孤狼3
《異寄学園生徒会》
主な活動内容は、悩みを抱える生徒からの相談を受け付け、それを解決していくことらしい。
ただし、この学園の生徒が抱える問題というのが、一般的な学生が抱えているような可愛らしいものではないような気がする。俺自身を例にして考えてみるとそう思う。依頼内容も異質極まるものになるんだろうな。
「さて、さしあたって貴方の仕事は生徒会のメンバー集めになるかしらね。この学園には我が高崎グループの情報網を利用して、全国各地から集めた異端児達が780人在校しているわ。誰を選んだとしても、貴方を落胆させることは無いでしょうね。この私の眼鏡にかなう逸材ぞろいよ。人選は貴方に任せるわ」
彼女はそう言い残すと、おもむろに立ち上がって出口へと向かう。
「以上よ。それじゃあ、あとよろしく」
(………………)
「私は、これから2週間ほど海外旅行の予定だから。帰国するまでに5人くらいはメンバー集めといて。分かったわね? それじゃ」
《バタンッ》
彼女は、颯爽と部屋から出て行った。
(………………)
独り、部屋に取り残された。
(………………)
いつもの展開だ。
とりあえず、入学許可は下りたってことで良いのかな? だとすれば、職員室とかにあいさつに行くべきだよな。
床にばらまかれた腕章を拾い集めて、会長の机の上に置いてから、生徒会室を出た。
ひとり取り残された生徒会室の扉を開けて、廊下へと出る。
(職員室ってどこだろ? やっぱり1階かな?)
校舎内はかなり綺麗だった。調べた情報によると、この学園は創立3年の新設校らしい。まだ真新しい床に足音を響かせながら、階段を降りてゆく。
ふと、俺とは別にもうひとつ足音が聞こえた気がした。
「………………?」
思考を止め、耳を澄ましてみる。
………………………………
(気のせいか?)
《カシャン》 やっぱり、何か聞こえる。
まるで、金属が擦れあうような…………
《カシャン》 近づいてる?
少し身構える。
《カシャン》 すぐ目の前の音の発生源の方を見た。
鎧武者が2階の廊下を歩いている。
しかも左手には抜き身の日本刀を握っている。
頭には兜をかぶり、顔には武者の面をつけているので、表情を伺うことは出来ない。
階段の上から見下ろす形で立っていた俺の方に、鎧武者は一度立ち止まってから顔を向けた。
しばらくこっちを観察した後、何事も無かったように廊下を進んでいく。鎧武者の後ろ姿を只々、呆然と見送っていた。
(なんだ、あの鎧? なんか格好良いなぁ…………)
急いで階段を下りて、鎧武者の向かった方を壁際からのぞくと姿は見えなくなっていた。もう少しじっくり見たかったけど。
(うろついてるだけで色んなのに遭遇するな、この学園。職員室に行く前にちょっと探検してみ……)
!?
突然、肩をつかまれた。
「今は、授業中よ? 君は、なぜこんな所にいるのかしら?」
背後から厳しめの口調の言葉が聞こえた。というか、人の居る気配を全く感じなかった。
忍者にでも遭遇したのかと、振り返る。
黒い髪を後ろで束ね、背丈は俺と同じくらい。切れ長の眼に、薄い唇を一文字に結んでいる。歳は若そうで、主観的に見ても、たぶん客観的に見てもとても美人だ。
ただ、服装が紫色の忍装束だった。
(ここは何時代だ?…………)
見とれていた俺の姿を、彼女は少し不思議そうに首を傾げて見ている。その仕草はなんだか可愛いらしい。
「どうかしましたか?」
その言葉で我に返る。
「あ、いや、今、日本刀持った鎧が…………」
「あぁ、彼の姿に驚いたの? 彼もこの学園の教員よ。皆からは兜先生なんて呼ばれてるらしいわね。最近は色々と物騒だから、何か異常は無いかパトロールしてるそうよ」
彼女は少し、可笑しそうに言った。
兜先生は生徒思いの先生らしい。
「それで? 君はここで何をしているかっていう質問には、いつ答えてもらえるのかな?」
「あ、僕は本日転入してきた、杉原 誠と申します」
第一印象を良くしようとしたら、未だかつてない言葉遣いになってしまった。
「あら、それは失礼しました」
彼女は、自分の勘違いに気付き、口に手を当てる。
「私は、この学校で教員をしている、鬼村 静刃です」
律儀に自己紹介で返してくれた。きっとこの町で数少ない常識ある人間なんだろうな。
「あ、今、職員室に誰もいないのよね。 今日はちょっと……色々ありましたから」
彼女は、何か言葉を濁したようだった。彼女にこの学園について色々聞こうとしたけど、何から聞こうかと迷っていると、
「それでは、まず君の好きな教室を選んで入ってください。その教室がこれから君が1年間過ごす場となります」
と、先に入学の説明をされてしまった。
(ここでは好きな教室を自分で選べるのか。 そういえば入学案内書にもそんなようなことが書いてあったな…………)
2時限目の終了を報せるチャイムが園内に鳴り響く。
「3時限目の始まる前に、自分の教室を選んで下さいね」
今日は挨拶だけで授業には明日から出る予定だったけど、少しでも早くここでの生活に慣れたかったのもあるので、とりあえず先生の言う通りにすることにした。郷に入っては郷に従え、って言うしな。聞きたいこともたくさんあったけど、休憩時間もそんなに無いだろうから先に教室へ向かった方が良さそうだ。
「頑張ってね、杉原君。学校辞めたりしたら、駄目ですからね」
静刃先生は、別れ際に笑顔で不吉な事を言って去っていった。
(変なことを言う先生だな)
こんな好条件がそろった学園、どんなことがあったって辞めるワケ無い。
ここで生き残る決意をして、1年生の教室へと向かう。
正門のところの校名表札で見たんだけど、この学園は中高一貫校らしい。東校舎の2階が 高等部の教室になっているみたいだ。
高等部1年の教室は、1組から4組までの4クラス。それとなく中を伺うようにして廊下を歩く。皆、休憩時間に仲の良い友達と話をしている。これまで気の合う友人なんて居なかったから、こうゆう光景を見るのはちょっと息苦しい。
(はぁ……なんか、皆、楽しそうだなぁ…………)
それでもこの学園ならこんな異質な俺を受け入れてくれる同種の生徒がいるかも知れない。そう考えると、この教室選択は高校生活を左右する重大な選択だ。絶対にしくじる訳にはいかない。慎重を期したいとこだけど、ただ外から見ているだけじゃ何も分からないな。そう思いながら4組の教室まで来た所で足を止める。
(…………あれ?)
4組の教室だけ誰も居ない。
きっと次の授業が移動教室で、皆そっちへ移動してるんだろう。何となしに4組の教室へと入ってみる。そして、俺の視線は教室の後部スペースに釘付けとなった。
教室の後ろ、窓際の空間になぜか小さなテントが張られている。しばらく観察してると時折、もぞもぞ中で動いている。誰か中にいるみたいだ。
(う~ん…………これは、何か気になる)
好奇心が俺の体を動かし、教室の後ろへ回りテントへと近づいて行く。
「…………あの……もしもし? 誰か居ます?」
刺激しないよう静かに声を掛けてみる。テントの中の何かはビクッと驚いたようで、少し沈黙した後、
「……は、入ってますっ」
と、照れくさそうに答えた。声からして女生徒のようだ。彼女は何を言っていいか分からないようで、押し黙っている。
こっちもどうしていいか分からないので立ち尽くしたまま、時間が流れる。
(…………………………………………)
しばらくして彼女は誰もいなくなったと思ったのか、テントの入り口をほんの少しだけ開けて、様子を伺おうと隙間からちらっと外を見る。
そして俺と目があった。
彼女は驚いたような、困ったような円らな瞳をして、すぐにテントの入り口を閉める。
……………………再び沈黙。
埒があかないので、こっちから話しかけることにした。
「あの、この教室誰もいないけど、皆、特別教室とかに行ったのかな?」
中は見えないんだけど、話しかけられたことに動揺しているようで、テントがもぞもぞしている。そして、何かを探しているのかガサゴソした音が聞こえる。
「あ、み、皆……は、今……地学……教室と、物理……教室……に……」
どうやら、時間割表を探してくれていたようだ。さっき一瞬見えたけど、テントの中には、色々な物が置いてあるみたいだ。
(この中で生活してんのかな? ちょっと狭そうだけど)
「俺、今日この学園に転入して来てさ、まだ色々分からなくてちょっと困ってるんだ…………というか、自己紹介がまだだっけ。俺は杉原って言うんだけど、君の名前も聞いていい?」
「………………………………………………刹那…………」
まるで幼い子供の自己紹介のような声。
刹那? それは苗字? それとも名前? ……多分名前か。
「うん、刹那さんね。これから1年間よろしく」
そう言われた彼女は、照れているのか再びもぞもぞを始めた。
(…………あれ? なんか、話の流れでこのクラスに転入するみたいになっちゃったけど。まあいいか、このクラスで。何か判断材料があるわけでも無いし)
適当にその辺の席に座り、他の皆の帰りを待つことにした。
******************おまけ:設定資料1*************************