第十一話「特訓開始」
「…ん…」僕は目を覚ます。
気づけば、ルアが僕に抱きつき、尻尾まで体に巻きつけていた。
「…いつの間に…」
「ん?ああ、目覚めたか」と、円形のテーブルに皿を運んでいる。
「お前が寝た後くらいに目を覚ましてな、そりゃもうぷんぷんだったぞ。」と薄ら笑いを浮かべる。
「嬢ちゃん起こして顔洗ってこい、朝食にするからな。」
眠そうなルアの手を引き、洗面台へ向かう。
顔を洗い終えて戻る頃には、香ばしい匂いが部屋に広がっていた。
(……いい匂い……!)
気づけば、僕は半ば吸い寄せられるように席についていた。
「ふわぁ…コクラ君…フォードさん…おはよう…ございます…」ルアは大きなあくびをしながら、今にもまた眠ってしまいそうな声でそう言った。
耳はへにゃっと垂れ、尻尾も元気がない。
「おはよう、じゃ、食うか。」
「「「いただきます。」」」」
僕は出されたサンドイッチを大きくかじる。
「…!」ふわふわのパン。
香ばしく焼かれたベーコンの塩気。
そこに、とろりとした卵のまろやかさが絡む。
気づけば、頬が緩んでいた。
「がっつきすぎだ、つまらせるなよ。」と言い、フォードは新聞を広げ、読みながらサンドイッチを食べる。
「…コクラ君…食べかすついてるよ…」と言い、ルアが僕の口元を拭いてくれる。
声色的に、まだ寝そうだ。
「…ほ〜ん…魔物の動きが活発に──」と、フォードは新聞に目を走らせながらサンドイッチをかじる。
次の瞬間だった。
「っ…!?」とフォードの目が見開かれ。
「がはっ…! がっ…!」
突然喉に詰まらせ、激しく咳き込みながら水の入ったカップを掴み、勢いよく飲み干した。
「…?」
「…おい…コクラ…お前指名手配されてるぞ…何したんだ…?」と見せられた新聞には、今にも人を食い殺しそうな顔で描かれた僕がいた。
「白髪の怪物、砦を十数分で壊滅、生存者わずか一名…」
「……あ、あれか、1人逃したんだ、気づかなかった。」
「…いや、人殺し云々より、その言い方が怖ぇよ…」
「こ、コクラ君が…?いや、そんなわけない」
「コクラ君から手を出すわけないし…きっとコクラ君に攻撃して、返り討ちにされたんだ。」
「…あっちから攻撃してきたから殺しただけなのに…」
「…はぁ…何はともあれ…これじゃもうそのまま外歩けねぇな。」
「…そもそもお前種族特有の特徴がないから余計にか…」
「…フォードさんだってないじゃないですか」とルアが反論する。
「俺は炎尾族なんだがな。」
フォードは肩を竦めた。
「まぁ、先天的なもんでな。詳しくは話さねぇが…俺には出ねぇんだ。」
「ん?でも、僕は別に出せますよ。」と言うと、僕は意識を研ぎ澄ませる。
あの時のあの感覚、体の中で何かを呼び覚ます。
次の瞬間、腰のあたりが熱を帯びる。
服の隙間から、黒い尻尾がするりと伸びた。
その先端で、小さな炎がゆらりと揺れる。
「…『炎尾』…か」フォードが目を細め、コクラの腰から伸びた尾を見る。
「…あの時の…コクラ君…大丈夫なの?」と、ルアが心配そうに聞いてくる。
「…うん、問題ないよ」
僕は揺れる炎尾を見下ろしながら答える。
「ただ、あの時みたいに、一気に力を使おうとすると…多分また暴れちゃうと思う。」
「だから、無意識に力んじゃう戦闘中とかは…まだ出せないかな。」
「…なんだお前、自分の力が制御できてないのか?」とフォードが聞いてくる。
「…うん。ちょっと前に、死にかけた時もこれが出たんだけど…」
僕は、炎尾の先で揺れる火を見つめる。
「力が流れ込んでくるのと同時に…すごい怒りが流れ込んできて…」
「そこからは、ほとんど覚えてないんだけど…」
「……ルアを、殺しかけちゃって…」
「…コクラ君、それはもう気にしてないよ。」
「…そうか、まぁわかった。」
「とりあえず…仮面でもつけるか。」と言いフォードは自分の荷物をあさっている。
「確か昨日、面白半分で“なんかに使うかも”って買ったやつが…」
「お、あったぞ、ほれ。」と言い、僕にそれを投げ渡す。
それは笑顔のように見える絵が描かれた仮面。
「…なんでこのデザインなの?」
「なんでって…人間笑顔の方がいいだろ?」と笑った。
* * *
仮面をつけ、僕達は外に繰り出した。
「…いいか?これから俺達は光の神の大陸『ルーメン』に行く。」
「?なんで?」
「コクラ、お前は自分が何者か…自分が何の為にいるのか、探してるんだろ?」
「昔の俺も、そんな感じだった。」
「で、俺は旅するうちにそれを知った。」
「だから旅をする。」フォードは軽く手を振る。
「…わかったら、ついてこい。」
「…フォードさんは何者で存在理由はなんだったんですか?」
「そりゃ簡単だな、俺はただのおじさんで、酒を飲んで女を抱く為に産まれてきたんだ。」
「「…」」と僕とルアは無言で顔を見合わせた。
そして次の瞬間、まるで示し合わせたかのように、同じ温度の冷ややかな視線をフォードの背中へ向けた。
「…そうだ、ここから先、俺とお前達は親戚ってことにする、ここから先は検問が激しいからな。」
「…わかった。」
「…」ルアは無言で僕の手首に尻尾を巻きつけ、少し不機嫌そうな顔をするのだった。
* * *
港へ続く大通りに差しかかったところで、空気が変わった。
いつもなら活気に満ちているはずの通りには、妙な緊張が漂っている。
道を塞ぐように鉄柵が並べられ、その前には槍を持った衛兵達が立っていた。
一人一人、顔を確認され、荷物まで調べられている。
壁には大きな紙が貼られていた。
──白い怪物、極めて危険。
そこには、朝に新聞でも見た僕の顔が書いてあった。
その列に並ぶと、フォードは僕の手を握る。
「…いいか?俺たちは旅行してる家族だ。」と、言い聞かせるように言ってくる。
それを聞いた瞬間、ルアの耳がピンと立ち、尻尾がぶわりと広がり、僕の手を握る力が強くなる。
少しずつ列が動き、そのたびにルアの緊張も強くなっていく。
「…ルア、大丈夫だよ。」と言い、僕はルアを引き寄せる。
「…うん…わかってるよ…」と言うルアは相変わらず緊張しているようだが、少し緊張がほぐれたようだ。
そうして──
「次、こちらへ」と声が聞こえ、僕達の番がやってくる。
「手短に済ませてくれ、甥っ子達と旅行中なんだ。」と言いながら自然にフォードはそちらへいく。
僕達はまるでフォードが通った道をなぞるようについていく。
「親戚として旅行ですか、いいですね。」
「…ところで…姪さん…かなり緊張してらっしゃるようですが…」と、軽くその兵士は疑いをかけてくる。
握った手から、どくどくと速くなる脈が伝わってきた。
「気にすんな、ただ兵士さんが怖いだけだ。」
「…」
「甥っ子さんのその仮面…」言いながら、兵士は手元の手配書と、僕の腰から伸びる炎尾を交互に見た。
「……いや、やっぱり大丈夫だ。」
「通れ。」
そうして、検問を通り過ぎた後、僕達はホッと胸を撫で下ろす。
「…やっぱりな。」とフォードは鼻で笑った。
「手配書にゃ、耳も尻尾もねぇって書いてあった。」
「顔より、まず種族特徴を見ると踏んでたんだよ。」そう言うと、フォードは軽く振り返り、べーっと舌を出した。
僕達に向けたものなのか、兵士達に向けたものなのかは、よくわからかった。
* * *
小さな船の上、潮風が吹き、強い日差しが肌を突く。
僕は甲板の端に座り、ぼんやりと海を眺めていた。
「いい天気だな。」
そんな声と共に、フォードがゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「…?」
「ほらよ」と、僕にそれを乱雑に投げ渡す。
「…これは…僕のナイフ?」と言い、鞘からナイフを抜く。
刀身には、妖しく紫の光が揺れていた。以前はナイフにしては長すぎた刀身も、扱いやすい長さまで落とされていた。
握ると、驚くほど手に馴染む。
「整えてもらったんだ。」
「さてと、やるか…海に落ちるなよ。」と言い、船の中央あたりに立つ
「…やるって…何を…?」
「お前が言ったんだろ?戦い方を教えてくれ…ってな…」
「…怪我するよ?」と言いながら、僕はナイフを握り直し、構える。
「やる気満々で言われてもな…」
「まぁ、おじさんを甘く見るのも大概にしとけ。」そうフォードが口を開いた瞬間、空気が変わった。
……重い。
まるで見えない何かに押さえつけられているみたいだった。
* * *
(はぁ〜…おっかねぇ〜…なんだありゃ)と、目の前のガキから出る禍々しいオーラを見ていた。
(力が溢れ出してんのか…?)考えながらも、足にずっしりと重心を乗せる。
次の瞬間、コクラは身体を低くし、地を蹴った。
風を切り、俺に向かってくる。
俺からしたら遅いわけでも早いわけでもない。——なのに、なんだ?
この威圧感は?
ただ突っ込んできてるだけじゃねぇ。
無駄がない。
軸がぶれない。
迷いが、一切ない。
まるで、修羅場をいくつも潜り抜けた戦士の動きだ。
俺は右に少し身を捻り、その刺突を回避する。
そしてそのまま腕を振り下ろし、前腕を背中へ叩き込む。
——わずかコンマ数秒。
コクラに思考する時間なんざ、ない…はずだった。
次の瞬間、そいつの身体が捻れる。
まるで最初からそう動くと決まっていたみたいに。
ナイフの柄が、俺の手首を打ち、衝撃で軌道が逸れた。
それとほぼ同時に、コクラは体勢を立て直していた。
またしても安直な刺突。
だが、なんだ?油断するとやられる、そんな気がする。
別に力が強いわけでも、特別早いわけでもない。
ただ異様な威圧感を纏っている。
刺突を避け、その腹に膝蹴りをぶち込もうとする。
だが、その瞬間。
刺突で宙に浮いていたコクラの足がブレーキをかけるように床に伸びる。
足裏が、一瞬だけ床を捉え、そのまま、床を蹴る。
ふわり、と身体が浮き、俺の膝蹴りは軽々とかわされた
そのままコクラは空中で身を捻り、俺の首目掛けてナイフを横凪に振るう。
(だが…これも単純だ…)と言い、拳に力を入れる。
片足重心で立っている今、無理に避けようとしても無駄だ。
ならば──
俺は振るわれた腕の内側へ拳を差し込み、そのまま手首を掴む。
ナイフが指先から離れ、甲板に乾いた音を立て、深々と突き刺さる。
そのまま身体を捻り、コクラを床へ叩き伏せる。
「…っ…がっ…!」とコクラは声を漏らす。
「どうした?もうここで終──」
その瞬間、背中に、冷たいものが触れた。
いつの間にか、そこに“いた”。
「…コクラ君を離してください、やりすぎですよ。」と言い、その女、ルアが俺の首にナイフを当てる。
「フォードさん、これ以上続けるなら──」
「殺しますよ。」
「…はぁ…あまりにも過保護すぎるだろ…」と言いながら俺は両手を上げ、コクラの上から退く。
「…ルア…別にそこまで気にしなくてもいいのに。」と言いながらコクラは立ち上がる。
「…だってコクラ君が苦しそうだったんだもん…」と、言いながら、コクラにナイフを丁寧に渡す。
今の手合わせでいくつかわかったことがある。
コクラは身体能力そのものが突出しているわけじゃない。
だが動きと対応だけなら、場慣れした戦闘者と遜色はない。
──ただ、ひとつ違和感がある。
まるで人が切り替わるみたいに、瞬間ごとに動きの質が変わる。
そして厄介なのは、その“単純さ”だ。
思考が読める。だから対応はできる。
さっきも武器を奪うのは容易だった。
だが──単純=弱いじゃない。
単純だからこそ、最短の最適解だけで詰めてくる。
そしてルア。
こいつは前にも感じたが、異常だ。
正確には、“自然に気配が消える異常さ”だ。
そこにいるのに、いない。
視界に入っているのに、認識が遅れる。
残るのは殺気だけ。
まるで研ぎ上げた刃そのものだ。
少なくとも俺からすれば──
いつ喉を掻き切られてもおかしくない相手だな。
……ったく、どっちも化け物じゃねぇか。
「…ほら、何やってんだ、早くこっちこい。」
「まだ特訓は終わらないぞ、単純な動きを直してやる。」と言い、向き直る。
「…よろしくお願いします。」と、コクラも俺の方を向き、構える。
そうして、島に到着するまで特訓は続いたのだった。




