作戦開始3
一平が剣道部に入ったのを見届けると、翔平はふうっと息を吐いた。
ここまでは順調だ。
安堵のため息を漏らす翔平とは逆に、沙南は、目の前で動く人影に驚いて声を上げた。
「だ・・・」
だが、沙南の声は翔平の手によって塞がれた。ふたたび口を塞がれた沙南は、無理やり顔を後ろに向けて翔平を思い切り睨んだ。
沙南が抗議のためにもがこうとすると、またドアが開いた。ドアを開けて入ってくる人物に翔平は、身を固くして構えた。
「そのまま2人とも動くな!」
ついに、真打ち登場だ。待っていたよ、高原さん。
「高原さん・・・?どうしたんですか?」
翔平は、素知らぬ振りをして高原に声をかけた。
「翔平君、残念だよ。昨日押収したアメは、“スーとドロップ”ではなかったと聞いて、正直、私はほっとしていたんだけど、結局は、こういう事だったんだね。」
こういう事って、どういう事だよっ。白々しい。こうなったら、そっちからぼろ出すまで惚けてやる。
「こういう事って、どういう事ですか?それから、何度でも言いますが、僕は、“スイートドロップ”なんか知りません。ここへは朝練があるから来たんです。」
「ふっ。翔平君、私を誤魔化すことはできないよ。昨日の夕方、情報が入ったからね。君が、朝練の時に学校の部室で”スイートドロップ”を買い手に渡すってね。それで、私はここの近くで張っていたんだ。昨日の朝の情報と違って、今回はどんぴしゃ、正確な情報だったようだ。その子が買い手?」
じりっと高原がこっちへ近づいてくる。
まずいっ。前言撤回だ。俺の第一優先は、沙南を守ること。こいつと駆引きなんかしてる場合じゃない。
翔平は、沙南を庇いながら後ろに下がった。
「さあ、翔平君。君のポケットには、“スイートドロップ”が入っているんだろう?それをこっちに渡して。」
高原が左手を差し出した。
なにが“スイートドロップ”だ。俺はそんなもの知らねえっつってんだろがっ。
心の中で悪態をつきながらも、翔平は毅然とした声で高原に言った。
「断ります。ポケットに入っているのは、大事な手紙なんです。”スイートドロップ”なんかじゃありません。」
「翔平君。君は、私の大事な部下の弟だ。だから手荒なことはしたくない。でも、君が抵抗するなら腕ずくでも私は“スイートドロップ”を押収しなければいけない。私にそんなことさせないで、素直に渡してくれ。」
っ!
よくも・・・しゃあしゃあと兄貴のことを引き合いに出しやがって。お前には、恥はないのかっ。いや、こいつに恥があったら、そもそも俺はこんな事に巻き込まれてなんかいない。とにかく、今は沙南の安全を確保しないと。
高原は、じりじりっとふたりにプレッシャーをかけて、翔平と沙南を壁際まで追い詰めた。
くそっ。もう、後がない。
高原が、にやっと笑った。
「さあ、翔平君、もう後がないよ。どうする?」
くっ!とにかく、なんとか沙南を逃がせないかな。だめもとで交渉してみるか。
「わかり・・・ました。俺の持っている物を渡します。でも、その前にこの子を外へ出してください。この子は何の関わりもありませんから。」
「それは、無理だな。その子が買い手だろう?その子が君の顧客のひとりだってこともわかっているんだよ。」
そうくるか。こいつ、とことん俺たちに濡れ衣を着せる気なんだな。こうなれば、俺も覚悟を決める。たとえ、自分が殺されたって、こいつから沙南を守る。
翔平はポケットから封筒を取り出して高原に渡した。
「なんだ、これはっ?」
中身を見た高原が怒った。
当然だ。その封筒は、昨日の夜このために用意したものだ。“スイートドロップ”なんか入っているわけがない。つか、“スイートドロップ”自体、俺は見たことない。
「”スイートドロップ”は、どこだ?どこにやった?」
高原の顔から余裕が消えた。怒りがびんびん伝わってくる。緊張した翔平の握り拳にいっそう力が入る。
「ガキが、大人にたてつくのかっ!」
高原の怒りが、殺気に変わりつつある。翔平の胸ぐらを掴んでいる高原は、怒りに我を忘れていた。高原が拳を振り上げた。翔平は、高原の手をバシッと強くふりはらった。
もう少しだ。もう少しでこいつは、俺たちが待ち望んだことを言ってくれるはずだ。もっと、挑発しないと。
「殴るんですか?無抵抗な人間に暴力ふるうのは、警察のやることじゃないですよね?」
高原の目の色がふっと変わった。
こいつの目からは、もう殺気しか感じられない。すっかり理性を失っている。
「うるさい!お前さえ試合に出られないようにすればいいんだ。お前は、私がここに駆けつけた時には、もう、その子と“スイートドロップ”を食べた後で、お前を捕まえようとした私に抵抗して私に暴力をふるった。私は、やむなく応戦して、間違ってお前にケガを負わせてしまった。こういう筋書きでどうだね?」
や・・った・・・!
兄貴、浩二さん、一平、ちゃんと録音してるよな?よしっ、もう少し、こいつから話を引き出してやるっ。
「俺だって、黙ってはいない。俺はここであった事実をきちんと話すし、沙南だって証言してくれる。」
高原がにたっと笑った。
ふん、笑っていられるのも今のうちだ。後でたっぷり後悔しろよ。
「君たちは、私に殴られた後、ほんとに”スイートドロップ”を摂取するんだ。”スイートドロップ”は、なにもアメ状のものだけではないいだよ。粉末を口から摂取したり、注射で入れることもできる。今回は、注射かな。そのほうが薬の効き目が早く現れるからね。大丈夫。とても細い針で、なかなか見つかりにくい場所に打ってあげるから。
ヤク中の高校生と刑事と、さて、世間は、どっちの言い分を信じると思うかね?」
この期に及んでこいつはっ。絶対、その汚い手で沙南に触れさせはしない。
「高原さんっ、あんたには良心はないのかっ?俺らみたいな高校生に濡れ衣着せて、あんた、それでも刑事かっ!」
「なんとでも言うがいいさ。翔平君、こうなった以上、私も引き返せないんだよ。」
ヤバッ。沙南が危険だ。
翔平は、咄嗟に沙南を抱きかかえて高原から隠した。
ぐっ・・・
ちくしょうっ。やりたい放題しやがって。って、沙南?
それまで震えながら生への胸におさまっていた沙南が、その腕の中から逃れようともがいた。
だめだ、沙南っ。動くなっ。
「翔平っ、はなしてっ。お願いっ、はなしてっ!」
沙南が泣きながら叫んだ。
泣くな、沙南。俺のことなんか心配しなくていい。
「だれかっ、助けてっ!!!」
沙南が俺のために助けを求めて叫んでいる。沙南、俺の事は気にするな。これはシナリオどおりなんだ。それに俺は、自分よりお前の無事が最優先なんだから。
翔平は、いっそう強く沙南を抱きしめた。
突然、ぱあっと、ライトがついて部室の中が明るくなった。不意打ちを食らって高原が驚いている。慌ててあたりを見回していた。
ドアの外から、ザザザっとマイクのノイズみたいな音が聞こえたかと思うと、
『君たちは、私に殴られた後、ほんとに”スイートドロップ”を摂取するんだ。”スイートドロップ”は、なにもアメ状のものだけではないいだよ。粉末を口から摂取したり、注射で入れることもできる。今回は、注射かな。そのほうが薬の効き目が早く現れるからね。大丈夫。とても細い針で、なかなか見つかりにくい場所に打ってあげるから。
ヤク中の高校生と刑事と、さて、世間は、どっちの言い分を信じると思うかね?』
と、さっき高原が言ったことばがスピーカーを通して流れてきた。高原は、かっと目を見開いて声のするほうを見た。
よし。ちゃんと録音できていたんだ。きっと録画も大丈夫なはずだ。これで、俺の濡れ衣は晴らせるよな。
「やっと、しっぽを出しましたね。高原さん。」
ドアのところに浩二が立っていた。浩二の声を聞いて、翔平はホッと一息ついて沙南を抱く手を緩めた。翔平が抱く手を緩めても、沙南はまだ翔平にしがみついたままだった。
沙南・・・ごめん・・・怖い思いさせてしまった・・・
「もう、大丈夫だよ。」
翔平は、沙南を抱きしめると背中をやさしく撫でた。
事件解決のクライマックスまであと少し。ふうっ。次の話から一気に突っ走ります。




