。確かにチシロはワタルが産まれた直後に生命になった。親が彼で納得せず作り直したなんてレッテルを貼られた。それは二人が同学年のきょうだいというレアな存在だから目立つわけで、学年が違えば普通に受け入れられる。
けれども武道やスイミングスクールの階級のように駆け上がることはできないから、飛び級による学年差の発生に励むことが解決策というわけだ。ワタルは納得したものの、そんなレベルの高いことは自分には不可能だとすぐ諦めた。
「……でももしそんなことができるなら、貴様に頼みたいことがある」
ワタルは基本的に二人称が貴様なので今さらチシロは驚かない。だが彼の言う頼み事に心当たりは無く、緊張する。そして彼が部屋へと戻っていくと、前髪を整えてからついていった。
ワタルに渡されたのは、以前から彼が自主的に纏めている島の各地の洪水調査。原因や規模、被害。新聞の記事を切り抜いたりホームページから印刷したりしたノートだ。チシロが期待した毛色の頼み事ではなかったが、妹として知っている兄の努力の一面で、好きな所だ。
そしてこの自習が。もしもワタルに飛び級する実力があったらチシロに託したいことなのだ。
「俺の在籍期間が減る分、授業で伝えてくれ」
「……うん! 任せて!」
ワタルにとってはもしもの話。けれどもチシロのゲームの中では現実的な話。彼の頼み事がチシロにアイディアを与えた。先へ進む兄にできない、妹の使命。飛び級で授業が減る分できないことを、普通に進級する人として成し遂げる。ゲームにおける自分をモデルにしたキャラクターの使命が決まった今、もうチシロに悩みはない。
「もしもの話。だから返せ」
「ああっ……うん、大丈夫っ」
ワタルにとってはもしもの話。だから見せたノートは取り返した。チシロは惜しんだが、もう道は開けている。彼にお礼を言って、意気揚々と部屋に戻った。残された彼は何が大丈夫なのか疑問に思うも、自分の使命に自信が持てたようなので一件落着と受け止めた。
きっと今日の"同期"との集まりがきっかけだと考えたが、悪いことには思えないので気にしないことにした。自分をモデルにしたキャラクターが登場するゲームを勝手に作られているとは微塵も思っていない。
チシロは再びパソコンを開くと、主人公の使命とその必然性、説得力を埋める。兄が解決に向けて速く走るのは変わらない。それでも妹はついていけなくても構わない。皆と同じ速さでいい。むしろそうだからできることに励む。そこに劣等感は無い。兄と比べて遅くても、周りと比べたら平均的なのだから。
「……ここからどう結婚に持っていけるんだろう」
チシロは兼ねてよりワタルを兄というより異性として意識している。現実ではインモラルは関係もゲームでは欲望に走っていい。そう気づいてノベルゲーム作成に賛同したが、メンバーに反対され結局は優秀だが年子を理由に兄を罵倒するクラスメイトに、年子だから優秀になったと突きつけてスカッとする展開に軌道修正されてしまい、逆にきょうだいが結ばれるのは一種のバッドエンドとまで言われてしまった。
せっかくオリジナルで作るのだから、法律に一石を投じるような、プレイした人がチシロに共感して革命を起こすような作品にしたいと企んでいたが、今決まった使命ではきょうだいの絆でしかない。
かといって考えても思いつかないから、邪心を捨てて情報を整理した。
「あれ、チシロから電話」
広小路冬雪は着信に気づく。一緒にいた武蔵浦春桜はフユキの姉でチシロの課外活動メンバー。フユキの呟きから、もしかして自分の方にかけていて出なかったからフユキに、と考えスマホを確認したが、通知は無い。元からフユキに用があってかけてきたと理解し、スマホをしまう。
自分も聞こえていい話かは分からないが、チシロはフユキが一人と思って通話している可能性がある。サクラは立ち上げって部屋の外へ向かう。
『お姉ちゃんが男の子だったら結婚したいか?』
予想の斜め上を行く話題にサクラは思わず振り返る。フユキの答えもチシロの質問の意図もそこから広がる話も色々気になるが、一旦は聞かなかったことにして部屋を出た。
『同じ苗字になりたいって思ったことない? 男女だったら結婚できるし』
『別に女同士でもできるけど……私は思ったことないよ』
チシロがフユキに尋ねたのは、彼女なら共感を得られると思ったから。チシロがワタルに恋をしたきっかけは呼称の変化。同い年でも双子らしく振る舞えば自然に見られると考えて下心なく名前で呼び捨てにしてみたら、目覚めてはいけない感情が芽生えた。
一方でフユキは実のきょうだいでないサクラと苗字が違う。本当の姉妹に近づくには苗字が一緒になりたい。結婚すれば同じ苗字にできると気づいたことで恋心が目覚めてしまうと考えられる。
だからフユキに聞いてみた。もしサクラが兄だったら結婚して同じ苗字になりたいと思ったことはないかと。そしてもしそうだったらどんな感情や行動になるか、ゲーム作成のために意見が欲しいのだ。
だが、そんな期待は砕かれた。そもそも前提から当てはまらなかった。
『あ、そうなんだ。でも無いのか……』
一方でフユキは思い込む。突然こんな問いかけをしてきたのは、自分をほったらかしにしてサクラが一日一緒に過ごしていたチシロ。自分の知らない所で、そんな考えが浮かぶような出来事があったのかもしれないと。
もしかしてサクラは、自分が男だったらフユキと結婚して同姓になりたいと思っていて、チシロにそう言ったのではないのかと。そしてフユキは同性でも法律上結婚できると知っている。もしサクラにそのことを教えたら、妄想は実現できると理解してしまうかもしれないと。想像してみると、それは嫌ではないと感じる自分がいる。
『じゃあいいや、切るね』
「え! ちょっと!?」
しかしもう通話は終了させられていた。フユキは色んな思考が駆け巡り、脳の整理が追いつかずスマホを持ったまま硬直する。
サクラもフユキも混乱に陥れたとは思いもせずチシロは一人で考える。だがすぐ自己解決した。恋心は呼称の変化がきっかけなら、元に戻せば冷めるとも考えられる。
「お兄ちゃんさっきはありがとうっ」
ワタルの部屋の前から扉越しに昔の呼称と、併せて悩み解決のお礼を言う。経緯を知らない彼は部屋の中で、呼称を変えていきなりどうしたのかと動揺した。だが悪いことではないと考え、一言相づちを打った。
一方でサクラの家では夕食の時間、彼女とフユキを居候として迎えている久里浜華燐は、サクラが帰宅したときの待ちぼうけで爆発寸前だったフユキとは違う二人のぎこちなさに挟まれる窮屈な思いをさせられた。何かあったのか尋ねても、二人ははぐらかしてカリンには分からない。
サクラが男だったら結婚したい。お互いが相手は裏でそう思っていると誤解したまま、見つめては目が合うと逸らす、悶々とした時間を過ごした。




