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第26話 猫というものについて考えてみる

「「ごちそうさまでした」」

 二人揃って箸を置き、手を合わせる。

 猫柳が一緒にご飯を食べようと言い出して、しばらくが経った。最初の頃は週に2~3日だったものが、今では週5日にまで増加している。まるで会社員の勤務形態のようだ。だがこれも猫柳がそうしたいと言い出し、武藤がそれに否を唱えず、結果として自然とそうなっていったものだ。

 最近の猫柳は、夕飯を食べ終わるとすぐには帰らず武藤の家に居座るようになった。帰るのは大体23時を過ぎてから。完全に寝るために帰っているようなものだ。

 ならばそれまで何をしているかといえば、武藤の家のソファで、ひたすらゴロゴロしているだけである。

 武藤もあえてそれを拒みはせず、好きなようにさせている。猫柳は、雑誌を読んでいたり、スマホを弄っていたり、たまには携帯ゲーム機を持ち込んで遊んでいたりもする。

 なので、その間は武藤も自由にしている。最近のお気に入りは動物の動画を見ることだ。スマホを片手に動画サイトでひたすら小動物の面白動画を見続けている。割合として猫の動画が多くなってしまうのは、自然な現象なのか、武藤の無意識なのか。

 無言でじっと動画を見ている武藤のスマホを横から覗き込んで、猫柳が少し拗ねた表情で声をかけた。

「また猫動画見てんの?ねえ武藤くん、俺と猫、どっちが好きなんだよ!」

「猫」

「……訊き方間違えたね、俺」

「気づいたか、馬鹿猫」

 くつくつと小さく笑う武藤の膝に、へそを曲げた猫柳がごろりと転がった。

「ちぇ。別にいいもんね。好きなだけ動画見てれば?」

「そういうお前はまたゲームか。最近ずっとそれだな」

「あー……まあね。ちょっと知り合いがハマってて、よく対戦に誘われるから。練習してんの」

「そうか」

「武藤くんはゲームやんないの?」

「ロールプレイングゲームならやるがな。アクションは苦手だ」

「あははは!確かにそれっぽい!!」

「うるさい駄猫」

「あいたっ」

 ゴチンと拳骨が落ちてきて、猫柳が悲鳴を上げる。それにかまわず武藤は再び動画へと目を向けていた。




 ゲームも佳境に入った頃、ふわりと猫柳の髪に触れる手があった。撫でるように何度も髪を梳いてくる掌は、温かく優しい。ふとその手の持ち主に気づいた時、猫柳は思わずゲーム機を取り落とした。だがそんなことはどうでもいい。この手が逃げる前に掴まえなければ。

「ちょ、武藤くん!?」

「……なんだ?」

 武藤はいつの間にか動画を見るのをやめていたようで、今は片手に文庫本を持ち、もう片手で猫柳の髪を撫でていたのだ。

「えっと、あのさ、ひとつ聞いていい?」

「だからなんだと訊いているんだが?」

「武藤くん、弟くんたちにもこんな風に頭撫でてんの?」

「は?」

「弟くんに膝枕をしてあげて、今俺の頭を撫でてたみたいに、撫でてあげるの?って聞いてるの!!」

「質問の意図がよく分からないんだが……」

 少し難しげに眉根を寄せた武藤が、しばらく考えた末に答えた。

「少なくとも、アイツらに膝枕などしてやったことはない。というより、そんなことを言ってくるほど可愛げのある奴らでもない」

「じゃあ、なんで撫でるの!」

「ああ……猫っ毛の手触りが思ったより良くてな……つい。嫌だったらやめる」

「いや!嫌なんかじゃないけど!!やめなくてもいいけど!!」

「……さっきからなんなんだ、お前」

「えっと……じゃあさ、弟くんたちが例えば、お兄ちゃん膝枕して!って言ってきたらどうする?」

「気持ち悪いことを言うな。見ろ、鳥肌が立ったじゃないか。どうしてくれる」

 武藤が憮然とした表情で猫柳に腕を見せつけてきた。ぷつぷつと毛穴が立っているのを見て、思わず猫柳は吹き出す。

「うわ、マジじゃん!そんなに嫌なんだ?」

「嫌だ」

「もし言ってきたら?」

「そうだな……とりあえず絞め落として、静かに寝てもらうかな」

「あっはははは!!」

 武藤が弟の首に腕を回してキュッと絞め上げる様子を想像したのか、猫柳は腹を抱えて笑い続けた。

「はははっ……ひー、もう武藤くん、面白すぎる」

「そんなに面白いことを言ったつもりはないが」

「俺は面白かったんだよ。じゃあ、これは俺にだけ?」

「お前にだけというか……そもそも膝枕してほしがるのはお前しかいないんだが」

「そういえば、最初の頃はよく膝から落とされたり蹴られたりしてたっけ」

「お前がしつこいから諦めたんだ。俺の膝に固執する執着猫が」

「うーん、当たらずとも遠からず!」

 そう笑う猫柳の腹の上に落ちていたゲーム機から、ギャオォォ!とモンスターらしき鳴き声が聞こえて、慌てて拾い上げたが遅かった。倒されたプレイヤーキャラが救護所に運ばれてしまっている。

「あちゃー。負けちゃった。まあ、いっかぁ」

「いいのか?」

「うん。ゲームはもう一回やり直せばいいから。ね、頭撫でてくれるの、気持ちいいからもうちょっとやっててくれない?」

「……まあ、構わないが。俺の手にまで執着するなよ?」

「わかんないよ?俺、執着猫だからね」

 呆れた顔に見下ろされて、寝転んだままの猫柳はにっこりと笑顔を見せた。





 しばらくまたゲームを操作していた猫柳だが、いつの間にか手を止めてうとうとと微睡み始めていた。ご所望の通り髪を撫でていたのが、よほど気持ち良かったらしい。頭皮マッサージをしているわけでもないのに、だ。

 眠りそうなら撫でる手を止めてそっとしてやればいいものを、なぜだか武藤はできずにいた。というより、思考がそっちを向かなかった。そっと髪に手を触れさせて、時々猫っ毛と遊ぶように指先で弄りながら、武藤は文庫本に目を通していた。

 ただ、その文字はひとつも頭に入ってこない。


(……俺は、一体何をしているんだか)


 猫柳が膝に頭を乗せてきては、その度に蹴落としていた時期もあった。しかし今はそれもなく、ただひたすら撫でている。猫っ毛が気持ちいい、それは本当だ。

 だが相手が血の繋がった身内となれば、たとえ弟が猫っ毛であろうが何だろうが首を絞め上げるだろう。


(これを弟にやれと言われたら……確実に無理だな)


 再び鳥肌が立ちそうになって、武藤は慌てて脳内から弟どもの小憎たらしい顔を追い出した。そして本から視線をずらし、猫柳の顔を見下ろす。半分眠りに落ちているのだろう、その表情は武藤から見てずいぶんとだらしなく、また非常に無防備だ。

 出会った当初は、ずいぶんと猫被りがうまい奴だ、という認識だったが、まさかその皮の下がこんなに駄目猫だったとは。しかし武藤にとって、それはどちらかと言えば呆れではなく嬉しい驚きだった。いや呆れてもいる。事実として現在呆れている。

 以前に熱を出した猫柳の看病に行った。その時も武藤はなぜだか放っておけなくて、かいがいしく朝まで看病してしまった。本当は帰るつもりだったのに。


(これはさすがに……友人、と呼ぶには少しおかしいのか……?)


 過去の事例がないので、正しい距離感が分からない。だが、看病の時には気づかなかったものが、今なら分かる。こうやって膝枕を許していて頭まで撫でているこの状況が、少なくとも友人の距離ではないことを。


(だが、俺はこうすることを嫌だとは思っていない)


 身内にすら怖気が立つ行為を、自分は猫柳に許している。むしろ猫っ毛に触れるのは、無意識とはいえ自分の方からしていたことだ。

 文化祭の時、武藤は猫柳の想いに気づいた。それを知った時ですら、嫌悪感は抱かなかった。その後の抱き枕事件は鬱陶しかったが。

 そうなれば、自ずと見えてしまう。自分自身が抱いているもの。


(……俺は……猫柳が好きなのかもしれない……のか)


 ただ、確証はない。まだ、自分の気持ちに自信がない。前例がないというだけではなく、それ以上に武藤は『誰か』に恋心を抱いたことなどなかったのだから。東雲朔夜は違う。好きなのは作家自身ではなく、彼の書く『文章』だ。

 また思考の渦に飲まれそうになっていたところへ、猫柳が唐突に目をカッと開き、勢いよく起き上がると武藤に詰め寄った。

「ねえ!ちょっと!!さっきの『俺と猫』さ、俺じゃなくて動物の猫の方を選んだよね!?」

 その強い圧に武藤は一瞬だけ身を引くが、すぐに何事もなかったようにニヤリと口元を歪めた。



「…………。やっと気づいたのか、馬鹿猫」







次回へ続く!!

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