STEP1 Frozen Flare 79
「二倍返しは常識よ」
そして愛美は、肩をいからせて部屋から出ていった。
数瞬の沈黙の後、ザキが聞きとりにくい声でボソッと言う。
「いけよ」
長門は、ゆっくり窓辺を離れてザキへと近付いた。
「本気じゃなかったんだろ?」
長門の言葉に、ザキはせせら笑うと、語気を強めて先ほどと同じ言葉を繰り返す。
「だから、顔色一つ変えねー訳。いけよ、いって慰めてやれよ」
曲がりなりにもボディガードの依頼を受けた相手だ。
一人にする訳にはいかないが、今は放っておいても大丈夫だろう。身の安全という点では心配することはない。
精神的なものを考えるなら、どっちもどっちだろうが、長門は迷わずザキを一人にする方を選んだ。
どちらをとっても、長門にできることはなかったが、やはり放ってはおけなかった。
長門は扉を閉める前に、一度だけザキを振り返る。
「勝手に傷付いてろ」
膝を抱えているザキが、やけに小さく見えた。
事務所の方に愛美が戻った筈がない。
長門は、エレベーターの前は素通りして、狭い階段に足を向けた。
二階と三階の途中で、愛美は愛美で階段に座り込んでいる。長門は降りかけたものの身の置場がない為に、愛美の座っている階段の数段上に自分も腰を降ろした。
「アイドルの顔を殴るか、普通?」
「何よ。長門さんまで。いくら可愛くなくても、私はこれでも女の子なのよ」
振り向いた愛美は、泣きそうな顔をしていた。
(傷付いているのか。泣くのか)
長門はどうすればいいのか分からなかった。ザキにあんなことされた後で、抱き締める訳にもいかない。
ここにいるのが紫苑や東大寺なら、うまく振る舞って、愛美を慰めてやることができるのに。
「今度殴られたら、俺があいつの顔を張り飛ばしてやるさ」
その前に、あんなことをさせはしない。
長門は思ってはいたが、口にはできなかった。
人の為に己を犠牲にする、愛美の生き方は理解できない。
にも関わらず愛美を見ていると、何か複雑な気持ちになって仕方がない。なぜか、それ以上愛美が傷付かなければいいと思ってしまう。
柄にもなく誰かの為に何かをしようとしたり、慰めてやりたくなるような、そういう気持ちを、長門はどう考えていいものか分からなかった。
考える。
それこそ長門と最も対局にあるものだ。
何も考えない、与えられたことだけをする、それ以外のことには何一つ興味を持たない。無理にやろうとしなくても、自然にできていたことが、なぜかできなくなっている。
それがなぜか、考えようにも生憎長門は考えることには慣れていない。




