STEP1 Frozen Flare 41
愛美の様子が、おかしいことに気付いたスタッフの一人が、どうかしたのかと聞いてくる。
長門が貧血だと短く答えて、愛美を引きずるようにして、扉の方へと連れていった。
愛美の意識が、だんだん朦朧となっていく。
(嫌だ。これ以上ここにいたくない)
ザキの声は、逃げても逃げても追いかけてくるかのようにまとわりついてくる。
――弾けたのは大地だったのか 躍動するのは遺された理性か
闇を消せ 全ての海を飲み込んで 鐘の音を呼び覚ませ
長門によって、愛美はスタジオの外に連れ出された。
防音仕様の為か、扉を閉めるとフッと音は軽くなり、愛美の胸の重圧もとり除かれたのだ。
それでも少しの間、愛美はリノリウムの白い床に座り込んだまま立ち上がれなかった。
何を考えているのか分からない顔で、長門はしゃがんで愛美を覗き込んでいる。
「長門さんは平気なの?」
何を言われているのか、長門は分からないようだ。
(なぜだろう?)
ザキの歌声を聞いた途端、愛美は急に不安になった。
何か、強迫観念のような恐怖を感じた。
新曲『皆殺しのJungle』だったか。
綾瀬は、里見からデモの新曲を渡されて聞いていた。頭痛がすると言って、最後まで通して聞こうとはしなかったが。
今はその理由も分かる。
「綾瀬さんが聞いたやつだわ」
長門は、ただ愛美を見つめていた。
CDや、機械を通した録音音源ではない生の声。そして、言葉。
言葉には力がある。言葉によって、人は救われもすれば、駄目にもなる。
現代社会では、言葉はただの道具として軽んじられる風潮にあるが、古代の人々は言霊という概念を信じていた。
間違いなく、愛美も綾瀬もザキの声に反応したのだ。
そしてあの歌詞。
押し寄せてくるような負の感情。
「シンパシー。共鳴。ザキの声には、何か力がある」
長門には、何の影響も及ぼさなかったようだ。
愛美の言葉に長門は頷いたものの、自分には関係ないと言わんばかりの顔をしていた。
「スタッフやメンバーが、何か憑かれたような表情をしていたのは、そのザキの声の所為という訳か」
愛美は他人のことまで考えている余裕などなかったが、それは長門がフォローしてくれた。
「多分、音楽って、それだけで結構パワーがあるものなのよね。癒されたり、励まされたり、心を浮き立たせてくれたり、しんみりさせてくれたり」
アーティストの生の声が持つ力というのは、これほど凄いものなのだろうか。
それともザキが特別なのだろうか。
何にしろ、ザキの持つパワーが向けられる方向というのが悪すぎた。
マイナス方向、破壊に向かう波動を感じてしまう。




