孤狼2
《異寄学園生徒会室!!》
扉の上に部屋名と思われるプレートがはめこんである。
どうやらここで間違いなさそうだ。
(金ピカのプレート。趣味悪いなぁ。というか部屋名に「!!」つけるのはどうなんだ?)
とある理由から今、俺は異寄学園内のこの部屋を訪れている。
(あ~、この部屋は何かあるな…………)
扉の前に立っただけで直感した。この中で、最上級に面倒くさいイベントが発生するであろうことが。15年間、厄介事に巻き込まれ続けた経験が、それを伝えている。
ここの生徒会が普通なワケ無い。この学園に日本中の異端児達が集められているという噂。それがただの噂で無いことは、もう十分過ぎる程に理解してる。
まぁ、俺自身その1人ではあるんだけども。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか…………)
諦め半分、期待半分で扉を開く。
《ギィィィィ…………》
目の前に、学園内とは思えない程広い部屋が現れた。
中からは異質さを凝縮したような空気が漂ってくる。
そして、まるでこの部屋全体を支配するかのような圧倒的な存在感を放つ人間がそこに居た。
彼女は長い黒髪を揺らし、振り向く。突き刺すような鋭い眼光。
一見、良家のお嬢様といった風だけど彼女から発せられる威圧がその印象を打ち消している。
「遅かったわね。この私を待たせた人間なんて、前代未聞よ?」
(……やっぱりか)
この世のあらゆる異質が集う場所として知られるこの町で、他では滅多に遭遇しないレベルの特別な人種を何人か目にしたけど、彼女もその1人みたいだ。というか、その中でも上位に位置する程の異質さを感じる。
彼女は俺の心の内を知ってか知らずか、不敵な笑みを浮かべる。
「どうかしら、この部屋は?」
両手を広げ、問いかける。
正直、関わり合いになりたくない人種だけど、そうもいかない理由がある。
この学園の入学試験はちょっと特殊で、入学するのに必要なのは生徒1人1人に提示された条件を満たすことのみ。
俺に提示された条件は、「この部屋を訪れる」こと。だから引き返すわけにはいかない。
返答が無いことを意に介する様子もなく、彼女は話を続ける。
「本格的に活動を始めるにあたって、部屋の内装を変えさせたわ。これで少しはマシになったかしらね?」
部屋には場違いな程に高価そうな調度品が並んでいる。彼女は満足そうに周囲を眺めた後、再度俺の方に鋭い視線を向ける。
「さて、聞くまでもないことだとは思うけど、私が誰だか分かるわよね?」
(知らないって。初対面なのに)
答えられずにいる俺に対し、彼女は不審そうな視線をこちらに送る。
「有り得ない仮定だけど、もし万が一にも私の名を知らないと言うのならば、それはこの学園の生徒として許されることでは無いわよ?」
(そんなこと言われてもなぁ)
「いいわ。それなら、私の名を尋ねるなんて大罪を犯す可能性を排除する為に、この私から 自己紹介してあげる。身に余る光栄に震えなさい」
彼女はそう宣って、会長用の机の上にのぼり、そこに立った。
「私の名は高崎 綾乃。異寄学園生徒会長。そして、異寄学園の創設者よ」
腕を組んだまま、机の上から俺を見下ろしている。
(…………高いところが好きなのか?)
特に反応も見せない俺に対して、彼女は悪魔的な笑みを浮かべる。
年齢は俺より少し上くらいか。服装はブラウスにネクタイにチェックのスカート。まるで王族のような高貴さを身にまとっている。
(ん? この学園の創設者って言ったか? なら、彼女の機嫌を損ねない方が良いよな)
とりあえずは大人しく従っておくことにしよう。
ふと気づくと、彼女は机上から下りて、こっちへと歩み寄って来た。
数歩手前で立ち止まり、手に持っていた何かを床にばらまいた。
見ると、それは腕章だった。
「異寄学園生徒会を立ち上げるに当たって、10のポストを用意したわ」
床の腕章にはそれぞれ役職名が書いてある。
「生徒会長」「副生徒会長」「会計委員」「広報委員」「文化委員」「美化委員」「図書委員」「体育委員」「買物委員」「雑用委員」
(最後の方、考えるの面倒くさくなっただろ?)
「さて、それじゃあ、生徒会長と副生徒会長の腕章を拾いなさい」
……? 言われるがまま、行動する。
「言うまでもなく、生徒会長は私よ」
彼女はこっちに向かって手を伸ばす。
(自分の腕章くらい、自分で拾って欲しいんだけど)
と思いつつも逆らえるはずもなく、生徒会長の腕章を手渡す。
「副生徒会長は貴方に任せるわ、期待しているわよ」
「…………俺が副生徒会長?」
予想外の展開に、思わず声が出た。
「ようやく、喋ったわね。そんなに意外だった? この私の眼に狂いは無いわ。こうして貴方の隣に立てば、貴方がどういう人間か私には判るのよ」
(どういう意味だ?)
「驚くことも無いでしょう? この学園では異能を持つ人間なんて珍しくもないわ」
彼女は生徒会長の腕章を腕に取り付けつつ、会長席へと戻って悠然と腰掛ける。
「異寄学園はね、私のお気に入りなの。けれど、あまりに環境が異質過ぎる為に最近は少々問題が発生し過ぎて教師陣が対処しきれないらしくてね。辞めていく生徒達が後を断たないのよ。混沌に支配された学園というのも中々素敵なんだけど、このままだと学園そのものが崩壊しかねないわ。そういう訳で、この私自ら陣頭指揮をとって愛すべき私の生徒達を守ることにしたのよ。貴方には協力してもらうことになるわ」
まるで俺の為にあるような学園だ。
そう思った。
ここでなら俺の居場所が見つかるかもしれない。数々の学校を転々としてきたけど、そんな風に思えたのは初めてだった。その学園が無くなるなんて、冗談じゃ無い。
学園を守る為に手を貸せというなら、断ったりはしない。
「覚悟は決まったようね。私は貴方を歓迎するわ」
そう言って彼女は1つ咳払いをする。
そして初めて見せる屈託のない笑顔で、言った。
「ようこそ、異寄学園生徒会へ!!」