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「聡子、って呼んでもいい?」
ピロートークで、揚羽の髪を撫でながら尋ねる鷹巨。
「……いいけど偽名よ?」
「うん、それでも。
さん付けじゃないだけで、一歩前進かなって」
「相変わらずバカね」
「聡子は相変わらず正直だね。
……好きだよ」
そう囁いて、鷹巨がチュッと額にキスを落とすと。
揚羽はキュッと胸を締め付けられる。
発端のキスもそうだが、こんな行為をしたのは……
単独の頃、詐欺目的でした数回だけで。
プライベートでは、11年前の仁希以来初めてだったため。
その甘く情熱的な行為に絆されて、鷹巨に愛着を感じていたのだ。
「……私の事、何も知らないくせに?」
「これから知ってくよ。
信用はされるもんじゃなくて、勝ち取るもんだと思ってるから」
「さすが、自称やり手営業マンね」
「自称って、ちゃんと結果残してるし。
聡子にもいつか、結果で気持ちを証明するよ」
「その前に、騙されて終わりかもね」
「騙さないよ、聡子は。
これだって、ちゃんと利用って言ってたし」
「バカね、私は詐欺師よ?
今までの発言だって、あんたを信じさせる手口かもしれないわよ?」
すると鷹巨はふっと笑って……
「だったら騙していいよ?」と、今度は頬にキスを落とした。
「もぉっ……
どこまでバカなの?」
「そこはバカじゃないよ。
だって手口なら、わざわざそれを匂わさないだろうし。
騙されてもいいくらい、好きなだけだから」
そう言ってまた唇を重ねると、揚羽もそれに応えて……
鷹巨が腕の中に包み込むと、ぎゅっとそれが返された。
「もっと、抱いてい?」
「んっ……
全部、忘れさせてくれるんでしょ?」
2人の甘い吐息が、再び夜の闇に溶けていく中。
倫太郎は一晩中、揚羽の安否に不安を募らせながら……
2人が性的関係になっている事も想定し。
切なさに押し潰されそうになりながら、その動向を見守っていた。
そして朝を迎えると。
鷹巨のおかげで落ち着きを取り戻した揚羽は、起き上がってすぐにハッとする。
もしかして倫太郎は……
私がまだ帰っていないから、ずっと動向を見守ってくれてるんじゃないかと。
さらに、いくらプライベートとはいえ。
バディの意見を無視して、元ターゲットの家に押し掛けるなんて、どれだけ心配をかけただろうと。
今さら、事の重大さに焦ると。
「おはよ、聡子」
グイとベッドに抱き戻される。
「鷹巨っ……
ごめん、もう帰らなきゃ」
「えっ……
じゃあ送ってくよ」
「ううん、行くとこあるからタクシー呼んで」
「……わかった。
でも俺んちに来た時のタクシー代は、強制で俺払いだから」
「もうっ……
わかった、ありがとう」
押し問答の時間も惜しんで了承すると、すぐに服を着始めた。
「あと……」
「まだあるのっ?」
「うん。
利用でいいから、もっと会いたい」
その不意打ちとひたむきな想いに、揚羽の胸はぎゅっとなる。
「……とにかく、また連絡するから」
「うん、待ってる」
チュッと唇を重ねる、いちいち甘い行動に……
戸惑う揚羽。
そうして、呼んでもらったタクシーに乗り込むと。
すぐに携帯の電源を入れ、倫太郎の家に向かった。
まだ起きているなら、直接謝りたかったのだ。
倫太郎は、やってきたタクシーに合わせて揚羽の位置情報が移動してるのを確認すると。
ひとまず胸を撫で下ろして、帰路についたが……
途中でそれが自分の家に向かっていると察して、先に帰ろうと慌てて戻った。
寝ていた場合を考慮して、合鍵で部屋に入った揚羽は……
散乱した床と、倫太郎がいない状況に唖然とする。
身勝手な行動に対する、それほどの怒りや。
それでも心配して、また駆けつけてくれたかもしれない事を物語っていたからだ。
そこで、一足遅く倫太郎が帰ってきた。
なんとか揚羽より先に着いたが、駐車時間のロスでギリギリ間に合わなかったのだ。
「つか朝っぱらから来んなよ」
「ごめん……
もしかして、ずっと近くで待機してくれてたの?」
「は?
そんなヒマじゃねぇし」
「じゃあどこ行ってたの?」
「っせーな、腹減ったからコンビニ行ってただけだし」
「何も買ってきてないのに?」
「っ、帰りながら食ったんだよっ」
「じゃあこの部屋は?」
「それはっ……
寝ぼけて転けただけだし。
つかいちいちうるせんだよっ」
「……ごめん」
自分を気遣ってか、必死に誤魔化そうとしている倫太郎に……
揚羽は泣きそうになりながら、散乱したものを片付け始めた。
「あぁも、いいから帰れよ」
「なんで怒らないのっ?」
「は?
別に、お前が無事なら怒るとこねぇだろ」
そう言われて。
ぼろりと涙が崩れ落ちる。
「心配かけて、ほんとにごめん……」
「……泣くなよ。
生姜焼きで、勘弁してやるから」
「っ、それだけっ?」
倫太郎の不器用な優しさが心に沁みながらも、それに応えて泣き笑う。
「あと……
もしもん時のために、携帯の電源だけは絶対に切るな」
「……ん、ごめんっ。
いつもほんとに、ありがとう……」
もしかしたらバディを解消されるかもしれないと、心のどこかで不安になっていた揚羽は……
当たり前のようにこれからの事を話されて、胸が暖かいもので締め付けられる。
そして、以前は誰とも組む気なんかなかったのにと。
今では倫太郎を失うのが怖くなってる自分に、秘かに驚いていた。