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隠蔽物調査隊 殺月魔姫の記録ノート  作者: 龍々
記録2:海より出づるは
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第10話:中継基地

 三瀬川さんの口から語られた海底人という言葉はあまりにもそのままといったものだった。海の底に居たのだから海底人としか言いようがない。恐らく自分でなくとも彼女の発言には納得しかしないだろう。


「賽、今のところ現代の研究だと海底人が居るっていう証拠も根拠も出てない。私と魔姫が行ったあの場所は確かに海底っぽかった。だけど、あそこが本当に海底だっていう根拠も無い」


 黄泉川さんの発言はあまりにも正論であり、三瀬川さんの発言を信じていないようにも取れるものだった。しかしその声色は非常に落ち着いたもので、相棒である彼女を責めているというよりも、彼女がその考えに至った理由を探ろうとしているようだった。


「賽……あれが海底人だっていう根拠はある?」

「……まず、あの子の混線してた記憶の中ではっきり見えた景色がいくつかあったの。その中に、多分二人が見たのと同じ景色があったんだ」


 三瀬川さんによると彼女が見ることが出来た記憶の中にはガラス張りの建物を内部から見たものがあり、外の景色はまさに海底としか表現出来ないものだったのだという。


「ほうな建物たてもんあったんですか?」

「アタシは見た記憶無いけど……」

「悪いけど私も見てない。少なくとも私にはどの建物もガラス張りって感じではなかった」


 実際に自分の記憶の中にもそんな建物を見た覚えは無い。もしかすると発見していないだけでどこかにあったのかもしれないが。


「それで賽、他にも何か根拠があるの?」

「うん。宇宙人みたいな見た目の人以外にも……普通の人間みたいな人の姿もあったんだよ」


 どうやらあの八重事代と呼ばれている人物の記憶の中には、普通の人間のような風貌の人物も映っていたのだという。そしてそれらの人物は皆、奇妙なカプセルのような物の中に入れられており、その中から一人が連れ出される光景も見えたらしい。


「ぼんやりした記憶だったけど、多分男の人だったと思う。宇宙人みたいな人に何か……検査をされてた。ほら、ライトとかで目を照らすやつとか」

「……海底人って根拠としては弱い気もするけど、他には何か見えた?」

「見えたというより聞こえたって感じなんだけど……あの子、聞いてたみたいなの」

「何がです?」

「あの人達が地上の調査を命じてる声を……」


 三瀬川さんによると海底人達の言語はどれも聞きなれない言葉だったらしいのだが、何故かその記憶の中では彼らが何を言っているのかが薄っすらと理解出来たようだ。それによると彼らは地上の調査をさせることで、人間の生態や社会情勢を理解し、その地位を乗っ取るつもりだという。


「あの……ちょっといいですか。つまり海底人は、アタシ達の代わりに地上で暮らそうとしてるってことですか?」

「多分そういうことなんだと思う……」

「……あいつらの細かい目的は分からないけど、なんとなくあの書き込みの真相は見えてきたかもね」


 黄泉川さんの推測では、あの書き込み内に登場している徳井という人物は海底人が作った人造人間のようなものの可能性があるそうだ。徳井は偵察用の存在だったものの、偶発的に起こった事件によって命を落としてしまい、それにより自分達の目論見がバレることを恐れた海底人達が回収に来た。それを書き込み主である北条が目撃したという流れだ。


「あれ? ほいじゃったらおかしゅうないです? その徳井さんっちゅう人の遺体は回収されとらんかったんですよね?」

「あ、確かにそれだと私達人間が普通に回収して葬儀があったってことになるね」

「……いや、送り込まれてたのが徳井一人とは限らない。徳井の家族、警察、葬儀屋、そういう人達の中にも偵察隊が混ざってた可能性は高い」

「ありえない話ではなさそうですね……」


 もしも海底人が作った人造人間がぱっと見で区別が出来ない程に精巧なのであれば、他にも紛れ込んでいてもおかしくない。木を隠すなら森とはよく言うが、人造人間を隠すのなら、やはり人の集団や組織の中だろう。


「ただ、これだけだとまだ分からない部分もある」

「緑色の子供、だね」

「ん。回収のために海底人が来るのは分かる。だけど何故緑色の子供がそこに居たのかが分からない」


 書き込みによると緑色の子供は海岸側から夜道を走ってきたのだという。自分達があの場所で見たものと同種のものだとしても、その行動の理由が見えてこない。そもそも何故彼らだけが緑色をしており、海底人達とは似ても似つかない容姿なのだろうか。


「徳井が死んだのは海底人にとっても想定外だった。あの事件が事実だとするなら、あの日は海底人達にとっても予想外の事が起きた日のはず……」

「……ねぇ簸子ちゃん。少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「何ですか?」

「簸子ちゃんが作ったポータル……あれって他の場所でも同じ場所に繋げるように作れるのかな?」


 葦舟は首を横に振る。


「そういうんはちょっと難しいですね。ああいうんって、場所とか環境に左右されるんで」

「じゃあもしもあのポータルの先に居た海底人がこっちに来るなら、絶対にあの須磨海岸のポータルじゃないといけないんだね?」

「ウチがやったみたいな抜け道はありますけど、多分他の人には出来んと思います。じゃけぇ、お姉さんの言う通りあそこを通らんとこっちには基本来れませんね」


 三瀬川さんは何か考え込み始めた。


「……もしかすると緑色の子供は人造人間の幼体?」

「どういう意味?」

「いや……ぼやけた記憶だったけど、カプセルの中には小さい人影もあった気がするんだよね。だからもしかして、人造人間は小さい頃は体が緑色なんじゃないかって……」


 黄泉川さんがスマホを取り出し、何かを調べながら喋る。


「ハイブリッド生物……」

「縁ちゃん?」

「まだ研究段階で、どこぞの学者が勝手に付けた言い方だけど、世の中には植物と動物の性質を併せ持った生物がいるでしょ?」


 そう言いながら黄泉川さんが見せてきたスマホの画面にはミドリムシの画像が映っていた。


「ミドリムシは植物にはあるはずの細胞壁が無い。鞭毛で動物みたいに動く癖に葉緑体で光合成する。学校で習わなかった?」


 もちろん理科の授業で習ったのを覚えている。元々生物学にあまり興味の無かった自分には引っかからなかったが、改めて言われてみればかなり奇妙な生物と言えるかもしれない。


「ウチもそれやった記憶ありますよ!」

「もしかして、あの子供も?」

「あくまで可能性の話だけど、現実の科学が不可能じゃないことを立証してる。細胞に葉緑体を持った人造人間を作ることは可能なのかもしれないって話だよ。科学かオカルト学どっちを使うのかは知らないけど」


 黄泉川さんの発言を聞いたことで自分の中にある説が浮かび上がる。


「もしかしてコストを抑えるため……」

「どうしたんですかお姉さん?」

「いや……もしあそこが海底なら、人造人間って言っても育てるのは大変なんじゃないの? でも光合成なら……」

「そっか。魔姫ちゃんの考えが正しいなら、光合成だけで育つことが海底でも出来るね」


 しかし葦舟は納得いかない様子で唸った。


「ん~……でも海ん中ってそうに光届くんですかねぇ……?」

「何が言いたいの?」

「いや~だって深海ちゅうたら真っ暗じゃないですか。光なんて届かんのじゃないかって……」

「いいえ。ちゃんと届く」


 またしても黄泉川さんがスマホをこちらに向ける。


「少なくとも1000mまでは太陽光が届くとされてる」

「あれっ、ほうなんですか?」

「だって葦舟」

「ほいじゃあお姉さんの考えが正しいですね!」

「別にそうとは限らないでしょ……納得早すぎ」


 自分達のそんなやり取りを聞いていた三瀬川さんが声を上げる。


「それだよ!」

「え?」

「その子達が光合成をするなら当日の行動も納得がいく!」


 三瀬川さんの考えでは、その事件が起こった当日、幼体達が脱走してポータルを使ってこちら側に逃げ出した可能性があるそうだ。彼らはより強い光を求めてこちら側に現れ、それを北条達が目撃した。そんな幼体を連れ戻すために追ってきた海底人達も現れ、そこで偶然徳井が死亡したことを認識したのではないかという。


「ん。辻褄は合うかな」

「確かにそれなりの説明はつきますけど……海の家もどうとかって話でしたよね?」

「そこは今のところ分からないんだけど、考えられるのは監視用の中継基地かな。須磨海岸がポータルになるなら、その周囲の状況はいつでも把握しておきたい筈だし」


 海底人達の目的が人間に取って代わる事なのであれば、そういった基地を用意していてもおかしくはないかもしれない。しかし、どうにも引っかかってしまう。本当にあれだけなのだろうか。もし自分が同じ立場であれば、少なくとも予備の基地をもう一つは作る。本気で侵略を考えているのならそれくらいはするのではないだろうか。

 そこまで考えたところで、最悪の発想が浮かび上がってしまう。顔は先程退室したあの研究室へ自然と向いていた。


「お姉さん?」

「どうしたの魔姫ちゃん?」

「あの人……八重事代でしたっけ? あの人ってどこで発見されたんでしたっけ……?」

「ん……菖蒲から聞いた話だけど鹿児島の林かどこかのポータルの先だった筈」


 ついさっき、彼女は『失敗作は捨てられた』と言っていた。彼女の他にもいくつか似た存在が居たことも示唆していた記憶がある。だが、本当に彼女は失敗作なのだろうか。もしも失敗作なら完全に機能を停止させる方が簡単な筈である。それを地上のそんな場所にわざわざ捨てたのは偶然と言っていいのだろうか。彼女の頭の中で発生している時空間以上は、単に脳をくっつけるためだけのものなのだろうか。


「……黄泉川さん」

「?」

「あの人、本当に捨てられただけなんでしょう――」


 直後、金属がひしゃげるような音が響き、研究室の扉が室内に吸い込まれるようにして吹き飛んだ。あまりの事態に自分達は一斉にそちらを向き、慌てて室内へと駆け込んだ。

 そこには、床に座り込んだ姿勢のまま大きく上半身をのけぞらせた状態の八重事代の姿があった。彼女の頭部付近の空間はまるでトリックアートのようにぐにゃりと歪んでいる。これが時空間異常だというのは素人の自分ですらも理解出来た。


「なな、何が起きとるんですかっ!?」

「……まずい」


 先程まで室内に居た筈の研究員の姿はどこにも無く、滅茶苦茶になり機器の破損で小さな火災まで起こっている室内では警告音のようなものが鳴り響いている。黄泉川さんは室内にある何らかの装置を弄ったものの状況は何も変わらない。

 周囲にあるものが少しずつ歪みの方へと引き寄せられ始める。


「制御装置でも抑えが利かなくなってる……!」

「縁ちゃんこれって……!」

「……あの子の中の時空間異常が大きく乱れてる。多分ここに居たのは全員、あそこに飲み込まれた」


 黄泉川さんによると目の前の時空間異常は周囲のものを吸い込むブラックホールのような存在になっているのだという。正確にはブラックホールとは違うようだが、先程扉を破壊したのはその時に発生した異常な引力によるものらしい。今は一旦落ち着いているが、少しずつ周囲のものが動いている事から、やがて先程と同レベルの引力が発生する可能性が高いという。


「三瀬川さんっ……逃げた方がいいんじゃ……!」

「……でも、それだとあの子が!」

「……いや、多分だけど引力はどんどん大きくなる。今度は下手すればこの本部ごと吸い込まれるかもしれない……!」


 そんな会話をしている内に立っていることも困難になり、周囲の機器などに掴まらなければ危険な状態にまでなってしまった。引力が強くなるペースはかなり早いのだろう。

 そしてそんな状況の中で、歪みの奥から一本の手がにゅうっと伸びてきた。その形、色には見覚えがあった。


「黄泉川さんあれ!」

「……そういう、ことか」


 間違いなくその腕は、あの海底で見た海底人達のものだった。そしてその事実は自分が思い浮かべていた最悪のパターンそのものだった。


「中継基地は一つじゃなかった……」

「ど、どういうこと?」

「おかしいと思ったんです……! 須磨海岸からしか出られないのに人間を調査するなんて、あまりにも無茶じゃないですか……ましてや取って代わるなんて……!」

「私達みたいな人間に特定されるリスクがある……実際、北条は偶然とはいえそれをリークしてた訳だしね」


 もしも海の家が中継基地だとバレれば、徳井が偵察用の人造人間だとバレれば、全てがダメになってしまう計画だ。もしものために第二の策を練っていてもおかしくない。中継基地と情報提供を同時に行える駒があれば、彼らにとってはありがたいはずだ。


「ど、どういうことなんですか!? ウチよう分からんですよぉ!?」

「簡単な話でしょ……! その人は失敗作だから捨てられたんじゃない! 拾わせるために捨てられたのよ!」

「まさか……縁ちゃん……!」

「ん……鹿児島で発見された『巨頭オ』の看板……JSCCOに最初に情報を流したやつ……多分そいつはあいつらの手下だよ……」


 つまり姉ちゃんとあいつが発見してここまで連れて来ることは、最初から海底人の計画の内に入っていたということだ。須磨海岸なんて場所からではなく、都市のど真ん中にいきなり移動することが出来るポータルを彼らは人間の手を利用して運ばせたのだ。そして必要な情報を集めさせるためにしばらくは泳がせていたのだろう。八重事代が言っていた『アクセス権限削除』という言葉。もう彼女は用済みということなのかもしれない。


「葦舟っ! アンタの呪術なりなんなりでどうにかして!」

「む、無茶言わんとってください! こうな状況じゃったら道具もええがに置けませんって!」


 歪みの奥からはいくつもの腕が伸び始めている。ここを最初の襲撃地点にするつもりなのだろう。


「黄泉川さん! 時空間異常はどうやったら止まるんですか!?」

「……基本的に時空間異常は現象だから専用の機器じゃないと止まらない」

「どれ、ですか……?」

「さっき私が触ってたやつ……」


 恐らくあの機器を使って単体でこの状況を抑え込むことは既に不可能なのだろう。だが現象には必ず発生地点がある筈だ。もしもその発生地点が完全に消滅すれば、時空間異常を形作る要素も無くなる筈だろう。

 目を閉じ、呼吸を浅くしながら掴まっていた機器から手を放す。


「!? 魔姫! どこに!?」

「魔姫ちゃん!?」


 なるべく呼吸を乱さないようにしながら壁伝いに歩き、件の機器へと辿り着くと、恐らく磁場の調整をするのに使うのであろうアーム部分を掴んで床を軽く蹴る。すると引力によって自分の体は勢いよく歪みへと引っ張られ、掴んでいたアームも強い力が働いた影響でかついには破損した。


「アーーンミョーーージーーーー……」


 歪みの向こうから未知の言語と共に宇宙人のような海底人の顔が姿を見せる。

 不気味な顔を一瞥し、アタシは引力に引っ張られる勢いを使い、アームを八重事代の頭部へ思い切り叩きつけた。

 バギョッ、と嫌な音が小さく響く。それを合図にするように歪みは小さくなっていき、最後には逃げ遅れた海底人の腕が空間に切断され、ぼとりと床の上に転げ落ちた。


「止まった……?」

「そ、それもですけどお姉さんは!?」

「魔姫ちゃーん! 魔姫ちゃーん!?」


 三人が必死に見えなくなったこちらを探す中、床に落ちた腕を拾いまだ燃えている炎の中へと投げ込んだ。しかしさすがに激しく動いた後な上に室内の酸素が薄くなっていたからか、そこで呼吸も限界が来てしまった。


「あっ! お姉さん!」

「ま、魔姫ちゃん大丈夫!?」

「……警報は他の職員にも聞こえてる筈。まずは避難が優先」


 そうしてアタシは黄泉川さん先導の下、無事に研究エリアから脱出することが出来た。やがて騒ぎを聞きつけた他の職員達が消火器を持ってあの部屋へと向かっていった。


「皆、怪我は無い?」

「私は平気」

「ウチも大丈夫です」

「アタシもなんとも」


 三瀬川さんはほっと胸を撫で下ろしたものの、すぐに悲しそうな顔で来た道を振り返った。


「まさかあの子が……」

「……海底人は最初から先手を打ってた。どんなに調べてもあの子の素性が分からなかったのもそれが理由ってことかもね」

「あの……どうするんですか? この事、報告するんです?」

「ん……一応する予定。ただ表沙汰にはならないと思う」

「公表したらきっとパニックになっちゃうだろうしね……」


 彼女達の言う通り、もしもこの事が公表されれば人造人間だと疑わしい人間を探そうとする動きが起こるだろう。そうなれば誰が怪しい怪しくないの話になり、待っているのは魔女狩りだ。それだけでなく全国にあるというポータルにも不信感を持つ人は増えるかもしれない。そうなればポータルを消滅させようとした者達によって更なる事件が起こる可能性も考えられる。公表しないのが一番穏便に済むだろう。


「ごめん二人共、ちょっと私達上の人達に説明してくるから、先に事務所に戻っててもらっていいかな」

「これ、鍵」

「あ、はい」

「また後でね」


 そうして二人と別れた自分と葦舟はJSCCO本部から出ると事務所へと歩き始めた。そんな中、葦舟がふと話しかけてきた。


「あの、お姉さん」

「何?」

「あの人……八重事代さんでしたっけ。あの人、ホンマに人造人間っちゅうやつなんですかね?」

「三瀬川さんはそう見えたって言ってたでしょ。知らないけどあの人、嘘通用しないって話だし、あの人が言うなら事実なんでしょ」


 葦舟は珍しく落ち込んだような真面目な顔をしていた。


「……何よ」

「なんか、変な感じなんです」

「何が」

「あん人は間違いのう目の前にりました。ウチの目の前に」

「ええ」

「でも、どこの誰でもなかったんですよ?」

「そりゃ作られたって話だし、そうでしょうよ」

「ほいじゃあ、ウチも……ウチもほうなんですかね?」


 答えられなかった。この葦舟簸子という人間がかなり特殊な存在だというのは初対面の時に本人から聞いた。彼女は戸籍上は葦舟簸子だが、自我は日奉千草だというのだ。しかし自分の知っている日奉千草はもうとっくに死亡している。数年前に起きたあの『大禍』によって。


「お姉さん、ウチは……ウチは何なんじゃろうか……?」

「うざい」

「……え?」

「ごちゃごちゃ考えてるのうざい。アンタ、自分で言ってたでしょ。日奉千草だって」

「ほ、ほうじゃけど、でもウチ以外にも日奉千草は居ったんよ? 昔、島でうて……」

「ああもうしつこい!」


 少しビクッと動いた葦舟を見て語気を弱める。


「……アンタは葦舟簸子だよ。少なくともアタシにとっては」

「……」

「だから……その、あれこれ変なこと考えるのやめなさいよ。どうせアンタのそれってかなりめんどくさい事になってるんでしょ。だったら葦舟簸子って名乗った方が楽じゃないの」

「……」


 葦舟は何故か顔を下げ、自身の両手を見つめると再びこちらにいつものように顔を上げた。


「ほうじゃね! ウチ、そっちの方が長かったけぇ、そっちの方がええかも!」

「……あっそ」


 葦舟の足取りが気のせいか軽やかになる。


「あ、でもウチ的には千草お姉さんの名前も大事にしたいんよね~……」

「しつっこいなぁ! じゃあもう好きにしなさいよ!」


 遠くから火災を消しに来た消防車のサイレンが近づいて来ていた。

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