渾身のエース
翔平と沙南を巻き込んだ事件解決まで、この話を含めてあと2話です。うまくつじつまが合っているといいんですが・・・
「これは、どういうことだっ。」
まだ状況を飲み込めていない高原が喚いている。
「高原さん、もう観念してください。あんたが使っていたサングラスの男はすでに確保済みです。それに、ほんとうの“スイートドロップ”のバイヤーの奈々美って子も確保しました。ついでに言えば、胴元からあんたに付けられた見張りは、既にあんたを見限ったようです。車で逃げようとしていましたからね。きっと、胴元にもその旨、連絡がいっていると思います。だから、もう、あんたは終わりなんですよ。」
浩二のことばを高原は噛みしめるように聞いていた。ここで理性を失くして喚き続けないあたりが、長く刑事としてやってきただけのことはあるってことなのだろう。
「高原さん、あんたも刑事のはしくれでしょ?史輝やあんたを慕っていた部下たちのために、せめて自首して下さい。」
「・・・・・そうだな。須藤君、私は君の温情に感謝しなければいけないんだろうな。須藤君・・・温情ついでに、私の願いを聞いてくれ。」
高原は、観念したのか落ち着いた声でそう言った。
「願い?」
浩二が聞き返した。
「ああ、どうせ手錠をかけられるのなら、相沢にかけてほしい。今回の件では、私は相沢を一番傷つけたと思うから。」
高原の意外なことばに、翔平も浩二も目を見開いた。
・・・・・驚いた。こいつに兄貴を思いやる気持ちがまだ残っていたなんて思わなかった。前に兄貴がよく言ってたっけ。今の上司は、厳しいけど、熱くて後輩思いなんだって。その時分の高原に戻ったのかな?
「へえ、高原さんにもまだ、良心が残っていたんですね。いいですよ。その願い、叶えてあげますよ。おい、史輝、聞いていただろう。こっちに来てくれ。」
浩二は、剣道部の方を向いて叫んだ。その時、ほんのちょっとした隙が生まれた。高原は、その隙を見逃さなかった。
猛然とドアに向かってダッシュすると、勢いをつけて浩二に肩からぶつかった。不意打ちを食らって、浩二が飛ばされた。
「うわっ」
浩二は、短く悲鳴を上げると部室から締め出されるように吹っ飛び、地面に腰から落ちた。
まずいっ。高原が逃げる。
翔平は、咄嗟にあたりを見回した。使えそうなものはテニスボールくらいしかない。他の手立てを思いつかず、だめもとだと考えて、翔平はボールをいくつか掴むと高原に向かって投げた。ボールは高原にあたったが、何のダメージも与えていなかった。
ちくしょうっ
やっぱり素手でボールをぶつけたくらいじゃ駄目だ。
高原は、ボールを背中に受けながらも平然と逃げていった。浩二の悲鳴を聞いて、隣から慌てて史輝が飛び出してきた。
「史輝、すまない。油断した。詰めが甘かった。早く追ってくれっ。」
吹っ飛ばされた地面から起き上がろうとしながら、浩二が叫んだ。史輝は、猛ダッシュで高原の後を追った。
浩二は起き上がると、無線で応援を呼び掛けている。
兄貴よりも俺の方が足が速い。俺も、やつを追いかけて・・・
翔平はただ見ているだけでは落ち着かず、ボールを握ったまま高原を追いかけようとした。
「翔平っ、これっ!」
一平が、翔平に何かを投げてよこした。翔平は、反射的にそれをつかんだ。
ラケット・・・
ふっと一平を見た。一平が頷いて、史輝に声をかけた。
「史輝さんっ、伏せてっ。」
史輝が一平の声に反応して、ばっと伏せた。史輝は伏せながら翔平に向かって叫んだ。
「翔平っ、狙うなら足にしろっ。足を止めろっ!」
よしっ!
高原~、見てろよぉ~っ。県大会、個人優勝の腕前、見せてやるっ!
翔平は、空高くボールを放り投げると渾身の力を込めてラケットを振り下ろした。
スパァ~ンッ
ボールは、猛スピードで高原の右足に命中した。
ぐわっ
高原が悲鳴をあげてバランスを崩した。
もういっちょ!
スパァ~ンッ
うっ、ぐっ・・・
今度は、左足に命中した。高原がバランスを崩しながら一歩、二歩と前へよろけた。
よしっ、次で完全に止めてやるっ
スパァ~ンッ
ぐうっ・・・くっ・・・
三発目は背中にあたった。完全にバランスを崩された高原は、その場にもんどりうって倒れた。
「兄貴っ、今だっ。」
翔平の声に地面に伏せていた史輝が、素早く起き上がると、大きく跳躍して高原の背中に飛び乗って腕を後ろに締め上げた。そして、手錠を取り出すと、高原の手にかけた。
「くっそぉ~、放せえ~っ」
学校に高原の喚き声が響き渡った。遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。
やっと・・・終わったんだよな・・・今度こど・・・ほんとに・・・