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記憶を失くした転生王女は竜騎士陛下に溺愛される  作者: 五条葵
本編

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19/23

19 再びの求婚

 そこから先は想像以上に早く進んだ。


『魔力あたり』自体はメジャーな事象らしいが、それが記憶喪失を引き起こすことは稀らしく、帝国のお医者様は珍しい症例を診よう、と大慌てで王国に来て下さった。


 治療が進むと、最初はモヤがかかったように頭の中に断片的な記憶が現れ始める。それはやがてはっきりとした記憶の欠片となって、今の私の記憶と結合し始めた。






 私は、虐げられた王女だった。離れとは名ばかりのボロ屋に隔離され、適当に選定された使用人達は禄に仕事をしない。


 その日、2日続けて食事を用意してもらえなかった私は、いつものように護衛の目を盗んで、城の裏庭から続く深い森に分け入った。


 たとえ私が消えたところで、そもそも父上は気に留めないし、むしろ不慮の事故でも起これば喜ぶだろう。

 それを知っている私は、危険も顧みず、森を天然の食料庫としていた。


 その日の私が狙っていたのは野ウサギ。でもその日見つけたのはなんだか足元が危うくて、フラフラとした変わったウサギだった。

 食べる気満々なはずなのに、少しばかり心配になった私は、そのウサギを追いかけて森の奥へ進む。

 帰りの目印となるよう持ってきたリボン切れを、あちこちの木へ引っ掛けることは忘れなかった。


 やがてウサギがたどり着いたのは、我が離れよりさらにボロボロな小さな小屋。

 ウサギがそこへ入っていったのを見た私は、そっと小さな窓から中を覗き込む。


 すると、そこにはあのウサギと同じように酩酊したようなウサギが檻に入れられ、その周りには宝石のようなものを持った男達が囲んでいた。


「ようやく成果が出始めたな。……まだ所詮ウサギが数匹だが……」

「ですが閣下。これは大きな功績です。魔ウサギはまず人間の言う事など聞きませんから……それがほら、『火を吐け!』」


 ローブを羽織った魔術師風の男が、檻からウサギを抱え上げ、そう命じると、ウサギは言われるがままに小さな火の玉を吐いた。


「馬鹿者! 室内でする奴があるか。――だが上出来だ。ウサギ程度では戦力にはならんが、これが竜、いやせめて狼なら……誰だ?」


 と、そこで気配に気づいたらしい男が窓の方を見やる。大慌てでその場に伏せた私は、そっとそのまま地面を張って小屋から離れ、城へと駆け戻った。






「以上が私がその時見たものです」

「なるほど、では王女殿下。その時あなたが見た小屋とはこれで間違いありませんか」


 議長が荒れた小屋の中を描いた、精巧な絵を私に見せる。ただの絵ではない。魔法を用いて、その魔法を使った人の視界を切り取った写真の様なものだ。


「はい。間違いありません」


 私の答えに議長は1つ頷く。そしてざわめく議場を

 鋭い眼差しで黙らせた。


「ではもう一つ質問を。あなたがそこで見た人物とは、ここにいるレイディアル卿に相違ありませんか?」

「はい。間違いありません」


 私がそう言うと、今度こそ議場は嵐のようなざわめき、混沌に包まれる。


 そんな荒れる議場に少し視線をやりつつ、私はゆっくりとそこを後にした。






 王政の国において、王族の証言というものは相当に重い意味を持つようだ。

 それに加えて、ハインツ様は私の記憶を頼りに、森の奥深くに隠されていた実験施設の場所を突き止めた。

 これには穏健派とされる、ティエアル王太子の力も大きかったらしい。


 好奇心のあまり禁忌の研究に手を染め、そして、逃げ出せなくなったらしい研究者達。

 彼らは命の保証と引き換えにあっさりこちら側についた。


 これで、証言者の数は格段に増えた。


 そうして、私がレイディアル伯爵の罪について証言した数日後。ルメイン王国議会はレイディアル伯爵以下数名を、爵位剥奪、財産没収の上での辺境での蟄居処分とした。


 禁忌魔法の研究に関わった罪だ。

 空席となった宰相の席には当面、経験豊富なヴァルディモア公爵が就くことになった。

 これで、ハインツ様もかなり政務がしやすくなるだろう。


 同じ頃。隣のティエアル王国では、王太子に禁忌魔法研究の罪を突きつけられた国王が退位する。


 もちろん、これらの動きの裏に帝国の存在があることは言うまでもなかった。






「見てください、ハインツ様! もう芽が出始めてますっ!」

「随分暖かくなりましたからね。それよりエマさん。まだ雪は残ってますから走らないで……滑りでもしたら王女の威厳も何もありませんよ?」

「わ……分かってます。……久しぶりに外に出たので嬉しくて……」


 それからさらに数日後。私は妃教育と結婚式の準備の合間を縫って、ハインツ様とピクニックに来ていた。


 ピクニックといっても、お茶とちょっとしたお茶菓子を持って、まだ雪の残る竜騎士演習場へやってきたに過ぎない。

 けれども……それでも、久しぶりの外出に私はウキウキとしていた。


 記憶を取り戻す治療を本格的に始めて以来、私は城の私室にほぼ軟禁状態となっていた。


 予想通り、宰相一派からはあからさまな脅しがかけられたし、怪しい動きも1つ2つではなかったらしい。


 護衛達をむやみに危険をさらさないためにも、状況が落ち着くまで、私は出来るだけ身動きを取らないことを求められた。


 もちろんそうなることは承知だった私だけど、記憶の中の(現世)の王女がかなりのアウトドア派だったこともあり、想定外に軟禁生活は辛く感じた。


 心の中で自分ではない誰かが、「外を駆け回りたい!」と叫んでいるのだ。


 だけど、そんな日々もようやく終わりだ。ちょうど王国には少しずつ春の兆しが見え始めていて、一緒に来てくれた魔竜のコニーさんの足取りもなんだかはずんでいるようだった。


「コニーさんもやっぱり暖かい方が嬉しいんですよね?」

「クリュッ!」


 そっと背中の鱗をなでれば、コニーさんは嬉しそうに鳴き声を上げてくれる。


 結婚式が終われば、また遠乗りへ行こうか。そんな話をハインツ様としていると、不意に大きな影が差し、「クリュリューッ」という鳴き声が振ってくる。


「何事か?」


 と思って空を見上げると、ちょうど私の真上をコニーさんより一回り小さい赤い竜が飛んでいた。


 やがて赤い竜は私から少し離れた場所に降り立つ。

 竜を労うようにして降りて来たのは、ミリセントさん。アルジェ侯爵令嬢だった。


「お久しゅうございます、王女殿下」

「こちらこそ、お元気そうで何よりですわ、アルジェ侯爵令嬢」


 マントを翻して、男性のそれに似た礼を取ったミリセントさんに、私はドレスを大きく広げる礼をする。


 そういえば、ミリセントさんは竜騎士としての資格も持っているそうだ。諜報員として国内外で活動するには都合が良いらしい。


 彼女が纏うのは、以前私が着た騎竜服とも違う、騎士団の制服に似た騎竜服。

 その姿は女性の私でもドキッとするほど格好良かった。


 そして、その傍に翼を畳んで寄り添っているのは、彼女の愛竜だという赤い竜。メスの竜で、名前はイリーというそうだ。


「イリーさん。初めまして、エマですわ。よろしくお願いします」

「グリューッ!」


 さすがに触れたりはしないものの、イリーさんにもご挨拶を、と彼女に近寄った私。

 しかし、返ってきたのは明らかに不機嫌そうな鳴き声だった。


「あらあら……イリーはね、若い殿方が好きで、反対に私以外の若い女性を見ると威嚇するの。私だって、いうこと聞いてもらえるまでは苦労したのよ。陛下もですよね?」

「私の場合は、コニーに出会ってから、背中に載せてもらうまで1年かかりましたね」

「クリュッ」


 苦笑いのハインツ様に対し、コニーさんは「当然!」とでも言いたげに、短く鳴き声を上げる。


 今は相当な信頼関係で結ばれている風の二組の言葉に、私は目を丸くした。


「陛下でもそんなに……」

「魔物というのはそうそう心を開いてくれるものではないのですよ」

「そういうこと」


 そう言って、それぞれの魔竜と視線を交わすハインツ様とミリセントさん。

 そんな2人と2匹を私はほんのちょっとだけ、羨ましい気持ちで見ていた。






「さて、そろそろ陽も沈みますし、私はこの辺で戻りますわね。ご一緒出来て楽しかったですわ」

「はい、ミリセントさん! 私もとっても楽しかったです」


 春が近づいている、とはいえ王国の夕暮れはまだまだ早い。お茶の時間に合わせて中庭にやってきたのに、ほんの数時間もしないうちに、もう西の空は少し赤みがかってきている。


 魔竜の夜間飛行は特別な許可が必要、ということでミリセントさんは、陽が落ちる前にイリーさんと共に侯爵家の方へ飛び去った。


「我々の家はすぐそこですから、もう少しここにいれますよ」

「ま、まだ、何も申し上げておりませんわ! ……でも、でしたらもう少しだけ……」


 せっかくだし、もう少しだけ、出来れば陽が沈むのを見届けたい、と思っていた私の心はしっかりハインツ様に読まれていたらしい。


 私は、少しばかり恥ずかしくなりつつ、そのご提案にありがたく乗ることにした。


 少しばかりひんやりしてきた風を感じつつ、ハインツ様と少しだけ雪の残る原っぱを歩く。

 ノシッ、ザクッというコニーさんの足音を心地よく聞いていると、いつの間にか、演習場を外れて、小高い丘の上にやってきていた。


「ここは……?」

「古い竜騎士の演習場です。お城がよく見えるのでたまに、こうしてコニーと散歩にきていたのです」


 確かに、広い原っぱを挟んだ向こうには青い屋根のお城がよく見える。夕暮れのオレンジ色の太陽に照らされたお城と、その向こうに広がる王都の景色はすごく綺麗だった。


「エマさん。ここにあなたをお連れしたのは……あなたに伝えたいことがあったからです。逃げ場のない状況でお伝えするのはずるいと承知はしておりますが……」

「……ハインツ……様?」


 絵画のような景色に見惚れていると、不意に頬にそっと手を添えられ、ハインツ様の方を向かされる。

 気づけばコニーさんは、私達に遠慮するように少し離れた場所へ移動していた。


 どうしたのだろう……と思っていると、今度は左手をそっと取られる。気づくとハインツ様は長いマントを風になびかせながら私の前に跪いていた。


「以前お話した通り、あなたとの婚約は元々完全に政略的なものでした。ただ……今は違います」

「……」


 そっとハインツ様に手を取られ、青い瞳で一直線に見つめられて、私は頬を夕陽みたいに染める。


「あなたの記憶があってもなくても、たとえあなたが王女でなかったとしても、私はあなたを愛しています。あらためて申し上げます……私と結婚してください」

「フフフッ……以前求婚いただいた時は、いかにも事務的なお言葉でしたのものね?」


 記憶を思い出した私には、ティエアルでハインツ様に求婚された記憶も戻っている。


 あの時のハインツ様の求婚は、確かに結婚というより契約を求めるような事務的なものだった……それでも充分心は高鳴ったけど、今の鼓動の早さは段違いだ。


 私は、ゆっくりとドレスの裾を広げ、その場で大きく膝を折る礼をとる。この国に来てから覚えた王女様としての礼だ。


 そして、私は万感の思いを込めて口を開いた。


「ハインツ様。謹んで求婚をお受けいたします。私も心からあなたのことをお慕い申し上げております」

「エマさんっ!」


 ゆっくりとそう告げれば、感極まったようにハインツ様に抱きしめられ、抱き上げられてクルクルとハインツ様がその場で回る。


 やがて、私を下ろして下さったハインツ様だけど、私を抱きしめることはやめなかった。

 気恥ずかしさを訴えれば、ハインツ様は


「誰も見てませんよ?」


 と耳元に囁き、さらに抱きしめる力を強くする。

 私はボンッと音を立てて、顔を真赤にした。


「ハインツ様? ……なんだか私、夢を見ているみたいです……」

「おや、それはいけませんね。ここが現実だと教えてあげましょうか?」


 ハインツ様の言葉に私が、「どうするのだろう?」と思いつつ、頷くと彼の大きな手が顎をつまむ。


 彼の意図が分かり、プシューと頭から湯気が出そうになるけど、それでももう一度しっかり頷けば、騎士服のマントで隠されるようにして、優しい口づけが1つ、唇に落とされたのだった。

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