番外編 お人よしのご老人
え~と、アクセスが一万超えたってことで番外編をかくぞと言ってましたがやっと投稿できます
すこ~し長いですがよろしくおねがいします^^
~日本~
司狼の両親が亡くなってから7年が経っていた。
引き取ってくれたおばささんの方は数ヶ月前に亡くなり今は司狼とおじいさんだけで生活していた。
仄かに香ってくる湿気った土の匂い。
土が空から降ってくる雫を受け、独特な匂いを届かせる。
土を踏めば土がぴちゃぴちゃと足に引っ付いてくるようでそれがどこか可笑しくて、クセになってしまいそうな感触だ。
耳を澄ませばサーと雨が優しげに降っており、屋根やバケツに当たるとポンッ、パンッ小さな音楽会をしているようだった。
体に当たりシャツを濡らし頬を雫が伝い落ちる。
そんな静寂を打ち砕くように騒々しい声が割って入った。
「おい、司狼!ちょっと手伝えっ」
ガッハッハと豪快に笑う男。
彼の名は春原豪気。
お年寄りとは思えないほどしっかりと背筋を伸ばし、どすんどすんと地面を踏み鳴らす。
髪は完全に白髪になっており、まだ中年といわれれば通るのではないかと思われる幼げな少年の面影をにこにこと貼り付け司狼に近づいていった。
その司狼と同じ漆黒の瞳の奥には一際淡く輝く優しい光が灯っていた。
司狼の両親亡き後、親戚中が渋っている中、率先して司狼を引き取ると言った老人である。
そんな何故か張り切っている豪気に司狼は、嫌だとでもいうような不機嫌な顔を隠しもせず、ぶーと文句を垂れた。
「なんで俺がそんな事?」
豪気はそんな司狼の態度も気にせず、ガッハッハと笑うと、
「いいじゃねぇか。いつものボラ……なんちゃらだっ!」
「ボランティアね……。なんでいっつも忘れるのかな?」
やれやれと顔に手を当てかぶりを振る。
「なんでもいいわい、ホレ着いて来いっ」
「行かないって行っても無理やり連れて行くんでしょ?……ちょ、やめて、行くからっ!服が伸びる」
文句を言う司狼を無理やり引っ張って、歩き始めた。
「傘は?」
「いらん、どうせ。向こうへ行けば汗だらけじゃ。そんな変わらん」
「んじゃ、タオルとかぐらい持っていこうよ?あぁもうっ!人の話を聞かないんだから」
大体いっつも着き合わせられる俺の身になってよと心の中で思う。
どうせ言ったってつれて行かれることに変わりはないのだ。
小さくため息をつくと黙って引っ張られる。
雨足が強くなり、司狼たちを進ませんと二人を強く強く打ちつけた。
「あぁ、腕が痛い……」
司狼は肩を回したり、腕の筋肉を揉むなどして何とか痛みを和らげようとしていた。
豪気が言うボランティアは本当にたいしたものではない。
例えば田植えをするから手伝ってくれないか、子どもの世話をしていて欲しい、害獣が出た駆除して欲しいなど時々町会から頼まれる事だってある。
そんな時、豪気は決まってこういうのだ。
『任せとけ!!』
相談されたら即承諾。
持ち前の豪快さと気前のよさで村一番頼られていて、一番の人気者だ。
そんな豪気は今まさに手伝い─今回はただの模様替えだった─を終え頼まれていた人と世間話をしている。
会話は聞こえて来ないが話は弾んでいるようだ。
時々ガッハッハと豪快な笑い声が村中に響く。
雨で目が開けられないほど降っているというのによく通る声だ。
司狼はそんな豪気を理解できないとでも言うような眼差しで見つめた。
何故こんなにつらい思いをしてまでボランティアをしているのだろうか。
何故、何の見返りもなしで助けることが出来るのだろうか。
何故……あの人はあんなに気持ちよく笑うことが出来るのだろうか……。
(わからない……俺には……。)
司狼は突然、本当に唐突に家族を失った。
さよならも言えない。
ありがとうも言えない。
愛しているも言えない。
人間として持ち直しているが今の司狼には感情というものが多々不足していた。
だから、あそこまで自分の感情を表に出せる人がわからない。
どうして笑えるのかが分からない。
すると肩をバンバンと叩かれた。
司狼が顔を上げるとそこには巨木。
いや豪気がいた。
「どうした、何か考え事をしていたようじゃないか」
「いや、何もないよじいさん……あったとしてもあんたには関係ないことだよ」
その一瞬、豪気がそのにこにことした顔が曇ったが下を向いていた司狼はそのことに気がつかない。
「そうか、ならいいんじゃがのう」
「うん、ありがとう……」
雨が激しく司狼たちを打ち付ける。
目を開けようとしても常に目を叩かれているように痛みが襲い開けることができない。
そんな中司狼たちは自身の上着を傘がわりにしてとぼとぼと歩いていた。
司狼は何故感情を表に出せないのかを、豪気は先ほどから浮かない顔をしている孫を心配して・・・。
二人の気持ちは互いに一方通行ですれ違いもしなかった。
「司狼――」
「豪さん!!大変じゃっ」
「な、なんじゃ?」
出鼻を挫かれた豪気は戸惑いながらも声をかけてきた老人に問いかけた。
「実はのぉ・・・。以前からここいらで畑を荒らすとか悪さしていた鹿が、今度は暴れ始めてのぅ!?もう、えらい騒ぎじゃ、どうにかできんかの?」
老人は息も絶え絶えに一気に捲くし立てた。
よっぽど急いでいたのだろう。
だが、その言葉を聴いて先に行動したのは豪気では無かった。
司狼だ。
濡れるのはお構いなしに走る。
走る。
走る。
ただがむしゃらに走る。
司狼がただ一つ思うこと……。
───じいさんが何故、あんなに笑うことが出来るのか……。
この出来事を自分が解決すれば少しは分かるのだろうかと考えて。
司狼の背中に呼び止める声が、掛けられたが激しく打ち付ける雨で司狼まで届くことはなかった。
司狼が問題の場所まで行くと合羽に身を包んだ大人たちがああだこおだ言いあっていた。
話されているのはもちろん件の鹿のこと。
「あの……今はどうなってるんですか?」
「危ないから下がって……あぁ、豪気さんの所のボッチャンか」
「えぇ、そうです」
「そうか、ところで豪気さんは?」
「遅れて来るそうです、流石に若さには勝てないんでしょうね」
司狼は愛想笑いを浮かべた。
だが大人はそれを信じたようにうむと頷くと現状を話し始めた。
「えぇと、そうだね。君から豪気さんに伝えてくれるかな?」
司狼はコクンと頷いた。
「それじゃえ~と今はねぇ、あそこが見えるかい?」
そういって大人は目と鼻の先にある雑木林を指差した。
それにつられるように司狼も視線の後を追う。
見るとそこにはベキベキッベキベキッと木の皮をいとも簡単に剥いている想像以上の生き物がいた。
踏み込むたびに土が跳ね飛ぶほど屈強な脚。
丸太のように太い体。
幾重にも別れそれだけでも危険だと分かるような角。
見るからに普通に見る鹿とはどこかちがった。
「おそらく、ここら辺の主だろうなぁ……それが何か知らんが下まで下りて来ちまったんだなぁ……」
「へぇ……」
司狼にはそれがどれほど危険なものか分からなかった。
田舎に住んでいるといっても司狼は狩りといった野生の動物に近づく機会はあまりなかったのだ。
司狼は他の大人たちとはちがい何故こんなものに怖がっているのだろうと不思議だった。
人は普通体験してみないとその物事の本当の恐怖を覚えることはできない。
例えば激しい地震を受けていない人は、自分なら大丈夫。
自分なら助かることができると、妙な自信をもってしまう。
逆に震災などの被害を直に受けた方々はもうこんな思いはしたくない。
といった恐怖を覚えてしまう。
今の司狼はそういう状況である。
周りの大人たちは自然の動物がどれほど怖いのかを知っている。
だが司狼は知らない。
だからたいしたことはないんではないか。
自分なら出来ると思ってしまう。
そう思うと後は簡単だった。
司狼は鹿に向かって足を動かす。
群れる大人たちの雑踏を潜り抜け、一直線に向かう。
「バカッ、あぶねぇぞ!?」
大人たちの制止を振り切って司狼は駆け抜ける。
「大丈夫ですって、俺がなんとかしますっ」
「無理だっボウズ!?戻れ!!」
鹿もこちらの騒動に気がついたのか警戒するように耳をピンと立て、つぶらとは言えない自信に満ちた瞳で司狼を真っ直ぐに見据える。
そして司狼は鹿の真正面に立った。
そう真正面に……。
「バカっ!真正面に立つな!!」
「え?」
野生の動物には真正面に立ってはいけない。
敵として見られてしまうからだ。
当然司狼は真正面。
すると……
「ブルルルルルァァァッ!!」
興奮したように鹿は、司狼に向けて大地を激しく蹴り突進してきた。
「しまっ!?」
ふとましく立派な角が司狼の目前にまで迫る。
「……ッ!?」
司狼は硬く硬く目を閉じた。
それは司狼の体に突き刺さり、鮮血が辺りに飛び散り、雨によって流れていった……。
かに見えた。
「……?」
だが実際に司狼に痛みは無い。
体のどこにも痛みはない。
変わりに目の前には壁。
いや、これは……。
(この壁、いや背中は……!?)
「じ、じい……さ、ん?」
司狼からは見えないが豪気はニヤリと笑ったような気がした。
「いよぅ、随分ムチャしてるようじゃねぇか」
豪気はギリギリと鹿の角を掴み、鍔迫り合いをしている。
足場が悪いのか豪気はズルズルと押され始めている。
「ふむ、少し……キツイのぉ……」
「だ、大丈夫なのか!?」
「……ッ……」
「返事をしろよ!?」
「うるさいのぉ……」
「グッ……」
豪気から漂ってきた凄まじい気迫に司狼は思わずたじろいだ。
鹿の方も巨体をビクッと震わせた。
瞳はゆらゆらと水気を帯び、瞳の奥に怯えが伺えた。
「おどれ、退かんか……」
掴む腕に力を込める。
足を踏ん張り地面に根を張る。
「……」
「退け」
「ブルゥ……」
「わしが怖いなら……さっさと退かんかぁぁぁぁああああっ!!」
「ブル!?」
豪気の叫びにビクッと体を振るわせると小鹿のような俊敏な動きでどこかへ行ってしまった。
「んな……」
人間離れな、とつっこみを入れたかったが腰が抜けて上手く繋げられなかった。
ザッザッザッと豪気が司狼に近づいてくる。
そして座り込んでいる司狼に目線を合わせると、
「このバカモノがっ!!」
「!?」
メリィッと音を立てて豪気の拳が司狼の頬に突き刺さる。
「ゲホッ、痛ッて!?」
司狼の口から赤い雫が滴り落ちる。
だがそんなことはお構いなしに、強い力で司狼の胸倉を掴む。
司狼と豪気の視線が交差する。
お互いがお互いの目を見る。
(じいさんの目に浮かんでいる色。これは……怯え?)
「じいさん……流石に鹿は怖かったのか?」
豪気は驚いたように目を見開き。
「バカめ……」
そういうと豪気はふわりと司狼を抱き寄せた。
「あぁ怖かった……怖かったさ……お前を失うことがなにより……つらい……」
豪気の声はわずかに震えていた。
「何が起こるのかわからなかったんじゃ。また……また家族を失うのかと……」
(そうか……じいさんにしてみれば、孫も娘も義理の息子も居なくなってたんだな……悲しいのは同じか……)
「なぁじいさん……なんであんたは人助けをするんだ?」
豪気は少し考えるようにして。
「そぅじゃのう……特に理由なんてないわい」
「ははっ、そうか。だけどじいさん……」
「なんじゃ?」
「あんたは暖かいな……」
「そうか……?」
「あぁ、暖かい。日向にいるみたいだ……」
「司狼……一つだけ言っておくぞ?」
「ん?」
「無理だけは……するんじゃない……」
「うん……」
「後な人助けをしたいなら優しい人間になれ」
「……二つじゃねぇか……」
「豪気さんっボウズ、大丈夫か!?」
ことが終わったのを見計らってか遠くで見つめていた村人たちも集まってきた。
「大丈夫じゃ。ぴんぴんしておるわい」
「そうかそうか、そりゃよかった」
「あぁ、飛びこんで行った時は冷や汗もんじゃったわい」
「んだんだ、俺らでさえ渋るんじゃからのう」
「まぁ何はともあれ……」
「「「無事でよかった……」」」
村人たちは司狼に暖かい眼差しを向ける。
みんながみんな司狼の無事に安堵する。
──あぁ、そうか……じいさんはこの人たちの笑顔を守りたいのか……
そう思うと自分の中で何かが当てはまるかの様な感触があった。
それはまるでジグソーパズルで最後のピースがはまったかの様な……。
あれだけ激しく司狼たちを打ち付けた雨はすっかりと止み。
空は夢だったかのように青空をのぞかせていた。
ここまで読んでいただいてありがとうございますっ!
今回は元の世界に居た頃の司狼君と豪気さんの馴れ初めみたいな話を目指して見ました
豪気さん鹿と真正面から向かっていけるとか(汗
僕がここまで続けていられるのもいろいろな方が見て下さっているお陰です
次回からは本編を更新させて行きたいと思います
それでは感想は誤字脱字など遠慮なく申し立てください
次の更新は?
未定ですね☆