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隠蔽物調査隊 殺月魔姫の記録ノート  作者: 龍々
記録3:バーチャルさんが見てる
11/12

第11話:ハロー・ニューワールド

 須磨海岸事件から数日後、三瀬川さんからその後の経過が電話越しに語られた。八重事代は頭蓋骨を骨折したものの、命に別状は無かったようであの後入院することになったらしい。咄嗟の事態とはいえあんな事をしてしまったため不安だったが、最悪の事態だけは避けられたようでそれを聞いてほっと胸を撫で下した。更に状況が状況だったため、自分のあの時の行動は正当防衛として対応してもらえたそうだ。

 ちなみに八重事代の脳内にあった時空間異常は怪我の影響でか少し弱まったようだ。既にポータルとしての機能は完全に失われており、その事から八重事代の脳が完全に無事な状況であることで初めて時空間異常を安定化させられたのだろうと考えられているらしい。海底人は社会情勢をある程度理解しており、彼女の体が必要以上に検査や手術などで傷つけられる事はないと想定して彼女を発見させたのではないかと三瀬川さんは憶測を立てていた。


「それと魔姫ちゃん達が言ってた霞ヶ関のやつだけど……」

「何か分かりましたか?」

「それが全然で……JSCCOでも容疑者が絞れてないみたいなの」


 JSCCOもあの事件を調査するために複数の調査員達を動かしているようだが、結局誰があんな事をしたのかはまだ分かっていないらしい。当然あの時に目撃した屋上の不審人物もまだ特定されていないという。

 一通り必要な事を聞くと通話を終え、登校しながら葦舟へとメールを送った。自分達が通っている学校は違うため、一緒に行動していない時はこうしてメールなどで連絡を取るようにしている。


「……」


 高校へと到着した自分はガラッと教室の扉を開き中へと入る。誰もこちらに挨拶をしてくることはなく、皆それぞれ仲良くなった生徒同士で他愛のない会話を続けていた。入学初日に休んだことでまともに自己紹介が出来ず、二日目には色々と聞かれたがあまり上手く答えることは出来なかったこともあってか、こちらへの興味関心が薄いということなのだろう。自分も積極的に人とつるむのが好きな訳ではないので別にそれで構わないが。

 そんな中で鞄から机に教科書などを移し、椅子に座ってSNSをチェックする。


「ふっ……」


 通知欄には『いいね』などをされたという旨の通知が複数来ていた。中学の時から始めたイラストの勉強の甲斐もあってか、自分にはそれなりにネット上で評価してもらえるような技術がある。と言っても、別に神絵師と呼ばれるようなレベルでもなければ、仕事としてイラストを頼まれるようなことは無い。SNS上ではただのちょっと絵が描ける人程度だ。しかし好きな事をして、少しの承認欲求を満たすのには丁度良かった。


「あ、あのっ! 昨日のおいぬさまチャンネル見てた!?」


 そうしてSNSを見ているとクラスメイトの一人が他のクラスメイトに話しかけている声が聞こえてきた。

彼女の話している『おいぬさま』というのは、いわゆるVtuberの一人だ。数年前からネット上に姿を現した人物で、犬耳を生やした少女という創作ではこすられすぎて最早り切れていそうなデザインをしている。自分もあまり詳しい訳ではないが、たまにSNSなどでイラストなどが流れてくるため見た目だけは知っている存在である。


「さ、殺月さつきさん!」

「っ……!」


 ぼんやりとスマホを見ていたこともあって、いきなりこちらに声を掛けられたことでビクリと心臓が跳ねる。

 声を掛けてきたのはクラスメイトの一人であり、ついさっき喋っていた人物だった。


「あ、え……何、アタシ?」

「うん。殺月さん、おいぬさまチャンネルって知ってる?」


 彼女はその幼い顔立ちでこちらに真剣な表情をして問いかけてきた。背丈もクラスの中では一番低く、顔つきのせいもあってかまるで子供に話しかけられている気分になる。二日目に話しかけられた時にもそう感じた。


「えっと……虹原さん、だっけ?」

「あ、覚えててくれたんだ! うん。虹原にじはら三次みよしだよ」


 虹原さんは幼い子供のような邪気の無い笑みを見せる。これまでイジメを受けて不登校だった自分は、そんな彼女の無垢な笑顔すらも裏があるのではないかと本能的に警戒してしまっていた。皆が皆そういう人間ではないと分かってはいるのだが、身についてしまったものは、やはりなかなか消えそうにない。


「それでお話戻すんだけど、殺月さんはおいぬさまチャンネルって知ってる?」

「……あれでしょ。Vtuberのチャンネルの名前でしょ、多分?」

「うん! そ、それでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 そう言って虹原さんが見せてきたのは『おいぬさま』と名乗っているVtuberの配信の切り抜きだった。その様子から恐らく配信終了間際を切り抜いたもののようで、おいぬさまはちょっとした雑談や投げ銭と呼ばれるコメントを読んだりしている。そんな光景が少し続いた後、画面が暗くなり動画はそこで終了した。


「……どう、思う?」

「……は?」

「今の、変じゃないかな……!?」

「悪いんだけど一人で興奮されても言いたい事が分からないんだけど……」

「あ、ごめん。えっと、ここのとこ、よく見て欲しいんだ」


 改めて動画終了数秒前の地点まで巻き戻される。おいぬさまが何か不自然に体を揺らした後、画面が暗くなり動画が終了する。それを見て自分の中で原因不明の違和感を覚えた。何に違和感を覚えたのかは自分でもよく分からないが、奇妙な引っ掛かりを感じる。


「……変な動きしてる、とか?」

「あ、この動きは別に変じゃないんだ。配信止める時に色々操作したりするからそれだね」

「悪いけどそれならアタシには分からない。変な感じはするけど、アタシが詳しくないからかもしれないし」

「ううん。きっと殺月さんが感じる違和感、わたしのと同じだと思うんだ」


 そう言うと虹原さんは彼女が感じている違和感について詳細に説明した。彼女はおいぬさまだけでなくVtuber全体のファンらしく、個人勢企業勢問わず配信をチェックしているらしい。基本的にVtuberというのはイラストを専用のアプリなりを使って体の動きに同期させることで配信をしているのだという。中には3Dモデルを持っている者もいるそうだが、人気の企業勢か技術力のある個人勢でしか見られないものらしい。つまり大体の配信者が上半身しか動かせないということだそうだ。


「話が見えてこない」

「こ、ここからだよ。おいぬさまは二次元モデルの筈なの。それなのに、ほらここだけ。動きが滑らかすぎると思うんだ」


 再度動画が再生される。そこに来てようやく感じていた違和感の正体に気がついた。配信終了直前の機器の操作をしているであろう動きの後、配信が切れて画面が暗くなる前のほんの一瞬の動きが異様に滑らかだったのだ。

 自分は趣味でイラストを描いているが、アニメを作ったり絵を動かしたりしたことは一度も無い。しかしそんな自分でもここまで滑らかな動き方をするというのは不自然に思えた。ついさっきまで正面か斜めしか向けていなかった筈だというのに、一瞬だけ真横を向いている。


「……今のアプリってここまで動かせるものなの?」

「やっぱり変だよね!?」

「……まあ、変だとは思うけど……でもこれ3Dモデルとかじゃないの? それなら横向いたりも出来るんでしょ?」

「そ、それは絶対に無いよ!」


 虹原さんによると、おいぬさまはリスナーともしっかりやり取りをして、更には新モデルのお披露目などには必ず事前にSNSなどで告知をするのだそうだ。つまり何の告知も無しにいきなり3Dモデルをお披露目するなどは考えられないらしい。


「それにおいぬさまって応援イラストとか描いたら反応もしてくれて――」

「ストップ。本題から逸れてる」

「あ、ごめん……」

「これ、加工されてるとかは? 例えば似た絵柄を描ける人がアニメーションさせてるとか。横向いたのも一瞬だし、これくらいなら昨日今日でもやろうと思えば出来なくもないと思うけど」

「それも絶対に無いよ!」


 どうやら虹原さんはおいぬさまの配信は可能な限りリアルタイムで見ているらしい。そうでなくともアーカイブなどで全て確認しているそうだ。この配信もリアルタイムで見ていたようで、その時から既にこの不自然な動きを見せていたのだという。

 これらの事から、虹原さんはおいぬさまの身に何か良くない事が起こっているのではないかと考えているようだ。しかしそれを踏まえるとある疑問が浮かんできた。


「……つまり虹原さんは、コトサマが何か関わってるんじゃないかって思ってるワケ?」

「う、うん。何か大変な事になってるんじゃないかって……」

「それなら、どうしてJSCCOに通報しないの?」

「それは……」

「こういうのは大体あそこに言えば調べてもらえるわよ。関係者じゃないと細かい調査状況は知らされないでしょうけど」


 虹原さんは少し口籠ったものの、周囲を気にするように見回した後、こちらに耳打ちしてきた。


「実は……おいぬさまって前科があるって噂が立ってて……」

「前科?」

「昔、どこかの通信会社とかと揉めたとかって話で……」


 虹原さんはその噂を信じていないようだが、JSCCOに言えばその過去が世間に公表されるのではないかと考えているらしい。もしも本当にコトサマが関わっているとあれば、当然事件の次第によってはニュースになってしまう。そうなればおいぬさまの過去が露呈してしまう可能性があるという。


「おいぬさま、すごく真面目に頑張ってると思うんだ。配信内容も健全だし、悪口とかも全然言う人じゃないんだよ」

「……でも過去に何かしてたなら仕方がないんじゃないの。やった事は消せないよ。本人は忘れてても世間が許すとは限らない」


 自分は今でもかつてのイジメっ子を許せていない。単純に謝ってもらえていないというのもあるが、気持ち的に許せないというのもある。どうせあいつらはこちらのことなど忘れてしまっているのだろう。だが傷つけられた側は一生引き摺る。忘れたくても忘れられない。


「でも反省してるかもしれないよ、本当なんだとしたら。それなら、昔の事で責められて欲しくないんだよ」

「……まあ、虹原さんの言いたいことは取り合えず分かった。それはいいとして、何でアタシにそこまで話そうと思ったの?」

「え?」

「だってそうでしょ。その噂を流したのはアタシかもしれないし、この事をJSCCOにチクるかもしれない。なのに何でここまで話したワケ?」


 そんなこちらの問いに虹原さんは幼い子供のような真っ直ぐな瞳を向けながら答えた。


「殺月さんはそんな事しないと思ったから」

「ハァ?」

「わたし、昔から何となく分かるんだ。その人が誠実な人かどうか。今ちゃんと頑張れてる人かどうか」


 虹原さんから詳しく話を聞くと、彼女は生まれてすぐに行われた検査によって一種の超能力を持っていることが判明したらしい。怪異の存在が世間に露呈してから様々なオカルト技術などが使われるようになり、その結果超常的な力を持っているかどうかを病院でも簡単な検査で調べられるようになったのだ。一般的には生物学や遺伝子学で解明出来ない個性は超能力に分類されるそうだ。無論、自分が持っている力もそれに分類される。


「誠実かどうか。それが分かるのがわたしの力らしくって、昔から一度も外れたことないんだ」

「……仮にそうだとして、アタシに話した理由にはならないと思うけど」

「殺月さんなら、絶対に他の人に漏らしたりはしないと思ったんだ。それに殺月さんもそういう力があるって聞いたから、力も貸してもらえないかなって……」


 彼女の口振りから自分の能力もバレているようだった。今では学校に入学するに当たり、超常的な力を持っているかどうかをきちんと伝えないといけないという決まりがある。基本的には教師陣などにしか共有されておらず、クラスメイトなどに話すかは個人の自由とされており、自分同様に秘密にしている人も多いとされている。


「……どこで知ったのそれ」

「殺月さん、『大禍事件』の時にお姉さんと動いてたよね。わたし、前にニュースで見たんだ」


 従姉である殺月真臥禧まがれが起こした『大禍事件』は日本だけでなく、世界中を巻き込むような事件だった。ほとんどの電波が機能不全を引き起こし、街中にあった監視カメラも全て原因不明の故障によって一切の記録を残せていないという状況だった。しかし、一つだけ記録として残っている映像があったのだ。


「雌黄さんのやつか……」


 かつて『大禍事件』の際に事態収束のために動いていた日奉ひまつり雌黄しおうという人物が居た。彼女はJSCCOの隊員の一人として行動していたそうなのだが、その最中に瀕死になり、丁度事件当時アタシや姉ちゃん達が居た病院の一室で最期に記録を撮っていたらしい。何故この映像だけ記録が出来ていたのかは不明だが、雌黄さんのスマホの傍で倒れていた身元不明の女性が何か関係しているのではないかと言われている。今そのスマホと女性は無縁仏として日奉一族の管理する神社で眠っているらしい。


「初めて殺月さんに会った時に確信したんだ。この人、あの映像に映ってた人に間違いないって」

「あれモザイク掛かってなかった? 声も加工してあった筈だけど」

「う、うん。でも同じ人だってすぐに分かったんだ」

「つまりこういうこと? あんな事件の黒幕と対峙したアタシなら、手伝ってくれるんじゃないかって」

「うん」


 正直、虹原さんの能力を疑うつもりはないが、どうも彼女はアタシを買い被り過ぎている気がする。結局あの時の自分はほとんど何も出来ず、従姉から撃たれたのだ。幸いにも急所は外れていたとはいえ、もしあの時彼女が本気だったのならとっくに死んでいた。


「悪いけど他当たって。聞いた感じ緊急性は感じないし、アタシは慈善事業じゃない。変だとは思うけど、そういうのは他の人の方が適任だよ」

「で、でも他の人は頼れないよ。殺月さんなら絶対に他の人にバラしたりしないって思えるけど……」

「虹原さん、キミ、アタシのこと過信しすぎじゃないの?」


 ただでさえ霞ヶ関で発生したあの事件が解決していない以上、わざわざ他の事件に首を突っ込む理由は無い。こんな事は考えたくないが、虹原さんがあの屋上に居た人物である可能性も決してゼロではないのだ。こちらを探ろうと接触してきたという可能性もある。

 そんな不安ゆえに虹原さんを断ろうとしていたものの、彼女はまるで捨てられた子犬のような目でこちらを見つめてきていた。はたから見ればアタシがイジメているようにも見えたかもしれない。そればかりは不服なため、カマをかけるついでにある提案をすることにした。


「……虹原さん。アタシと約束して欲しいことがあるんだけど」

「え?」

「もしキミがそれ守れるなら手伝ってもいいよ」

「な、なになに!? なんでもするよ!」


 疑うことを知らないかのような笑顔で嬉しそうに距離を詰めてくる。


「ちょっ……近っ……!」

「何すればいいの!?」


周囲を見渡し耳打ちをする。


「……霞ヶ関の事件、覚えてる?」

「え? うん。なんかすごい事件になってたやつだよね」

「あれ、個人的に調べてるの。それに協力してくれるなら手伝ってもいい」

「そんなことでいいの? やるやる!」

「ちょっうるさっ……!」


 虹原さんが騒がしくするせいで少し人目を引いてしまったが、彼女のその反応から恐らくシロだろう。嘘をついているようには見えず、もし仮にこれで嘘をついているのだとしたらとんでもない役者である。


「絶対、秘密にして」

「あ、うん。殺月さんも、おいぬさまの件、秘密にしてね」

「ええ」


 耳元から顔を離す。


「じゃ、続きは放課後で」

「うんっ! ありがと殺月さん!」


 そうして虹原さんは安心したような笑みを見せ、自分の席へと戻っていった。他のクラスメイトはそんな彼女と自分のやり取りを見て少しイジっていたが、虹原さんは秘密をうっかり漏らすようなこともなく、ただ「殺月さんと仲良くなった」とだけ嬉しそうに語っていた。

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