孤狼10
昼間の事件の後、宮内さんがどうなったか気になってたけど、どうやら大丈夫そうだ。
「おいおい、委員長。ここ男子寮だぞ。夜中に来んの校則違反だろ?」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!!」
宮内さんは、最初の印象からは考えられない位取り乱している。
「先公共にやらしときゃいいだろ、そんなもん」
凶也は鬱陶しそうに、そっぽを向きながら話している。宮内さんは、涙ぐみながら凶也に詰め寄る。
「…………それじゃ……駄目なの」
「前回刹那が傷害事件を起こした時だって、職員会議であの子を退学にしようという話があがっていたのを、静刃先生が止めてくれたのよ。自分が全責任を持って、刹那の面倒を見るって条件で。でも、また今度刹那が誰かを傷つけてしまったら、静刃先生もかばいきれないわ」
宮内さんは悲壮な声で訴える。
「俺っちが知るかよ、そんなこと。それはあいつの問題だろ。そんなに助けたけりゃ自分で行けよ」
俺は見かねて、宮内さんに助け船を出す。
「けどさ、お前、以前は彼女を止めに行ったみたいな事言ってなかったか?」
「狼女が問題起こしたら、俺っちも連帯責任だとか、親父が訳分かんねぇ事言うから止めに行っただけだ。あいつが退学になんなら、もう関係無ぇし」
宮内さんは、なおも訴え続ける。
「あの子の中に獣が目覚めて以来、どこへ行っても追い払われ、疎まれ、ようやく辿り着いた居場所がこの学園なの…………ここを追い出されたらあの子の行く場所なんてどこにも無いよ。凶也君が初めてあの子の暴走を止めた時、刹那すごく喜んでたんだよ? そんなことが出来る人なんて今までいなかったから。もうこれで、誰も傷つけなくて済むんだって、あの子泣いて喜んでた…………」
凶也は何も言わず、宮内さんの横を通り過ぎ、部屋へと戻る。
宮内さんは、それを見て力無くその場に座りこんだ。俺は掛ける言葉が見つからず、彼女を見ていることしか出来なかった。
少しして、彼女はゆっくりと立ち上がり階段を下りていく。気になって後を追うと、彼女は立ち止まって振り返る。
「凶也君の言う通りだよね。友達の危機にすぐ他の人を頼るなんて。私がまず止めにいかないといけないのに…………」
彼女の目には、死をも覚悟する決意の光が宿っていた…………止めても、無駄だな。
そういえば、俺は生徒会に所属してたんだったな。こういう場合、協力するのも活動内容に含まれるよな。
ようやく見つけた自分の居場所。そして自分と同じように異質と呼ばれている生徒達。犬神さんの事も、とても他人事とは思えない。
それにちゃんと活動しておかないと、生徒会長に学園を追い出されるかもしれないし。
腕章をポケットに入れたままにしてたのを思い出して、腕に取り付ける。それを見た宮内さんは目を丸くする。
「そ、それ。生徒会の腕章? しかも生徒会副会長って。あの綾乃が君を認めたってことなの?」
信じられないという口調。
「……………………また、再開するつもりなんだね。異寄学園生徒会を」
感慨深そうにそう呟く。
(また? 以前にも生徒会はあったって事?)
「……会長さんが居ないから、取り敢えず俺が依頼を受けようと思うんだけど?」
宮内さんの目に希望と安堵の光が灯る。
「わ、私に協力してくれるの? ………………ありがとう、杉原君」
(…………って、なんか勢いで言っちゃったけど、これ俺ひとりでどうにかなるのか? せめて他に生徒会メンバーが居れば心強いんだけどな)
無いものねだりをしても仕方ないか。なんとかなるだろ、多分。
「それじゃ、行こう。宮内さん!」
彼女は力強くうなずいた。
【生徒会活動日誌 1】 4月6日(金)
依頼者 高等部1年4組 宮内 久美
担当者 生徒会副会長 杉原 誠
依頼内容 学園地下より逃走した高等部1年4組 犬神 刹那 を捕まえるのを協力
して欲しい。
協力者 高等部1年4組 宮内 久美
宮内さんと一緒に、男子寮の階段を急ぎ足で駆け下りる。
東校舎は、男子寮のすぐ傍にあるので入り口まではすぐに辿り着いた。宮内さんが入り口の扉に手を掛ける。
(ガチャッ)
「どうしよう、やっぱり開かない。鍵が掛かってる」
宮内さんがこっちを見る。いきなり立ち往生か。どうする?
扉の横の窓ガラスを見てみると、多層構造になっている。
(強化ガラス…………これを割るのは無理っぽい。徹底してるな)
ふと宮内さんの方を見てみると、近くの花壇にしゃがみこんで何かしている。無言で立ち上がった彼女は大きな石を抱えていた。そしてさりげなく窓に向けて振りかぶる。
「!? いや!! ちょっと待って!!」
彼女は不思議そうに、首だけをこちらへ向ける。
「な、何か方法考えるから、落ち着いて」
(彼女、刹那さんのことで動揺しているのか? 早く中に侵入る方法を考えないと、強行突破しそうだ)
入口の鍵に目を向ける。さっきみたいに精神体にでもなったら、中に侵入ることは出来るだろうけど、宮内さんはそうもいかない。
その時、ふと1つの案が浮かんだ。
(セキュリティ…………監視システム…………)
「もしかしてあいつなら、なんとかなるかも」
少し迷ったけど、ポケットから携帯電話を取り出す。そういえば、家から持ってきた持ち物はこれだけだな。昼間、教室で名刺を受け取った時に一応登録しておいた番号にコールする。
(…………いきなり電話したりしたら迷惑かな? いや、でも、緊急事態だし)
3回のコール音の後、訛りのある言葉で応答があった。
「ほいほい、毎度ぉ。こちら霧島。クライアント認証の為、パスワードの打ち込みを…………」
「あ、いや、俺、転校生の杉原なんだけど」
「知っとるよ。ちょっとフザケてみただけやって。そんな怒らんといて」
…………さっきの対応は、話しかける前から俺からの電話だと分かった上での口調だったよな。こっちの携帯番号を教えた覚えは無いけど、今はあえて聞かないでおこう。
「そっち、面白いことになっとるみたいやね」
「こっちの状況が分かるってことは、君も寮暮らし?」
「いや? 学園で何かしら異常事態が発生したら、ワイの所に伝わるようになっとるから。今も監視カメラ通して、見物中やね」
何かいろいろ問題ありそうな手段を用いているような匂いがするけども、そんなことを考えてる時間も無さそうだ。
でも、今日会ったばかりで少し話をしただけの俺なんかに手を貸してくれるわけないよな。
それでも駄目元で言ってみようか、万が一ってことも…………
「霧島、俺達に手を貸して欲しいんだけど」
隣で会話を聞いていた、宮内さんも俺に続く。
「お願い、霧島君。手を貸して」
宮内さんは、両手を組んでお願いしている。
「ん? ええよ」
二つ返事で了解されたので、返答につまってしまった。
「………………」
「……ん? 杉原クン? 聞こえとる?」
「あ、いや。ゴメン、ちょっと意外で」
「いやいや。クラスメイトの危機なんやから、協力ぐらいするって。凶也の奴が妙な事吹き込んだせいで、ワイのイメージホンマ悪いなぁ。君等2人には嫌われとうないんやけどなぁ…………」
最後のひと言は本音が漏れたような感じだった。
というか、別にイメージがどうとかって話じゃないんだけど。
何か知らないけど、奇跡的に上手くいったみたいだ。
ひとまず、宮内さんにも霧島の声が聞こえるように携帯を外部音声に切り替える。
「とりあえず校舎内に入りたいんだけど、入口の電子ロックをどうにか出来ないかな?」
と俺が言い終える前に 《 ピー 》 という電子音と共に入り口の扉の鍵が開く。
霧島、やっぱり園内の監視システムに侵入してるな。
扉が開くと外の冷たい風が、校舎内に流れ込む。
夜の校舎は不気味な程に静かだ。特にこの学園の校舎は、魑魅魍魎の類が出現してもおかしくない。
だけど、迷っていられる状況じゃない。俺が決意して校舎に足を踏み入れるよりも早く、宮内さんは校舎内へと駆けていった。
慌てて後を追う。
「なあ、霧島、今犬神さんがどこにいるか分かる?」
「4階、廊下の南側やな…………ついでに補足すると、教師も2人そこに向かっとるな」
「まずいな。宮内さんの話だと、犬神さんを追い出したいって意見の方が多数派なんだろ。もしその先生に怪我でも負わせたら、格好の口実を与えることになるんじゃ…………」
「そうね、その先生達に見つかる前に、私達で刹那を止めた方が…………」
宮内さんと一緒に、玄関を抜けて階段を駆け上がる。
「霧島、監視システムいじって先生2人を足止めすることって出来る?」
「いやいやいや。無茶言うなや、転校生君。そんなんバレたらワイが退学になるやん。2人に協力するとは言うたけど、ワイに出来るんは2人のサポートだけやで」
「…………そうか。ゴメン」
(しまった。相手の立場を考えて会話しないと…………難しいな…………)
「いや、ええけど…………それと、刹那ちゃん捕まえるんやったら闇雲に追いかけても無駄や。獣化した時の彼女は狼の本能に支配される上、常人離れした嗅覚を持っとるらしいから。近づいてもニオイで察知されて逃げられるで。実際、教師連中も10分間ずっといたちごっこを続けとる状態やしな」
「そうね、前回も刹那を捕まえた時は、先生達が人海戦術で追い込んでいくような形だったわ」
俺達2人でただ追い回しても意味が無いってことか。じきに他の先生も集まってくるだろうし、それまでに何とかしないと…………
2階まで登った所で一旦足を止める。宮内さんも走る速度を緩めて振り返る。
「ねぇ、宮内さん、犬神さんを追い込む場所としてはどこがいいかな?」
そう言われ、宮内さんは顎に手を当て考える。
「…………そうね…………体育館が良いと思うわ。あそこは、とても頑丈に作られているから、刹那が壁や窓を破って、外に出る心配が無いわ」
(え? 普通の壁とかだったらブチ破れるんですか?)
「そない言うても、都合良く体育館に逃げんこんだりはせんやろ」
「…………確かに。何か彼女をおびき寄せるようなものでもあれば…………」
「クシュンッ」
突如、作戦会議に可愛らしいクシャミが割り込む。
「…………ご、ごめんなさい……」
宮内さんは頬を赤らめて、うつむいている。
「少し、体冷やしたんじゃない? パジャマのまま走り回ったから。それにこの校舎、なんか冷たい風が吹いて…………」
そう言いつつ俺は自分の言葉に違和感を覚えた。
(風? 建物の中なのに?)
じっとしていると、わずかに空気の流れを感じる。どこかの窓でも開いてるのかな?
その時、ふと俺の頭にひとつの案が思い浮かんだ。これはもしかしたら、犬神さんを捕まえる時に有効な要素になるかもしれない。上手く行くとは限らないけど、悠長に作戦を練っていられる状況でもないしな。
「…………あのさ、2人共。ちょっと俺に考えがあるんだけど」
まずは、簡単に内容を話して同意を求める。
「そうか……それ試してみる価値あるよ、杉原君」
宮内さんは、納得顔でうなずいている。
「へぇ…………成程な。やるやないか、杉原クン。それにしても、君、えらい場馴れしとんな」
霧島は電話口で、感心しているみたいだ。
(まぁ、俺にとっちゃこんなの日常だしな)
「それで、2人にも手伝ってもらいたい事があるんだけど」
「……おぉ、仕切るねぇ」
「私は構わないよ。今、私は冷静な判断が出来ないと思うし、杉原君が指示を出してくれるのなら、私はそれに従います」
「ワイも構わへんよ。何かゲームみたいで面白くなってきたわ」
ゲームという霧島の言葉に、宮内さんが何かを言おうとしたようだが口をつぐんだ。霧島は本当に思ったことがそのまま口に出てしまうタイプみたいだ。
気を取り直して、俺の考えた3人の役割を説明する。
「…………えっ、杉原君、本気なの!? 杉原君が刹那を捕まえるって」
「大丈夫だよ、無策なわけじゃないから、一応」
「何か、刹那ちゃんを捕らえる方法があるっちゅうことか?」
「…………まぁね」
「…………そういうことなら、ワイも自分の分担に集中するから一旦電話は切るで?」
「……杉原君、絶対に無茶はしないでね…………」
「うん。それじゃあ、皆。 さっそく自分の分担に…………」
そう言おうとした時、俺の腹の虫が盛大に鳴った。
「……おいおい、リーダー君。しまらんやないか」
霧島に言われてしまった。頭を使ったせいで、余計に腹が減った。
「ふふ、刹那を無事守れたら、後でお夜食作ってあげるね、杉原君」
宮内さんが、俺を見て微笑む。お夜食、なんと甘美な響きだろう。一層やる気が出てきた。
そう言い残した宮内さんは、上階へと登っていく。




