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邂逅

「甘いのと苦いの、どっちがいい?」

「……じゃあ甘いの」

「ほら」


 以前の瓶のように投げ付けられるのではなく、投げ渡されたのは一本の缶コーヒーだ。


 名前も知らない彼女の姿、その背景に小さく映る自動販売機がある。この公園に備え付けられたものだ。そう、連れて来られたのは何の因果か、あの公園だった。紛れもない自分自身が死に、そして死を奪われた場所だった。


 自然と視線は彼女から、別の方向へと向かう。言うまでも無く、自身の殺人現場である桜の木に。


「夜桜ってのも良い物だよな。ちょっと街灯が不粋だが」

「あぁ、そうだな」


 彼女の言葉に生返事を返して、缶コーヒーを口に含む。


 心なしか、何時もより甘くないように思われた。決して正常とは言えない身体だから、味覚が鈍っているのかも知れない。この分だと他の感覚も鈍化していそうだ。


「それより、だ。説明してくれるんだろ? お宅は何者で、どうして瓶を投げたのか、を」

「もちろん。あぁ、だけれど……どう話したもんかな」


 彼女は思い悩む素振りを見せ、近くのベンチに腰を下ろす。


「信じられないかも知れないが、この世には妖怪だとか魔物だとか、とにかく世に言う化物って奴が確かに存在するんだ。一般人が知覚できないだけさ。私はそう言った化物を退治して人の世の治安を護る組織に属しているんだ。……あー、話について来られてるか?」

「まぁ、なんとなくは……そうとでも考えないと、その物騒な玩具とヘンテコな格好の説明が付かないし」

「はっはー、言ってくれるね。これでも由緒正しきものなんだぜ? まぁ、話が早くて助かるけどさ」


 妖怪の存在はすでに虚構や空想ではなく、事実であると認識している。


 一般人に知覚できない化物がいる以上、それに対抗するための組織があって然るべきだ。人に対する警察のような機関があって当然なのである。そうでなければ平和な日常などありえない。


 抑止力があるからこそ、安寧がある。


 けれど、彼女の話を理解できはしても理解を示すことは現状できない。あくまで一般人を演じなければならないのだから、物分かりが良すぎるのも不自然だ。だから、あえて曖昧な返事をしておいた。


「それで瓶のことなんだが……あれはあの時、追っていた化物に向けて投げたつもりだったんだ。まさかいつの間にか一般人とすり替わってるとは思わなくてさ。悪かったよ、本当に」


 そう言って彼女は今一度、改めて謝った。


 その謝罪の言葉を受け取りつつ、頭ではべつのことを考える。今の話にあった、化物に向かって瓶を投げた、という部分。ここが妙に引っ掛かる。剣なんて物騒な物を持って置きながら、投擲の武器が瓶なのは不自然だ。


 忍者じゃあないが手裏剣だとか、極端なことを言えば道端の石でもいい。とにかく、もっと威力が出るものを武器として投げるべきなのに、どうして瓶なのか。


 もしかして、本命は瓶ではない? その中身、水か。


 そこまで思い至った所で、心底ぞっとした。


 瓶の中身である水が、なんらかの攻撃手段であるのなら、化物や妖怪に有効的な何かであるのなら、それは俺にとっても脅威である可能性が高い。それを頭から被ってしまった。何の対処もせず今まで暢気に会話をしていた。


 そう考えるだけで青ざめる。


「ん? おっと、心配するなよ。瓶の中身は怪しい物じゃあない、聖水だ。聖なる水だぜ? 悪しき穢れを祓う浄化の効果はあるが、人間にはまったくの無害だよ」

「む、がい」


 その言葉を聞いても、安心は出来なかった。


 今の俺は人間の定義から逸脱している。胸を張って自分は人間だと宣言できる自信がない。どちかと言えば妖怪や化物に近しいとさえ思う。ならば、人間に無害でも人間ではないモノには有害かも知れない。


「……ちなみに聖水をかけられた化物ってのは……どうなるんだ?」

「そうだなぁ。大抵の場合は溶けてなくなるか、身体の表面が焼け爛れるかだな」

「……ぞっとしないな」


 それじゃあまるで酸を浴びせているようだ。


 けれど、聖水を酸のようなものだと仮定すると、それは即効性のある浄化だと言える。遅効性の、後からじわりと溶けるような、そんな印象は受けない。ということは、大丈夫だと判断してもいいのだろうか。


 やや早計すぎるかも知れないけれど、今のところ身体に異変はない。


 まだ――人間でいられている。そう看做されている? そうなら、いいな。


「おっと、そうだった……なぁ、名前はなんて言うんだ? 私は折部凛おりべりんだ」

「そう言えば名乗ってなかったな。真事木誠一郎だよ」

「真事木誠一郎、ね」


 意味ありげに名前を復唱した折部凛は、ゆっくりとベンチから立ち上がる。


「悪いね、誠一郎。いま話したことは極秘事項って奴なんだ」


 雰囲気が変わる。


 仄かに漂う危険な香り。


 それを察知し、警戒の色を強める。


「だから、会ってから今までの記憶を――」


 注意深く聞いているつもりだった。一言一句を聞き逃さないようにしていたはずだった。


 しかし、突如として声が聞こえなくなる。声だけじゃあない、音までもが消失する。かと思えば視界が流動的となり、すべてのモノから輪郭がなくなった。


 衝撃。


 背に酷い衝撃を受け、肺の空気が体外へと弾き出される。


 嘔吐するように息を吐き、数秒。そして遅れて痛みがやってくる。気を失いそうなほどの激痛が全身を駆け巡り、それによって感覚器官がより過敏に反応した。失われていた音が蘇り、流れていた視界が停止する。


 そうして漸く、事態を把握する。


「あぁ、くそ……冗談じゃあッ――ねーぞ……」


 目に映る自身の身体は、見るも無惨なものだった。


 壊れたのは骨か、筋肉か、神経か。右の肩より先の感覚が痛みの他にない。足に至っては骨が砕けたのか、爪先があらぬ方向を向いている。土手っ腹には大きな風穴が空いているし、そこから漏れ出た血液が周りに池を作っていた。


 生身なら即死していた。


「なにが……起こった」


 口いっぱいに広がる鉄の味を不快に思いながら、左手で鉄柵に手をかける。


 そう、鉄柵だ。公園の外縁を象るように設置された鉄柵に、その形状を歪めるほどの勢いで激突した。この腹に空いた風穴が意味するのは一つ。人体を貫くほどの威力を持った何かに吹き飛ばされ、いまここに沈んでいるということだ。


 なら、いったい何が、俺を吹き飛ばした?


 その答えはすぐに目に飛び込んできた。蘇った聴覚が捉えた激しい音に導かれるように向けた視線の先に、そいつはいた。剣を抜き払い戦う折部凛と、もう一人。腕を人の形から変形させ、赤黒い鬼の腕とした異様な存在。


 殺人鬼。


「ハッ、ハハッ……上、等……だ」


 かつて自らを殺した相手を前に、心が熱をもつ。熱く、激しく、それは怒りとなって自身を立ち上がらせた。


 使い方を知っていた訳じゃあない。だが、ヒントは貰っていた。


 食べるということは奪うということ。


 奪った命のストックを使い、身体の損傷を修復する。


 空いた風穴に肉を詰め込んだ。前のめりになって鉄柵から離れ、言うことの聞かない右手に神経を張り巡らせて地面を突く。砕けた足など意にも害さず踏み締めて、無理矢理にでも骨に芯を通した。


 立ち上がる。無理にでも、無茶にでも、立ち上がって立ち向かう。


「喰らってやるぞ、殺人鬼ッ」


 あの殺人鬼を見据えながら。

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