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似たもの同士

 桜の木での一件から、幾つかの月日が経った。


 ノーライフウォーカー。無機の身にて彷徨いを歩く者。とは、よく言ったもので、その名の通りに俺は毎晩のように夜の街を彷徨い歩いていた。目的はもちろん殺人鬼の捜索と妖怪の捕食である。


 命を失った身体には、命の供給が不可欠だ。


 残量。命の単位を量とするのも可笑しな話だけれど、とにかく日に日に命の残量は減っていく。人が食事を取らないと生きて行けないように、この身体もまた他の命を奪い続けなければ保てない。


 どうにか飲食で賄えないかと試してみたけれど。一般的に料理や食料とされているものは適していなかった。どうも加工されていたり、手を加えられているとダメらしい。得られた命の量は微々たるものだった。


 やはり生きているモノ、または死んだ直後のモノでなければ効率がよくない。随分と猟奇的な話になってくるが、こうして夜に出歩いて妖怪を探すのが一番だ。


 近所の飼い犬だとかペットだとかに手を出すわけにもいかないしな。


「捕まえ――たッ」


 街の一角、人気のない入り組んだ路地の中で妖怪を捕まえる。両手の中で暴れているのは、蝙蝠の姿を模したモノだ。妖怪は意外と何処にでもいる。今までは、生前までは、見えなかっただけで、たしかにそこに存在していた。


 妖怪は普通の人間には見えない。死んで、死を奪われて、初めてそのことを理解した。


「――よし、これで一週間は持つかな」


 ぱんっ、と両手が打ち合って捕食が終了する。


 今現在の命のストックは一週間程度。一週間は何もしなくても身体を維持できるくらいの量になった。この調子でどんどん黒字にしていかないと、生き返るなんて夢のまた夢だ。


 生き返るのは何時になるだろう。


 そんなことを考えていると、実に耳障りな音が鼓膜を振るわせた。


「なんだ?」


 酷く濁った何らかの音。


 鼓膜を不快に揺らすそれの正体が声だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。


 ゆっくりと振り返る。


「……こんなのまでいるとはな」


 それは人の形をした何かだった。


 抜け落ちた髪。爛れた皮膚。露出した骨。垂れ下がる内臓。その姿には生を感じない。生きているとは思えない。死んで、死んだまま動いている。こいつは棺桶から這い出してきた、屍だ。


「――認めたくねーもんだな。一応、似たもの同士ってわけだ」


 生きても死んでもいない俺と、死んだまま動いている屍。ただでは死ななかったという点でのみ、俺達は等しかった。だが、だからこそ、違う。俺と目の前の屍は等しくはあっても同じではない。同一では、決してない。


「反吐が出る」


 その罵倒の意味を、屍が理解したかは知る由もない。


 けれど、この言葉が切っ掛けになり、屍が牙を剥いたのはたしかだった。


 獲物を求めて突き出された両手に爪はなく。血混じりの唾液に濡れた牙に鋭さはない。腐敗した両足ではまともに歩くことも出来はしない。しかし、それでも屍は、身体の腐食や損傷を意にも介さず、本能の限り駆動した。


「本当は嫌なんだけれどさ」


 剥き出しとなった食べるという欲求は、屍の酷く歪な身体を無理矢理に動かしている。反動に耐えきれず、身体の至る所が内側から裂けてもお構いなし。だが、だからこそ、その加速は人間のそれとはかけ離れている。


 俺と屍との間にあった距離は、瞬く間になくなった。


「食うのはお前の専売特許じゃあねーんだよ」


 踏み込まれ、目と鼻の先にまで押し寄せる屍の諸手を食らう。左手の一振りで攻撃手段を断った後、間髪入れずに腕を失った屍の頭部に手を伸ばす。捕食は一瞬にして終わり、跡形もなく手の平に吸い込まれた。


「うへぇ、気持ちの良いモンじゃあねーな……でも、意外と増えた」


 屍。ゾンビにしては中々どうして命の量、生命力が多い。奴も動くために多くを食らって来たはずだ。だから、生命力が体内に貯蔵されていたのかも知れない。小物を食らうより、よほど効率的だ。


 もしかしたら、こう言う妖怪が狙い目なのかも。


「さて、今日の所は――」


 終わりにしよう。そう独り言を言おうとして、遮られる。


 頭に唐突な痛みと衝撃が走ったからだ。完全に気を抜いていた所へ、不意打ちを食らった。ぐらりと揺れた視界の安定を図り、自分の頭に直解した何かをみる。足下にあったそれは、粉々に割れた透明な瓶の破片だった。


 そこまで認識して、自分の髪が濡れていることに気が付く。手を当ててみると透明な液体が手の平についた。アルコールの匂いがしないことから、ただの水だと思われる。


 つまり、俺はいま水の入った瓶を投げ付けられたことになる。


「何処の誰だか知らないが……良い度胸してるじゃあねーかよ」


 ふつふつと湧いてくる怒りに身を任せ、爪先で地面を蹴る。


 瓶のサイズは手の平に収まる程度。野球のボールより一回り大きいくらいだ。それを正確に人に当てるには、それなりに近い場所から投げなければならない。まだこの近くにいる。すでに逃げ出しているかも知れないが、全力で走れば追いつける。


 狭い路地を駆け抜けて数秒、路地の真ん中に人影を見る。


 予想に反し、犯人は逃走していなかった。それどころか、待ち受けていたようにさえ見える。相当、自分に自信があるらしい。どこまでも人を馬鹿にした奴だ。そう、更に怒りの純度を高め、走る両足に力がこもる。


「まだ滅し切れてないか」


 そんな不可解な言葉が聞こえたのは、間合いに踏み込む一歩手前のことだった。


 その言葉の意味を、理解する暇もない。それよりも優先して反応すべき物が視界に飛び込んできたからだ。


 鈍色に輝く何か。


 鋭く尖り、煌めく一閃。


 刃。


 剣。


「まずッ――」


 事実を正しく認識した頭が脳内で激しい警鐘を鳴らす。


 空を裂いて突き付けられる剣先に対し、身体は反射をもって対応する。剣から逃れるように身体を仰け反らせ、両手を地面について身体を支え、そのままの勢いで背後へと飛び退く。随分と不格好なバク転となったが、初めてにしては上出来だ。


 よろめく身体を急いで正し、今一度、目の前の人影を注視する。


 今一度、目にしたそれは、携えられた得物は、やはり剣だった。


 ナイフなら理解できた。包丁でも納得した。だが、剣は理解も納得もできない。


 ここは日本で、俺が住んでいる街だ。その辺の雑貨店に売っているような代物じゃあ決してない。手に入れるだけなら方法があるのかも知れない。所有している奴もいるだろう。だが、それでも夜中に持ち歩くのは絶対に可笑しい。


「よう。その玩具はいったい何の冗談だ」


 言葉でそう問いながら、何かあった時のための準備を整える。


 応戦するにしろ、逃げるにしろ、まずは相手の情報を少しでも引き出してからだ。肉体の維持に生命力が必要な以上、毎晩の妖怪狩りは必須。そんな中で、こんな得体の知れない人間を放って置くのはかなり不味い。


 いつか必ず、またばったり遭遇するに違いない。なら、いまここで少しでも相手のことを知っておくべきだ。明日も、明後日も、安心して狩りが出来るように。


「水入りの瓶を投げたのもお前だろ。お陰でこっちは水浸しだ」


 ついでに恨み辛みを言って憂さを晴らすと、人影が動きを見せた。


 それはとても些細な行動で、単に左手で頭に触れるもの。そう、その仕草はまるで――


「参ったな」


 困っているようだった。


 言葉と仕草に困惑していると、夜空の雲が動いたのか月の光がゆっくりとこの路地を照らし出す。視界から影の部分が薄くなり、物の輪郭がはっきりと浮かぶ。それは人影も例外ではなく、下方に向けられた剣の先から徐々に容姿が露わになった。


「悪いね。どうも私の勘違いだったみたいだ」


 月明かりに照らされたのは、狩衣かりぎぬに似た白い衣服を纏う女だった。


 彼女はゆったりとした動作で携えた剣を鞘に押し込んだ。敵意はないと、この言葉は本当だと、証明するように武器をしまい込む。他に武器を隠し持っているかも知れないが、とりあえず話くらいは出来そうだった。


 彼女は終始、八の字眉を作っており、罰が悪そうな顔をしている。


「勘違いでそんなもの振り回されちゃあ堪ったものじゃあないな」

「はっはー、まったくだ。反省するよ。まさか獲物を間違えるとはね」

「獲物?」

「ん、あぁ、いや……」


 そう言葉を濁し、だが直ぐに彼女の口は開く。


「まぁ、この格好を見られているんだ。今更か」


 大きめの溜息を吐いた彼女は、観念した様子でゆっくりと背を向ける。


「ついて来なよ。色々と白状するぜ」


 その誘いは怪しいものであったが、同時に魅力的でもあった。


 罠の可能性は十分にある。けれど、その分、得られる利益も大きい。彼女がいったい何者なのか。そのことが少しでもわかれば、そのことについての情報を少しでも知れれば、今後の憂いを断つ材料になる。


 それは何よりも得難いものだ。危険を承知で、ついていくとしよう。


 それにまだ俺の正体がバレた訳じゃあない。

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