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翌日から、柑愛は店に来なくなった。
辞めると連絡があったらしいが……
携帯の動き見る限り、数日経っても次の店を探してる様子はなく。
塞ぎ込んでるんじゃないかと、その状態や金銭面が心配になった揚羽は……
「悔しいなら戻ってきて、あんな男見返してやりなさいよ」と、留守電でけしかけてみたものの。
何の反応もないまま、週末を迎えた。
すると例のごとく、久保井が何事もなかったように来店する。
自分との勝負のためかと思った揚羽だったが……
指名されたのはなぜか、店のナンバーワンだった。
どういう事?
今度はその子をターゲットにするつもり?
次の夜、揚羽はまた久保井をその潜伏先で待ち伏せた。
「あんた、私と勝負するんじゃなかったの?」
「また待ってたんだ?健気だね。
そのキャラでそーゆうの、悪くないよ。
でも毎回こんなとこで話すのもなんだし、部屋で話そっか」
部屋で?
思わずドキリと身構える。
「あれ、怖いんだっ?
そんなんで俺と勝負出来る?」
「笑わせないでよ、誰があんたなんか。
さっさと案内しなさいよ」
部屋に入ると、そこは今チェックインしたかのような状態で……
ほんと、手掛かりを残さない男ね。
「それで?
なんでナンバーワンにも手ぇ出すワケ?」
「そんなの、揚羽ちゃんを庇うために決まってるじゃん。
別れる時に柑愛が、揚羽さんに何か言われたからでしょ?ってキレてたからさっ」
「……つまり心変わりを装って、怒りの矛先をそっちに向けたって事?」
揚羽は一瞬揺さぶられそうになった心を、慌てて本題に縛り付けた。
「そっ。
相手がナンバーワンなら、プライドの傷も最小限に抑えられるし。
1番稼いでるコだから、詐欺のターゲットにしても不自然じゃないし。
その地位を掴めるような魅力的なコになら、目移りしてもおかしくないし。
他にも色々便利だからね」
「なるほどね。
だったら別れ話の時に心変わりを言うべきだったわね。
今さら庇ってもらっても手遅れだし、無駄骨もいいとこよ」
「手遅れって、もうなんかされたんだっ?」
「そうよ。
あんたの詰めが甘いせいで、こっちはビールまみれよ」
プイと憎らしげに顔を背けると。
「ごめん……」
不意に抱き寄せられて。
揚羽の心臓は大きく弾ける。
と同時に、甘くて残酷な匂いに包まれて……
それにぎゅうっと抱き包まれる。
「っ、離してよっ」
胸が早鐘を打つとともに、苦しいほど締め付けられて……
必死に久保井の腕から逃れようとするも。
「離さない、って言ったら?」
さらにぎゅっと抱き締められる。
「ふざけないで!
早く離してっ……
悪いと思うなら他の方法で示してよっ」
「他の方法って?」
「知らないわよっ。
とにかく離して!」
すると久保井は腕を解いて、揚羽の顔をクイと持ち上げると。
その唇に自分のそれを重ねた。
刹那、心臓が止まって固まる揚羽に。
久保井の唇がゆっくりと絡んで……
激しく胸を握り潰された揚羽は、久保井を思い切り突き飛ばした。
途端、ぼろっと不可抗力に涙が零れて……
今度は久保井が、きょとんと固まり。
直後、小馬鹿に吹き出した。
「え、キスくらいで泣くっ?
あ、もしかして。
そーゆう、実は純粋設定で落とす作戦?」
「っ、だったらなにっ?
少なくとも、そういう行為で落とそうとするよりマシだと思うけどっ」
我慢しても、次から次へと涙が落ちる揚羽は……
「そんな低レベルな手口で勝負持ちかけてくるなんて、とんだお笑い種ね。
私を落としたいなら、もっと頭使うのね」
そう吐き捨てると、逃げるように久保井の部屋を後にした。
そこで、抑えてたものが一気に弾けて。
いっそう涙に襲われる。
抱き締められた時の、大好きだった甘い匂いや。
唇に残る、愛しい感触に……
あの頃の感情が甦って、苦しくてたまらなかったのだ。
こうも簡単に、あんな男に心が動かされる自分が許せなくて。
なのに唇は、もっと仁希を求めてて……
揚羽は何度も、泣きながら何度も。
唇をゴシゴシと擦って、必死にその感覚を消し去ろうとした。
なのに全然消えなくて……
「なんでよ……
ううっ、なんでよっ!」
そんな揚羽の声を。
盗聴器越しに聴いていた倫太郎も、胸を幾度となく潰されて……
遣り切れない思いに苛まれていた。
それから盗聴器が切られて、しばらくすると……
倫太郎は、タクシー移動らしき揚羽の動向が、ある場所に近づいている事に気付く。
まさかと思いながらも……
発信機は予想通りの場所で止まり。
慌てて揚羽にメッセージした。
〈おいそこ岩瀬んちだろ、何してんだよ〉
〈ちょっと用があるの〉
〈用って何だよ、危ねぇだろ〉
〈大丈夫よ、心配しないで〉
埒が明かないと焦った倫太郎は、すかさず電話に切り替えた。
「大丈夫なワケねぇだろ!ヤケになんなよっ」
『あれから鷹巨とは何度も会ってるの!
それで判断した結果、大丈夫だって言ってんのっ』
その事実にショックを受けて、言葉を失う倫太郎。
だけど。
「そーやって油断して盗聴器仕掛けられたの誰だよっ」
胸の痛みに襲われながらも、そう反論する。
「そうだけどっ……
だとしてもプライベートなんだから口出さないで!」
その約束を持ち出されて、再び何も言えなくなる倫太郎だったが……
それでも行かせる訳にはいかなくて。
行かせたくなくて。
必死に揚羽を引き止める。
「だからって!
まだ監視カメラとか付いてるかもしれねんだぞっ!?」
『いいからほっといて!』
そう言って揚羽は電話を切ると。
電源まで落として、鷹巨の元に急いだ。
一刻も早く、自分に残る仁希を消し去って欲しかったのだ。
「クッソ!!」
倫太郎は、繋がらなくなった電話と引き止められなかった自分に苛立って、テーブル上の物を床になぎ倒すと。
片手で覆った顔を、苦しげに歪めて項垂れた。
でもやっぱり、どんなに大丈夫と言われても心配でたまらなくて……
いつでも助けられるように、急いで揚羽の側に向かった。
その頃揚羽は、鷹巨の部屋の玄関チャイムを鳴らしていた。
エントランスロック解除の際には、突然訪問して来た聡子の姿に驚いた鷹巨だったが……
その時の様子がおかしかったため。
いらっしゃい、と優しく出迎えると……
揚羽はすぐさま、その胸に飛び込んだ。
「ねぇキスしてっ…
利用していんでしょっ?
上書きして全部消してよ!」
その言葉に、再び鷹巨は驚くも。
「ん、いいよ……
俺が全部忘れさせる」
そう囁いて。
揚羽に優しく口付けた。
そしてすぐに、唇を絡めると……
甘く、濃密に絡め合い。
同時に舌も這わせ始めると……
ふいに口内へと潜り込み、今度はそれを絡め合う。
次第に2人は激しく求め合い。
夢中でそれを続けるうちに……
自然と、ベッドへ流れ込んでいったのだった。




